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「第二話 魔人集結 ~魔性の両輪~」
19章
しおりを挟む半濁した意識の中、ナナの両手首が筋肉ネズミに押さえられる。
女のコにしては、七菜江の力は強い。ハンド部の中で恐らく一番腕相撲が強いのは、彼女だった。
しかし、今回ばかりは相手が悪過ぎた。不良達の間でケンカの強さでリーダーになり、工藤吼介にひけを取らぬ体躯を持った男が敵なのだ。
掴まれた両手はビクともせず、巨獣の良いように操られる。頭上の方へ上げられていく。
ネズミの下で、大の字に組み伏せられるナナ。
“か、身体が・・・全く動かない・・・・”
「グフフフフ! ファントムガール・ナナだと?! 正体があの弱い小娘とわかれば恐れることなどないわ! さぁ、工藤吼介はどこにいる? 教えてもらおうか?」
「だ・・・誰が言うか・・・お前なんかに吼介先輩に、指一本触れさせるもんかッ!!」
「バカめ」
ネズミの尖った前歯が光る。
次の瞬間、顔の半分ほどもあろうかという凶悪な前歯が、銀と青の少女の左の二の腕に噛みつく!
ザブブウウッッッ・・・・・・・
「はぐああぁぁッッ?!!! うわあああッ―――ッッッ!!!」
勢いよく鮮血が繁華街のアスファルトを濡らす。返り血を浴びてネズミの鼻先が赤く染まっていく。飛び散る血潮で、ナナの顔の左半面も朱色に彩られていく。
「う、腕がああッッ――ッッ!! 腕がああッッ――ッッ!! い、痛いィィ――ッッ、千切れそうぅぅッ――ッ!!」
「グフハハハハ! いい鳴き声だ、小娘。オラ、工藤はどこにいるんだ?」
ネズミが器用に、腕に噛みついたまま喋る。
「言わないッッ!! 言うもんかあぁッッ――ッ!!」
「ウワハハハ! じゃあ、こうだな」
ほとんど腕を貫通しているであろう巨大な前歯が、黄色に発光していく。先程光のミサイルを発射したのと、同じ現象。前歯は単なる鋭利なスコップではなく、高熱をもった焼きゴテへと変化していく―――
「うああッッ?!! あ、熱いィィッッ――ッッ!! ぎゃああッッ?!! うああッ!! ああッ・・・がああああッッッ―――ッッ!!」
貫いた熱棒が、少女戦士の細い腕を焼いていく!
ジュウウウウッッッ・・・・・・・という、皮膚と筋肉を焼く音。
肉の焼ける生臭い悪臭が、ナナの嗅覚に突き刺さる。
いくらファントムガールでのダメージは大幅に減るとはいえ、肉が焼き爛れていく激痛は、17歳の少女には過酷すぎる。
「熱いッッ熱いッッ熱いィィッッ―――ッッ!!! ダメぇッ、こんなのダメぇッッ!! やめてェッ、お願いッ!! もうやめてェェェ――ッッッ!!!」
「グワハハハハァァ――ッッ!! どうだあッ、言う気になったかぁ!!」
「うあああッッ――ッッ!!! 言わないッッ!! 絶ッッ対に言わないィッッ!!! ぐわあああッ―――ッッ!!!」
「オホホ・・・・・・自分勝手なコね」
青い戦士の苦しむ様を、愉快そうに見ていた水色の魔女が、皮肉る。
「全くだ。どうやら、こいつはオレのことを舐めてるらしい。もっと痛い目に会いたいようだな」
ピンク色の肉が赤くなり、銀の皮膚が黒ずむまで腕を焼いたところで、高熱を帯びた刃が抜かれる。白煙があがり、ゴムタイヤを焼いた時のような悪臭が、人のいなくなったネオン街に立ちこめる。
「はあ、はあ、はあ、はあ、・・・・・・・」
“く、苦しい・・・辛い・・・でも、逃げられない・・・・・・ど、どうすれば・・・・”
荒い呼吸を吐くナナに、容赦ない惨撃が再び襲いかかる!
今度の標的は、右の肩。身動きの取れぬ少女のそこにネズミの前歯が突き刺さる!
ガブウウウウッッッ・・・・・
「はうああああッッッ―――ッッッ!!!」
絶叫する守護天使。その声が止むのと同時に牙が抜かれる。
そして、間髪入れずに、再び右肩を噛む!
