好きになれない

木原あざみ

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好きになれない2

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「メリークリスマス、ぴよちゃん」

 つぼみの戸を引くなり、玄関先で出迎えてくれたのは凛音だった。めいっぱいの笑顔に、自然と日和の顔にも笑みが浮かぶ。

「おはよ、凛音ちゃん。メリークリスマス」

 二日ほど過ぎてはいるけれど。いつもとは異なり、おしゃれ着と言って差し支えない白いワンピースを身に纏っていた。

「かわいいね、それ。もしかして、クリスマスプレゼント?」
「そう! さすが、ぴよちゃん、大正解。あきなんて、なにも言ってくれないんだもん」
「照れてるんだよ、きっと」

 思春期の男子に褒め言葉を求めるのは少し酷な気がする。やんわりと擁護した日和に拗ねるでもなく、凛音はラッピングされた小袋を手渡した。手作りらしい不揃いなクッキー。

「日曜日に作ったの。これは、ぴよちゃんの分」
「ありがとう」

 予想外のプレゼントに、自分も小さなお菓子でも用意しておくべきだったのかと悩んだが、凛音はお返しを求めているふうでもない。受け取った日和を満足そうに見つめている。

「みんなの分、頑張って作ったんだ。美味しくないかもしれないけど、ぴよちゃんも食べてね」
「ううん、きっと美味しいよ。ありがと」

 和室からは既に恵麻と雪人の声が響いていた。今日はみんな、来るのが早い。

「土曜日がイブだったでしょ。それで、土曜日のカフェでね、クリスマスパーティーをやったんだ」

 つぼみは月に一度、第四土曜日に近くの公民館を借りて、手作りのお菓子を販売する「カフェ」をしている。日和は顔を出したことはないが、女子生徒が中心となって頑張っていることは知っている。嬉しそうな凛音の顔は話したくてたまらないと書いてあって。日和は鞄を持ったまま、和室に足を踏み入れた。

「あ、ぴよちゃん、おはよう」
「おはよう、恵麻ちゃん、ゆきちゃんも」

 暁斗と紺にも挨拶をして、あれ、と気配を探る。

「まきちゃんはお昼の買い物に行ったよ。すぐに日和も来るから大人しくしとけってさ」
「あ、そうなんだ」

 相変わらずのひよこぶりと思われたのか、聞くまでもなく恵麻が答えを教えてくれた。

 ――いや、たしかに探したけど、それはスタッフとして当たり前というか。

 聞かれてもいないのに、脳内で言い訳を重ねてしまった。話しかけてくる凛音の声に、慌ててコートと鞄を部屋の隅に置いて炬燵に入る。冬といえば、炬燵だ。十二月に入ったころに姿を現したこのアイテムに日和はいたく感動したのだった。つぼみは古い一軒家だからか隙間風が少々寒いのだ。特に玄関に近いこの部屋は。

「あのさ、ぴよちゃん」
「ん?」

 少し音量の下がった凛音の声に、日和は顔を傾けた。凛音は内緒話をするように囁く。

「ぴよちゃんって、塩見さんの恋人なの?」

 思わず、まじまじと凛音の顔を見つめてしまった。その瞳は、純粋に興味で煌いている。

「違うけど。なんでいきなりそんなことを思ったの?」

 実際、それは事実だ。日和はあの数日後、たしかに断った。自分の問題ではあるけれど、そういった割り切る付き合いはできない、と。今はそういうことを考えている余裕もないから、あなたが望むようなことはできないだろう、と。
 緊張していた日和が肩透かしを食らうくらい、彼女はいつもどおりだった。あっけらかんとした笑顔で「わかった」と応じた。そのはずだった。そのあとにゼミでも会ったけれど、塩見の態度は今までどおりだった。

「なんだ? 違うの?」

 裏返って大きくなった凛音の声に、漫画を読んでいた恵麻と雪人が顔を上げる。

「違うって、カフェの塩見さんの話?」

 雪人にまで当たり前の顔で口にされ、日和は土曜日になにがあったのかと頭を抱えたくなった。

 ――後腐れなく処理したと思ったのに。なんで、そんな噂になってんだ?

 とは言え、相手は水原ではなく生徒だ。拗ねることも不貞腐れることもできない。日和は再度、「違うけど、なんで?」と繰り返した。
 恵麻と雪人が迷うように視線を合わせているのを他所に、凛音がさらりと真相を告げる。

「土曜日にね、塩見さんがちょっとだけカフェに顔を出してくれたの。それで、そのときにすごくおしゃれしてたから、名波さんが『もしかして、このあとデート?』って聞いて。めぐちゃんが『もしかしてぴよちゃんさんですかぁ』って言ったら、塩見さんが『まぁ、そんなとこ』って笑って帰って行ったから」
「……めぐちゃんは、めちゃくちゃ焦ってたけどね。冗談のつもりだったのに、どうしよう、って。せっかく香穂子ちゃんが久しぶりに顔を出してくれてたのに、ちょっと落ち込んじゃってたし」

 責める響きを帯びた恵麻の補足に、日和は「ごめんね」と眉を下げた。最近は保健室登校を始めた香穂子だが、つぼみをやめたわけではなく、週に一度ほど顔を出すことがある。
 そういえば、と日和はひっそりと息を吐いた。冬休みになったら毎日来れるかもってこのあいだは嬉しそうだったのに。昼から現れるかもしれないが、今のところ、その姿は見えない。

「たぶん、塩見さんの、その、冗談だったんだと思うんだけど。ごめんね」
「ぴよちゃんが謝るようなことじゃないけどさ。違うなら、なおさら」
「うん、でも」

 どういうべきだろうか。悩みながら慎重に言葉を選ぶ。苛々が零れ落ちてしまいそうだった。それだけはすべきではない。
 教育者だ、なんて言うつもりはないけれど、ここにいるあいだの自分は、自堕落な大学生ではない。生徒たちが安心して過ごすことができるように努めるべきスタッフだ。

 ――それを、なんだよ。

 思わせぶりな塩見の笑顔が一閃する。冗談にしても、やって良いものと悪いものがあるだろう。

「名前が出たなら、俺も関係あることだしさ。それで、嫌な思いさせてごめんね。せっかくのクリスマスパーティーだったのに」
「でも、あたし、本当だったら、美男美女でお似合いだねって言ってたんだよ。ついつい忘れちゃうけど、ぴよちゃん、お顔は格好良いもんね。うちのお母さんもね、キャンプの写真を見て、あら、この子、モデルさんみたいねって言ってたよ」

 無邪気な凛音の言葉に曖昧に笑って、勉強を始めようかと声をかける。勉強部屋に各々の準備物を持って移動する生徒たちの後を追いながら、日和は苦虫を噛み潰した。
 カフェは、優海を中心に女性スタッフで運営されている。とは言え、それがあったのが土曜日だ。

 ――耳に入ってないわけがないよな。

 呆れられていないだろうか、と思ってしまって、そんな自分に既にして呆れた。

 ――いや、せめて、これ以上、マイナスに思われたくないって、考えるのは仕方ないだろ。

 好きな人に嫌われたくないと思うのは、人間の性だ。
 だって、結局。日和は思う。そう、結局。俺はあの人のことが好きで。あの人がなんとも思っていないと知っていても、この気持ちを変えられなかったのだから。
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