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「第二話 魔人集結 ~魔性の両輪~」
3章
しおりを挟む『あいつ』だ。『あいつ』のせいに違いない!!
視線を交わすふたりに、稲妻のように思考が駆ける。
メフェレス―――青銅の悪魔。
やはり、あの時、死んではいなかったのだ!
そして、今、ファントムガール・ナナに侵略計画を潰され、ノックアウトすら喫した悪魔が、その復讐の青白い炎を放ったのだ。
なぜなら、新しく誕生した『青いファントムガール』の正式名称が、ファントムガール・ナナであることを知る者は、直接対峙したメフェレス以外にいないのだから。“ナナ“を捜し、処刑を企てている者、それがメフェレスの正体であることは間違いない。
七菜江は悔やむ。本名に近い名を名乗ったことにではない。メフェレスの執着心を侮ったことにだ。まさか、“ナナ”という名前だけを手掛りに、正体探しをやるなんて・・・・・普通じゃない。この一帯だけにでも、一体何人の“ナナ”がいると思うのか? そして、それだけの無関係の犠牲者がいると思うと・・・七菜江の歯がギリギリと鳴る。
「ちょッ・・ちょっとッ!! ナナちゃん、こっち来てッ!」
七菜江の表情の変化にぎょッとした里美が、手を引っ張って、男たちから離れる。七菜江の顔は、ムカついた女子高生ではなく、憤怒する戦闘士のそれになっていたのだ。周囲に洩れぬよう、小声で話す。
「ダメよ、ナナちゃん! そんな顔しちゃ、変に思われちゃうよ」
「だって! 私のせいで関係ないコを巻きこんでると思うと・・・」
「それもやつらの作戦なの。そうやって、あなたが自分から飛び出てくるのを、待ってるのよ。でも、ダメ。絶対に正体を知られてはならないわ」
「それはわかってるけど・・・でも! メフェレスのやつ、許せないッ!」
「大丈夫、こちらからも、仕掛けるから」
予想外のふたりの少女の動揺ぶりに、その原因を作った久慈仁紀は、逆に落ちつきを失くす。ふたりだけで、こそこそ話す垣間に見える表情は、真剣そのものであるだけに余計だ。
「工藤くん・・・・ボク、なにか悪いこと言ったんだろうか?」
「うん? ああ、あのコも“ナナエ”ってんだ。それでだろ」
「ええッ!! ・・・そうだったのか、謝ってくるよ」
事情を察した久慈が、なにやら話しこむ二人の美少女に歩み寄る。
「えっと・・・・キミ、ナナエちゃんっていうの?」
「はい、藤木七菜江です」
不意に話しかけられ、ニッコリと、ひまわりの笑みを返す少女。先程まで、里美に見せていた激情は霞みほどにも残っていない。ほとんどのことには動じない里美が内心驚くほど、その変わり身の早さは見事だった。
「ボクとしたことが、キミのようなキュートなコの名前を知らなかったなんて、一生の不覚だよ。大丈夫、“ナナ狩り”なんて、このボクが守ってあげるよ。キミみたいなカワイイ女のコを、危険な目になんか、遭わせないさ」
「ありがとうございます。でも、いいですよ」
輝く笑みをそのまま、健康的な美少女はアッサリと副会長の申し出を断った。
「えッ?? あ、あの、そんな遠慮とか、しなくていいんだよ?」
誘いを断られた経験などほとんどない久慈にとって、七菜江の言葉は理解しにくいものだった。
「う~~ん、ていうか、先輩、あまり強そうじゃないですよねぇ」
「へ?」
「私には、最強のガードマンがついてますから。てことで、吼介先輩、よろしく守ってね♪」
彫像のように固まったプレイボーイをすり抜け、七菜江は唖然とする工藤吼介に軽やかに駆け寄って、根っこのような右腕にしがみつく。御主人様にじゃれつく猫のようだが、自分より大きなくまのぬいぐるみを、抱きしめているかのようにも見える。
「オイオイオイ! なに勝手に決めてんだぁ?」
「里美さん、公認だもん♪」
「吼介、お願い。なにがあってもゼッタイにナナちゃんを守って、とは言わないけど。あなたの良心に任せるわ」
ゼッタイに守れってことでしょーが。
余った左手で頭を抱えたポーズが、了承のサインとなる。
「あら? 朝っぱらから、随分とお熱いことね」
