美食の聖女様

山梨ネコ

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2巻

2-3

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 ブウラの見た目は、大きくなりすぎた小豆あずきに見えなくもないんだよね。だから小豆あずきらしい料理を作ってみることにしたのだ。
 味を調ととのえるために少し塩を入れて、ひと煮立ちさせた後、鍋を火から上げてもらうため、ユージンに鍋掴み代わりのタオルを渡した。この鍋は私じゃ重くて持てない。

「うう……砂糖がブウラなんぞと混ざってしまった……」
「これから肉を焼くから泣かないでよー、ユージン」
「泣いてなんかいない」

 そう言いながらタオルを敷いた机に熱い鍋を置いたユージンは、袖で顔をぬぐっている。そんなユージンを見上げるオルガは、今にも笑い出すのをこらえているような顔をしていた。
 大の大人がご飯のことでこんなに必死になるってあんまりないことだもんね。私も、自分以外でこんなに必死な他人を見るのは初めてだ。

「ほーら、次は肉料理だよー」

 ブウラをでるのに時間を使ってしまったので、簡単に済ませることにする。
 塩で味付けをして寝かせておいた魔物――おそらくウリボンヌの同族の一枚肉を鑑定し、どこも黒くなっていないのを見定めると、砂糖を揉み込んでから平鍋で焼いた。
 残念ながら、他にできる味付けがほとんどないんだよね。調味料がないから……
 魔物肉のソテーを完成させると、私はブウラの調理に戻った。
 そこそこ冷めた中身を味見してみる。豆の味はほとんどないものの、安物のあんこ程度の味にはなっている気がした。

「ユージン、このお鍋をまた火にかけて」

 お願いしてから、小麦粉の調理に入る。小麦粉に水を混ぜながらっていくだけだ。
 安物あんこの鍋が煮立ったら、そこにスプーンで丸めた簡単な白玉団子を落としていく。白玉団子が浮いてきたら完成だ。

「ブウラ豆あんこのお汁粉、完成!」
「……まあ、匂いはそれほどひどくないな」

 たとえひどい味でも食べてくれる心構えのユージンが、警戒した表情で鍋を覗き込んでいる。
 そんなユージンの後ろで待っていてくれた団員の人たちのために、まずは肉料理を皿に盛りつけた。ユージンが席に着くと、みんないそいそと椅子に座る。
 私は私用のおわんにお汁粉をよそった。

「それじゃ、まず私が味見するね。いただきまーす」

 どろどろになったブウラの豆をすくって口に運ぶ。すると、砂糖の甘味の中に、でてでてでまくったせいで消え失せていたはずの豆の風味が少しだけ感じられて、驚いた。

「……うん、十分かな」

 及第点、だと思う。これが出されても大暴れしようとは思わない。チッとは思うかもしれないけど。
 安っぽい味には違いないものの、駄菓子みたいなものだと思えばそれほど腹は立たない。煮詰めすぎて崩れてしまった残念感はあるが、ほくほくした食感はしぶとく残っている。

「これなら私もブウラが食べられる!」
「ナノハ、オレにも!」

 ユージンは恒例の掌返てのひらがえしを見せてくれた。あれだけ警戒していたのが嘘のようだ。

「おまえが食べられるということは、美味うまいということだ。オレは知っている」
「皆さんも食べますか?」

 団員たちもコクリと頷いた。
 まあね、私は皆さんが食べられるレベルの食事で吐くからね! 一時期、毒混入騒ぎになったもんね!

