パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 0 ①

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 特別な人間というものは、生まれながらに存在しているものだ。
 恵まれた家でアルファとして生を受けた自分も、世間一般的に見れば十分に特別な人間なのだろうが、その自分からしても「特別」だと思ってしまう人間がいた。
 成瀬祥平と向原鼎。このふたりの同級生は、茅野の目には選ばれた人間に映っていた。


 ――なんにしても、榛名のときのような大ごとにならなかっただけよかった。

 ようやくひとりになることのできた自室で、茅野はまだなにも記していない寮の記録簿をペン先で叩いた。
 寮生が帰寮し始める前に、あの匂いが収まっていたことが不幸中の幸いだった。悪運が強いというか、なんというか。
 榛名が言っていたとおりで、櫻寮でなにかあったと勘づいている者はいても、それが「誰か」で「なにがあった」かまでは察せていないはずだ。
 それも、明日の朝、登校するまで、の話かもしれないが。まぁ、どちらにせよ――。
 響いた扉の開閉音に、考えるのを止めて、ペンを置く。視線を向けた先にいたのは、半ば予想していた顔だった。

「なんだ、もういいのか」
「おかげさまで」

 つとめてなんでもない調子で声をかけると、成瀬もなんでもない調子で笑った。背にしたドアにもたれてはいるものの、顔色も悪くはない。なにより、あの強烈だった甘い匂いはきれいに立ち消えていた。

「礼を言うつもりがあるなら向原にしておけ。俺はたいしことはしていない」
「そんなことないだろ」
「あのな、成瀬……」
「なぁ、茅野」

 呼びかけを遮るようにして、成瀬が口を開いた。

「水城のこと、潰したがってたよな」
「まぁ、否定はしないが」

 否定はしないが、はっきりと言葉にされると据わりは悪い。しかも、このタイミングだ。
 はっきり言って嫌な予感しかしない。溜息を吐きたいのを堪えて、問いかける。できることなら聞きたくはなかったのだが。

「なんなんだ、藪から棒に」
「潰してやるから、手ぇ貸せよ」

 そう言ってほほえんだ男は、腹が立つくらいいつもどおりの王者の顔をしていた。



[パーフェクト・ワールド・エンドⅡ]



 五年以上同じ寮で寝食をともにしていれば、おのずと人となりは見えてくる。だから、まぁ、なにごともなかったふうに、開き直って姿を現すだろうな、とは踏んでいた。 
 が、さすがにここまでは予想していなかった。
 なにひとつ悪びれていない、しらっとした顔をまじまじと見つめてから、茅野は呻いた。

「悪いが、もう一回言ってくれるか、成瀬」
「だから、うなじ噛んでくれないって。そう言ったんだけど」
「……撤回してほしいから、もう一回言ってくれと言ったつもりだったんだが」

 簡単な話だろ、といわんばかりの調子に、こめかみを押さえる。頭が痛い。おまけに心底不思議そうに首を傾げられてしまった。

「茅野に、そこまでデメリットはないと思うんだけどな。べつに、だから相手しろとは言わないし、卒業したら終わりにしてくれていい。それに、そうしたら、少なくとも寮で問題が起きることはない。これ、メリットだろ」
「それが、あの一年を叩く条件だという話か」
「まぁ、そうとも言えるかな。茅野にとっての一番のメリットはそっちかも」
「おまえのメリットはなんなんだ」
「わかるだろ」

 にこ、と作り物のような微笑を成瀬は浮かべてみせた。

「面倒ごとはごめんだ。誰彼構わずフェロモンに反応されたくない」

 あまりと言えばあまりの潔さに、深々と溜息を吐く。このくらいでへこたれるとは微塵も思ってはいない。

「そこで、嘘でも俺のことを好きだとかなんだとか言わないあたり、おまえだな」
「言われたかった? おまえ、この顔好きだもんな」
「そういうことじゃない」

 苦々しく否定して、茅野は頭を振った。

「なんで俺だ」
「信用してるから。それに……」
「都合がいいと言いたいなら、それはそれで素直でけっこうだが。おまえにとって一番利用しがいがあるのは、あいつじゃないのか」

 素直に口を割る男ではないとわかっていたが、案の定だ。とは言え、口八丁の武装を聞いてやれるだけの余裕もない。遮って、茅野は言い募った。

「なんで選ばない」
「……」
「選べないのか」

 変わらない沈黙に、こぼれそうになった舌打ちを飲み込む。無駄な言い争いをするつもりはないのだ。

「聞くつもりも口をはさむつもりもなかったが、向原には借りがあるんだ。――それに、いいかげんあいつが気の毒だしな」

 気の毒、という表現に、成瀬がかすかに眉を寄せた。成瀬の言うところの「なんでも持っている男」と「気の毒」という単語が結びつかないのだろう。
 茅野からすれば、どれだけ特別な人間であろうと、自分と同い年の男であることに変わりはない。
 矛盾しているかもしれないが、それが事実だ。はじめて見たときに特別だとわかった。敵わないだろうとも本能のようなもので悟った。
 それでも、生活をともにするあいだに、人間になる。友人になる。そういうもののはずだ。それなのに、成瀬にとっては、良くも悪くも「特別」のままなのだ。
 その積み重ねが、これなのだから笑えないが。
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