パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 1 ②

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 *

「なんか、今日の食堂、変な雰囲気だったよね」

 でてきたばかりの寮の門扉を振り返った四谷は、やっと一息吐けたという顔を隠さなかった。

「みんな、茅野先輩たちのほう、ずっとちらちら見てたし。まぁ、気持ちはわからなくもないけど。息が詰まりそうだったよ」
「まぁ、そうだねぇ。ああいう空気はしんどいよね」

 不満そうな四谷を宥めるように、いつもの調子で荻原は笑っている。

「でも、寮長は説明する気があったら昨日の段階でしただろうし、しないってことは言う気はないんだと思うよ」
「そうかもしれないけど、そうと割り切れないやつが多いから問題なんじゃん」
「まぁ、まぁ。そのうち収まるって。説明する必要がないレベルの問題だったってことなんだから。大丈夫」

 荻原って、そういうところ適当だよね、と言いながらも、四谷の受け答えする声からは角が取れ始めている。人当たりが柔らかいからなのだろうが、荻原にはそういうところがあった。自分には絶対に持ち得ないもの。
 前を行くふたりの背中をぼんやりと見つめていた行人は、そこでちらりと隣を歩いていた高藤に目をやった。いつもと変わらない、静かな横顔。
 自然体なのか、自分がパニックになっていたからそうせざるを得なかったのかはわからない。わからないけれど、高藤は「寮長が説明する気のないこと」を感知したときから、ずっとそうなのだ。
 行人が茅野のところに行くと言い張ったときも、そのあと、高藤が茅野のもとから帰ってきてたまらず詰め寄ったときも、淡々とした調子のままだった。

 ――俺が先にパニックになったから、そうせざるを得なかったっていうのもあるかもしれないけど。

 高藤が理性的な態度を崩さなかったから、自分も必要以上の混乱状態には陥らなかったのだとわかる。そういう意味で、高藤の判断は正しかったのだともわかっている。
 けれど、昨夜よりも気分が落ち着いた今、引っかかるものが生じて始めていた。もしかしなくても、俺のせいで弱音を吐くタイミングを奪ってしまったのではないか、と。

 ――あいつ、ただでさえ、そういう感情押さえ込みがちなのに。

 まぁ、それも、いまさらな話かもしれないが。自己嫌悪に呑まれそうになった思考の悪循環を止めたのは、「あれ」という四谷の訝しげな声だった。

「水城じゃない、あそこにいるの」

 ほら、と四谷が指し示すのは、昇降口前の広場だ。丸花壇に腰かけて、いつもの取り巻きと談笑しているのは、たしかに水城だったけれど、なんであんなところにいるのだろう。

「本当だ。でも、なにしてるんだろうね、あんなところで。誰か待ってるのかな。声でもかけてみる?」
「ちょっとやめてよ」

 荻原の冗談めかした提案を、四谷がぎょっとしたふうに拒絶する。

「俺、本当、できるだけ関わりたくないんだけど」
「あ、荻原くん」

 ろくなことになる気がしない、という四谷のぼやきを打ち消す明るい声が場に響いた。

「高藤くんも。おはよう」

 軽やかに立ち上がった水城が、にこりと愛想のいい笑みを向けた。「おはよう」と荻原もまた笑顔を返している。そのとなりで、「完全に俺のこと無視なんだけど」と四谷は苦い顔をしていたけれど。

「どうしたの、こんなところで」

 そのまま近づいてきた水城に、荻原が穏やかに声をかけている。積極的に関わる気のない行人たちの分を補ってくれていると思うと、申し訳ないような。
 水城から名指しで挨拶をされていたもうひとりは、荻原が相手をしてくれるならありがたいと言わんばかりに傍観者に徹している。こいつ、そういうところあるんだよな。面倒ごとに関わりたくないというよりは、人目のある場所で無駄に目立ちたくない、という感情のほうが強そうではあるが。
 朝の通学時間帯の昇降口で声をかけてきた水城は、まったくの逆の思考なのだろう。通り過ぎていく生徒たちから送られる視線なんて気にも留めない風情で、「ちょっとね」と水城がほほえむ。

「待ってる人がいたんだけど、荻原くんたちにも聞きたいことがあったから、声かけちゃった」
「そうなんだ。待ってる人がいるなら、あとで教室で聞くけど……」
「荻原くんたち、櫻寮でしょ。昨日は大変だったんじゃない?」

 荻原の台詞を遮って、いかにも心配そうに言い募る。

「僕ね、とても他人事だとは思えなくて、心配で、だから、ここで待ってたの。櫻寮に行っても、入れてもらえないかなぁって思って」

 僕、櫻寮の三年生にあまりよく思われてないみたいだから、という続きは、あまり耳に入ってこなかった。嫌な予感を覚えて、隣に視線を向ける。

 ――あいつ、どこまでわかってて、言ってるんだ?

 ただのはったりなのか、それとも本当にすべてを承知しているのか、水城の表情からは読み取れなかったのだ。
 もしはったりではなかったら――、その懸念を和らげたのは、またしても高藤だった。

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