「オルガは、本当に食べないの?」
「……興味はあるんだけれどなあ」
「なんだ、ナノハ? そのガキにも食糧を分けるっていうのか?」
「いーじゃん。お肉を持ってきてくれるのはマトたちなんだから!」

 オルガは難民ということになっているので、そういう言い方をさせてもらった。
 さすがに、さっきのクリスチャンさんの本当にあった怖い神族の話を聞いた後に、オルガだけ食事抜きっていうのはちょっと気になる。
 オルガが許してくれても、オルガの保護者が怒ると思う。

「お願いユージン!」
「まったく……今回だけだからな」

 友達にお菓子をおねだりする時の、汎用性はんようせいの高い上目遣いでお願いすると、ユージンは渋々とだけど許してくれた。オルガの前にも肉料理とお汁粉をよそって置いてあげる。

「随分食い意地の張ったにーさんだが、この男がおまえのコレなのか?」

 ピッと親指を立てて見せるオルガのほっぺを、私は痛くない程度につねった。ふにふにだ。

「ナノハの食い意地も負けていないぞ。いや、オレを超えているな」
「もう、ユージン!」
「怒るな、ナノハ。そんなおまえだからこそ、諦めずに努力して、魔物肉を美味うまく食えるようになったんだからな。オレにとっては好ましいぞ」
「――魔物肉? これは魔物の肉なのか?」

 ユージンに好ましいと言われて心臓が変な音を立てたことに驚いている暇もなかった。
 目の前に置かれた皿を眺めていたオルガが警戒の表情を浮かべたことに、ヒヤッとする。
 そういえば、オルガは神族だ。人間ですら魔物の肉はけがれると言って嫌がるのに、神族であるオルガが嫌がらないはずがない。

「えーと、けがれてないし、美味おいしいよ?」
「どうしてけがれていないとわかる?」
「食べ続けてそろそろひと月経つけど、私はまだまだ全然神殿に入れる!」
「……そうか」

 神殿の奥にある中庭で出会った私たちなので、オルガは納得してくれたみたいだ。

「おい、何を迷っているんだ? おまえのお仲間はバクバク食ってたじゃないか。食いたくなきゃ食わなくていいんだぞ」
「ユージンってば」

 そりゃ、マトたちは気にせず食べていた。むしろまずくても食べていて、すごいなあと感心するけど!

「少し、迷っても構わないか?」

 オルガは机の上にある肉料理とお汁粉をじっと見つめ始めた。けがれてはいないと思うんだけどなぁ。
 魔物肉を「美味うま美味うまい」と言って食べていたユージンは、やがて意を決した表情でお汁粉のおわんを手に取った。スプーンであんこをすくい、勢いよく口に運ぶ。

「むっ! 甘い!」
「お砂糖を入れてるもん」
「……美味うまい、と思う。いや、美味うまいな。うん、美味うまい」

 美味うまいの三段変化を使いこなすや否や、勢いよくパクパクと食べていく。そんなユージンを見て、団員の人たちもお汁粉に手をつけ始めた。

「おお、甘くて美味おいしいですな!」
「……こんなに甘いものを食べたのは初めてです」
「うえっ、女子どもは喜びそうだ」

 甘いのが苦手らしいおじさん以外は、喜んで食べてくれた。

「これよりもいつものスープのほうがいいのか? おまえ、変わってるな」

 ユージンはパクパクと食べながら、甘いのが苦手でスプーンを置いた人を見て不思議そうに言った。私もすごく不思議だけど、甘いのがどうしても駄目な人っているよね。

「ナノハ様、できたら甘くない味付けでスープの味の改善をお願いできないでしょうか……!」

 いつものスープも嫌らしく、おじさんに涙目で上目遣いをされる羽目になる。けれど、私もあまりお役には立てなさそうだ。

「調味料があんまりないんだよね。香草とかはあるみたいなんだけど、あれって野菜よりさらに高いし種類が少ないし……」
「そこをなんとか!」

 必死すぎて若干目が血走るおじさんに、私はうんうんうなりながらアドバイスする。

「とりあえず、小麦粉をそのままスープに溶かすのをやめて、お団子にして入れたらどうです? それだけでも絶対に違うと思いますよ!」
「当番次第だな。それだけ手間暇かけてでも美味うまいもんを食えるようにしたいかどうかだ……オレの分はこれまで通りナノハに作ってもらいたい」

 まずかった時にもちゃんと食べてくれるユージンのためなら、私も頑張りたいと思えるよ。

「おまえ、食わないんならオレが食ってやろうか?」

 ユージンがそう声をかけたのは、オルガだった。すでにユージンの手には甘いのが苦手な団員のために用意していた分のお汁粉のおわんがあり、完食間近だ。
 オルガはむむむとうなりつつ言った。

