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「第九話 夕子抹殺 ~復讐の機龍~ 」
27章
しおりを挟む昨夜と同じ満月が、今宵も人工の埋立地を青白く照らす。
建築途中の巨大ビル群が乱立する、港湾の孤島。人類の未来を描くはずだった「希望の島」は、今では砕けた夢の破片とともに、過去の負の遺産として静かに臨海に佇んでいる。人の姿も、自然の姿もない、鉱物に囲まれた世界。無機質な灰色の世界を、熱気を含んだ夜風がムワリと吹き抜けていく。
男は再び、この地に立っていた。
色白で痩せこけた、白衣姿の眼鏡男。レンズの奥で光る眼は、神経質そうというより狂気を帯びたと表現するのが似つかわしい。ボロボロに破れた白衣が、海からの風になびく。無人の廃墟にひとり佇む姿は、異様を通り越して不気味ですらある。
自らの肉体を実験に捧げた狂博士、桐生。
およそ24時間前の闘い、というよりは一方的な嗜虐のあと一旦は身を潜めていた機械の肉体を持つ男は、満を持してこの廃工場の跡地に舞い戻ってきた。しばらく身を隠すよう忠告したのは、化粧もメイクもケバケバしい豹柄の少女。ファントムガールのバックに政府がついていることを知る「闇豹」は、己の保身のためにも、ひとまず戦闘の地から離れることを指示したのだ。宿敵の死体を見たくてウズウズしている桐生を制して。
今はもう、豹柄のコギャルは白衣の隣にはいない。目的を果たした神崎ちゆりにとって、無人の埋立地に戻る理由はなかった。
だが桐生には、もっとも大事な作業が錆びれた工場跡にまだ残っている。
「サテ、有栖川邦彦ノ死体ハドコカナ?」
確信と余裕が声に篭る。
娘の夕子に仕掛けられたバイブ型爆弾を、冷酷に見せかけた天才科学者は必ず解除しようとするはずだった。陵辱の海に沈んだ少女戦士を助ける方法は他にないのだから。しかし、いかなる頭脳と技術の持ち主であろうと、桐生が造った最高傑作の爆弾を、夕子が絶頂の果て息絶えるまでに解体するのは事実上不可能なのだ。それはいかに優秀なアスリートであっても、100mを5秒以内で走ることは不可能であるのに近い。
桐生からすれば、有栖川邦彦の死はいわば規定事実。
あとは娘ともども肉片に変わり果てたその無惨な姿を確認し、傷つけられた身体の恨みと研究者としての劣等感を晴らすのみ。
痩身の白衣姿は、24時間前に霧澤夕子が体液という体液を垂れ流したゴミ捨て場の中央、あの陵辱現場に到着した。
機械人間の能面のごとき顔が、ぎこちなく笑いの形に変化する。
爆風が焼け焦がした黒煤の跡が、四方八方に広がって大地に描かれている。
その中央、爆弾が炸裂したと思われるその場所に転がっているのは―――
真っ黒に焦げ、高熱によりほとんど溶解した、霧澤夕子の右腕。
壮絶な拷問と凄惨な陵辱の果て、ついに爆死の運命を辿った惨めな少女戦士の残骸が、廃墟のゴミ捨て場に誰にも知られないまま放置されている・・・
「カハハハハハ! 無惨ナリ、霧澤夕子! 父モ娘モ肉片スラ残ラヌマデニ消シ飛ンダカ」
高らかな笑い声をあげて、動くことのなくなった黒焦げの右腕を、機械人間は拾おうとする。
ゾクリ
かつてない戦慄が、冷酷な機械人間の背中を駆け登る。
大地の中。桐生は光るふたつの瞳を見た。
ボンッッッ!!!
