232 / 484
第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 2 ⑦
しおりを挟む
でも、と成瀬は淡々と言い諭すように続けた。
「おまえも知ってるだろ。向原は、納得しないことは絶対にやらない。だから、怒ってはいても、今のこれには、ある程度納得してると思うよ」
それが利害の一致、とほほえむと、いろんなものを呑み込んだような溜息を吐かれてしまった。楓寮のことといい、気苦労ばかりで大変そうだ。べつに、自分たちのことについては心配してもらう必要はないのだが。
もういいだろうと話を終わらせることに決めて、前を向く。あと五分ほどでチャイムが鳴るという時間だった。
興味本位の視線なんてなにひとつも気にしていない、という態度をとることも、ずっと得意だった。けれど、今の自分は、近寄りづらい顔をしているかもしれない。
――まぁ、いいんだけど、べつに、それも。
第三者の目に映る自分が強いアルファでさえあれば、問題はないのだ。こぼれそうになった溜息を呑み込む。ふと頭に過ったのは、昨日の夜のことだった。
昨日の夜、たしかに向原と話はした。
茅野が望んだような「話し合い」ではなかっただろうし、篠原が言った「一方的なもの」に近かったかもしれない。
ただ、自分としては最低限の誠意は果たしたつもりでいる。最低限の誠意として、自分の本音に近いものを伝えた。それをどう判断するかは、向こうがすることだ。
俺はここで折れるわけにはいかない、と告げたとき、同席していた茅野は呆れた顔を隠さなかったし、珍しくハラハラした顔もしていた。向原が切れ出さないか、気が気ではなかったのだろう。
言葉は選べと言いたげな視線は無視して、成瀬は言い募った。そもそもで言えば、同席も自分が頼んだことではない。大喧嘩をされてはかなわないというから、提案を受け入れたというだけだ。
「一応、俺の都合しか言ってない自覚はあるから、悪いとは思ってる」
「とは」
「そう。とは。思ってはいる。でも、意見を変えるつもりもない」
ここで言った、折れる、ということは、自分がアルファではないことを認める、という意味に近かった。
いまさらだろうと思われていたとしても、認めることはどうしたって自分にはできない。アルファではない自分は、自分ではないからだ。
だから、と一言も発す気のない態度の男に向かって、改めて告げる。
「前にも言ったとおり、俺はアルファとしてここを卒業する」
絶対に成し遂げないとならないことで、何度か言った覚えもあるものだった。そのために力を貸してくれていたことも、知っていた。
じっとこちらを見ていた冷めた瞳が呆れたふうに逸れていって、堪え切れなかったように失笑する。返事はそれだけだった。
刺激されたのは、自分の中に残っていたわずかな罪悪感だった。
判断をするのは向こうで、自分は伝えるだけ。そう考えていたきれいごとの裏側で、「断られない」と踏んでいたことも、すべて見透かされている気がした。
――俺が、おまえを好きだから?
――おまえ、なんだかんだ言って高括ってるよな、俺がなにもしないって。
あぁ、思ってるよ。心のうちで、そう答える。言われたときに答えられなかったのは、まちがいなく図星だったからだ。
打算ばかりで生きている俺と違って、おまえは優しいから。それで、――俺は、ずっとそれに甘えていた。その自覚も、一応はあった。長いあいだ目を背けていた、というだけで。
――アルファだったらよかったのにな、おまえも。
皮肉まじりだったそれも、自分が言わせたものだとわかっていた。本当にそうだったらよかった、とは心の底から思っているけれど。もし、そうだったら、きっとこんな歪な関係にはなっていなかった。
俺だって、こんな関係になりたかったわけじゃなかった。
溜息を呑み込んで、空席が目立つままの教室にもう一度目を向ける。この分だと、今日はもう教室には戻ってこないつもりかもしれない。
自分にないものすべてを持っている男。成瀬は向原のことをずっとそう思っていた。
自分が望まれて、けれど成し得なかったもの、すべて。
誰の目から見てもそうであるはずなのに、茅野も、篠原も、「そんなことはない」と何度も諭すように言ってくる。そういった一面もたしかにあるかもしれないが、それだけではないだろう、と。
適当に受け流し続けていたが、その台詞を聞くのはあまり好きではなかった。まるで、アルファだから、ということではなく、一個人として見てやれ、と説教されているみたいで。
――でも、そんなことを言えるのは、あいつと同じ側だからだろ。
だから、余裕があるから、そんなことが言えるのだ。そんなふうに一個人としてのことなんて、考えたくもない。余計なことは、なにひとつ。
――あいつが。
思い切るように、あるいは言い聞かせるように。成瀬は自身に繰り返した。なにも考えたくはない。
あいつがなにを求めているのかなんて、俺は知りたくもないし、考えたくもない。
「おまえも知ってるだろ。向原は、納得しないことは絶対にやらない。だから、怒ってはいても、今のこれには、ある程度納得してると思うよ」
それが利害の一致、とほほえむと、いろんなものを呑み込んだような溜息を吐かれてしまった。楓寮のことといい、気苦労ばかりで大変そうだ。べつに、自分たちのことについては心配してもらう必要はないのだが。
もういいだろうと話を終わらせることに決めて、前を向く。あと五分ほどでチャイムが鳴るという時間だった。
興味本位の視線なんてなにひとつも気にしていない、という態度をとることも、ずっと得意だった。けれど、今の自分は、近寄りづらい顔をしているかもしれない。
――まぁ、いいんだけど、べつに、それも。
第三者の目に映る自分が強いアルファでさえあれば、問題はないのだ。こぼれそうになった溜息を呑み込む。ふと頭に過ったのは、昨日の夜のことだった。
昨日の夜、たしかに向原と話はした。
茅野が望んだような「話し合い」ではなかっただろうし、篠原が言った「一方的なもの」に近かったかもしれない。
ただ、自分としては最低限の誠意は果たしたつもりでいる。最低限の誠意として、自分の本音に近いものを伝えた。それをどう判断するかは、向こうがすることだ。
俺はここで折れるわけにはいかない、と告げたとき、同席していた茅野は呆れた顔を隠さなかったし、珍しくハラハラした顔もしていた。向原が切れ出さないか、気が気ではなかったのだろう。
言葉は選べと言いたげな視線は無視して、成瀬は言い募った。そもそもで言えば、同席も自分が頼んだことではない。大喧嘩をされてはかなわないというから、提案を受け入れたというだけだ。
「一応、俺の都合しか言ってない自覚はあるから、悪いとは思ってる」
「とは」
「そう。とは。思ってはいる。でも、意見を変えるつもりもない」
ここで言った、折れる、ということは、自分がアルファではないことを認める、という意味に近かった。
いまさらだろうと思われていたとしても、認めることはどうしたって自分にはできない。アルファではない自分は、自分ではないからだ。
だから、と一言も発す気のない態度の男に向かって、改めて告げる。
「前にも言ったとおり、俺はアルファとしてここを卒業する」
絶対に成し遂げないとならないことで、何度か言った覚えもあるものだった。そのために力を貸してくれていたことも、知っていた。
じっとこちらを見ていた冷めた瞳が呆れたふうに逸れていって、堪え切れなかったように失笑する。返事はそれだけだった。
刺激されたのは、自分の中に残っていたわずかな罪悪感だった。
判断をするのは向こうで、自分は伝えるだけ。そう考えていたきれいごとの裏側で、「断られない」と踏んでいたことも、すべて見透かされている気がした。
――俺が、おまえを好きだから?
――おまえ、なんだかんだ言って高括ってるよな、俺がなにもしないって。
あぁ、思ってるよ。心のうちで、そう答える。言われたときに答えられなかったのは、まちがいなく図星だったからだ。
打算ばかりで生きている俺と違って、おまえは優しいから。それで、――俺は、ずっとそれに甘えていた。その自覚も、一応はあった。長いあいだ目を背けていた、というだけで。
――アルファだったらよかったのにな、おまえも。
皮肉まじりだったそれも、自分が言わせたものだとわかっていた。本当にそうだったらよかった、とは心の底から思っているけれど。もし、そうだったら、きっとこんな歪な関係にはなっていなかった。
俺だって、こんな関係になりたかったわけじゃなかった。
溜息を呑み込んで、空席が目立つままの教室にもう一度目を向ける。この分だと、今日はもう教室には戻ってこないつもりかもしれない。
自分にないものすべてを持っている男。成瀬は向原のことをずっとそう思っていた。
自分が望まれて、けれど成し得なかったもの、すべて。
誰の目から見てもそうであるはずなのに、茅野も、篠原も、「そんなことはない」と何度も諭すように言ってくる。そういった一面もたしかにあるかもしれないが、それだけではないだろう、と。
適当に受け流し続けていたが、その台詞を聞くのはあまり好きではなかった。まるで、アルファだから、ということではなく、一個人として見てやれ、と説教されているみたいで。
――でも、そんなことを言えるのは、あいつと同じ側だからだろ。
だから、余裕があるから、そんなことが言えるのだ。そんなふうに一個人としてのことなんて、考えたくもない。余計なことは、なにひとつ。
――あいつが。
思い切るように、あるいは言い聞かせるように。成瀬は自身に繰り返した。なにも考えたくはない。
あいつがなにを求めているのかなんて、俺は知りたくもないし、考えたくもない。
12
あなたにおすすめの小説
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
8/16番外編出しました!!!!!
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
4/29 3000❤️ありがとうございます😭
8/13 4000❤️ありがとうございます😭
12/10 5000❤️ありがとうございます😭
わたし5は好きな数字です💕
お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—
水樹りと
BL
蛍は三度、運命を感じたことがある。
幼い日、高校、そして大学。
高校で再会した初恋の人は匂いのないアルファ――そのとき彼に番がいると知る。
運命に選ばれなかったオメガの俺は、それでも“自分で選ぶ恋”を始める。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる