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「第二話 魔人集結 ~魔性の両輪~」
18章
しおりを挟む血風が香る。
左足を引き摺って地上に現れた七菜江を迎えたのは、凄惨な地獄絵図だった。
栄ヶ丘には、何度か遊びに来たことがある。友達と服を買いに来たり、映画を見たり。この地方有数の中枢都市なだけに、広い道路に溢れる車の列と、高層ビルに遮られた狭い空が印象的だった。
ところが、いまや、高く見上げるばかりだったビルは崩れ落ち、炎と火花が散っている。そしてあちこちから、流れてくる血の香り。眼を凝らせば食い千切られた手足や、アスファルトの血溜まりが確認できたろう。
ブルルッ・・・と身震いが、七菜江を襲う。
恐怖―――それもあろう、だが、それ以上の怒りが少女を支配していた。
激情を言葉に乗せて、血と瓦礫の街で叫ぶ!
「トランスフォームッッ!!」
少女の下腹部が白く輝く。溢れる光の奔流が爆発する。
「・・・さて・・・ようやくおでましね」
一際高いビルの屋上で、巨大ネズミの暴れっぷりを堪能していた女が、満足げな声を出す。
自衛隊を撃破し、調子に乗って、逃げ惑う人々を捕まえては食っていた怪物の背後に、空間から涌き出た光が収斂していく。流れ星の破片のような、煌く粒子が渦巻いて、一箇所に集まる。夜に覆われた世界に、光が何かの形を成していく。
光の固まりが爆発する。
散乱した光が逆流し、銀色のスレンダーな影となって地上に降り立つ。
「グロロロローーッッ!! 現れたな、青いファントムガールッ!」
銀に輝くボディーに、青い模様が描かれている。胸と下腹部には、青く輝く水晶体。やはり青いショートカットの下で、同じ色の瞳が揺れている。締まるところは締まり、膨らむべきところが膨らんだ、優雅な曲線。健康的かつ色香の漂う肢体。その持ち主が、凶悪な巨大獣と対峙する。
「私は・・・ファントムガール・ナナよ! お前みたいな悪魔は絶対に許さないんだからッ!!」
「ファントムガールといえど、神の力を得たオレを止めることはできんッ!」
ネズミがパカリと尖った口を開く。黒い光線が、バズーカーの如く吐き出される。
「くッ!! フォース・シールド!」
青と銀の少女が両手を前にかざす。
虹色に輝く長方形の盾が現れ、闇の破壊光線を迎え撃つ。黒い蛇が虹の板に弾かれる。
凄まじい衝撃音が繁華街に響き、震動がビル群に伝わる。
“なッ・・なんて威力!! 里美さんから技を教えてもらっておいてよかった・・・”
あらゆる物質を弾き返す光の壁を通じて、巨大ネズミの放った光線の破壊力を感じ取るナナ。壁を支える両腕がビリビリと震える。
ファントムガール・五十嵐里美から受けたレクチャーにより、藤木七菜江はいくつかの技を会得していた。そのひとつが、この「フォース・シールド」である。体術により敵の攻撃を避けるしかなかったナナが、この技により真っ向から光線などを受けられるようになった。
見た目には通常通りのファントムガール・ナナだが、彼女の左足はすでに崩壊している。とても動きで敵の攻撃を避けられる状態ではないのだ。もし、この光の壁を創れなければ、正義の守護天使はすでに瀕死になっていたに違いない。
ネズミが光線の放射を止める。
間髪いれずに鍬のような二枚の前歯を、突き出す。磨製石器のような歯が黄色に光っていく。
巨獣の気合いとともに、光は歯型の黄色い弾丸となって、銀と青の戦士を襲う。
「ハンド・スラッシュ!!」
左の掌を大きく広げて向ける聖少女。
掌型の光弾が連射され、ネズミの歯型弾を撃墜する。
「ぬうううッ?!! こしゃくなあッ!!」
見た目は互角、だが、恐らく巨獣の最大の光線である黒い破壊光を、ナナはすでに防ぎきっている。一方、ナナにはハンドボールをモチーフとした、光球を使った必殺技が残されている。
“やっぱり里美さんの言う通り、技の名を呼ぶと威力がつくわ。『スラム・ショット』で十分ヤツを倒せる”
青い戦士が技の名を叫びながら攻撃するのは、格好をつけてのものではない。そうすることでイメージが強固になり、光線技の威力が上がるためだ。相手に先読みされるという弱点を、補って余りある成果を七菜江は実感していた。
トランスフォームの際に声をあげるのも、同じ理由だ。そうすることで、変身がしやすくなる。意識を集中すればトランスは可能だが、おまじないのように行動を決めておけば、より意識の集中は容易くなるのだ。
メジャーリーガーのイチローは、打席にはいるまでに、屈伸をしたり、袖を引っ張ったり、一定の決められた動作を必ず行う。イチロー以外の多くの打者にも、こういった決め事が存在しているが、このような動作をルーティンと呼ぶ。ルーティンはしなくても、もちろんヒットを打つことはできようが、集中力を増すための儀式として、必ず行われるものなのだ。
ふたりのファントムガールにとって、トランス時の掛け声や、技の名を叫ぶのは、ルーティンであると言ってよい。
事実、少女の技は以前よりパワーアップし、徒に力を放つだけの巨獣の攻撃を凌駕しようとしていた。
“今の私に遊んでいる余裕はない。ここで決着を着ける!”
