ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「最終話 東京終末戦 ~幻影の聖少女~」

37章

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「・・・・・・夕・・・子・・・・・・」

 残骸の破片だけを残し、ファントムガール・アリスは首都の地から消え失せた。
 歓喜にむせぶ、シュラ・ゲドゥーの雄叫びが轟いている。
 大地に突っ伏したサトミの耳に、その不気味な声は届いていなかった。
 
「・・・・・・私・・・はッ・・・・・・」
 
 逃げる・・・のか?
 逃げるべきなのか? 仲間たちが、身を盾にして守ってくれた、この命・・・
 想いを無駄にしないためには、この場は一旦、退くべきなのか!?
 
「あたしが、やる」

 力強い響きが、伏したサトミの耳にも、ハッキリと伝わった。
 立っている。ファントムガール・ナナが。サトミの眼前、ゲドゥーとの間に、立ちはだかるように。
 サクラが再び立ち上がったのは奇跡だが、このアスリート少女が立ったのは、奇跡ではない。それは、サトミにもよくわかっている。
 
「ナナ・・・ちゃん・・・」

「コイツが、ここまでボロボロになるなんて・・・二度とないかもしれない。だから、あたしがやります。シュラのコイツには、あたしがもっとも近いから」

 脅威のタフネスと回復力は、ファントムガール・ナナにとっても、得意のところだ。
 だから、何度も死ぬようなダメージを受けて、立っている。
 もう一発くらいの攻撃なら、きっと放てる。
 
「だから、サトミさんは・・・逃げてください」

「・・・なんで? どうしてッ・・・あなたまで、そんなことをッ!!」

 長い髪を振り上げて、サトミは眼の前の青い天使を見詰めた。
 
「わかったでしょうッ!? 私の・・・本当の姿をッ!! あなたに嫉妬した、醜い姿をッ!! ・・・御庭番衆の使命を破ったのもッ!! あなたたちを巻き添えにしたのもッ!! この国を窮地に追い込んだのもッ!! すべて・・・全ては私のせいなのよッ!? 守られる価値など、あるわけないわッ!!」

「・・・サトミさん」

「弱くッ!! もろくッ!! 惨めッ!! それが私の・・・五十嵐里美の真実なのッ!!!」

 紫の女神は、叫び続けた。
 ゆっくりと、随喜を噛み締めるように、黒き凶魔が迫る。
 鋭い視線をゲドゥーに向けながら、青い天使に力が漲った。
 
「・・・それは、違うよ」

 優しい言葉を掛けながら、ナナは右手を強く握った。
 
「・・・違ってなど・・・」

「違う。人間はみんな・・・弱いんだよ」

 小さく呟くナナの声が、ファントムガールのリーダーには、やけに大きく響いて聞こえた。
 
「ゲドゥーがどんなに強くたって・・・ひとを殺すことを、抑えられないヤツが強いわけない。腕っ節だけなら、そりゃ吼介は里美さんより強いけど・・・闘争本能に身を任せるだけなら、とても強いだなんて、思えない」

「・・・・・・ナナ・・・」

「殺人をやめられないヤツは弱いし、闘いに餓えたひとも弱い。相手を壊すことを恐れて本気を出せない柔術家も弱いし、サイボーグになってお父さんを恨むコも、超能力を授かったことを嘆くコも、双子の妹に負けて卑下するコも・・・みんなみんな、人間は弱いんだよッ!! もちろん、大好きなひとがいつか里美さんの元に向かうんじゃないかって・・・ビクビクしてる、あたしも」

 冷たいひとつ眼を光らせた、凶魔がナナの眼前に立った。
 少女の右拳が、青い光を仄かに昇らす。
 地を這う令嬢戦士は、何かを確かめようとするかのように、その肢体をゆっくりと起こしていった。
 
「それでも・・・それでもね。あたしが尊敬する里美さんは・・・やっぱり一番強いと思う」

「・・・・・・こんな私が・・・強いわけが・・・」

「ううん。・・・本当に強いのは、きっと里美さんだよ」

 菱形の頭部をした、凶魔が吼えた。
 その“最凶の右手”に闇が濃縮する。
 消耗し切ったゲドゥーもまた、次の一撃に全力を傾けるつもりだった。
 
「だって・・・本当の強さって、きっと嫌なことに立ち向かうことだから――」

 ファントムガールになって、少女たちは敗北を知った。
 苦痛を知った。悲哀を知った。絶望を知った。
 思うがままにならない現実に。無力を知らされる壁に、何度もぶつかった。数限りない苦しみが、闘う少女たちに襲い掛かってきた。
 
