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第三部
パーフェクト・ワールド・エンド19 ②
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視線を外したのは、向こうだった。そうして溜息まじりに呟く。
「離せって。……わかったから」
言葉を体現するように、掴んでいた腕から力が抜ける。無視してそのまま歩き出すと、心底忌々しそうな舌打ちがひとつ響いた。が、それ以上の抵抗はなかった。足音がついてくる。
どうせ、引きずられたくなかっただけだろう。手に取るように考えていることがわかったところで、余計に苛立ちが募るだけだった。
本当に、そういうところが救いようがなく馬鹿だと思う。それも、いまさらではあったけれど。
寮に戻るまでのあいだ、誰ともすれ違うことはなかった。自室の扉を閉めたところで、掴んでいた腕を離す。第一声を発したのは成瀬のほうだった。
「結局おまえの勝ちだったな」
道中ずっと黙り込んでいたのが嘘のような、いつもどおりの調子だった。背を預けるようにドアにもたれかかって、小さく笑ってみせる。その顔をじっと見つめ返してから、向原は繰り返した。
「勝ち?」
「ぜんぶ俺の口から言わせたいって? 趣味悪いな、おまえも」
馬鹿にしたように、成瀬が吐き捨てる。
「ほかの誰にもバレないうちは、って言ったのは、おまえだろ?」
たしかに言った。ただの暇つぶしのつもりで。苛立ちを持て余したまま、「それで?」と問い返す。
わかっていたことだった。露見しない秘密はない。それでも、このただの暇つぶしのゲームが、これほど長期間続いたのは――。
理由は、ひとつしかなかった。
「おまえの言うとおり、俺が勝ったんだとして、おまえはおれになにをしてくれるって?」
「冗談だろ」
まっすぐにこちらを見据えていた瞳が、ふっと笑む。
「これ以上おまえに縋るくらいなら死んでやる」
空々しいほど、あっさりとした口調だった。ほかの誰かが似たようなことを言えば、「そんなことは冗談でも言うものじゃない」と聖人じみた顔で諫めてみせただろうに。その片鱗を微塵ものぞかせないまま、成瀬は言い募った。
「おまえはわかるよな。これが冗談でも脅しでもなんでもないって。俺が俺のことを心底どうでいいって思ってることも、知ってるよな」
「……」
「わかるだろ、おまえだったら」
その言いように、ふっと何年も前のことを思い出してしまった。自分の感情をまだまともに処理できていたころのことだ。
もう少しくらいだったら、付き合ってやれる。そう言い聞かせてやり過ごしていたころ。
――おまえが、俺になにかするわけないだろ。
そう、成瀬は平然とした顔で笑っていた。「親友」だと、「対等」だと、そう言って。
自分のなかのなにかが、ぷつりと切れた気がしたのは、その瞬間だった。それでもあのときはどうにか抑えた。けれど、そこまで自分が我慢をしてやる必要があったのだろうか。
「なぁ」
自分でも意外なほど、呼びかける声は平淡なものになった。
「おまえ、なんだかんだ言って、高括ってるよな」
「高?」
「俺が、なにもしないって」
あの雨の日も、自分は似たようなことを言った気がする。この男は、なにひとつ答えようとすらしなかったけれど。
「なぁ、成瀬」
もう一度呼びかけて、距離を詰める。もしかすると、高を括っているわけではなく、本気でそう思っていたのかもしれない。
昔から、誰も信じていないくせに、変なところで無防備なところが成瀬にはあった。自暴自棄と言ったほうが正しいのかもしれないが、とにかく、その危機感のなさが気に食わなかった。
――まぁ、それもいまさらだけどな。
そう、いまさらだ。いまさら変わりようがないのだろうと、ようやくわかった。身に沁みないことには、絶対にこの男はわからない。
「対等っていうのは、こういうことだろ?」
だから言っただろうと、その反応の鈍さを向原は笑った。掴んだ腕ひとつ振り払えなかったこともそうだし、もたれかからないと立っていられないこともそうだ。
そんな状態のくせに、簡単にふたりきりを許す。だから、こうなるのだ。
ベッドに組み伏せた身体を見下ろして、囁くような声を落とす。
「俺に手加減されたくも、庇われたくもないんだよな」
「離せって。……わかったから」
言葉を体現するように、掴んでいた腕から力が抜ける。無視してそのまま歩き出すと、心底忌々しそうな舌打ちがひとつ響いた。が、それ以上の抵抗はなかった。足音がついてくる。
どうせ、引きずられたくなかっただけだろう。手に取るように考えていることがわかったところで、余計に苛立ちが募るだけだった。
本当に、そういうところが救いようがなく馬鹿だと思う。それも、いまさらではあったけれど。
寮に戻るまでのあいだ、誰ともすれ違うことはなかった。自室の扉を閉めたところで、掴んでいた腕を離す。第一声を発したのは成瀬のほうだった。
「結局おまえの勝ちだったな」
道中ずっと黙り込んでいたのが嘘のような、いつもどおりの調子だった。背を預けるようにドアにもたれかかって、小さく笑ってみせる。その顔をじっと見つめ返してから、向原は繰り返した。
「勝ち?」
「ぜんぶ俺の口から言わせたいって? 趣味悪いな、おまえも」
馬鹿にしたように、成瀬が吐き捨てる。
「ほかの誰にもバレないうちは、って言ったのは、おまえだろ?」
たしかに言った。ただの暇つぶしのつもりで。苛立ちを持て余したまま、「それで?」と問い返す。
わかっていたことだった。露見しない秘密はない。それでも、このただの暇つぶしのゲームが、これほど長期間続いたのは――。
理由は、ひとつしかなかった。
「おまえの言うとおり、俺が勝ったんだとして、おまえはおれになにをしてくれるって?」
「冗談だろ」
まっすぐにこちらを見据えていた瞳が、ふっと笑む。
「これ以上おまえに縋るくらいなら死んでやる」
空々しいほど、あっさりとした口調だった。ほかの誰かが似たようなことを言えば、「そんなことは冗談でも言うものじゃない」と聖人じみた顔で諫めてみせただろうに。その片鱗を微塵ものぞかせないまま、成瀬は言い募った。
「おまえはわかるよな。これが冗談でも脅しでもなんでもないって。俺が俺のことを心底どうでいいって思ってることも、知ってるよな」
「……」
「わかるだろ、おまえだったら」
その言いように、ふっと何年も前のことを思い出してしまった。自分の感情をまだまともに処理できていたころのことだ。
もう少しくらいだったら、付き合ってやれる。そう言い聞かせてやり過ごしていたころ。
――おまえが、俺になにかするわけないだろ。
そう、成瀬は平然とした顔で笑っていた。「親友」だと、「対等」だと、そう言って。
自分のなかのなにかが、ぷつりと切れた気がしたのは、その瞬間だった。それでもあのときはどうにか抑えた。けれど、そこまで自分が我慢をしてやる必要があったのだろうか。
「なぁ」
自分でも意外なほど、呼びかける声は平淡なものになった。
「おまえ、なんだかんだ言って、高括ってるよな」
「高?」
「俺が、なにもしないって」
あの雨の日も、自分は似たようなことを言った気がする。この男は、なにひとつ答えようとすらしなかったけれど。
「なぁ、成瀬」
もう一度呼びかけて、距離を詰める。もしかすると、高を括っているわけではなく、本気でそう思っていたのかもしれない。
昔から、誰も信じていないくせに、変なところで無防備なところが成瀬にはあった。自暴自棄と言ったほうが正しいのかもしれないが、とにかく、その危機感のなさが気に食わなかった。
――まぁ、それもいまさらだけどな。
そう、いまさらだ。いまさら変わりようがないのだろうと、ようやくわかった。身に沁みないことには、絶対にこの男はわからない。
「対等っていうのは、こういうことだろ?」
だから言っただろうと、その反応の鈍さを向原は笑った。掴んだ腕ひとつ振り払えなかったこともそうだし、もたれかからないと立っていられないこともそうだ。
そんな状態のくせに、簡単にふたりきりを許す。だから、こうなるのだ。
ベッドに組み伏せた身体を見下ろして、囁くような声を落とす。
「俺に手加減されたくも、庇われたくもないんだよな」
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