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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 0 ⑥
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「どこまでも勝手だな、おまえは」
いまさらだけどな、と吐き捨てる声は、先ほど自分に向けられていたものより、ずっと呆れきっていて刺々しかった。
「おまえといい、成瀬といい、いつもいつも自分の身内のことばかり。立派なトップもいたもんだ」
「随分な言い方だな。それともなんだ。自分は全体を考えているとでも言いたいのか?」
「おまえらよりは、そうだろ」
投げやりに話を終わらせようとしていることは明らかだったが、茅野もまたそれ以上は言わなかった。行人にはよくわからなかった。茅野も成瀬も、行人にとっては優しくて、公平で、信頼できる先輩だったからだ。
それなのに、どうして、そんなことを言うのだろうか。そうして、どうして茅野は必要以上に言い返さないのだろうか。その戸惑いに応えたわけではないのだろうが、立ち去る前に、本尾はちらりと行人のほうを見やった。
「おまえもある意味災難だな。そんなところに配属されて」
「……え?」
思わずもれた声に対する、返答はなかった。歩き去っていく背を半ば呆然と見つめていると、茅野の手がもう一度行人の背を叩いた。
「荻原が探してたぞ」
「え? え、……あ」
「なんだ、忘れてたのか? あいつ、わざわざ寮にまで探しに戻ってきてたんだぞ」
苦笑まじりに告げられたそれに、茅野がこうして出てきてくれた理由を行人は察した。
「それは、その、……すみません」
なんだか、ものすごく要らない手間をかけてしまっている。恐縮したものの、気にするな、と茅野は軽く笑い飛ばした。
「ちょうどいい気分転換だ。だから、俺はかまわないが、……まぁ、荻原はあまり心配させてやるなよ。あいつはとんでもなく人が良いからな。胃に穴が開いたら困る」
「……気をつけます」
「それと、本尾のことは、あまり気にするな。感情的に行動するやつでもないし、おまえになにかすることもない。馬鹿じゃないからな」
心配するなと言われていることがわかったから、こくりと頷く。高藤からも似たようなことを言われた覚えはあるし、同学年のこの人が言うのなら、事実そうなのだろうと思ったからだ。
怖いと感じてしまうのは、自分の本能によるものが大きいのだろうな、とも。でも――。
引っかかるものを覚えて、逡巡の末に行人は問いかけた。
「じゃあ、茅野さんは、誰を馬鹿だと思ってるんですか?」
「そういう、おまえは?」
「え……っと」
間髪入れずに問い返されて、思わず言い淀む。
茅野が言った「馬鹿」は、後先考えずに動く、感情的な人間を指しているのだと思う。水城は、そういうタイプには見えない。けれど、なぜか天使のほほえみが浮かんで消えなかったのだ。
「べつに責めてるわけじゃない」
宥めるように、茅野はそう言った。
「なにを馬鹿だとするか、怖いと感じるかは、人それぞれだろうからな。強いて言うなら、水城のほうが厄介だとは思うが」
「厄介、ですか?」
「ああいうプライドばかりが高いタイプは、逃げどころをちゃんと残してやらないといけないから。そういう意味では面倒だというだけの話だ」
面倒、というのは、少しわかる気がした。プライドが高いことは悪いことではないと思うが、それがプラスの方向に作用するのであれば。
でも、そうならないときもある。プライドに雁字搦めにされることもある。頭でわかっていても、心が許容できないように。
そうまで思ったところで、ふとひとつ腑に落ちた。成瀬と対峙していたとき、どうして水城はあそこまで攻撃的な態度を取ったのか、不思議だったのだ。
ほかにも理由はあるのかもしれないが、成瀬がらしくないと思うほどの厳しさで逃げ道を絶って、言い訳を許さなかったからなのかもしれない。
「自分のプライドが最優先で、それ以外に守りたいものがない、という人間は、いざ負けそうだと悟ったときに、とんでもないことをしでかすことがあるからな」
まぁ、でも、と、笑って、茅野は話を切り替えた。
「せっかくの長期休暇なんだ。気にせず家でゆっくり過ごしたらいい」
素直に頷くべきだろうとわかっていたが、不服そうな声にしかならなかった。タイミングが悪すぎたのだ。驚異の遭遇率だったと言ってもいい。運が良いと思ったことはないが、それにしても、あまりにもあまりだった。
「そういう顔をしたくなる気持ちもわかるが」
ちょいちょいと眉間を指差されて、はっとして手で覆う。声だけではなく、表情も険しくなっていたらしい。下手をすれば、恨みがましく睨んでいた気がする。
「……すみません」
「べつに、それも謝らなくていい。それに、新学期が始まっても、しばらくは大人しくしてると思うぞ。だから、必要以上に気にするな」
「え?」
「成瀬が泳がせるのをやめたからな」
眉間を押さえたまま、まじまじと茅野を見上げる。その視線を受けて、茅野が笑った。なんでもない、さらりとしたいつもの調子で。
「おまえからすると、本尾や向原のほうが怖く見えるんだろうが、あいつは怖い男だぞ」
「怖い……」