 だからこそ、わかる。
 
 ひとは、この世界に生きる限り、痛みから逃げられないことを。
 ひとは弱く、この世界は苦しい。だから。
 痛みに立ち向かえることが、本当の強さなのだと。
 
「里美さんは・・・誰よりも、我慢してきたじゃんッッ!!! そんな里美さんが、一番強いに決まってるッ!!」

 ナナの右拳が青く輝く。
 “BD7”もソニック・シェイキングもスラム・ショットも使えない今、ナナに放てる最強の技は、これしかあるまい―――。
 
「ッッ・・・ナナッ・・・!!!」

「いくよッ、ゲドゥーッ!!! お前の右手は確かに“最強”だけど・・・そんなお前に立ち向かうあたしたちの方が、強いに決まってるッッ!!!」

「キュロロロロロオオオォォッ―――ッ!!!」

 凶魔の右手が霞む。
 拳を握った“最凶の右手”が、渾身の力でナナの顔面へと発射される。
 
「刹那ッッ!!! 十二連撃ィィッッ!!!」

 パパパパパパパパパパパパンンンンンンンンンンンンッッッ!!!!
 
 守護天使の青い拳が、十二連発で黒縄の肉体を抉った。
 十二個の拳跡を刻み、陥没するゲドゥーの胸と腹部。菱形の頭部から、ゴボリと鮮血が飛び散る。
 
 しかしゲドゥーは、滅びなかった。
 最後の連撃を撃ち込み、硬直するナナ。エネルギーの切れたその胸に、再び動き出した右手が伸びる。
 弱々しく点滅するエナジー・クリスタルを、“最凶の右手”は握り掴んだ。
 
「ッッウグウウゥッッ!!! ウワアアアアアァァッッ~~~ッッ!!!」

「キュロロロッ・・・キュロロロロォ―――ッッ!!!」

 凄まじい握力で、胸の結晶体を一気に圧迫していく。
 ビキビキと亀裂の走る音色がナナに届いた。命の象徴を潰される苦痛に、悶え踊る青色の天使。
 『エデン』の奪取という目的を、ゲドゥーは忘れているかのようであった。
 余裕など、ないのだ。もはや眼前の小娘を殺すことが、ゲドゥーにとっての全て。
 黒縄で編まれたような肉体は、確かに軋んでいる。崩壊の序曲を耳元で聴いた気になり、殺人鬼の衝動は本能により近い形で発動されているのだろう。
 
 強さ、か―――。
 
 後輩の少女は、私のことを我慢強いと言ってくれた。確かに、たくさんのことを耐えてきたような気がする。
 今、この場においても・・・苦しみ叫ぶ仲間を置いて、逃げることこそが、私に期待された我慢なのかもしれない。
 ・・・・・・だがしかし。
 
「・・・ごめんね。みんな」

 私はやっぱり、弱い人間なのよ。
 
「みんなに託された想いを・・・私は、踏みにじるわ」

 我慢は、できない。
 逃げることなど・・・仲間を犠牲にして自分だけ助かるなど、私には、できない。
 
「最後まで・・・弱くて情けないのがこの私。・・・ファントムガール・サトミよ」

 グシャアアアアッッ!!!
 
 信じられない、光景が起こった。
 飛び込んだサトミの膝が、ゲドゥーの顔面に突き刺さっている。空中の、跳び膝蹴り。
 菱形の顔にヒビを走らせ、ひとつ眼凶魔がグラグラと後ずさる。右手はナナのクリスタルを、手離していた。
 
「ゥッッ・・・!!? ・・・な・・・?」

 信じられないのは、ナナもまた同様であった。
 心身ともに限界を迎えていたはずのサトミが・・・なぜ動けるのか!? それも、このようなスピードで。
 五体満足であった時すら、上回るほどの体術を今のサトミは発揮している―――。
 