両手を天にかざす、青い少女戦士。漆黒の鎧に包まれたカブトムシとクワガタのミュータントを一撃に屠った、あの技の態勢。
光の潮流が、その先に集まっていく・・・・・・その時。
GUOOOOOOWWWWWッッッ!!!
「なッ・・・なにィッッ?!! この音は・・・ミュータントの現れる音ッ?!!」
上空を仰ぐファントムガール・ナナ。
闇より黒い点が、ひとつ。
それがみるみるうちに大きくなって・・・
DDDOGUOOOOONNNNッッッ!!!
漆黒が大地に落ち、影が形を成す。
新しいミュータントの登場。
ただでさえ、負傷したナナにとって厳しい闘いなのに、加えて新手が出てくるなんて・・・
しかも。慄然とする青い瞳に飛び込むその姿は―――
全身水色のしなやかな肢体。
神が手を加えたとしか思えぬ、グラマラスな肉体は明らかに女性のものだった。それも飛びきり美人の。
色といい、巨大さといい、怪物であるのは間違いないのに、その正体が凍るような美貌であることがわかる。妖しさと艶やかさを持った美女・・・まさしく魔女とはこのことか。
金色の髪が腰まであり、キラキラと闇夜にも輝く。滑らかに光っているので、化学繊維かと見紛うほどだ。髪の中からは、おそらく触角であろう、二本の茶色の角が生えている。手足は肘・膝から先が細かい茶色の毛で覆われ、指先はスズメバチの針のように、緩やかなカーブを描きながら尖っている。額には赤い点がふたつ。もう一対眼があるようにも見える。
美しくも禍禍しい姿はまるで妖精のようでもある。
だが、ファントムガール・ナナは、この美貌を知っていた。忘れたくてもできぬ、屈辱の記憶とともに。
「お・・・お前は・・・・・・片倉響子ォォッッッ!!!」
「うふふ。よくわかったわね、藤木七菜江。いえ、ファントムガール・ナナ。けれど、この姿の時は、『シヴァ』と呼んでもらおうかしら? いくら一般人は戦闘区域から離れるといっても、いつ、誰に聞かれるか、わからないからね」
化け物になっても損なわぬ美しさで、女教師・片倉響子=シヴァが聖少女に語りかける。その眼がチラリと、大通りを逃げていく、サラリーマンの集団を捉える。
「一応、念には念を入れておきましょうか」
金の髪が一本、生き物のように伸びる。
あっと思う間もなく、髪が唸り、真っ二つになったサラリーマンたちの上半身が、オフィス街の空高く舞いあがる。
「うッ・・・くくッ・・・」
目の前で一般市民が惨殺されながら、何もできなかった無力さにナナは苛立つ。だが、それはあまりに一瞬すぎた。巨大化したミュータントにとって、人間の命などあまりに脆いものなのだ。その気になればあっという間に、万単位の人間を滅ぼす力があるのだ。
「よくそんな・・・平気で人を殺せるわねッ?!」
「彼らが死んでも、世の中は回るわ。それよりも、他人の心配をしてる暇はあるの?」
ハッとして、前方を見るナナ。
凶悪な巨大ネズミの顔が目前にある―――
ドゴゴゴ―――ンッッ・・・と激しい衝突音を残して、銀と青の肢体が後方に吹き飛ばされる。
内臓を砕く勢いで高層ビルに叩きつけられ、そのままコンクリートの雪崩れに飲まれる守護天使。25階建てのビルが、土砂となって崩れていく。
ミュータントに物理攻撃が効かないのと同様、ファントムガールにも通常の物理攻撃は、大したダメージを与えることはできない。鉄骨とコンクリートの固まりに身体をしたたかに打ちつけられたナナにも、見た目ほどのダメージはなかった。
