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好きになれない2
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つぼみの窓を、強まり出した風が揺らしている。そういえば、台風が接近してるんだったな。日和は家を出る前に見た天気予報を思い出した。再接近は今夜遅くと言っていたが、もしかすると早まっているのかもしれない。
「ねぇ、まきちゃん。今日は勉強会やる?」
日和と同じく心配になったらしい雪人が、窓から視線を外して問いかける。んー、と短く唸って、真木が「なしかな」と結論を出した。
――まぁ、そうなるよな。ここは学校じゃないから警報が出ても休みにはならないけど。とは言え、帰れなくなったら大変だし。
学習塾と一緒だ。よほどでなければ休みにはならない。ただし、来るかどうかは各自の保護者判断で、ということだろう。実際、今日は電車で通っている凛音たち兄妹や、小学生組は休んでいる。つぼみに朝から顔を出しているのは、雪人と恵麻といった常連組のほかは二人だけで、いつもよりもひっそりとしていた。
「えー、せっかく来たのに」
「そんなこと言って、おまえ、帰り道、雨風きつかったら困るだろ」
「そうだよ、雪ちゃん」
取り成す調子で日和も続ける。
「お家まで近いって言っても、危ないから」
「そうそう。というわけで、今日は四時で終わりにするか」
「って、あと一時間しかないじゃん!」
声を大きくした恵麻に、真木が「その代わり」と言い足した。
「俺と日和とで送って行ってやるから。恵麻と初美は俺。雪と晴日は日和に途中まで送って行ってもらいな」
いきなりの指名に真木を見ると、首を傾げられてしまった。「駄目?」
「いや、……ぜんぜん大丈夫です」
駄目なのは、いきなりかわいいようなしぐさを見せるあんただ。なんて言えるはずもない。不自然にならないように視線を外して、雪人とゲームをしていた晴日とに声をかける。
「じゃあ、よろしくね。道は教えてもらうことになるけど」
「任せて。雪、晴日くんの帰る方向もわかるから」
「……俺、そいつと別れるところまででいい」
判断を付けかねて真木を伺う。晴日は中学二年生で、雪人たちより一つ年下の男の子だ。斜に構えたところがあり、甘え下手。そんな印象がある。
「大通りから一本入っただけのところだからな。晴日の家。晴日、雪と日和が家に入るまで、おてて振って見送ってくれるって」
「あ、それ、いい! 楽しそう」
「ふざけんなよ、クソオカマ。恥ずかしいことすんな」
「オカマじゃないって言ってるでしょ、なんでそういうこと言うの!」
「そうだよー、最近は男の娘とか言うんだよー。まぁ、雪ちゃんは雪ちゃんだけどねー」
まったりとした口調で仲介に入った恵麻に、晴日がバツの悪い顔で黙り込む。誰も口にはしないが、晴日が恵麻に気があるらしいことは周知の事実なのだ。
――そう思うと学校と変わらないよな。当たり前だけど。
人間関係における「合う」「合わない」は、つぼみにも存在する。職員も「合わない」という感覚を否定はしない。だからと言って、きつく当たって良いわけがないよな、と諭すだけだ。苦手な人間とどう付き合っていくかという問題は難しい。まだ感情のコントロールの難しい年頃の彼らにとっては、とりわけ。
――でも、だから。
いい経験になるのだろうな、と日和は思う。対人関係から逃げることはできないのだ。社会のなかで生きていく上で。そうであるなら、上手な折り合いの付け方を学んでいくしかない。
折り合い。自分で考えたくせに、暗雲たる気持ちになってしまった。幼少期に人と向き合っていないとこうなるのだという悪例が、まさに今の自分だ。
――俺、ちゃんと「普通」にできてんのかな。
ちらりと見遣った先で、真木が晴日に話しかけている。憮然としていた少年のそれが和らいでいく様はさすがだとしか言いようがない。抜群にうまいんだよなぁ、人あしらい。いや、それじゃ褒めてないか。悶々と考えているうちに視線が合いそうになって、日和は恵麻たちのほうに顔を向けた。絶対に、普通じゃない。