「・・・ナナちゃん」

 長く、しなやかな二本の脚で、サトミは立っていた。
 幽玄の美貌。優雅なる所作。凛とした佇まい。
 先程まで死に掛けて、地に這っていた令嬢戦士は、絶頂期と遜色ない風を纏っている。
 
「さようなら、よ」

 微笑む唇の端から、ツ・・・と一筋の雫が垂れる。
 
 ゲドゥーは知っていた。思い出していた。その液体の、正体を。
 地下のスナック。薄暗いアジト。潜入した現代くノ一は、歯の裏に隠した劇薬を飲み込んでいた・・・
 
 死と引き換えに、尋常ならざる身体能力を手に入れる、猛毒。
 
 御庭番衆の末裔たる現代忍びには、自らの口を封じる手段を持つという。死を覚悟した者にだけ与えられる、超人的な力。最後のアダ花を咲かせるための、最終手段―――。
 
 最後の最後で、サトミは己の命を投げ打ってきたのか。
 
「キュロロロロォォッ――ッ!!!」

 渾身の力を、ゲドゥーは右腕にこめる。
 放っておいてもサトミは死ぬ。わかっていても、関係なかった。
 シュラとなった凶魔は、眼の前に強敵がいれば、殺さずにはいられない。
 
「ファントム・リボンッ!!」

 サトミの右手から、白い光の帯が伸びる。
 眩く輝くそれを、ゲドゥーの右手が弾き返す。
 力強い聖光を帯びたリボンも、シュラとなったゲドゥーには必殺足りえない。激突の瞬間、爆発が起こった。
 
 火花と白煙が消えたときには、銀と紫の女神もまた、姿を消していた。
 
「私があなたに唯一勝てること・・・それは気配を消すことよ」

 ゲドゥーの背後で、くノ一戦士の声は湧いた。
 振り返る。飛燕の速度。握った“最凶の右手”で、バックブローを放って。
 独楽のごとく回転する身体が、暴風を巻き起こす。
 
 ドキャアアアアァァッッ!!!
 
「ぐブウウウッッ!!!」

 ゲドゥーの右の裏拳が、サトミの右胸に叩き込まれた。
 拳が埋まり、乳房が陥没する。
 その瞬間、正邪の頂上決戦は、事実上の決着を迎えた。
 
「・・・・・・これが・・・最後のファントム・リボンよッ・・・・・・!!」

 サトミの両手は、ずっと白い光の帯を握っていた。先程から。
 光のエネルギーを収縮させ、糸のごとく極限まで細くなった、ファントム・リボン。
 その両端をそれぞれ握り、サトミは縦一直線に、ピンとリボンを張っていた。
 
 縦に張った光の糸を、バックブローとともに、ゲドゥーの右腕は通過していた。
 
「私の力では・・・あなたの右腕は奪えない・・・ならば・・・あなたの力を利用するわ・・・」

 サトミの右乳房から、グボリと凶魔の右腕が抜ける。
 上腕から切断された“最凶の右手”は、断面から鮮血を噴き出して、ドシャリと大地に落ちた。
 
「キュッ・・・オオオオオオォォッ―――ッッ!!!!」

「シュラになったあなたでは・・・敵への攻撃を緩められない・・・」

 絶叫する凶魔の首に、極細の糸となったファントム・リボンを投げつける。二重、三重と巻きつける。
 
「掴んで、ナナッ・・・私からあなたへ・・・未来へ繋ぐ糸を」

 パシリ、と青いグローブがリボンの端を掴む。
 右腕のない凶魔を間に挟み、一本のリボンで繋がったふたりのファントムガールは、互いを見詰めた。
 
「・・・サトミ・・・さん・・・」

「これで・・・最期よ」

 ファントムガール・サトミは、微笑んだ。
 いつも見る、そしていつになく見る優しい笑顔に、ナナの胸に熱いものがこみあげた。
 
「キュロロロロロオオオッッ――――ッッ!!!!」

 サトミとナナ。ふたりのファントムガールは、同時に光の糸を引っ張った。
 
 ザンンンッッ!!! と音がして、菱形の頭部が宙に舞う。
 
 一瞬の静寂。大地に落ちる、凶魔ゲドゥーの首。
 黒縄で編まれたような漆黒の身体が爆発し、粉々に吹き飛んだ。
 最後のミュータントが、この地上から姿を消した瞬間であった―――。
 
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