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君との出逢いー奏多sideー

ストーリー34

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「ご挨拶が遅れました。華月 桜と申します。父から奏多さんの話は聞いてまして……今、華月流の修行にいらしてるんですよね?」

 家元から娘がいるとは聞いてたけど、彼女がそうなのか。

「こちらこそ改めまして、一ノ瀬 奏多です。家元のお嬢さんだったんですね」

 改めて自己紹介すると、彼女はまたニッコリ微笑んだ。さっきも思ったけど、ほんまに上品で華のある笑顔をする人やな。見惚れてまうわ。

「奏多さ……あっごめんなさい、さっきから名前で呼んでしまってますね。父が奏多、奏多言ってるのでつい……一ノ瀬さんは」

「奏多でいいです。全然名前で呼んで下さい」

「ありがとうございます。では奏多さんと呼ばせて貰いますね」

「僕も桜さんって呼んでいいですか?」

 彼女は『はい』と微笑んだ。それから俺達は少しずつ打ち解けて、会話を楽しみながら呉服屋まで歩く。

「ここです」

 呉服屋に着くと、桜さんが先に店の中へ入っていった。俺も後について店の中へ入る。

「あれ桜、忘れ物か?」

 店の中には黒に近い紺色のあわせ着物を着たパッと見チャラそうな男性がいる。

「違うわよ、道案内してたの。奏多さん、こちらはこの店の若旦那の……」

「柊木 蒼志です。もしかしてお客様?」

 桜さんと若旦那は二人で話を始める。そして雰囲気で気づいてしまった。桜さんはこの男性の事……

「あぁ、家元のお弟子さんでしたか。今日は何用で?」

 桜さんから説明があったのか全てを把握した彼は、俺に笑顔を見せて話しかけてきた。

 何だろう、この感情は。何かモヤモヤしてきた。

「家元からこの着物を持って行くように言われまして」

 頼まれていた家元の着物を彼に渡す。これで任務完了だ。

「では僕はこれで」

 ペコっと一礼して店を出る。さて華月家に戻ろうとしたその時、桜さんも俺の後をついて店の外に出てきた。

「私も家に帰ろうとしてたところなので、ご一緒しても良いですか?」

 帰り道、呉服屋の若旦那が幼馴染みである事、後継ぎ問題を抱えてお見合いをしている事など色んな話を聞いた。

「私、色々話し過ぎですね。ごめんなさい。何だか奏多さんって話しやすくてつい……」

「全然構いませんよ。桜さんの話なら何でも聞きます」

「ふふ、何か嬉しいです。頼れるお兄さんが出来たみたいで」

 『お兄さん』か。そのポジションでもいいや。桜さんが笑ってくれるなら俺は余裕ある大人を演じて、頼れるお兄さんになろう。




「何か色々思い出してもうたな」

 過去の記憶から現実に戻った俺は、シャワーを止めて濡れた髪をタオルで拭く。

 部屋に戻ると、桜さんがベッドから起き上がりキョロキョロしていた。そして部屋に戻った俺に気づくと、何かを訴えるようにジッと見てくる。その表情がこれまた可愛い。

 シャワーで頭を冷やしたはずだけど、桜さんを前にするとやっぱり本能が働き、余裕を無くした俺は結局桜さんを抱いてしまった。

 余裕ある大人の男を演じるのはもう無理やと、この時悟った。

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