自己嫌悪で死にそうになりながら、必死で切り替える。あの夜以来、もうずっとこうだ。ぴよちゃんと無邪気に呼ぶ声が唯一の救いのように思えて、日和はそっと微笑んだ。
「ねぇ、まきちゃん。今日は勉強会やる?」
日和と同じく心配になったらしい雪人が、窓から視線を外して問いかける。んー、と短く唸って、真木が「なしかな」と結論を出した。
――まぁ、そうなるよな。ここは学校じゃないから警報が出ても休みにはならないけど。とは言え、帰れなくなったら大変だし。
学習塾と一緒だ。よほどでなければ休みにはならない。ただし、来るかどうかは各自の保護者判断で、ということだろう。実際、今日は電車で通っている凛音たち兄妹や、小学生組は休んでいる。つぼみに朝から顔を出しているのは、雪人と恵麻といった常連組のほかは二人だけで、いつもよりもひっそりとしていた。
「えー、せっかく来たのに」
「そんなこと言って、おまえ、帰り道、雨風きつかったら困るだろ」
「そうだよ、雪ちゃん」
取り成す調子で日和も続ける。
「お家まで近いって言っても、危ないから」
「そうそう。というわけで、今日は四時で終わりにするか」
「って、あと一時間しかないじゃん!」
声を大きくした恵麻に、真木が「その代わり」と言い足した。
「俺と日和とで送って行ってやるから。恵麻と初美は俺。雪と晴日は日和に途中まで送って行ってもらいな」
いきなりの指名に真木を見ると、首を傾げられてしまった。「駄目?」
「いや、……ぜんぜん大丈夫です」
駄目なのは、いきなりかわいいようなしぐさを見せるあんただ。なんて言えるはずもない。不自然にならないように視線を外して、雪人とゲームをしていた晴日とに声をかける。
「じゃあ、よろしくね。道は教えてもらうことになるけど」
「任せて。雪、晴日くんの帰る方向もわかるから」
「……俺、そいつと別れるところまででいい」
判断を付けかねて真木を伺う。晴日は中学二年生で、雪人たちより一つ年下の男の子だ。斜に構えたところがあり、甘え下手。そんな印象がある。
「大通りから一本入っただけのところだからな。晴日の家。晴日、雪と日和が家に入るまで、おてて振って見送ってくれるって」
「あ、それ、いい! 楽しそう」
「ふざけんなよ、クソオカマ。恥ずかしいことすんな」
「オカマじゃないって言ってるでしょ、なんでそういうこと言うの!」
「そうだよー、最近は男の娘とか言うんだよー。まぁ、雪ちゃんは雪ちゃんだけどねー」
まったりとした口調で仲介に入った恵麻に、晴日がバツの悪い顔で黙り込む。誰も口にはしないが、晴日が恵麻に気があるらしいことは周知の事実なのだ。
――そう思うと学校と変わらないよな。当たり前だけど。
人間関係における「合う」「合わない」は、つぼみにも存在する。職員も「合わない」という感覚を否定はしない。だからと言って、きつく当たって良いわけがないよな、と諭すだけだ。苦手な人間とどう付き合っていくかという問題は難しい。まだ感情のコントロールの難しい年頃の彼らにとっては、とりわけ。
――でも、だから。
いい経験になるのだろうな、と日和は思う。対人関係から逃げることはできないのだ。社会のなかで生きていく上で。そうであるなら、上手な折り合いの付け方を学んでいくしかない。
折り合い。自分で考えたくせに、暗雲たる気持ちになってしまった。幼少期に人と向き合っていないとこうなるのだという悪例が、まさに今の自分だ。
――俺、ちゃんと「普通」にできてんのかな。
ちらりと見遣った先で、真木が晴日に話しかけている。憮然としていた少年のそれが和らいでいく様はさすがだとしか言いようがない。抜群にうまいんだよなぁ、人あしらい。いや、それじゃ褒めてないか。悶々と考えているうちに視線が合いそうになって、日和は恵麻たちのほうに顔を向けた。絶対に、普通じゃない。
自己嫌悪で死にそうになりながら、必死で切り替える。あの夜以来、もうずっとこうだ。ぴよちゃんと無邪気に呼ぶ声が唯一の救いのように思えて、日和はそっと微笑んだ。
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