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悪役令嬢編
14.序
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「ようやく精霊のいたずらも落ち着きましたわね」
「本当に。これでゆっくりと過ごすことができますわ。もっとも、気配も感知することのできない方には関係のない話でしょうけれど。先だっての光の聖女さまのパーティーでも、もしかしたらおひとりだけなにも視えていらっしゃらなかったのかもしれないわ」
「あら、駄目よ。そんなにはっきりと申し上げたらお気の毒。伯爵家の娘が精霊の気配を感知できないだなんて。私だったら恥ずかしくてどこにも顔を出せないわ」
「大丈夫ですわ。なにせ、あのお方には、特別な従者がいますもの」
「ご冗談を。名ばかりに決まっているではありませんか。殿下でさえならさない特別待遇で、傍に置いていらっしゃるのですわよ」
休日の朝のカフェテリアは、平日の朝とは違うにぎわいに満ちている。聞く気もない令嬢たちの噂話が、勝手に耳に入ってくる程度には。
間違っているとは言い難いものの、あまりにも悪意が明け透けだ。そうサイラスは判断をした。なにせ、噂の当人がすぐ近くにいるのである。
溜息を呑み、広いテーブルを優雅にふたりで使用するオリヴィアの向かいの席を引く。
「失礼」
「私のことを非難なさるばかりのくせに、こういうときはお節介ですのね」
ちらりと視線を上げたオリヴィアが、薄い笑みを張りつける。噂を囁く声は、あっというまに小さくなったようだった。
自分ひとりの存在でやめる程度であるのであれば、最初からしなければいいものを。内心で呆れていると、オリヴィアは無感動に言い足した。
「あいかわらず、お優しいこと」
「そういうつもりはありませんが」
「そうですの? まぁ、もっとも、私よりメイジーさまのほうがよほど厚顔無恥と思いますけれど。殿下に相手をされないとわかったら、今度は弟君」
「オリヴィア嬢」
「あら。あなたも誑かされたおひとりかしら。いけませんわよ、サイラスさま」
にこりと目元を笑ませ、オリヴィアがティーカップに口をつける。そうして、隣に座るレオへと視線を向けた。
「殿下に叱られてしまいますわ。ねぇ、レオ」
そちらはそちらであいかわらず嫌味なことだ、という台詞も、サイラスは呑み込んだ。
意味のない言い争いをするつもりはない。応じずにいると、追撃のようにオリヴィアは笑みを深くした。嫌味な視線が、噂話を繰り広げていた令嬢のテーブルを捉える。
「あなたのお兄様さまの婚約者さまも混ざっていらっしゃいますわよ。ノット家の婚約者ともあろう方が品のないこと。お兄さまはご存じ? ああ、ローガンさまはあまり興味を持っていらっしゃいませんでしたわね。十も下なのだからあたりまえでしょうけれど」
兄の婚約者とは言え、親しく声を交わす仲ではない。こちらを意識して行動を改めるというのであれば、ありがたい話であるが。
「ノット卿もあいかわらずですわね」
かつての兄の婚約者のことも、新しい婚約者のことも。家のためであれば好き勝手に動く父を揶揄したのだろうが、その点は完全に同意をする。
応戦する代わりに、サイラスはべつの懸案を問いかけた。
「念のために確認をしたいのですが」
「あら。なにかしら」
「メイジー嬢をいじめたりなどなさっていませんよね」
視線を合わせたサイラスを見つめ返し、オリヴィアはほほえんだ。
「する理由がありませんわ」
あっさりと応じた赤い瞳が、カフェテリア内をゆっくりと眺めていく。その視線が留まったのは、メイジーのテーブルだった。同席しているのはジェラルドと彼の取り巻きだ。おそらくは教室でもこの調子なのだろう。