「今少し迷わせてくれ」
「早く食わないと冷めるぞ」

 それからしばらく、オルガの皿を虎視眈々こしたんたんと狙っていたユージンだけれど、オルガに食べる意思ありと見て諦めたようだ。まったくもって食い意地が張っている。すごい既視感。
 ユージンはまた訓練に戻ると言い、去り際に軽く手を振ってくれた。
 驚きすぎて心臓がピョンと跳ねたせいで、私は手を振り返すことができない。

「少し失礼する」
「……え?」

 私が自分の胸に手を当てて首をかしげていると、オルガはそっと首にかけていた銀色の鎖をたぐる。服の中から引っ張り出したのは、銀色の懐中時計のような代物しろものだ。

「なあに、それ」
「メソンという魔道具で、対象に含まれるけがれを測定することができる……俺たち神族が外で物を食べるかどうしようか迷った時には、これを使うんだ」
「ああ、それを使いたくて、ユージンたちがどこか行くのを待ってたんだ」
「そうだな。……さて、魔物の肉とは一体どんな塩梅あんばいかな」

 軽く悲鳴を上げそうになった。
 私はけがれていないと信じているし、みんなにもそう思い込ませている。けれどけがれていたとしたら、明日からこの美味おいしい肉が食べられなくなってしまうかもしれない。
 そうなったら私は何を食べて生きていけばいいの? ずっとお汁粉じゃ虫歯になるよ!
 オルガはその懐中時計のような魔道具のふたを開けた。内側から銀の針を引っ張り出し、肉に突き刺す。すると、時計のような六つの針が目盛りの上をくるくると周り、やがてそれぞれ場所を定めて落ち着いた。

「――これは、驚いた」

 オルガは、ぽつりと言う。
 横から見ていた私には、長さがバラバラな針が指しているモノが、何を意味しているのかさっぱりわからない。

「ナノハ、この魔物肉は確かに、けがれていない」
「よ、よかったぁ!」
「……しかも、おそらくこれは味がするだろうな」
「味のしないお肉とか何? 腐ってるの?」

 むしろ腐りかけのほうが美味おいしいって言うよね? 大味だとかパサついているとか、あぶらが少ないとかじゃなくて、味がしない?
 意味のわからないことを言われて、首をかしげた。

「聖なる気によって浄化されると、味が薄くなるんだよ」

 オルガはそうボヤきつつ、椅子に座り直し姿勢を正した。どうやら食べる気になったらしい。

「白くとうとき光の神よ、我らにかてをお与えくださり感謝いたします」

 オルガは手を合わせ、目を伏せて祈った。その姿に異世界を感じる。ファンタジーだ。
 唱え終えると、早速ナイフとフォークを手に取り、オルガは魔物肉を一口サイズに切り分け、口に入れた。

「んんっ」

 目をギュッとつむり、細い肩を震わせる。まずいと言われて魔物肉を禁止されないか、私は気が気ではない。

「……これは、美味うまいな!」

 心配していたものの、オルガはパッと明るい表情で笑ってくれた。
 その本当に嬉しそうな顔を見て、私も心から嬉しくなる。それに心の底から安心した。
 けがれてさえいなければ神族も魔物肉を食べるなら、もう怖いものなんてないね!

「はぁぁ……こんなに味のするものを食べたのはいつぶりだろう……」

 オルガが一口サイズに切った魔物肉のソテーを次々と口の中に運んでいく。
 口いっぱいに頬張っているせいで、白いほっぺがパンパンに膨らみ始めた。

「やっぱり、聖なる気? にまみれたご飯、美味おいしくないよね!?」

 領主弟のエスキリさんに誘拐された時、私は白いモヤがかかった食事を食べさせられた。エスキリさんは普通の顔をして食べていたから、この世界の人にとってはあれが美味おいしいのかと疑問に思っていたのだが。
 神族のオルガは、魔物肉をモグモグと食べ進めながら「あれは確かに美味うまくはないな」と頷いた。

