夢の続きの話をしよう

木原あざみ

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第十一話

64.

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「先生」

 教室を出た途端、呼び止めにきた声の主は少し意外で、だから、少し驚いた。

「時枝。おまえ、部活はどうした」 

 いつもだったら、もうグラウンドに移動していても良い時間だった。時枝に限ってさぼりだと言うことはないだろうけれど。責めたつもりはなかったのだが、時枝がバツが悪そうに眉を下げた。

「だって、先生、最近、顔出さないから」
「コーチでも監督でもないからな。ちょっと今、忙しいんだよ」

 小学生を諭すような調子になったことに気が付いて、言い足す。

「富原、来てたぞ。良かったな。監督にまたお礼言っとけよ」
「富原って富原選手?」

 嬉しそうに輝いた瞳に、これが本来の反応だよなと苦笑いになる。いくら名門とは言え、近い世代に有名選手が二人もいて、おまけに顔を出しに来てくれるのは、有り難く得難い環境だと思う。
 だから、早く行けと促すと、時枝が珍しく僅かに言い淀んだ。部活の前に話したいことでもあるのかと問いを待つ。それくらいの時間はある。

「あのさ、先生」
「なんだ?」
「あいつ、どうなの。何かしたの?」

 時枝の言う「あいつ」が誰なのかはすぐに分かったのだが、どこまで説明するかが多少悩ましい。何か更なる問題を起こしたと言うことには記録上なってはいないので、「何かした」わけではない。つまり当然、処分が下ったわけもない。練習に顔を出さないのは、言ってしまえば、作倉の勝手だ。

「いつもと変わらないと思うけど。気になることでもあったのか?」
「監督にコーチに、おまけにウチの担任まで雁首そろえてあいつ呼び出してたじゃん。さすがに気が付かないわけがないって」
「あー……、そうか」
「あいつに聞いてみたけど、答えないし。腹立つだけだし。挙句、気になるなら先生に聞いてみればって言うから」

 そう来たかと言う気持ちでいっぱいだが、余計なことは言うなと釘を刺されているだろう作倉からすれば、そうとしか言えなかったのかもしれないとも思えなくもない。

「そう言えば、あいつが呼び出された日あたりから、先生、寮に来なくなったようなと思って」
「いや、勉強は、何と言うか、俺が見たところであんまり意味がないからってだけで」
「意味がない?」
「佐倉に無いのはやる気だけだろ。別に頭が悪くてテストの点が悪いわけでもないから」
 サッカーに対するスタンスが同じと言うよりかは、最早、人生におけるスタンスがそうなっているのだろが。早いところ修正しないと痛い目を見るぞとずっと言っているつもりなのだが、ある程度は痛い目を見ないとあれは目を覚まさないかも知れない。
「それに、まぁ、ずっと特別扱いで補習するわけにもいかないし。それだけ」
「本当に?」
「本当にって、それだけだから。まぁ、気が向いたら、また声かけてやれよ。おまえが声かけるのが一番効くだろ」

 作倉も時枝には他の連中に対してよりかは気を許しているような気がしなくもない。ありがた迷惑な話なのか、苦労が報われての話なのかは俺には判断は付かないが。

「何もないなら良いけど、あいつ、何するか分からないところあるから」
「寮で何かあったりしたのか?」

 含みのある言い方に心配になったのだが、時枝はそうじゃないと言わんばかりに首を振った。

「あるわけないじゃん。そこまで馬鹿じゃないって、たぶん。と言うか逆に心配なんだけど、先生の頃ってあったの、そう言うの」
「そう言うって」
「暴力とか。理不尽な上下関係とか、そう言うアレ」

 なかったに決まっていると平然と応じながら、俺以外は、と内心で付け加える。グレーゾーンと言うことにしておきたいが、公になっていればアウトだったかもしれない。
 あの頃の富原がどこまで気が付いていたのかは知らないが、余計な心労を与えていただろうなとは今更ながら思う。当時はそんなこと考える余裕もなかったけれど。

「良いとこだと思うよ、俺は、ここが」

 伝統校である割には、理不尽な慣習も無意味な上下関係も存在しない。多少の諍いはあったとしても、部の雰囲気が悪くなるほどのものはない。
 今、気を揉んでいる生徒に言う言葉ではないかも知れないが、いつかあの頃は良かったと思うようになって欲しいとも願う。OBとしても、一教員としても。名ばかりとは言え、顧問としても。

 ――まぁ、そのためにも、できることなら、問題は解決してやりたいんだけどな。

 俺が手を出す範囲なのかどうかと言うと、少し悩む範疇でもあるのだが。
 少し様子を見るか、と監督が言ったのは、折原がやたらと深刻そうに口を挟んでいたからかもしれない。べつに、何もなかったのだから、それで良いのに。

 ――冗談でも何でも、何かあってからじゃどうにもならないでしょう。そのあたり、どう考えてるんですか、先輩は。

 不機嫌な色を隠しもせず、問われたそれに、返答に窮してしまったのが勝負の別れ所だったようにも思う。
 いや、何の問題も起きるはずないだろ、とか。悪ふざけだから、とか。
 事実であるはずなのに、そういった言い逃れを許してくれない雰囲気があったのだ。誠実さ、と言った方が良いのかもしれない。とにかく、そう言った、俺にはないものに、少し圧された。
 挙句、近くに居ないんで言葉と行動で俺を安心させてください、と請われてしまえば、分かったと了承するしか道がなかった。

 ――まぁ、無意味な心配をさせたいわけでもないし、気に留めるくらいは全然、良いは良いんだけど。

 それが意味があるかどうかはさておいて、の話にはなるが。
 ふと思う。「付き合う」と言うのは、これで正しいのだろうか、と。
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