「ぐあああうううッッッ―――ッッッ!!! ・・・・ふがあああッッッ―――ッッ!!」
ガブウッッ・・・ガブウッッ・・・ガブウッッ・・・・
刃を突き刺しては抜き、抜いては噛み・・・・・少女の右肩をズタズタに噛み砕いていく巨獣。
鮮血を撒き散らして、ファントムガール・ナナは叫び続ける。
「あぐううッッ!! ・・・・・うああッッ!! ・・・・・がああッッ!! ・・・・・ぎィやああッッ・・・・あああッッ―――ッッ!!」
“ひ・・ヒドイ・・・・もう、あたしはこんなにボロボロなのに・・・・・・どこまで苛めれば気が済むの・・・・・・・・”
トドメとばかりに、一気に根元まで深く、突き刺さる前歯。
ナナの首がビクンと仰け反る。
「ううう・・・ああ・・・・・・・あ・・・ぐう・・・・ああ・・・あ・・・・・・・」
切なく哀れな呻き声が、人類が逃げ去った後の街に木霊する。
「工藤吼介はどこだ? 言え」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・言わ・・・・・・ない・・・・・・殺されても・・・・・・言わ・・・な・・い・・・・・・・・・・・・」
少女戦士を咥えたまま、巨獣・アルジャは立ち上がる。
全身を真っ赤に染めたファントムガール・ナナが、グッタリと前歯に貫かれた姿勢で垂れ下がる。鮮やかな銀と青の皮膚は、血と泥にまみれ、瞳と、ふたつの水晶体は、今にも消え入りそうな弱弱しい灯りを、その中に揺らしている。
「グロロロロ――ッッ!! まだ、そんな強がりを言うかッ!! では、本当に死ぬがいい」
“このままでは・・・・・・・・殺されちゃう・・・・・・・な、なんとかしないと・・・・・・”
焼かれた左腕は麻痺してしまっているため、しばらくは自由が利かない。肩に食い込む牙のせいで、右腕も使い物にならぬ。唯一動かせる右足で、必死の抵抗を試みるナナ。膝蹴りを茶色の体毛が覆った腹部に打つ。力無い攻撃が、筋肉の壁に当たる。
だが、フラフラと当てるのが精一杯といった膝蹴りは、予想以上に効いたらしい。
腹部の痛みに叫びかけた巨大ネズミが、前歯を抜きそうになる。ビクリと震えた全身が、痛みを感じた何よりの証拠だ。
“?? 今のが効いた? ・・・・・・この膝蹴りを続ければ脱出できるかも?!”
囚われの少女に湧く一瞬の希望。
だが、それは嵐の前の木の葉のごとく吹き消される。
「グオオオオ―――ッッ!!! このアマぁッ、ぶち殺してやるああッッ―――ッッ!!!」
巨大な拳が、無防備の腹部に叩きこまれる。
聖少女の肩と腹で、ビリビリ・・・ブチブチ・・・という肉の裂かれる音が響く。ボディーブローによって腹筋が断たれ、殴られた勢いで右肩の肉が削がれそうになった音。
噛まれているナナの視界には、巨獣が殴ってくる様子がわからない。しかも、腹を殴ってくるという予想はしていなかったため、ほとんど脱力したところを打たれてしまったのだ。
現在のナナにとって、大きな弱点である腹部を、筋肉でガードすることすら許されずにハードヒットされたのだ。
想像を絶する激痛が、少女戦士に襲いかかる。
「はぐふううッッッ!!!・・・・・・ふひゅうッッ!!・・・・ぐッッッ・・・・・うッッッ・・・・・・・」
アルジャの前歯が銀の少女の肩から抜かれる。もんどりうって倒れるナナ。内臓の潰れる地獄に、呻きながら、のたうち回る。あまりの激痛に、ブリッジをした体勢で腹を突き上げて、ピクピクと痙攣する。
巨獣がナナを放したのは、トドメを刺すためだった。弱いくせに、神である自分に痛みを与えた罰を下すために。
曝け出した青いファントムガールの腹部に、巨獣の渾身の一撃がめり込む!!
