パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 4 ②

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「あ、あの、ありがとうございました」

 その声に、取り残されるかたちになっていた一年へと視線を向ける。

「あ、……すみません。えっと、向原先輩と同じ櫻寮の四谷です。本当に助かりました。ありがとうございます」

 さすがに、情報としてであれば、寮生と顔の名前くらいは認識しているが。感謝されたかったわけでもないし、そもそもとして、この一年のために止めたわけでもない。
 ついでに言えば、どうでもいい人間がどこで不用意なことをしていようとも、そうしてその不用意さでなにかに巻き込まれようとも、どうでもよかったのだが。
 ほっとしたような顔を見ているうちに、一言言ってやりたくなってしまった。

「たまたま通りがかっただけだ」
「え……」
「毎回誰かが運よく通りがかって、助けてもらえるって思ってんのか」
「……そういうわけじゃなかったんですけど。でも、そうですよね。そのとおりだと思います」

 すみません、と頭を下げた一年の拳が震えているのが目に入ったが、なにひとつ感情は動かなかった。強いて言うなら面倒で、追いやるように小さく溜息を吐く。余計なことを言ったのは自分だったが、これ以上煩わされたくない。
 びくりと息を呑むような気配のあとで、でも、と震える声が感謝を紡いだ。

「ありがとうございました」

 顔を伏せたまま逃げるように校舎に戻って行くのを見送って、向原はもう一度息を吐いた。
 面倒だったのだ。どうでもいいはずのことに口を出してしまった自分の言動を含めて。これはもう、泣かなかっただけマシだと思うしかない。
 他人の助けを借りないと生きていけないような人間は嫌いだし、他人の助けを当てにして生きている人間も嫌いだ。
 自分の安全くらい自分で保証すべきだろうと思うし、保証できないのなら、なにかあったとしても本人の責任だろう。
 ずっと、そう思って生きてきたし、それが正しいと今も思っている。そのはずだったのだが。

 ――頼られたい、か。

 そんなふうに思っているように見える、と言ったのは、高等部に入る前の篠原で、そのときの自分は一蹴した。けれど、今、同じように一蹴できるかと問われると、どうだろうかと思ってしまう。
 まったくもって、馬鹿らしい話だ。
 
 最近の学内は、かつてほどではないにせよ、たしかに少し荒れている。


「寮長として礼を言ったほうがいいのか? それとも所属寮の最上級生としてあたりまえのことをしただけだと思っていたらいいのか?」

 夜半に寮に戻ってきたところを引き留められて、階段を上り切ったところで向原は立ち止まった。

「あいかわらず地獄耳だな」
「それもあるが、四谷が自分で言ってきたんだ。ご迷惑をおかけしました、ということらしい。おまえにしては珍しく余計な口を出したみたいだな。落ち込んでいた」

 気の毒に、と茅野は苦笑していたが、こちらを咎めようとしているまでのそぶりはない。咎められるもなにも、それこそ口を出されるいわれのないことではあるが。
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