193 / 484
第三部
パーフェクト・ワールド・エンド15 ④
しおりを挟む
そのすべてを馬鹿らしいと思っていたが、一番馬鹿なことは、わかった上でその「馬鹿馬鹿しいこと」に加担している自分自身だということも、向原はわかっていた。
「向原さん」
おかえり、という声がかかったのは、二階の踊り場を過ぎたところだった。振り返ると、ほっとした顔で皓太が近づいてくる。帰ってきた気配を察知して、部屋から出てきたのかもしれない。
「早く終わってよかったね。おばさ……じゃないや、璃子さん話長いから。もっと長引くかと思ってた」
「あいつも帰ってるぞ」
「え」
そう言うと、皓太が驚いたように階下に目を向けた。内容まではわからないが、茅野と話している声はかすかに響いていた。
「タイミング悪かったんだね。その、……大丈夫?」
「お互い無視してたからな。どっちも用事はなかったんだろ」
「あぁ、うん。なら、まぁ、いいんだけど」
昔から近くで見ていただけに、思うところもあるのだろう。苦笑気味に打ち明ける。
「俺もあんまり得意ではないんだけど、祥くんと璃子さんあんまり相性よくないから。まぁ、家族だからって仲良くしなきゃいけないって話ではないと思うけど」
「皓太」
回りくどいやり口に辟易して、話を遮る。そういうところが、誰とは言わないがよく似ていた。
「言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「じゃあ、はっきり言うけど。心配してるんだよ、どっちのことも」
「心配?」
「大きなお世話だってわかってるけど、今の状況近くで見てたら心配くらいする。向原さんのことだって、昔から知ってるし」
いかにも平和そうなことを言ってから、でも、と皓太は真剣な表情で言い募った。
「だけど、……だから、かな。向原さんが考えてることもわからなくはないんだ。前に言ったとおりで、信用もしてる。だから、やめてほしいとも言えないんだけど。必要以上におおごとにしないでほしい」
「……」
「それが、俺の言いたかったこと」
聞いてくれるとうれしいんだけど、とにこりとほほえむ。その顔を静かに見返してから、向原は小さく嘆息した。
「言いたいことは、それでぜんぶか?」
返事はなかった。けれどもう十分義理は果たしてやったはずだ。自分がこの一年生に甘いと思われていることも知っているし、それをわかった上で話に来たのだろうということも知ってはいたけれど。
「なら、もう行くぞ」
「ねぇ、ごめん。やっぱり待って」
踵を返そうとしたところを、思い直したように引き留められる。
「向原さんなら、ぜんぶもっとうまくできたよね? なんでこうしたの」
――そりゃ、ぜんぶもっとうまくしたところで、なんの意味もないからだろ。
そう応じる代わりに、呆れた顔で向原は笑った。
「関係ないだろ、おまえには」
「それは、……まぁ、そうだけど」
気おくれしたことを誤魔化すように、皓太はそう言って苦笑した。
「俺がなに言ったって、向原さんに響くとも思ってはなかったけど。だって、向原さん昔から祥くんの言うことしか聞かなかったし。逆もそうだけど」
自分たちのことが、そんなふうに見えていたらしい。はるか昔はそうだった時期もあったかもしれないが、もうそうではない。だから、向原はおざなりに受け流した。
「そんなことないだろ」
「俺にはそう見えてたってだけだから。……それと、ふたりのことには、たしかに俺は関係ない。もちろん心配はしてるけど」
でも、とそこで一度言葉を区切ってから、はっきりと皓太は言った。
「俺たちが生活してる場所で大きく揉めるってなったら、関係はあるよ」
まぁ、それはそうかもな。周囲まで慮ってやる気はなかったから、その主張は正しい。
黙ったままでいると、皓太の表情が困ったようなものになった。
「榛名も心配してるし、これ以上、あいつに気を揉ませたくないんだ」
本音がそれなら話は早い。だったら、と半ば吐き捨てるように告げる。
「ひとりくらい、おまえがどうとでも面倒みたらいい。できるだろ」
「向原さんが言うの、それ」
向けられた明確な非難に、向原はすっと目を細めた。流れた沈黙は、けれど長くは続かなかった。
「ごめんなさい、言いすぎました」
雰囲気を一変させて、そう謝ってくる。それ以上を責める気は、向原にもなかった。
「本当に俺が言いたいことは、これでぜんぶだから、本当に」
引き留めてごめん、と言うや否やフロアに戻っていった背中を見送って、うんざりと息を吐く。
なんだかもう本当に、すべてが面倒で馬鹿らしかった。
――あなたは私と同じだと思っていたわ。
階段を上って、自室へと向かう。最後に浮かんだのは、そう言って知ったふうにほほえんだ女の笑顔だった。
「向原さん」
おかえり、という声がかかったのは、二階の踊り場を過ぎたところだった。振り返ると、ほっとした顔で皓太が近づいてくる。帰ってきた気配を察知して、部屋から出てきたのかもしれない。
「早く終わってよかったね。おばさ……じゃないや、璃子さん話長いから。もっと長引くかと思ってた」
「あいつも帰ってるぞ」
「え」
そう言うと、皓太が驚いたように階下に目を向けた。内容まではわからないが、茅野と話している声はかすかに響いていた。
「タイミング悪かったんだね。その、……大丈夫?」
「お互い無視してたからな。どっちも用事はなかったんだろ」
「あぁ、うん。なら、まぁ、いいんだけど」
昔から近くで見ていただけに、思うところもあるのだろう。苦笑気味に打ち明ける。
「俺もあんまり得意ではないんだけど、祥くんと璃子さんあんまり相性よくないから。まぁ、家族だからって仲良くしなきゃいけないって話ではないと思うけど」
「皓太」
回りくどいやり口に辟易して、話を遮る。そういうところが、誰とは言わないがよく似ていた。
「言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「じゃあ、はっきり言うけど。心配してるんだよ、どっちのことも」
