パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンド15 ④

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 そのすべてを馬鹿らしいと思っていたが、一番馬鹿なことは、わかった上でその「馬鹿馬鹿しいこと」に加担している自分自身だということも、向原はわかっていた。

「向原さん」

 おかえり、という声がかかったのは、二階の踊り場を過ぎたところだった。振り返ると、ほっとした顔で皓太が近づいてくる。帰ってきた気配を察知して、部屋から出てきたのかもしれない。

「早く終わってよかったね。おばさ……じゃないや、璃子さん話長いから。もっと長引くかと思ってた」
「あいつも帰ってるぞ」
「え」

 そう言うと、皓太が驚いたように階下に目を向けた。内容まではわからないが、茅野と話している声はかすかに響いていた。

「タイミング悪かったんだね。その、……大丈夫?」
「お互い無視してたからな。どっちも用事はなかったんだろ」
「あぁ、うん。なら、まぁ、いいんだけど」

 昔から近くで見ていただけに、思うところもあるのだろう。苦笑気味に打ち明ける。

「俺もあんまり得意ではないんだけど、祥くんと璃子さんあんまり相性よくないから。まぁ、家族だからって仲良くしなきゃいけないって話ではないと思うけど」
「皓太」

 回りくどいやり口に辟易して、話を遮る。そういうところが、誰とは言わないがよく似ていた。

「言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「じゃあ、はっきり言うけど。心配してるんだよ、どっちのことも」
「心配?」
「大きなお世話だってわかってるけど、今の状況近くで見てたら心配くらいする。向原さんのことだって、昔から知ってるし」

 いかにも平和そうなことを言ってから、でも、と皓太は真剣な表情で言い募った。

「だけど、……だから、かな。向原さんが考えてることもわからなくはないんだ。前に言ったとおりで、信用もしてる。だから、やめてほしいとも言えないんだけど。必要以上におおごとにしないでほしい」
「……」
「それが、俺の言いたかったこと」

 聞いてくれるとうれしいんだけど、とにこりとほほえむ。その顔を静かに見返してから、向原は小さく嘆息した。

「言いたいことは、それでぜんぶか?」

 返事はなかった。けれどもう十分義理は果たしてやったはずだ。自分がこの一年生に甘いと思われていることも知っているし、それをわかった上で話に来たのだろうということも知ってはいたけれど。

「なら、もう行くぞ」
「ねぇ、ごめん。やっぱり待って」

 踵を返そうとしたところを、思い直したように引き留められる。

「向原さんなら、ぜんぶもっとうまくできたよね? なんでこうしたの」

 ――そりゃ、ぜんぶもっとうまくしたところで、なんの意味もないからだろ。

 そう応じる代わりに、呆れた顔で向原は笑った。

「関係ないだろ、おまえには」
「それは、……まぁ、そうだけど」

 気おくれしたことを誤魔化すように、皓太はそう言って苦笑した。

「俺がなに言ったって、向原さんに響くとも思ってはなかったけど。だって、向原さん昔から祥くんの言うことしか聞かなかったし。逆もそうだけど」

 自分たちのことが、そんなふうに見えていたらしい。はるか昔はそうだった時期もあったかもしれないが、もうそうではない。だから、向原はおざなりに受け流した。

「そんなことないだろ」
「俺にはそう見えてたってだけだから。……それと、ふたりのことには、たしかに俺は関係ない。もちろん心配はしてるけど」

 でも、とそこで一度言葉を区切ってから、はっきりと皓太は言った。

「俺たちが生活してる場所で大きく揉めるってなったら、関係はあるよ」

 まぁ、それはそうかもな。周囲まで慮ってやる気はなかったから、その主張は正しい。
 黙ったままでいると、皓太の表情が困ったようなものになった。

「榛名も心配してるし、これ以上、あいつに気を揉ませたくないんだ」

 本音がそれなら話は早い。だったら、と半ば吐き捨てるように告げる。

「ひとりくらい、おまえがどうとでも面倒みたらいい。できるだろ」
「向原さんが言うの、それ」

 向けられた明確な非難に、向原はすっと目を細めた。流れた沈黙は、けれど長くは続かなかった。

「ごめんなさい、言いすぎました」

 雰囲気を一変させて、そう謝ってくる。それ以上を責める気は、向原にもなかった。

「本当に俺が言いたいことは、これでぜんぶだから、本当に」

 引き留めてごめん、と言うや否やフロアに戻っていった背中を見送って、うんざりと息を吐く。
 なんだかもう本当に、すべてが面倒で馬鹿らしかった。

 ――あなたは私と同じだと思っていたわ。

 階段を上って、自室へと向かう。最後に浮かんだのは、そう言って知ったふうにほほえんだ女の笑顔だった。

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