しかし、一回り大きな巨獣に食らった体当たりの衝撃は、可憐な少女にモロに叩きこまれていた。小柄な女子高生が、100kgを越えるラグビー部員にタックルされるようなものだ。衝撃で脳が揺れ、昏倒するファントムガール・ナナ。瓦礫の山から身体を起こそうとする。が―――
「ううぅ・・・あ、足が・・・・・・動かな・・・い・・・」
忘れかけていた激痛が蘇る。たまらず、左足を押さえ、エビのように丸まる。不良たちに蹂躙された足は、肉を切り裂かれ、腱を捻られ、筋繊維を断ち刻まれているのだ。本来は立っているのも奇跡に近い。
視界の隅に茶色の影が迫る。
気付いた時には、遅かった。ネズミの切り株のように太い右足が、くびれた少女のウエストを踏み潰す。
「うあああッッ?!! ぐぅッ!! うううぅぅぅッッッ・・・・うッ・・・・」
左足のあまりの痛みに誤魔化されているが、ナナの腹部に貯まったダメージは決して軽くはない。あの武志という大男に徹底的に殴られた腹は、痣で黒ずんでしまっていた。凡人なら内臓破裂を免れない強打を、散々受けたのだ。いまや触れるだけで、顔をしかめるほど、七菜江の腹部は痛んでいた。
その負傷箇所を、容赦なく踏みつけられたのだ。
突っ張ったナナの上半身は、大地から浮き上がり、両手はぐりぐりと踏みにじるネズミの足を、抑えようと掴む。
「オホホホホホ! 油断大敵よ、ナナ。ちなみに、その巨大生物・・・ミュータントの正体はわかってるかしら?」
腹に溶岩を流すような痛みを与えてくる、巨大な敵の姿を見上げるナナ。二枚の前歯を突き出して、下卑た笑いを浮かべている。そのはちきれそうな肉体、苦しむ姿に悦ぶ歪んだ精神、そして工藤吼介に恨みを持つことから、ある人間の容姿が思い浮かぶ。だが、それにしてはこの尖った顔はネズミそっくりではないか。あの男は、ネズミというより、ゴリラにそっくりだったのに・・・
「なんとなく察しはついてるようね。そう、あなたをボロボロにした不良たちのリーダー。あの金髪の大男よ。もう、彼は武志という小さな存在ではなく、『アルジャ』という名の、偉大なミュータントになったのよ。」
やはり!! 納得する一方で、そのあまりに懸け離れた変身後の姿に、疑問が残る。尖った口、突き出た前歯、赤い小さな眼は、どう見てもネズミそのものだ。あの大男の内に、ネズミとなる素養があったのだろうか?
「不思議そうね。あまりの変貌ぶりに納得がいかないってとこかしら。何故、ネズミそっくりになってしまったのか、教えてあげましょうか?」
特に飛び抜けて高い、保健会社のビルを背もたれにし、水色の魔女が瓦礫の中で踏みつけられる青い少女に話す。腕組みをした姿勢からは、余裕が漂ってくる。
「あなたたちが『エデン』と呼んでいる宇宙生命体、あれにまず、実験用マウスを融合させたのよ。そして、それをあの男に寄生させたの。つまり、アルジャは、ネズミと大男、両方の力を受け継いだミュータントというわけ。・・・そうね、『キメラ・ミュータント』とでも名付けようかしら」
「そ、そんな・・・そんなことが・・・・・」
否定しようとする言葉とは裏腹に、ナナの頭で一つずつの点が繋がっていく。
天才生物学者である片倉響子が、メフェレスに加担しているのは、このためだったのだ!
人間と動物の長所を持った、より強いミュータントを生み出すこと。これが侵略者・メフェレスの作戦だったのだ。本来、一個の生命体にしか寄生しないはずの『エデン』に、ニ種類の生物を融合させるなど、天才と呼ばれる頭脳の持ち主にしか、成し得ない奇跡だ。
これで巨獣の顔がネズミに酷似しているのも頷けるし、巨体に合わぬ敏捷性を伴っていたのも理由がつく。このアルジャというミュータントは、金髪の大男のパワー・残虐性と、ネズミのスピード・食欲とを兼ね備えた、文字通りの化け物だったのだ。
“ナナ狩り”の時は確かに普通の人間だったので、恐らく、吼介にやられた後、武志の身体は、響子によってマウスと同様の扱いを受けて、実験されたのだろう。神崎ちゆりと片倉響子が繋がっていると考えれば、至極真っ当な推理だ。
そうすると、もしや響子が吼介に関心を抱いていたのも、そのためではないのか?! 単に七菜江から引き離そうとしたのではなく、あの圧倒的強さを誇る肉体を、ミュータントとして使いたかったのでは・・・・・・恐ろしい想像だが、説得力はある。
「うふふふふ。ようやくあなたが置かれた窮地が理解できてきたようね。じゃあ、今度はアルジャにあなたの正体を教えてあげなくちゃね。・・・・・アルジャ、その青いファントムガール、ファントムガール・ナナは、あなたが昼にリンチした女子高生、藤木七菜江が正体。つまり・・・・・・憎っくき工藤吼介のお・と・も・だ・ち」
鋭い歯の並んだ口が、耳まで吊りあがる。陰惨なネズミの笑み。ゾクリという悪寒が、ナナの背筋を駆け上がる。
「グフ・・・グフフフフフ・・・そうかぁ、あの昼の小娘かぁ・・・お前のせいでオレは痛い目にあったってことだよなぁ・・・当然、あの男がどこにいるか、お前なら知ってるよなぁ・・・・・・」
赤い眼が、さらに深紅に燃えていく。
マズイ。逃げなければマズイ。だが、腹を踏まれた身体はビクとも動かない。
威力はさほどないが、素早く放てる技、「ハンド・スラッシュ」を狙って右の掌を突き出すナナ。
だが、遅かった。
巨大ネズミ・アルジャは、ナナの締まった左足を捕らえると、グイッと顔の高さまで持ち上げる。逆さ吊りになる銀の少女戦士。アルジャの右手がつま先を、左手が踵を掴む。
“こッ・・・これは、あの時と同じ体勢!!”
「お前があの時の小娘なら、左足をこうされたら、堪らんだろうが!!」
「やッ、やめろオオォォッッ―――ッッッ!!!」
昼と同じ悲劇が、ナナの左足を襲う。
再び180度、正反対の向きに捻られる銀色の足。
「ぐううわあああああッッッ―――――ッッッ!!!!!」
繁華街に守護天使の、身も世もない悲鳴が響き渡る。
パンッッッ・・・・
という水風船を割ったような音。
ナナの銀色の左足が爆発し、断裂した皮膚から、血のシャワーが四方に降り注ぐ。
元々壊れていた七菜江の足に、いわば“張りぼて”がついて、まともそうに見えていたに過ぎないのだ。その“張りぼて”が巨獣の残虐な破壊によって剥がれ、本来のズタボロの姿が露呈したのである。
アルジャが両手を離す。
ろくに受け身も取れずに大地に落下したナナが、血まみれの足を抱えて、想像を絶する痛みに転がり回る。
「うああッッ!! あッ足があッ!! わ・・・私の足がぁぁ・・・ああッ!!」
あまりの痛みに悶えるしかない正義の使者。しかし、巨獣は悶え続けることすら許さない。
ゴロゴロと転がるナナが仰向けになった瞬間、その肢体に飛び乗る巨大ネズミ。3倍以上の質量に圧搾され、「ぐええッッ!!」と可憐な唇に合わぬ呻きが洩れる。
馬乗りの体勢。総合格闘技で言うところの、マウントポジションをアルジャが取る。こうなると、圧倒的に上に乗っている者が有利になる。パンチの届く距離・威力が段違いになる。脱出は不可能。加えて、銀の戦士と巨獣とでは、体重・パワーが始めから違いすぎる。
この圧倒的優位な立場から、壷のような巨大な拳で聖なる少女を殴る。両手で必死にガードしようとするナナだが、ゾウと虫ほどの力の差の前では無力だった。一撃目で脳震盪を起こし、ゆるくなったガードをかいくぐったニ撃目が、顔面を直撃する。
「あうくぅッッ・・・あふうッッ!!」
無意識に声がこぼれる。拳に付いた棘により、ナナの頬がザックリと切れている。
だが、この攻撃は怪物の戯れに過ぎなかった。
アルジャの中にある武志のサディズムが招いた、可愛らしいものを苛めてやりたい、という欲求に従っただけだ。
本当の拷問は、次からだった。
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