「だが、ああしないと食べられないんだよ、俺たち神族は。……それにしても、この魔物の肉は美味うまいな。なんの魔物だ?」
「多分ビッグボアだね」
「ビッグボアか! ……けがれないように育てて食べるのか?」

 オルガの視線がちらりとウリボンヌに向く。すると危険を察知したウリボンヌが肉を食べるのをやめて、私のふところに潜り込んできた。

「この仔はペットで、食べるために育ててるわけじゃないよー。非常食ではあるけど」
「それならば、野生の魔物を捕らえるのか? どうしたら聖なる気によって清めずにけがれを落とせるんだ?」
「魔物肉がけがれるのは魔核のせいだから、倒した直後に魔物の中から魔核を取り出す! これだけだね!」
「ふうん……? 聖なる気で清めないんだよな?」
「清めるとかそういう手順はないね」

 この世界の料理手法で、清め焼きなる肉料理を食べたことはある。
 あれはとてもまずかった。でて焼いて煮て絞ってでて焼いて焼いて煮て。けがれを抜くと同時に旨味うまみもすべて抜く料理手法に、料理の概念をくつがえされそうになる勢いだ。私の料理に清めるなどという手段を取り入れるつもりは今後もない。

「手順としては単純だが、成功しているか失敗しているかの見極めはどうしているんだ?」

 ちょっとだけ迷ったけれど、オルガはいい子そうだから教えてしまうことにした。
 別に、そんなに隠してるわけでもなかったし。

「……私、けがれてるものは黒くモヤッとしているように見えるんだよね」
けがれが見える……」
「で、清められてると白くモヤッとして見えるんだ」

 私の見間違えでなければね!

「多分だけれど……それで見分けられてるんだから、気のせいじゃないと思う」
「なるほど……」

 オルガはふんふんと頷きつつ、ペロリと魔物肉のソテーを食べ終えた。次に手を付けたのはブウラのお汁粉だ。

「この汁物もけがれはないし、かなり美味うまいな」
「黒くモヤッとしてたら、一応、捨てるようにしてるからね」

 ユージンあたりは普通の食材と見分けがつかないせいで、捨てられる食材を見て苦悩の表情を浮かべる。でも、なら食べればって勧めても、食べないんだよねえ。
 けがれるのが怖いようだ。私が食べようとするのも止めるし。魔法使いにはなってみたいけど、けがれていない食べ物のほうが美味おいしいのは間違いないので、今日も私の料理は食材を厳選して作っています!

「こんな辺境で、味のある食事にありつけるとは思わなかった……用意してきた『ブイヨン』は全部使い切ってしまったし」
「えっ? 今なんて言ったの、オルガ?」
「『固形出汁だし』のことか?」
「うん? もっと違う単語だったけど、それそれ」
「ええと、『精霊の粉』と言わなかっただろうか」

 おっと、久しぶりに翻訳機能がブレた。
 私が異世界に来た時、言葉は通じていた。この世界の人は明らかに日本とは違う言語を使っているのだが、自動で翻訳されているようなのだ。
 ユージンと会話しているとたまに、彼は同じ言葉を繰り返しているはずなのに色んな単語に聞こえることがある。多分、それは日本語では訳しきれないこの世界の固有名詞なんだと思う。
 今回は『精霊の粉』という言葉だけれど、それはブイヨンとか固形出汁だしとかいう意味みたいだ。

「何それ、すごく美味おいしそう」
「……精霊の粉と聞いて美味おいしそうという言葉が出てくる人間は中々いないぞ」

 翻訳のブレのおかげで、それがブイヨンや固形出汁だしたぐいだって私にはわかっちゃったからね。
 聞くだけで唾が湧いてきた。最近、塩と砂糖の単純な味付けのものしか食べてなくて、旨味うまみ成分が足りていなかったのだ。

「オルガ、持ってないの? ……うわあ、残念」
「俺も残念だ。あれがないと、俺たちの食事というのはほとんど味がしない。だが、ナノハのおかげで久しぶりに味のあるものが食べられて、生き返った心地だ……助かった」

 オルガは、お汁粉の最後の一滴まですすりきると、再び手を合わせて目を伏せた。

「白くとうとき光の神の忠実なしもべのわざに感謝いたします」
「しもべ?」
「ナノハのことだ。美味おいしいご飯をありがとう」
「……えへへ、どういたしまして」

 オルガは礼儀正しいきちんとした子だ。教育が行き届いている感じがする。
 クリスチャンさんが言っていた神族像は、本当に極端な一部の話だったんだろうな。

「そんなふうに言ってもらえるなら、色んなものを食べさせてあげたかったな。少し前だったら、ファイアーバードのお肉が余ってたんだけど。みんなすごい勢いで食べちゃったんだよね」

 まあ、主に私とユージンがね。ウリボンヌもむさぼっていたよね。
 あれは本当に美味おいしかった……またファイアーバードに会いたい気分。

「ファイアーバードか。食べられるのか?」
美味おいしかったよ、ぷりっぷりで、あっさりで、口の中でとろける肉だったね!」
「肉がけがれる前に魔核を取り出した、と言ったか」

 魔物の肉を美味おいしく食べるために、その手順は必要不可欠だ。

「その時の魔核ならあるから、見せてあげようか?」
「いいのか? なら、見たいな」
「それじゃ、もう一回私の部屋に来て」

 私は厨房ちゅうぼうを片付け、オルガを部屋に招いた。
 私が領主の弟のエスキリさんに誘拐されかかった時、成り行きで倒したファイアーバードの魔核は、私の部屋にある。クリスチャンさんがなぜか私に持っているように言ったからだ。
 私は棚の上に置いておいた木箱に手を伸ばした。すると、ふところから飛び出したウリボンヌが私の膝裏にアタックを決める。私はその場に崩れ落ちるも、箱を離さなかった。

「こらーっ、ウリボンヌ! また箱を壊させようとして!」
「ぶぶーっ!」
「だーめ。これは、ウリボンヌが食べていい魔核じゃありません!」

 めっ、と叱りつけると、ウリボンヌは不貞腐ふてくされた。ベッドにピョンと跳び移り、母親の毛皮の上で不貞寝ふてねを始める。最近、この繰り返しだ。
 ウリボンヌは魔核が好物なのだが、あげすぎてはいけないと言われている。従魔とはいえ魔物だから、魔核を食べさせすぎると、凶暴になって手に負えなくなることがあるらしい。だから、この箱の中にあるような大きな魔核はあげられない。
 クリスチャンさんもユージンも、まるで厄介払いするみたいに魔核を私に押し付けてきた。私も早くこの大きすぎる魔核を手放したほうがよさそうだ。

「じゃじゃーん」

 箱の留め金を回して開き中の魔核を見せると、オルガは驚いたように青い目を見開いた。

「これが魔核、なのか?」
「そうだよ。騎士団のみんなとね、ファイアーバードを倒した時に、採れたの!」

 柔らかい布をかんしょうざい代わりに詰め込んだ箱の中に鎮座するのは、赤く輝きを放つ透き通った拳大こぶしだいの魔核である。

「これはすごいな!」
「あ、やっぱりそう思う? 今度神族の偉い人が来たら渡しちゃうことになってるんだけど、これをあげて怒られたりはしないよね?」
もちろん、この魔核は素晴らしい素材となるから、もらって嫌な気持ちになる神族なんていないだろうな。きっと褒美も思いのままだ。この魔核をもらえる偉い人とやらがうらやましいぞ」

 オルガはニコニコしながら魔核を指で突いた。
 魔道具の原動力になることは知っているけれど、私がわかるのはそれぐらいだ。見る人が見れば価値がわかるのだろう。

「オルガが欲しいなら、あげよっか?」
「うん? 偉い人に渡すんじゃないのか?」
「私の好きにしていいって言われてるんだ。元々、厄介事の種になりそうだから、採ろうとは思っていなかったんだけど、ファイアーバードを倒すには、採るしかなかっただけだから」

 私とウリボンヌ、そしてユージンはどうしてもこれを取り除いて、肉を美味おいしい状態に保ちたいと思っていたけれどね。この魔核そのものが欲しくてしたことじゃない。

「ふふ……ナノハは欲がないんだなぁ。これを見れば大概の人間も神族も目の色を変えるのに」
「そういうのがね、厄介みたい。過ぎたるは及ばざるがごとし、みたいな? 私にとってはなんの価値もない……食べられなかったし」
「食べられない?」

 オルガが頓狂とんきょうな声を上げた。私は唇を思いきり尖らせる。

「そう。好きにしていいよってクリスチャンさんに渡されて、まず私、食べてみようと思ったんだよね。だってウリボンヌとか魔核と聞くとすぐに食べたがるし、どれだけ美味おいしいんだろうと思ったのに……」

 包丁代わりのナイフで切ろうとしても切れなかったから、仕方なくころもだけ付けてそのまま鍋に入れて油で揚げてみたのだ。よく熱を通したので、雑菌のたぐいはなかったと思う。

「噛んだら歯が取れるかと思ったし、舐めてもころもと塩の味しかしないし……そもそも石だし!」
「あっはっはっは! それは本当の話か!? まさか、信じられない!」
「私も信じられなかったよ! すごくすごく楽しみにして口に入れたのに……! 見た目はコロッケみたいだからお腹だけが減るしさぁ!」
「ひい、やめてくれ! 笑いすぎて、死んでしまう……!」

 オルガがお腹を抱えて床にうずくまった。

「おまえ、面白いやつだなあ、ナノハ!」
「はああ……魔核、いらないならしまっちゃうからねー」
「はっはっは。落ち込むなよナノハ。その魔核があれば欲しいものはなんでももらえるぞ。今のうちから褒美に何を望むか考えておくといい」

 笑いながらオルガが言うので頭をひねってみた。
 コロッケが食べたい気分だけど、褒美にコロッケをくださいって言ったらそれはそれで怒られそうだよね。欲しいものはそれなりにあるものの、どれもこれも手に入らない気がして、私は溜息をついた。


 魔物の肉は腐りにくい。冷暗所での保存でも、新鮮な状態を保ってくれている。
 けれど、けがれないわけじゃないようだった。
 放置しておくと、肉の中に小さな魔核が発生するのである。この魔核を放置しておくとけがれて黒くモヤッてしまう。ちょっとこれ、怖くない?
 私たちが食べたほうの肉は消化してしまっているはずだから、お腹の中で魔核が発生していないことを祈るばかりである。
 一応ユージンにはコッソリとこのことを伝えてあるけれど、「魔核が自然発生するのなら、人糞をあされば魔核が出てくる可能性が……」と恐ろしいことを嬉しそうに言っていた。
 他の食べ物も放置しておくとけがれて食べられなくなるのは同じだそうだ。
 と、いうわけで、私はマトに新鮮な肉を届け続けてもらっている。
 マトたちにも、食べるなら倒したばかりの魔物にしておきなよと教えてあった。

「よぉ、ナノハ。けがれで死んでないかー」
「死んでないどころか、今日も神殿をお散歩してきたよ!」

 昼過ぎに騎士団宿舎に入ってきたマトは、顔パスですんなり私の部屋までやってくると、笑えないジョークを飛ばしてきた。
 悪気はないので、私はベッドにだらーんと寝転がりながら答える。

「それはすごいな。やっぱりナノハは――」
「変な呼び方をするのはやめてよね!」

 マトが言いかけた単語は、「聖女」だろう。
 私は確かに他の人とは違うモノを見る目を持っているみたいだけれど、異世界の人間なのでこの世界特有の種族である神族と血が繋がっているわけがない。
 だから、聖女と呼ぶのはやめていただきたかった。
 けれども、マトたち難民たちは、聖女である私の言葉だから魔物肉を食べても大丈夫だ、という安心を得るための口実にしている節がある。


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