「心配?」
「大きなお世話だってわかってるけど、今の状況近くで見てたら心配くらいする。向原さんのことだって、昔から知ってるし」
いかにも平和そうなことを言ってから、でも、と皓太は真剣な表情で言い募った。
「だけど、……だから、かな。向原さんが考えてることもわからなくはないんだ。前に言ったとおりで、信用もしてる。だから、やめてほしいとも言えないんだけど。必要以上におおごとにしないでほしい」
「……」
「それが、俺の言いたかったこと」
聞いてくれるとうれしいんだけど、とにこりとほほえむ。その顔を静かに見返してから、向原は小さく嘆息した。
「言いたいことは、それでぜんぶか?」
返事はなかった。けれどもう十分義理は果たしてやったはずだ。自分がこの一年生に甘いと思われていることも知っているし、それをわかった上で話に来たのだろうということも知ってはいたけれど。
「なら、もう行くぞ」
「ねぇ、ごめん。やっぱり待って」
踵を返そうとしたところを、思い直したように引き留められる。
「向原さんなら、ぜんぶもっとうまくできたよね? なんでこうしたの」
――そりゃ、ぜんぶもっとうまくしたところで、なんの意味もないからだろ。
そう応じる代わりに、呆れた顔で向原は笑った。
「関係ないだろ、おまえには」
「それは、……まぁ、そうだけど」
気おくれしたことを誤魔化すように、皓太はそう言って苦笑した。
「俺がなに言ったって、向原さんに響くとも思ってはなかったけど。だって、向原さん昔から祥くんの言うことしか聞かなかったし。逆もそうだけど」
自分たちのことが、そんなふうに見えていたらしい。はるか昔はそうだった時期もあったかもしれないが、もうそうではない。だから、向原はおざなりに受け流した。
「そんなことないだろ」
「俺にはそう見えてたってだけだから。……それと、ふたりのことには、たしかに俺は関係ない。もちろん心配はしてるけど」
でも、とそこで一度言葉を区切ってから、はっきりと皓太は言った。
「俺たちが生活してる場所で大きく揉めるってなったら、関係はあるよ」
まぁ、それはそうかもな。周囲まで慮ってやる気はなかったから、その主張は正しい。
黙ったままでいると、皓太の表情が困ったようなものになった。
「榛名も心配してるし、これ以上、あいつに気を揉ませたくないんだ」
本音がそれなら話は早い。だったら、と半ば吐き捨てるように告げる。
「ひとりくらい、おまえがどうとでも面倒みたらいい。できるだろ」
「向原さんが言うの、それ」
向けられた明確な非難に、向原はすっと目を細めた。流れた沈黙は、けれど長くは続かなかった。
「ごめんなさい、言いすぎました」
雰囲気を一変させて、そう謝ってくる。それ以上を責める気は、向原にもなかった。
「本当に俺が言いたいことは、これでぜんぶだから、本当に」
引き留めてごめん、と言うや否やフロアに戻っていった背中を見送って、うんざりと息を吐く。
なんだかもう本当に、すべてが面倒で馬鹿らしかった。
――あなたは私と同じだと思っていたわ。
階段を上って、自室へと向かう。最後に浮かんだのは、そう言って知ったふうにほほえんだ女の笑顔だった。
13
あなたにおすすめの小説
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—
水樹りと
BL
蛍は三度、運命を感じたことがある。
幼い日、高校、そして大学。
高校で再会した初恋の人は匂いのないアルファ――そのとき彼に番がいると知る。
運命に選ばれなかったオメガの俺は、それでも“自分で選ぶ恋”を始める。
もう一度言って欲しいオレと思わず言ってしまったあいつの話する?
藍音
BL
ある日、親友の壮介はおれたちの友情をぶち壊すようなことを言い出したんだ。
なんで?どうして?
そんな二人の出会いから、二人の想いを綴るラブストーリーです。
片想い進行中の方、失恋経験のある方に是非読んでもらいたい、切ないお話です。
勇太と壮介の視点が交互に入れ替わりながら進みます。
お話の重複は可能な限り避けながら、ストーリーは進行していきます。
少しでもお楽しみいただけたら、嬉しいです。
(R4.11.3 全体に手を入れました)
【ちょこっとネタバレ】
番外編にて二人の想いが通じた後日譚を進行中。
BL大賞期間内に番外編も完結予定です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
時間を戻した後に~妹に全てを奪われたので諦めて無表情伯爵に嫁ぎました~
なりた
BL
悪女リリア・エルレルトには秘密がある。
一つは男であること。
そして、ある一定の未来を知っていること。
エルレルト家の人形として生きてきたアルバートは義妹リリアの策略によって火炙りの刑に処された。
意識を失い目を開けると自称魔女(男)に膝枕されていて…?
魔女はアルバートに『時間を戻す』提案をし、彼はそれを受け入れるが…。
なんと目覚めたのは断罪される2か月前!?
引くに引けない時期に戻されたことを嘆くも、あの忌まわしきイベントを回避するために奔走する。
でも回避した先は変態おじ伯爵と婚姻⁉
まぁどうせ出ていくからいっか!
北方の堅物伯爵×行動力の塊系主人公(途中まで女性)
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
8/16番外編出しました!!!!!
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
4/29 3000❤️ありがとうございます😭
8/13 4000❤️ありがとうございます😭
12/10 5000❤️ありがとうございます😭
わたし5は好きな数字です💕
お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる