パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 7 ③

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 成瀬の声に露骨なまでの険が混ざったことに気づいて、皓太は手を止めた。存在を消そうとしていことを忘れて、視線を向ける。珍しかったからだ。
 その横顔は、いつもと変わらないものに見えたけれど、どちらにしても、珍しい。

 ――揉めた相手って、本尾先輩だったのかな、もしかして。

 仲が良いとは口が裂けても言わないが、わかりやすくパフォーマンスでない喧嘩をする人ではないはずなのだが。
 各委員会の代表が集まる臨時の代表会議だったのだから、同席していても不思議はなにもないのだけれど。そこまで険悪になるような議題、と考えたところで、皓太はぎこちなく視線を動かした。
 向原は先ほど見たときといっさい変わらない、――話を聞いているのかいないのかわからない態度で、淡々とファイルを眺めている。
 そう、本当にふたりともいつもどおりではあるのだ。少なくとも、表面上は。
 ただなぁ、と思ってしまうのは、耳にしたばかりの露骨な声がいい例で、成瀬の長いはずの導火線が短くなっている気がするからだ。向原は向原で、と思ったところで、ふっと向原が笑った。

「なら、もっとわかりやすく庇ってやろうか?」

 その瞬間、成瀬の顔から笑みが消えた。普段との落差も相まって、目が怖い。

 ――本気できてるな、これ。

 導火線が短くなっているような、云々という話ではなく。
 幼いころから知っているから、よくわかってしまった。
 そうすべきだという判断のもと、いかにもアルファらしい威圧的な振る舞いをすることはあっても、感情的に怒るようなことはほとんどない人だったので。
 つまるところ、抜群に感情コントロールがうまいのだ。とりわけ、自分がそばにいるときは。
 それが、これである。完全に成瀬の中で自分の存在が抜け落ちている。

 何度目になるのかわからない溜息を呑み込んで、皓太は傍観を決め込んだ。みささぎ祭のときに、本尾と揉めている場面に遭遇したことがあったが、あのときの数倍は嫌だ。

「向原」

 気を取り直したように、にこりと成瀬がほほえむ。

「俺がいるって言うと思ってる?」

 うわ、こわ。一瞬で吹き荒れたブリザードに、篠原に「どうにかしてくれ」と目で訴える。
 巻き込まれたくない気持ちはわかるが、もとはと言えば篠原にも原因はあると思う。無言の攻防の末に、篠原がしかたなさそうに「成瀬」と声をかけた。その指先が、存在を主張するように机をたたく。

「なに……」
「皓太」
「……」
「忘れてただろ、おまえ」

 沈黙のあとに向けられた気まずげな笑みが答えだった。忘れてた。忘れてた、か。
 自分でも、そうだろうなとは思っていたけれど。

「どうかしたんですか?」

 会議でなにかあった、とか。当たり障りのなさそうなところを選んで、皓太はそう問いかけた。場の空気を変えたかっただけだ。
 けれど、成瀬からまともな応えは返ってこなかった。

「なんでもない」

 気まずさの消えたいつもの笑顔で言い切って、「皓太が気にすることじゃないよ」と続ける。まったくのいつもどおりであることが、逆にものすごく空々しい。
 どうとも言えないでいるうちに、成瀬が席を立った。

「ちょっと頭冷やしてくる」
「おい、成瀬」
「廊下」

 振り返りもしないまま篠原に告げたのを最後に、ドアが閉まる。取り残されるかたちになって、皓太はちらりとふたりを見比べた。
 静かにファイルに目を通している横顔からは、なにを考えているのかは読み取れそうになかった。その向原に対しても、篠原が呆れた声を向ける。

「向原。おまえも、あいつ最近ピリピリしてんだから、あんまり挑発して遊んでやるなよ」

 もっともだなと思ったのだが、向原は「だからだろ」と言ってのけただけだった。視線は変わらず手元にばかり注がれている。

「だからって……」
「まぁ、なんというか、いいかげん見飽きたんだよな、あの顔」
「そりゃ五年も見てたらどんな顔でも見飽きるだろうよ」
「そうじゃねぇよ」

 疲れたような突っ込みを一蹴して、向原はただ淡々と続けた。

「あの似非くさい顔。潰したい」

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