パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンド13 ④

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「家の用事」

 受け取った外出届をまじまじと見つめてから、茅野がそう繰り返す。その態度に、成瀬は小さく苦笑をもらした。

「そんな不審そうな顔しなくても。不備はないと思うんだけど」

 こうしてちゃんと記載して、寮長の部屋まで持ってきているのだ。外出届から視線を上げた茅野が、「まぁ、不備はないが」と呟く。

「時期が時期だから、ついな」
「その点については申し訳ないと思ってるんだけど、断れなくて」
「いや、……べつに、まぁ、申し訳なく思う必要もないんだが」

 机から取り出した寮長印を押してから、ふと思いついたように茅野が問いかけてきた。

「泊まってはこないのか? 土日と外に出ていてもいいんだぞ」
「さっきと言ってること違いすぎるだろ」

 外泊にはしないよ、と断って、届けを受け取る。外出予定が金曜だからそう言ってくれたのかもしれないが。気遣ってもらう必要はひとつもない。

「家よりこっちのほうがマシ。知ってるだろ」
「今のこの状態でもか」
「そう、そう。かわいそうに思うなら労わって」
「そういうことは、おまえのかわいい弟分に頼んでくれ。全力で労わってくれるんじゃないか」

 こちらの調子に合わせて笑っていた茅野が、そこで表情を改めた。「それはそうとして」と外出届を指先で示す。

「あいつは知ってるのか」

 知らせる必要なんて、それこそないだろう。そうは思ったが、なんでもない顔でただほほえむことを成瀬は選んだ。
 そうすれば、それ以上の言及はないとわかっていたからだ。ここのアルファは、生まれが良いからか、根本的なところで人間ができている。
 踏み込まれたくないという意思表示を示したら、不用意に踏み込んではこないのだ。
 案の定、返ってきたのは溜息まじりの苦言だけだった。

「ちゃんと学校側にも出しておけよ」
「さすがに、その手順は守る」
「あのな。基本的には、どの手順も俺たち生徒を守るために存在しているんだ。もちろん、寮則もな」

 おまえもあいつも破り過ぎなんだ、と続いたそれに、成瀬は笑った。

「これ以上は、さすがに破りようがないかな」
「おまえなぁ」

 始まりそうになった説教を、「帰ったら聞くよ」と受け流して、部屋を出る。夜の遅い廊下は人気がなく静かだった。
 最近、寮則を破っているのは、自分ではない。もうひとりのほうだ。
 とはいえ、茅野も自分も、向原が抜け出してどこに行っているのかは知っている。当の本人に隠す気がないからだ。
 そして同時に、自分には口を出す資格がないということもわかっている。

 ――それなのに、なんであんなこと言ったんだろうな。

 あんな、弱音みたいなこと。居たたまれないのは、向原が最後まで突き放そうともしなかったことも含めてだ。
 情けをかけられるほど、らしくないことをしていたのかと思うと、自分自身に腹が立つ。誰にも弱みを見せるようなことなんてしない。そう決めて、ずっと律していたはずなのに。
 物音ひとつしない隣室のドアを一瞥して、自分の部屋に入る。ひとりの部屋で、成瀬は重い溜息を吐いた。
 昔の自分だったら、絶対にあんなことは言わなかった。あんな、甘えるような、――わざと弱さを見せて、甘やかしてもらうことを期待するような、みっともないこと。
 弱くなったと思い知った気分でもあった。自分の欲しい言葉を与えくれる存在に甘えすぎていたのだと。
 きっと、あの医者は、弱くなったわけじゃない、としたり顔で笑うのだろうけれど。

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