土の大地が跳ね上がる。
地中から飛び出した何かが細身の白衣を吹き飛ばす。腹部に突き刺さる、重い衝撃。バズーカを撃ち込まれたような一撃に、薄い唇から赤い糸を引いて5mを機械人間が飛んでいく。
「グブウウウウウッッッ?!!!」
立ち上がる桐生。何が起きたか理解できない半人半機械の悪魔は、動揺の眼差しを前方に向ける。
その尖った顎を砕く、追撃のアッパーカット。
グシャリという破壊音を響かせ、色白の痩身が宙を舞う。砕ける眼鏡。飛び散る吐血。垂直に浮き上がった機械の身体が、折りたたむように崩れ落ちていく。
焦点の定まらぬ視線で桐生は見た。
地中から飛び出した、突然の猛威を振るった正体を。
「ナッ・・・ナンダトオオォォォッッッッ―――――ッッッ?!!!」
霧澤夕子。
赤髪のツインテールをなびかせたサイボーグ少女が、垂れがちな瞳に青き炎を燃やして立っている。
右腕も、不屈の闘志を秘めた視線も以前のまま。
ただ身体中に巻きつけられた白い包帯が、瀕死の名残を少女に印す。
「キッ・・・キサマ、何故生キテ・・・?!!」
「知らなかったようね」
突き放すような口調。いつもと同じようでいて、しかしながら格段に感情が潜んだ物言い。
「ユリが柔術の達人であることを。あのとき、ユリが"絞め落として"くれたおかげで、弛緩した私の身体からは、簡単に爆弾が抜け出たわ。強引に取ろうとすると反応する爆弾も、自然に抜け出るものには反応しないみたいね。もっとも私がイキ続けるとばかり思っているあんたには、"寝る"なんてことは想定外だったんだろうけど」
夕子の救出に現れたのが邦彦ひとりならば。あるいはボディガードが自衛隊選抜の屈強な兵士あたりであれば。
恐らく桐生の目論見通り、有栖川邦彦も霧澤夕子も抹殺できたに違いない。だが邦彦が「希望の島」に一緒に連れてきたのは、想気流柔術の達人・西条姉妹。魔悦に絡み取られ硬直し切った夕子の身体を、根こそぎ脱力させることが可能な天才少女たち。
その偶然の悪戯が、運命の神の手が。今ここに、身も心も敗れ去ったサイボーグ少女を、再び死闘の大地に立たせている。
「ナ、ナラバ、有栖川邦彦ハ・・・?!」
「知らないわ」
「ナッ・・・知ラヌトハ??」
「今ごろ研究室で実験でもしてるんでしょ。私という実験モルモットがまだ使えると知って、あの男は満足よ」
新しくなった銀の首輪を、夕子の白い指がそっと触る。
興味ない、というのか。
己の命を狙われても。娘を陵辱されても。爆弾の挑発も。娘が再度、闘いに挑もうとも。
有栖川邦彦は、粘着質な恨みを向けてくる桐生のことなどまるで見ていない。だから、死闘の現場にすら現れず。抜け出た爆弾の処理すらせず。霧澤夕子という実験体が無事であったことを確認すれば、忘れ去られた無人の埋立地に用はない。
なんという、屈辱。
娘を徹底的に破壊し、全身を汚辱で塗りつぶしてやったというのに・・・それでも天才と呼ばれる科学者は、桐生に対してなんの反応も示しはしない。ゴミを素通りするように、目を向けることなく通り過ぎていく。
「ユ、許セヌ・・・アノ男、コノ手デ殺サネバ・・・」
ドス黒い憎悪の炎に全身を焼かれ、機械人間の痩身がブルブルと震える。
怒りに駆られた男が現状から意識を離れさせた瞬間、赤髪のツインテールはダッシュしていた。ハッと我に返る桐生の鼻先に、渾身の右拳が唸っている。
「ギャヒイイイイッッッ!!!」
折れ曲がった鼻から深紅の花が咲く。ひしゃげた顔面を両手で押さえた桐生の身体がゴロゴロと転がり、鉄屑の山に当たって止まる。
「なに、ボーっとしてんのよ」
冷徹なまでの夕子の声。だがそこに含まれた復讐の決意が、サイボーグ少女を熱く熱くたぎらせる。
「あんたを許せるほど、優しくないのよね、私」
「キッ、貴様ァァ~~、アレホド泣キ喚イテイタクセニ・・・」
「そうよ。私はあんたに負けたわ。手も足もでずに完敗し、オモチャみたいに弄ばれた。だから、なに?」
垂れがちな瞳に凄みが混じる。
自分に敵わぬことはわかっているはずなのに・・・陵辱と拷問で尊厳ごと踏み躙られたはずなのに・・・まるで何もなかったように闘志を剥き出しにする女、こいつは一体なんなんだ?!
