南食堂ほっこりごはん-ここがきっと幸せの場所-

木原あざみ

文字の大きさ
49 / 82
袖振り合うも他生の縁

16:南凛太朗 1月7日15時25分 ①

しおりを挟む
「すみません、せっかく来てもらったのに。たぶん、あいつ、無理だと思うんで」

 今日は中止で、と高校生の少年に頭を下げられ、大学生だった南は苦笑ひとつで了承を返した。
 バンドの練習にサポートで参加していただけだったので、実際にべつに構わなかったのだ。
 そうと決まれば帰ろう、と。荷物を片づけていると、おろおろと諍いを見守っていた少女が、少年をスタジオの隅に引っ張った。
 ひそひそとふたりで話しているが、やたらと距離が近い。付き合っているのかもしれないな、と他人ごとで南は思った。よくあることだ。メンバー内での色恋沙汰も、喧嘩別れも。
 とにもかくにも練習がなくなった以上、長居は無用。「お先」と告げて、南はスタジオをあとにした。地上に向かう階段を上る。
 若い人間が集まっているのだ。喧嘩など、どこのバンドでもあるだろう。だが、しかし。

 ――あんな漫画みたいに飛び出さなくてもいいのにな。

 十数分前。メンバー内で揉め、スタジオを飛び出した少年の顔が頭に過る。「あ」という小さな声が聞こえたのは、笑いそうになった瞬間だった。

「なにやってんの、おまえ」

 植え込みに座り込んでいる少年を見とめ、南は思わず呟いた。その台詞に、少年の眉間にむっとした皺が寄る。

「なにって、べつに……」

 漫画みたいにスタジオを飛び出し、漫画みたいに植え込みに座り込んでいた子どもの腹が、漫画みたいなタイミングでぐぅと鳴った。
 気まずそうに逸らされた横顔の赤さは、暗がりの中でも見て取れる。まぁ、これはちょっと恥ずかしかったかもしれないなぁ、と。思いやる大人げを持ち合わせていた南は、淡々と問いかけた。

「なに、腹減ってんの? 金は?」
「……持ってきてない」

 つまるところ、スタジオに置きっぱなしということらしい。
 取りに帰ったついでに謝ればいいのに。そう提案するには、あまりにも声音が痛恨とし過ぎていた。しかたなく違う台詞を選ぶ。

「貸してやろうか?」

 顔を数回合わせた程度の関係ではあるものの、仏心というやつだ。
 数百円程度であれば返ってこなくとも構わない。それに、似た界隈に籍を置いている身だ。今後もどこかで会うことはあるだろう。

「いや、それは駄目」
「なんでだよ」

 妙にはっきりと断られ、南は問い返した。みるみるうちに気まずそうになる顔は、気持ち良いほどに感情と表情が直結している。

「ばあちゃんが、バンドはいいけど、金の貸し借りだけはするなって。……なんだよ、笑うなよ。だから言いたくなかったのに!」
「笑ってねぇよ、べつに」

 ちょっと犬みたいだな、と思ったのと、話す内容がほほえましかった、というだけだ。田舎育ちの自分に言われたくないだろうが、随分としっかりとした祖母がいるらしい。
 憤慨した様子の少年を見下ろしたまま、さて、と南は考えた。よく知らない人間と金銭の貸し借りはしないという価値観は大変まともである。とは言え、じゃあ、と放置して帰るのも、さすがになんというか。
 ……と、考えたところで、リュックの中のおにぎりの存在を思い出した。朝握ったものだが、暖房のついた場所に置いていたわけでもなし、まぁ、大丈夫だろう。そう判断した南はアルミホイルで包んだおにぎりを手渡した。提案ではなく、決定事項として。

「金じゃなかったらいいだろ、ほら」

 きょとんと見上げてくる顔は、高校生とは思えないほど幼い。
 笑いそうになるのを堪え、じゃあな、と歩き出そうとした南を、慌てた声が引き留める。

「待って。もうちょっと、ここにいて」

 振り返った先の瞳が、迷子のようだったからいけない。絆されてしまい、南は隣に腰を下ろした。季節は真冬と言っていい時期で、触れた石は冷えて冷たかった。
 寂しいなら下に戻れよ、と呆れ半分で言えば、そういうんじゃないし、と拗ねているとしか思えない声が応じる。
 それがあまりにもあまりだったので、堪えきれず南は笑った。
 時東悠。当時、『Ami intime』という男女三人のグループで活動していた、高校生の名前だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私は私で幸せになりますので

あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。 ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。 それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。 最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...