グシャアアアアッッッ!!!・・・・・・・
青い腹部がアスファルトに打ちつけられる。
ナナの下の地面に放射線状に亀裂がはいる。
ズタズタの四肢が天に向かって伸び上がり、やがて、ゆっくりと、大地に落ちていく。
ゴボリ・・・と血塊が艶やかな銀の唇からこぼれおちる。
そして・・・・・青い瞳に灯っていた明かりは、完全に消えてしまっていた。
「失神したか。だが、こんな程度で終わると思うなよ」
聞こえない聖少女に、更なる処刑宣告が下される。
ガブリッッ・・・と右肩に食らいつき、またもやナナを同じ無残な姿に曝け出す。
根元まで埋まった前歯が、柔らかい肩をさらに圧迫する。失神から蘇生させようという狙いだが、全身を破壊された守護天使は目覚めない。
「手のかかるコね。私達の邪魔ばっかりして・・・アルジャ、私が起こしてあげるわ。背中をこっちに向けなさい」
高層ビルにもたれかかったままの姿勢で、魔女・シヴァが金色の髪を操る。それ自体生きているかのように、髪の一部が螺旋に絡まりながら、一束になっていく。
「私の髪は一本でファントムガールの首くらい、落とせちゃうんだけどね。切れ味抜群のこの髪を、こうやってまとめて鞭をつくるとね、それはそれはいったァァ~~~い鞭が出来上がるってわけ。そのスベスベのお肌で試してみる、ナナ?」
気を失っている少女からの返答は、当然ない。
「そう。じゃあ、存分に味わいなさい」
金色の髪で出来た鞭が伸びる。
泥に汚れた銀の背中を、エックス字に鞭が叩く。
バッチイイイッッッ!!!・・・・・ビチイイィィッッッ!!!・・・・
「ッッッ!!!~~~~~ッッッ!!!」
声にならない絶叫とともに、目覚めるナナ。その背中は、クロスに銀の皮膚が削げ、ピンク色の肉が生々しく覗いている。
「おはよう、ファントムガール・ナナ。お目覚めの気分はいかが?」
「グフフフフ・・・・・・今からお前を処刑する。地獄の苦しみを楽しみにするんだな」
「ハァ・・・・ハァ・・・・・ハァ・・・・・ハァ・・・・・・」
荒い息をつきつづける少女戦士。
左腕を焼かれ、左足を破壊され、右肩を穴だらけにされ、腹部を潰され・・・・・・大量の失血が赤く全身を染め上げる。
駆け巡る激痛に麻痺した脳が、少女の本音を語らせる。
「・・・も・・・もう・・・・・・ダ・・・・メ・・・・・・あたし・・・・・・・闘え・・・・・な・・・・い・・・・・・・・・勝てない・・・・・・よ・・・・・・・」
「グロロロロロ! ワハハ、ようやく運命を悟ったか! 激痛に悶えながら死んでいけ」
「・・・・や・・・やめ・・・・・て・・・・・・・も・・・・う・・・・・・・ゆ・・・る・・・・・して・・・・・・おね・・・が・・・い・・・・・・・・」
「グフフ、ならば工藤吼介がどこにいるか、言うんだ」
「・・・・こう・・・・す・・け・・・・せん・・・・・・ぱ・・・・・い・・・・・・・・た・・・たす・・・・・・け・・・て・・・・・・」
「せっかく保健室で命は助けてやったのに、思ったよりあっさり死ぬのね、ナナ。いいことを教えましょうか。お仲間の生徒会長さん、ファントムガールは助けに来ないわよ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「あなたの敵討ちのつもりか知らないけど、私達のアジトに潜入してね。でも、いまごろメフェレスが始末したでしょう。神経毒をたっぷり撒いておいたからね」
あの時、シャワーを浴びることを口実に部屋を抜け出た片倉響子は、隣の部屋にあったスイッチを捻って、毒ガスを研究室兼ベッドルームに噴射したのだ。そうしておいて、当初からの計画を実行すべく、新たなミュータントを引き連れて、繁華街まで足を伸ばしたのであった。
メフェレスから連絡は受けていないが、聞かなくとも五十嵐里美の運命はわかる。彼女の作った特製の神経毒を吸って、あのメフェレス相手に無事で済むわけはない。いかに里美がファントムガールの正体であっても。
「・・・・・・・・う・・・・・・・・そ・・・・・・・・・・・」