「噂だの、いじめだの、くだらない話ばかり。ここは社交界と一緒ね。それなのに、楽しい遊びのひとつもないんだもの。どこかに遊びに行こうかしら」
嫌味半分ひとりごと半分と言ったふうに呟いたオリヴィアが、それにしても、と話を続けた。
「本当に、ジェラルドさまもいったいなにを考えていらっしゃるのだか」
「オリヴィア嬢」
嫌味を隠す気のないそれに、呼びかける声のトーンが下がる。第二王子に対する言葉ではないとの意に、オリヴィアは小さく肩をすくめた。
なんだか、本当に、どんどんとひねくれているような。おまけに素行も悪いときた。苛立ちを抑え、淡々とサイラスは告げた。
「何度も言っていると思いますが、もう少し言動を改めたらいかがですか。殿下の心も変わることがあるかもしれませんよ」
素行に思うところはあるものの、酷な振られ方を見たいわけではない。善意の忠告のつもりだったのだが、オリヴィアが意に介すことはなかった。
「あら、怖ぁい。サイラスさま、もしかしてメイジーさまと共謀していらっしゃるの?」
誰がだ。あまりの言いように青筋が浮かぶ。なにもたくらみごとをしていないのかと問われると、否定しづらいところはあるが。それはそれだ。
「それに」
ふっと笑った気配に、しかたなく意識を向け直す。勝気な瞳を笑ませ、忠告を返すようにオリヴィアは言い放った。
「サイラスさまこそ。メイジーさまばかり見ていらっしゃると、さらなる殿下の不興を買いかねませんわよ」
少し前にも聞いた覚えのある台詞だが、そもそもで言えば、ハロルドは、この一、二年――とくに、二ヶ月前にオリヴィアたちが入学してからというもの、ほかの人間にはわからないだろう程度だが機嫌が悪い。
自分が近くにいると顕著な気がしたので、この二ヶ月ほどは意識して距離を置いていたのだが。オリヴィアに言う必要はないことだ。
黙ったまま見つめ返せば、オリヴィアはことさら優雅にほほえんだ。顔だけを見ていれば、殿下の婚約者としてまったく相応しい気品のある微笑である。
「あの方は、とてもとても愛情深い方ですもの」
「本当に。これでゆっくりと過ごすことができますわ。もっとも、気配も感知することのできない方には関係のない話でしょうけれど。先だっての光の聖女さまのパーティーでも、もしかしたらおひとりだけなにも視えていらっしゃらなかったのかもしれないわ」
「あら、駄目よ。そんなにはっきりと申し上げたらお気の毒。伯爵家の娘が精霊の気配を感知できないだなんて。私だったら恥ずかしくてどこにも顔を出せないわ」
「大丈夫ですわ。なにせ、あのお方には、特別な従者がいますもの」
「ご冗談を。名ばかりに決まっているではありませんか。殿下でさえならさない特別待遇で、傍に置いていらっしゃるのですわよ」
休日の朝のカフェテリアは、平日の朝とは違うにぎわいに満ちている。聞く気もない令嬢たちの噂話が、勝手に耳に入ってくる程度には。
間違っているとは言い難いものの、あまりにも悪意が明け透けだ。そうサイラスは判断をした。なにせ、噂の当人がすぐ近くにいるのである。
溜息を呑み、広いテーブルを優雅にふたりで使用するオリヴィアの向かいの席を引く。
「失礼」
「私のことを非難なさるばかりのくせに、こういうときはお節介ですのね」
ちらりと視線を上げたオリヴィアが、薄い笑みを張りつける。噂を囁く声は、あっというまに小さくなったようだった。
自分ひとりの存在でやめる程度であるのであれば、最初からしなければいいものを。内心で呆れていると、オリヴィアは無感動に言い足した。
「あいかわらず、お優しいこと」
「そういうつもりはありませんが」
「そうですの? まぁ、もっとも、私よりメイジーさまのほうがよほど厚顔無恥と思いますけれど。殿下に相手をされないとわかったら、今度は弟君」
「オリヴィア嬢」
「あら。あなたも誑かされたおひとりかしら。いけませんわよ、サイラスさま」
にこりと目元を笑ませ、オリヴィアがティーカップに口をつける。そうして、隣に座るレオへと視線を向けた。
「殿下に叱られてしまいますわ。ねぇ、レオ」
そちらはそちらであいかわらず嫌味なことだ、という台詞も、サイラスは呑み込んだ。
意味のない言い争いをするつもりはない。応じずにいると、追撃のようにオリヴィアは笑みを深くした。嫌味な視線が、噂話を繰り広げていた令嬢のテーブルを捉える。
「あなたのお兄様さまの婚約者さまも混ざっていらっしゃいますわよ。ノット家の婚約者ともあろう方が品のないこと。お兄さまはご存じ? ああ、ローガンさまはあまり興味を持っていらっしゃいませんでしたわね。十も下なのだからあたりまえでしょうけれど」
兄の婚約者とは言え、親しく声を交わす仲ではない。こちらを意識して行動を改めるというのであれば、ありがたい話であるが。
「ノット卿もあいかわらずですわね」
かつての兄の婚約者のことも、新しい婚約者のことも。家のためであれば好き勝手に動く父を揶揄したのだろうが、その点は完全に同意をする。
応戦する代わりに、サイラスはべつの懸案を問いかけた。
「念のために確認をしたいのですが」
「あら。なにかしら」
「メイジー嬢をいじめたりなどなさっていませんよね」
視線を合わせたサイラスを見つめ返し、オリヴィアはほほえんだ。
「する理由がありませんわ」
あっさりと応じた赤い瞳が、カフェテリア内をゆっくりと眺めていく。その視線が留まったのは、メイジーのテーブルだった。同席しているのはジェラルドと彼の取り巻きだ。おそらくは教室でもこの調子なのだろう。
「噂だの、いじめだの、くだらない話ばかり。ここは社交界と一緒ね。それなのに、楽しい遊びのひとつもないんだもの。どこかに遊びに行こうかしら」
嫌味半分ひとりごと半分と言ったふうに呟いたオリヴィアが、それにしても、と話を続けた。
「本当に、ジェラルドさまもいったいなにを考えていらっしゃるのだか」
「オリヴィア嬢」
嫌味を隠す気のないそれに、呼びかける声のトーンが下がる。第二王子に対する言葉ではないとの意に、オリヴィアは小さく肩をすくめた。
なんだか、本当に、どんどんとひねくれているような。おまけに素行も悪いときた。苛立ちを抑え、淡々とサイラスは告げた。
「何度も言っていると思いますが、もう少し言動を改めたらいかがですか。殿下の心も変わることがあるかもしれませんよ」
素行に思うところはあるものの、酷な振られ方を見たいわけではない。善意の忠告のつもりだったのだが、オリヴィアが意に介すことはなかった。
「あら、怖ぁい。サイラスさま、もしかしてメイジーさまと共謀していらっしゃるの?」
誰がだ。あまりの言いように青筋が浮かぶ。なにもたくらみごとをしていないのかと問われると、否定しづらいところはあるが。それはそれだ。
「それに」
ふっと笑った気配に、しかたなく意識を向け直す。勝気な瞳を笑ませ、忠告を返すようにオリヴィアは言い放った。
「サイラスさまこそ。メイジーさまばかり見ていらっしゃると、さらなる殿下の不興を買いかねませんわよ」
少し前にも聞いた覚えのある台詞だが、そもそもで言えば、ハロルドは、この一、二年――とくに、二ヶ月前にオリヴィアたちが入学してからというもの、ほかの人間にはわからないだろう程度だが機嫌が悪い。
自分が近くにいると顕著な気がしたので、この二ヶ月ほどは意識して距離を置いていたのだが。オリヴィアに言う必要はないことだ。
黙ったまま見つめ返せば、オリヴィアはことさら優雅にほほえんだ。顔だけを見ていれば、殿下の婚約者としてまったく相応しい気品のある微笑である。
「あの方は、とてもとても愛情深い方ですもの」
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