パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
223 / 484
第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 1 ⑤

しおりを挟む
「俺を、落としたいんだろ」

 水城に向かって、彼は言い放った。アルファの顔で。

「その気があるなら、こんな姑息なことばかりしてないで、リコールでもなんでもすればいい」

 群衆の中で息を呑む音が妙に大きく響いた。リコール。

 ――リコールって……。

「俺に勝ったら、おまえの好きにしたらいい。でもな、それまでは、ここは俺の学園だ」
「それまでは、ですか」

 もう水城は、弱った顔を見せなかった。先ほどのように、あるいは、もっと前。廊下で自分と揉めたとき、仲裁に入った成瀬を前にしたときのように被害者ぶってアルファに守らせるのだろうと思っていたのに。
 花が咲いたような笑顔とはまったく違う不敵な笑みが、天使と評される顔に浮かぶ。

「いいですよ。受けて立ちましょうか。あなたが終焉を望むなら」

 ハルちゃんという慌てた声にも、取り巻きたちの動揺した雰囲気にも、水城はいっさい動じなかった。

「あなたが僕を嫌いなように、僕もあなたが嫌いです」

 いっそ潔いほどに、そう、はっきりと宣言する。

「それが、僕があなたを潰したい理由のすべてです。本当に心の底から大嫌いだ」
「そこまで思ってもらえるなんて、光栄だな」

 むき出しの敵意に対して、成瀬はにこりとほほえんで応じた。

「きみが正当な手続きさえ踏むのなら、俺はなにも文句はないよ。好きにしたらいい」
「よくわかりました」

 そう言って、水城もまたほほえんでみせた。

「そうですね。あなたがそう言うのなら、ぜひそうさせていただきます」

 それが最後だった。まっすぐに前を向いたまま、悠々と行人たちの横を通り過ぎていく。これから授業が始まるというのに、その足は寮に向かっているようだった。
 一拍遅れて、「ハルちゃん」と戸惑った声を上げながら、取り巻きたちが追いかけていく。水城の攻撃的な一面を見たのが、はじめてだったのかもしれない。
 行人はかつて見たことがあった。けれど、それは、うまく当事者である自分以外には隠されていたものだった。そうやって被害者然とした態度を取ることが、水城の常だった。それなのに、今日はいったいどうしたというのだろう。
 成瀬の非難が、水城の感情に火をつけたのだろうか。そう思うこともできたけれど、違うような気もした。
 人の目のある場所で、ああいった言動を選んだのは、自分の野心を隠すつもりがなくなったからではないだろうか。
 宣戦布告のようなものだったのではないかと思えてしまって、行人は、黙って水城を見送った成瀬に視線を向けた。言葉にならない不安が募ったのだ。声をかけようとして、けれどできなかった。

「あ……」

 呼び止めようとした指先が宙に浮く。突き刺さる視線も、ざわめきも、なにもかも気にせず、成瀬もまた校舎へと向かっていった。

 ――そうか。

 そうだよな。安堵なのかなんなのか、よくわからないまま行人は内心でそう繰り返していた。あの人が自分と同じだなんて、あるわけがなかった。高藤の言うとおりで、自分が心配する必要もなにもなかったのかもしれない。
 あの人は、間違いなくここの「王」だったのだ、と。

 大丈夫、という問いかけに、行人ははっと我に返った。最中ずっときれいに気配を消していた男が、さも気遣うようにこちらを見下ろしている。
 今あったばかりのことに対する驚きも、過分な心配もなにもない落ち着ききった態度。

 ――もしかして、こいつ昨日の段階で知ってたんじゃ?

 覚えた疑惑に、ふつふつと苛立ちが湧き上がってくる。八つ当たりに近いことは重々承知しているが、だからなんだという気分でもあった。

「おまえ、知ってたんだろ」
「知ってたって、……、いや、昨日は本当に話してないよ、成瀬さんとは。話してない」

 感情そのままの棘々しい調子に、高藤が慌てて首を横に振る。

「ただ、まぁ、その、なんというか。昨日言ったとおりで、転んでもただでは起きない人だから」

 その、まぁ、なにか派手なことやるんじゃないかなぁ、とは思ってたけど、と、続いたそれに思わずジト目になる。

「だから、黙って、ずっと見てたって?」
「いや、だから、それこそ昨日言ったとおりで、俺が口出すとあの人絶対……」

 と言ったところで高藤の弁解が止まった。その視線は行人を通り越して、崩れないままの人垣の奥に向いている。その行方を追って、「あ」と行人は小さく叫んだ。

「茅野さん!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

運命よりも先に、愛してしまった

AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。 しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、 2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。 その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—

水樹りと
BL
蛍は三度、運命を感じたことがある。 幼い日、高校、そして大学。 高校で再会した初恋の人は匂いのないアルファ――そのとき彼に番がいると知る。 運命に選ばれなかったオメガの俺は、それでも“自分で選ぶ恋”を始める。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

処理中です...