降って湧いた新たな声に、七菜江は冷水を浴びせられたようにハッとして、吼介から離れる。“ナナ狩り”への怒りと不安で、少しはしゃぎすぎた。冷水を浴びせた張本人を見る。
「うッ・・・・・・・」
本人の自覚もないまま、声は洩れ出ていた。
もしかして、それは蛇と出くわしてしまった蛙の様子に似ていたかもしれない。
“美人・・・・・・な、なに、このヒト・・・・なんか圧倒される・・・・”
白いブラウスに黒のミニスカート。典型的女教師の格好が芳醇な色香を醸し出す。完璧と言っていいスタイル、神が手掛けたとしか思えぬ美貌。里美を初めて見た時、この世にはなんてキレイなひとがいるんだ、と感心したが、その時の衝撃に近い。ただ、違うのは、里美が纏う空気は純白だが、このヒトは濃いピンクの霧を発している。
「ち、違うってば、片倉先生。ヘンなふうに取るなよ」
片倉響子。これがさっき話題になった、天才生物学者。
初対面となる里美と七菜江が、まじまじとそのスラリとした肢体を眺める。
美人とは聞いていたが・・・聞くと見るのとは、大違いだ。ただ、顔が美形というだけではない。存在自体が、他の人間とは別物だ。極端に言えば、吐く息すらも美しい。その美しさには、男ならずとも、女子生徒までも憧れを抱きそうな洗練さがある。
「ふふふ。冗談よ、工藤くん。あなたのような優秀な肉体の持ち主とそのコじゃあ、釣り合わないわ」
女教師・片倉は、吼介のことをよく知っている様子で話す。話しぶりから、ふたりが既に何回か、接触していることがわかる。だが、それよりも、七菜江はその言い方にカチンと来ていた。
「ふたり並んでても、ちっとも恋人には見えないわ。そのコ、まだ子供だものね。まあ、身体だけは一人前のようだけど。オジサンに好かれそうな顔だから、援交やるにはバッチリだけど、あなたはそういうのは相手にするタイプじゃないものね」
「あたし、援交なんか、やってません」
静かな口調で、七菜江が言う。里美と吼介は、それがキレル寸前というサインであることを知っている。
「そう。軽そうな感じに見えたから、思わず言っちゃったわ。行動見てると、頭悪そうだったし」
七菜江の身体が、小刻みに震え出す。もう怒りは沸点を越えている。爆発は目前だ。焦る周囲が止めるより先に、言葉が出てきた。
「な・・・なんで、そこまで言われなきゃあ・・・・ッッ?!!」
我慢の緒が、ブチリと切れたその瞬間、真っ赤になった17歳の鼻先に、神話の女神を思わせる美貌が現れる。瞬間移動並の出来事に、虚を突かれて、怒りは塵のように吹き飛ばされてしまった。
頭ひとつ分高い女教師が、顔を突き出すようにして、真正面から目が点になった少女を覗き込む。まばたきもせず、あらゆる部位を1ミリとて動かさずに、凍える視線を真っ直ぐに射られ、七菜江の身体は氷結する。まるで西洋神話に登場する怪物・メデューサか、死霊にでも睨まれたような、恐怖。その美しさゆえに、人外の者に魂を切り裂かれるような恐ろしさがある。先程までの憤怒は、瞬時に正反対の感情に生まれ変わってしまっていた。
“わ、私・・・・怯えてる?!・・・”
怒りの炎がまだ燃えているのを悟りつつも、ゾクゾクと駆け巡る圧倒的悪寒に封じこまれているのを自覚し、七菜江は己が完全に飲みこまれているのを知る。
“一体なんなの・・・なんでこんなに私のこと、ジロジロ見んのよォ~ッ!?”
言葉はそのまま、出た。
「な、なんですかッ?!」
「・・・・・・・あなた、どこかで会ったかしら?」
「???」
片倉響子の疑問は、少女にとっては全く覚えのないことだった。
少なくとも、こんな妖艶の固まりに遭遇して、欠片も印象が残ってないほど、記憶力が弱くはない。その程度の自信はあった。
「まあ、いいわ。さ、始業ベルが鳴る前に、教室に行きましょう」
くるりと腰までの長い髪を翻し、片倉響子は校舎の方へ、向き直る。
その耳に輝く赤いピアスが、茫然と見送る七菜江の目に、いつまでも鮮明に映っていた―――
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