「父トイイ、娘トイイ・・・ドコマデモ不愉快ナ奴ラダ!!」
「不愉快なのは、あんただよ」
包帯だらけの少女と、白衣の男が同時に粒子と化して消えていく。
銀色の肢体にオレンジの模様、黄金のプロテクターに身を包んだ守護天使と、鋼鉄の機械兵士。巨大なふたりのサイボーグ戦士が、再び月光に照らされた廃墟の工場跡に出現する。
「今夜コソ、地獄ニ落チルガイイ、ファントムガール・アリス!」
「あんたに受けた屈辱、まとめて返すわ!」
光の女神と悪魔の機械、互いに敵愾心を露わにしたふたりが正面から激突する。
怒りに駆られたとき、人間は拳で殴りたくなるのが心情なのか。体内に仕組まれた仕掛けを使うことなく、拳と拳で殴り合う。しかしそれは、男と女という体格差以上にアリスに不利な闘い。データを分析され、動きを研究されたアリスの拳がヒットしないのは、前回の激突で立証済みだ。
ドズウウウッッッ
「グボオオオッッッ?!!」
異変に気付いたのは、アリスのボディブローが暗殺マシン・キリューの胃袋に突き刺さったとき。
戦闘を丸裸にしたはずの守護天使の攻撃を、防ぎきれない?
逆にキリューの攻撃は百発百中だったのが、今回はまるで当たらない。これでは前回と正反対だ。KILL夕子、夕子殺しに絶対の自信を持っていた機械兵士の余裕が崩れ、幾度となく打ち込まれる有効打に、対アリスにおいては無敵のはずの鋼鉄戦士が追い込まれていく。
"ナゼ・・・ナゼダ?! ナゼ戦闘データガ通用シナイ??"
まさか、昨夜の闘いを逆に分析したのか。それとも今までとは闘い方を変えてきたのか。
いや、どちらも不可能であることをキリューは知っている。同じく機械の肉体を持つ者といえど、桐生と霧澤夕子では内容が大きく異なっている。脳も含めて機械化された桐生と違い、夕子は肉体の一部が生体機械になっているに過ぎない。デジタル化された情報信号を直接脳で受け取ることはできるが、コンピューター並みに分析自体を行うことは不可能だ。
ましてたった一夜で闘い方を変えるなど、できるわけがない。キリューの分析には、夕子が故意に戦闘の動きを変えてきたときの反応、それを実行する確率も含まれている。いくら意識して動きを変えたところで、それすらもキリューは承知してしまっているのだ。意識的な動きの変化では、キリューを欺くことはできない。しかしわずか一日で、本能的な身体の動かし方、スピード、角度、コンビネーションなどが変わるわけはない。長く染み付いた癖は、一日で落とせるほど表面的ではないのだ。
では一体、なぜ・・・?