保健室で別れた里美の顔が蘇る。あの時のゾッとする程美しい顔は・・・悲壮な決意を秘めた顔は・・・七菜江の仇を取るために闘う顔だったのか。だが、そのせいで里美が死んだなどとは、どうしても信じるわけにはいかなかった。
「首を刎ねられたか、串刺しにされたか。いずれにしろ、あの状況を抜け出すのは無理でしょう。フフフ・・・・・・大丈夫よ、あなたもすぐにあの世に送ってあげるわ」
「・・・・さ・・・・・とみ・・・・・・・さん・・・・・・・・」
フツフツと怒りが込み上げてくるのがわかる。本当に里美はメフェレスによって殺されてしまったのか? 真偽は定かでないが、とにかく今は、この、目の前の怪物を、卑怯で悪魔のような怪物を、なんとしてでも倒したい。
しかし、ナナのダメージは、精神力ではどうにもならないレベルにまで達していた。見た目よりは軽いとはいえ、右肩には五寸釘を埋められたような痛みが随時襲ってくる。少女の意識は激痛に耐えるのに精一杯だった。
「グロロロロ! さあ、最期のチャンスだ。工藤吼介の居場所を教えるか? それともここで地獄の苦しみの中で悶え死ぬか? どっちだ、ファントムガール・ナナ?」
「・・・・・・・・・・わた・・・・・・・・・し・・・・は・・・・・・・・・」
「素直に言いなさい、ナナ。降伏すれば命は助けてあげるわ」
「・・・・・・・・・言わ・・・・・・・な・・・・・い・・・・・・ゼッタイ・・・・・・に・・・・・・・」
「・・・そうか。ならば、お望み通り、悶え死ぬがいい」
聖少女の右肩を咥えたままの巨大ネズミが、内圧を高めていく。その茶色の巨体に黒いエネルギーが充満していくのが、傍目にもハッキリわかる。身体中から湧きあがった闇のエネルギーは、巨獣の中心線に集中していき、だんだんと口元に這いあがっていく。
“!!! も、もしや・・・あの黒い破壊光線を、このまま発射しようというの・・・?!!”
凍りつく青の少女戦士。巨獣・アルジャの最大の必殺光線を、この至近距離で受けたら、一体どうなってしまうのか?! 恐ろしい予感に身体がすくむが、噛み付きの刑から逃れる術はない。
ミュータントにとって、ファントムガールの光の技が、もっとも効果的であるのと同様、ファントムガールにとって、闇の技は、最大の天敵なのだ。その闇の光線を、今、直撃されようとしている・・・
“に、逃げなくちゃ!! ホントに・・・ホントに殺されちゃう!!”
もがくファントムガール・ナナ。だが、切り裂かれた腕は緩やかに巨獣を叩き、出血に染まった肢体は無駄な抵抗を示してよじれるばかり。
「・・・やめ・・・・・・て・・・・・・・や・・・・め・・・・て・・・・・・・」
「地獄の業火に焼かれろ、小娘」
闇の破壊光が、聖少女の右肩を噛んだままの、尖った口から放射される!!
距離ゼロから、黒いエネルギーが、銀色の戦士の右肩から、濁流となって注ぎ込まれる!!
「うぎゃあああああああああッッッ―――――ッッッ!!!!!」
天を衝く大絶叫!!
銀の肢体を黒の奔流が駆け巡る。光の戦士から、黒のオーラが肌を突き破って発散される。闇の溶岩が光の肉体を内部から溶かしていく。スラリとした手足が突っ張り、苦悶に喘ぐ指が、奇妙な形に折れ曲がる。
「ぎゃあああああああッッッ――――ッッッ!!!!! ぎいやああああああッッッ―――――ッッッ!!!!!」
“バクハツするッッ!! 身体がバクハツしちゃうッッ!!! 溶けるッ!! 熱いッ!! 死ぬッ! 死ぬッ!! 死ぬぅぅッッ~~ッッ!!! やめてッ! もうやめてェェッッ~~ッッ!! お願いィィィ~~~ッッッ!!!”
ガクガクと青いショートカットが揺れる。
ゴボゴボと白い泡が口から垂れ流れる。
胸の水晶体がヴィーンヴィーンと激しく点滅する。
誰もが青いファントムガールの死を確信した、その時。
突如、夜の繁華街に眩い光が乱反射する。
空間いっぱいに湧いた光の粒子が一箇所に集まっていき、密度を増して明るく輝く。
真昼のように周囲を照らし、爆発した光の後に立つ人影は――
応援ありがとうございます!
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