呟いた行人に、それ以上の説明をするでもなく、茅野はただ繰り返した。それが事実だと告げるように。
「おまえが思っているよりも、たぶん、ずっとな」
いまさらだけどな、と吐き捨てる声は、先ほど自分に向けられていたものより、ずっと呆れきっていて刺々しかった。
「おまえといい、成瀬といい、いつもいつも自分の身内のことばかり。立派なトップもいたもんだ」
「随分な言い方だな。それともなんだ。自分は全体を考えているとでも言いたいのか?」
「おまえらよりは、そうだろ」
投げやりに話を終わらせようとしていることは明らかだったが、茅野もまたそれ以上は言わなかった。行人にはよくわからなかった。茅野も成瀬も、行人にとっては優しくて、公平で、信頼できる先輩だったからだ。
それなのに、どうして、そんなことを言うのだろうか。そうして、どうして茅野は必要以上に言い返さないのだろうか。その戸惑いに応えたわけではないのだろうが、立ち去る前に、本尾はちらりと行人のほうを見やった。
「おまえもある意味災難だな。そんなところに配属されて」
「……え?」
思わずもれた声に対する、返答はなかった。歩き去っていく背を半ば呆然と見つめていると、茅野の手がもう一度行人の背を叩いた。
「荻原が探してたぞ」
「え? え、……あ」
「なんだ、忘れてたのか? あいつ、わざわざ寮にまで探しに戻ってきてたんだぞ」
苦笑まじりに告げられたそれに、茅野がこうして出てきてくれた理由を行人は察した。
「それは、その、……すみません」
なんだか、ものすごく要らない手間をかけてしまっている。恐縮したものの、気にするな、と茅野は軽く笑い飛ばした。
「ちょうどいい気分転換だ。だから、俺はかまわないが、……まぁ、荻原はあまり心配させてやるなよ。あいつはとんでもなく人が良いからな。胃に穴が開いたら困る」
「……気をつけます」
「それと、本尾のことは、あまり気にするな。感情的に行動するやつでもないし、おまえになにかすることもない。馬鹿じゃないからな」
心配するなと言われていることがわかったから、こくりと頷く。高藤からも似たようなことを言われた覚えはあるし、同学年のこの人が言うのなら、事実そうなのだろうと思ったからだ。
怖いと感じてしまうのは、自分の本能によるものが大きいのだろうな、とも。でも――。
引っかかるものを覚えて、逡巡の末に行人は問いかけた。
「じゃあ、茅野さんは、誰を馬鹿だと思ってるんですか?」
「そういう、おまえは?」
「え……っと」
間髪入れずに問い返されて、思わず言い淀む。
茅野が言った「馬鹿」は、後先考えずに動く、感情的な人間を指しているのだと思う。水城は、そういうタイプには見えない。けれど、なぜか天使のほほえみが浮かんで消えなかったのだ。
「べつに責めてるわけじゃない」
宥めるように、茅野はそう言った。
「なにを馬鹿だとするか、怖いと感じるかは、人それぞれだろうからな。強いて言うなら、水城のほうが厄介だとは思うが」
「厄介、ですか?」
「ああいうプライドばかりが高いタイプは、逃げどころをちゃんと残してやらないといけないから。そういう意味では面倒だというだけの話だ」
面倒、というのは、少しわかる気がした。プライドが高いことは悪いことではないと思うが、それがプラスの方向に作用するのであれば。
でも、そうならないときもある。プライドに雁字搦めにされることもある。頭でわかっていても、心が許容できないように。
そうまで思ったところで、ふとひとつ腑に落ちた。成瀬と対峙していたとき、どうして水城はあそこまで攻撃的な態度を取ったのか、不思議だったのだ。
ほかにも理由はあるのかもしれないが、成瀬がらしくないと思うほどの厳しさで逃げ道を絶って、言い訳を許さなかったからなのかもしれない。
「自分のプライドが最優先で、それ以外に守りたいものがない、という人間は、いざ負けそうだと悟ったときに、とんでもないことをしでかすことがあるからな」
まぁ、でも、と、笑って、茅野は話を切り替えた。
「せっかくの長期休暇なんだ。気にせず家でゆっくり過ごしたらいい」
素直に頷くべきだろうとわかっていたが、不服そうな声にしかならなかった。タイミングが悪すぎたのだ。驚異の遭遇率だったと言ってもいい。運が良いと思ったことはないが、それにしても、あまりにもあまりだった。
「そういう顔をしたくなる気持ちもわかるが」
ちょいちょいと眉間を指差されて、はっとして手で覆う。声だけではなく、表情も険しくなっていたらしい。下手をすれば、恨みがましく睨んでいた気がする。
「……すみません」
「べつに、それも謝らなくていい。それに、新学期が始まっても、しばらくは大人しくしてると思うぞ。だから、必要以上に気にするな」
「え?」
「成瀬が泳がせるのをやめたからな」
眉間を押さえたまま、まじまじと茅野を見上げる。その視線を受けて、茅野が笑った。なんでもない、さらりとしたいつもの調子で。
「おまえからすると、本尾や向原のほうが怖く見えるんだろうが、あいつは怖い男だぞ」
「怖い……」
呟いた行人に、それ以上の説明をするでもなく、茅野はただ繰り返した。それが事実だと告げるように。
「おまえが思っているよりも、たぶん、ずっとな」
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