偶然では済まされぬ量の打撃が、次々と鋼鉄の身体に吸い込まれていく。
「クウウウウッッッ!! オノレェェェッッッ!!!」
突き出したキリューの両手から、黄色の稲妻が発射される。苛立ちと焦り。一気に装甲天使を地獄に送らんと、超高圧の電磁波光線をやみくもに放つ。
右足に埋め込まれた機械のパワーを利用して、アリスの銀色の肢体は一気に後方に飛んでいた。
アリスに施された耐電装備を遥かに凌駕する稲妻光線を浴びれば、一撃にして勝負は終わる。圧倒的火力で反撃を開始するキリューに、距離を置いて逃げ回る装甲天使。闇を切り裂く極太の稲妻を、機械の推進力が生む脅威のスピードで、すんでのところでアリスはかわしていく。
「ソコダッ!!」
鋼鉄兵士の叫びとともに、あらぬ方向に発射される電磁波光線。
一見ミスしたとしか思えぬ射撃。だがしかし、アリスの速度と行動パターンを読みきって放たれる予測撃ちは、まるで吸い寄せるように獲物を捕らえる。そこに来ると確信して撃たれる攻撃に、前回のアリスがどれほど撃ち抜かれたことか。
バシュンッッ!!!
高圧電流が無機物を叩いて弾ける。
完璧なる計算で装甲天使を狙撃し続けてきた稲妻は、疾走するアリスの鼻先をすり抜け、はるか奥の鉄屑の山に着弾していた。
ドンッッッ!!!
鋼鉄兵士の赤いレンズが、一直線に向かってくるオレンジの女神を捉える。
必殺光線を外したあとの隙。好機を逃さぬアリスが、両脚に全力を込めて突進する。振りかぶる右拳。青い瞳に冷酷な光を浮かべ、端整なマスクの女神が迫る。
迎撃するは、ドリルと化したキリューの指先。
サイボーグ天使の身体をやすやすと貫く悪魔の指。4本の凶器を揃えて伸ばし、顔面狙いの右フックを暗黒マシンがカウンターで放つ。
空気を切り裂く、摩擦音。
アリスの目前をドリルパンチが空振りして過ぎていく。
ドゴオオオオオオッッッッ!!!!
全体重とダッシュの加速が存分に乗った、装甲天使渾身の弾丸パンチが、キリューの胸元中央にめり込む。
ミシミシミシ・・・暗黒の装甲がひしゃげる音。
機械兵士の体内でバチバチと静電気が弾ける。あげている。鋼鉄と科学が作り上げた人工の肉体が、苦痛の叫びを、崩壊の悲鳴をあげている。屈辱にまみれた少女戦士の怒りの打撃が、前回はまるで歯が立たなかった天敵を紛れもなく追い込んでいる。
「クク・・・クククク・・・・・・」
動きの止まった鋼鉄兵士から洩れてきたのは、愉悦の笑い。
「・・・なに笑ってんのよ・・・」
拳をめり込ませたまま、ゾクリとする口調でアリスが呟く。
めり込んだ拳をそのままに、キリューは尚も笑い続ける。
「何故データガ通用シナイノカ・・・ワカッテミレバ、ナントモ他愛ナイコトダ」
赤いレンズが強く光る。昨夜は通用したデータが役に立たなくなった理由・・・謎が解けたいま、機械兵士から戸惑いが霧散していく。
「ナンテコトハナイ、今ノ貴様ハコレガ限界ナノダ。普段ヨリ数割衰エタ力ガ、半死人ノ全力トイウワケダ」
拷問と陵辱の限りを尽くされたアリスの肉体は、いまだ深いダメージに蝕まれていた。
その窮地が予想外の好転を生む。パワーもスピードも通常よりはるかに落ちた結果、アリスの戦闘力にナチュラルな変化が生まれ、戦闘データは無意味と化したのだ。正確で繊細であるが故、キリューの分析はわずかな綻びにも脆かった。データ分析による暗黒マシンの優位は、今回の闘いでは完全に崩れたのだ。
だが。しかし。
「ナラバ真正面カラ破壊シテヤルマデ! クハハハハ!」
データが通用しないのは、アリスが"弱くなった"だけのこと。
分析に頼らなくても、瀕死状態の装甲天使を普通に倒せばいいだけの話。疑念から解放された機械兵士が、ドリルを唸らせ殴りかかる。もはや焦ることはない。死にぞこないのサイボーグ少女を、力づくで今度こそ解体してしまえばいい。天使の肉体をやすやすと切り刻む鋼鉄のドリルが、獰猛な響きをあげながら端整なマスクを襲う。
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