ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第十一話 東京決死線 ~凶魔の右手~」

31章

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 明治神宮に現れたミュータントの襲来を受け、首都の街並みは大混乱に陥っていた。
 放置された車で埋まった道路を、人々が間をすり抜けて逃げ惑う。車道も歩道も関係なかっ
た。混乱で1mmとて車が動かなくなった今、人々に残された移動手段は己の足しかない。回線
のパンクした携帯電話に向かって必死に家族の名を叫ぶ声や助けを求める悲鳴が、緊急事
態を告げるサイレンと避難誘導する警察の怒鳴り声と重なり響く。初めて巨大生物の襲撃を受
けたメガシティの混乱ぶりは、想像を越えたけたたましさであった。
 全てのテレビのチャンネルとラジオ放送は、東京を舞台にした銀色の女神と侵略者の闘いが
始まったことと、一刻も早い避難勧告を一斉にがなりたてている。いつもはどこか他人行儀で
あったキャスターの声音が、今回ばかりは切迫感に溢れていた。無理もない。現れたミュータ
ントは、悪の中枢である魔人メフェレスと魔豹マヴェル。対する女神は、青いファントムガール
ただひとり。見るも邪悪な巨大生物たちは高い知能を有していることが、すでに公の常識として
認められている。もし、銀色の守護天使が敗れればそのときは・・・彼らがいかなる暴挙に出る
のか、その脅威は計り知れない。
 
 そう、メフェレスやマヴェル、これらの悪鬼どもの恐ろしさは単に巨大であることに留まらな
い。きちんと意識、それも一般的な人類にとって歓迎すべからざる悪意や支配欲、破壊欲を持
って行動しているのだ。特撮映画の怪獣が、本能の赴くままに暴れているのとは訳がちがう。
 彼らは意図的に破壊を行なうことができるのだ。ちょっと気が向けば、街ひとつを数分で消滅
させることができる。明治神宮や原宿周辺の人々が、特に血相を変えて慌てるのも当然と言え
た。
 先程、最新情報として流されたニュースでは、原宿の通り一帯が魔人の意図的な攻撃により
破壊されたとのことだった。生存者は絶望的。3桁、ことによれば4桁にのぼる多数の犠牲者が
生まれたのは確実であった。さらに青いファントムガールの劣勢は依然として続いているとい
う。
 明治神宮から一歩でも遠くへ・・・正邪の巨大な聖戦の余波を受け、逃げ惑う人の波が深夜
にさしかかろうとする時間にも関わらず原宿を中心に広がっていく。
 
 ただひとり、小柄な少女だけが、池袋方面から明治神宮へと向かって疾走していた。
 押し寄せる人波をすり抜け。制止する警察官の呼び掛けを振り切り。かすかな記憶を頼りに
しながら、最短で神宮の森に辿り着ける道を模索して、一直線に駆け抜けていく。
 真ん中付近で分けられた流れるような茶髪のストレート。陶磁器のごとく白く澄んだ顔には、
細く整えられた柳眉と大きく魅惑的な瞳、形のいい鼻梁と厚めの朱鷺色の唇が完璧なバランス
で並べられている。すれ違う避難の人々が、思わずドキリとしてしまうほどの、美貌。人気アイ
ドルや女優でも、ここまで愛らしさに満ちた容姿の持ち主はまずいないと思われる、イマドキの
美少女。いかにも女子高生といった華奢な体躯とは裏腹に、唇の右下にある小さな黒子が年
不相応の色香を仄めかせている。鎖骨が窺えるまで胸の開いたピンクのニットセーターとオフ
ホワイトのマイクロミニが、少女の持つ可憐さと芳香をより際立たせているかのようだ。
 
 桜宮桃子は、五十嵐里美から連絡を受けてすぐ、池袋にある聖愛学院修学旅行生が宿泊す
るホテルへと向かった。
 エスパー、つまり超能力者である彼女は、カンの鋭さにかけては自信がある。胸騒ぎを覚え
た桃子の行動は迅速であった。何度となく藤木七菜江、そして霧澤夕子にケータイから電話を
掛けてみたが、里美の言うようにふたりとも繋がらない。特殊回線を使用しているこの電話が
通じないことは、まず有り得ないことであった。特別な「何か」が起きたことは、容易に考えられ
る。いや、そう考えるべきであった。
 ファントムガール・ナナとメフェレス&マヴェルの戦闘が明治神宮で開戦したことを知らされた
のは、七菜江の姿がホテルにないと確認して間もなくのことであった。渋谷から池袋まで山手
線を利用してきた桃子は、わずかな時間の差と七菜江とのすれ違いに歯噛みする。渋谷から
明治神宮のある原宿までは歩いていってもさほどの距離ではない。山手線でも原宿駅を通過
して、この池袋までやってきた。親友の危機がすぐ近くで迫っていたのに、通り過ぎてかえって
遠くに来てしまうなんて・・・仕方のないこととはいえ、運命のイタズラが桃子にはもどかしい。
 
“もっと渋谷で待機しておけばよかった・・・この様子だと夕子もきっと・・・”

 電車の運行がストップし、タクシーも使えない今、桃子は走って池袋から明治神宮までの距
離を移動するしかなかった。地元に残った里美やユリは言うに及ばず、品川に泊まっているは
ずの霧澤夕子も、とても原宿付近まで駆けつけられまい。なにより夕子自身が敵襲を受けてい
る可能性が非常に高かった。自分と違い、七菜江や夕子は敵の首領メフェレスに居場所を知
られているのだ。ファントムガール・ナナの援軍に駆けつけられるのは、桃子ただひとり以外に
は考えられなかった。
 やるしかない。走るしか、ない。
 決して運動は得意とはいえないエスパー少女だが、体力の続く限りその足は止まらなかっ
た。
 
 ファントムガール・サクラに変身し巨大化すれば、当然短時間で距離を詰めることはできる。
だが、50mもの巨大な生物が全速で駆ければ、その震動と衝撃で建物の崩壊とそれに伴う犠
牲者の発生は抑えられない。仲間の危機が迫っていようと、それはファントムガール全員に共
通する禁忌であった。
 また超能力者の桃子ならではの移動手段として、瞬間移動、つまりテレポーテーションが考
えられるが、それも不可能である。テレポートの必須条件として、桃子が強く思い描くことがで
きる場所でなければならない。生憎、明治神宮および原宿周辺に、桃子が強く記憶に残してい
る場所はなかった。さらにもうひとつ、致命的なのが、首都ならではの人と物の多さだ。瞬間移
動したその先に、もし誰か他の人間が立っていたらどうなるのか・・・? 最悪の場合、原子と
原子が同空間に重なり合い、核爆発を起こすかもね、とは夕子の言葉だ。それはやや脅しに
しても、相手か自分が弾き飛ばされる可能性は十分に考えられる。その勢いがどれだけのも
のか、危険度はあまりに未知数といえた。
 
“ナナは・・・こうなることを予想してたの? 胸騒ぎが・・・収まらないよォ”

 息を切らして走る美少女の脳裏に、昨夜五十嵐家の七菜江の個室で交した会話が鮮やかに
蘇ってくる。
 
「ビーディー・・・セブン?」

 プリティーフェイスと呼ぶのにピッタリな美貌を傾ける桃子の前で、パジャマ姿の七菜江はコ
クリと頷いてみせた。
 
「明日からの修学旅行、もしかしたらメフェレスたちはあたしたちを狙ってくるかもしれない。だ
って、あいつらからしたら、ファントムガールを倒す絶好のチャンスだもんね」

「うーん、それはそうかもしれないけどォ・・・」

「もちろん襲ってこないかもしんない。それはわからないけど、あたしは逆にチャンスだと思って
るの。新しい必殺技『BD7』なら、きっとあいつらを倒せると思うんだ」

「どれだけスゴイ技なのか知らないけどォ・・・でも、やっぱりひとりで闘うなんて危険なことだ
よ?」

「それはわかってるよ。でも、いつか誰かがあいつらを倒さないと、みんな心の底から笑顔で暮
らせないじゃん」

 急に真剣な表情になった猫顔少女は、真っ直ぐな瞳で親友のイマドキ美少女を見詰めた。
 
「あたしが死んでも、モモは泣いちゃダメだからね」

「なッ、なに言ってるのよォ! そんなこと言っちゃダメだよ! 泣くに決まってるじゃん。ナナが
死んだりなんかしたら、泣いて泣いて泣き死んでやるんだからァ!」

「モモを泣かしたメフェレスを・・・あたしはゼッタイ倒してみせる」

 強い光を吊り気味の瞳に宿した友に、桃子は言葉を返せなかった。
 なぜだろう? 不意にこれまで感じたことのない、奇妙な感覚に捉われたのは。
 もう二度と、藤木七菜江とは、会えなくなるような気がする―――
 

 
「ナナッッ?!!」

 ビルの狭間に広がる深い緑。ようやく明治神宮の敷地を視界に捉えた桃子が見たものは、
聖なる森林に血の雨を降り注ぐ、無惨な敗北天使の姿であった。
 二体のおぞましい巨大生物が、ファントムガール・ナナを囲んでいる。勝敗は明らかであっ
た。銀色の肢体を紅に染め、ぐったりと四肢を投げ出して動かぬ聖少女と、傷ひとつない二匹
の怪物。ナナを屠ったミュータントは、メフェレスとマヴェルではなかった。初めて見る、敵。菱
形の頭部に光るひとつ目が不気味な漆黒の凶魔と、疵で埋め尽くされた顔が衝撃的な褐色の
凶獣。ゲドゥーと呼ばれた凶魔の右手はナナの胸のエナジー・クリスタルを周辺の肉ごと鷲掴
み、腕一本で守護天使の肢体を宙空に吊り上げている。もはや勇敢な少女戦士の扱いは、死
肉のそれと変わるところがなかった。
 遠目からでもよくわかる。ボトボトと弛緩した肢体から降り注いでいるのが、女神の鮮血と千
切れた肉片であることが。苦悶を刻み、半開きとなった口からドロドロと赤黒い吐血がこぼれて
いる。抜群の運動神経を誇るアスリート少女が、いかなる過酷な責め苦を浴び散っていったの
か・・・変わり果てた姿が雄弁に語る。
 
 どしゃっ・・・
 
 崩れ落ちた己の膝がコンクリートに沈む音を、桃子は霞みがかった意識の向こうで聞いてい
た。
 ファントムガール・ナナが、負けた。
 負けたという言葉では足りぬ、滅ぼされたとでも言うべき惨状。
 新たな必殺技を携え、決意の炎を宿らせていた朋友と、このような再会を果たすとは。いや、
ことによればナナの生命の灯はもはや・・・
 
 遅かった。
 もう一足早く着いていれば、ナナの窮地を救うことができたのかもしれない。今更サクラに変
身したところで、もはやどうにもならないことは血染めのナナが教えてくれる。
 ゴミのように投げ捨てられたショートカットの戦天使が、光の粒子と化して夜の闇に溶けてい
く。
 やはりあの時感じた奇妙な違和感は・・・目の前から七菜江がいなくなってしまうような感覚
は、当たっていたのか? 七菜江との永遠の別れを予知したとでもいうのか?
 
「ううん、そんなわけ、ないっ! そんなこと、有り得るわけないよッ!」

 再び小柄な美少女の肉体は走り始めていた。
 桃子にも経験がある。体力に余裕があるうちの変身解除は、ある程度離れた地点にでも元
の身体を現すことが可能だが、瀕死状態で巨大化が解ける折は、ほとんど場所を動くことはで
きない。今、藤木七菜江の身体は間違いなく、ファントムガール・ナナが消滅した神宮の森のな
かにあるはずだった。急いで向かえば、きっと七菜江を助けることができる。
 
「はあッ、はあッ、ナナ・・・死んだりなんか、させないんだから! はあッ、はあッ、そんなこと、
許さないんだからァッ!!」

 走ること、20分。
 いた。
 広大な神宮の敷地。鬱蒼と茂る夜の森。重なる悪条件にも関わらず、超能力少女は白砂の
参道に仰向けで転がる、青いセーラー服の少女を発見していた。
 酷い、姿であった。
 巨大化時のダメージは元の身体に戻ると、何十分の一かに軽減されるのが『エデン』の戦士
の特徴だ。それでも藤木七菜江の纏った聖愛学院のセーラー服は、獣に襲われたかのごとく
ビリビリに引き裂かれていた。胸や腹部、そして太腿からはじっとりと鮮血が滲んでいる。凶獣
ギャンジョーに貫かれた箇所は、穴が開くまでには至っていないものの、ナイフで刺された程度
の傷はしっかりと刻まれているようだった。ゲドゥーに殴られた顔面は、口と鼻から溢れた血で
真っ赤に濡れている。
 血に飢えた悪魔というものがこの世に存在するならば、きっと生贄に差し出される少女は、こ
のような無惨な姿で祭壇に祀られるのだろう。
 生きているのか、死んでいるのか、ピクリとも動くことない敗北少女に、一直線に桃子が駆け
寄る。
 
 ゾワリ・・・
 
 疑うべきもない悪意が背筋を疾走した瞬間、イマドキ美少女の小さな身体は弾けるように後
方に跳んでいた。
 足先をかすめる、銃弾。
 ドドドンッッ!! 桃子が通過するはずだった砂利道に着弾した3発の弾丸が、白い煙を緩や
かに立ち昇らせる。
 
「ヒャッハッハッハッーッ!! 超能力があるってのはマジみてえだなァッ、おい! いいカンし
てるぜェッ、ファントムガール・サクラァッ~~ッッ!!」

 どっと噴き出した冷たい汗が、桃子の美貌を濡れ光らす。大きく見開かれた魅惑的な瞳は、
コルト・ガバメントの改造拳銃を握った、疵面の男を見詰めていた。
 ガサガサと森林を割って出てきた、紫スーツの男。桃子の正体を知っている事実など、今更
驚愕には値しなかった。いかにもその筋のひとといった外見、そしてこの状況。下卑た笑いを
浮かべる疵面のヤクザが、ファントムガール・ナナを破ったひとりであることは確認するまでも
ない。
 森の葉を擦るガサガサという音は、桃子の背後でさらに起こった。
 反射的に振り返るエスパー美少女の視線の先で、サングラスをかけた白スーツの男が、薄
い唇を吊り上げて立っている。わかる。この男が、ナナのクリスタルを掴んでいたあの凶魔だ
と。ファントムガール・ナナを血祭りにあげた凶魔と凶獣が、今度は愛らしい美貌の少女を明治
神宮の参拝路で左右から挟んでいる。
 
「あははははは♪ 二匹めの獲物が向こうからやってきたみたァ~~い! 今度はウサギちゃ
ん狩りよォ~」

 高らかな笑い声が、桃子の退路を塞ぐようにして沸き起こる。「闇豹」神崎ちゆり。つい今しが
た、桃子が走ってきた砂利道の中央に、銀色のコートを羽織った豹柄のコギャルは現れてい
た。金のルージュのなかで、真っ赤な口腔がギラギラと光っている。ファントムガール・ナナとの
闘いをほとんど無傷で切り抜けた狂女からは、戦闘の後遺症をほとんど感じることができなか
った。
 
 罠、だったのね―――
 
 七菜江を救いに来るであろう誰かを、敵は待ち構えていたのだ。いや、その誰かが桃子にな
ることは、恐らく十分に予測していたのだろう。東京の地において、守護天使をバックアップす
る態勢は地元ほどには整っていない。ナナの窮地を知り、真っ先に駆けつけるのが桃子であ
る可能性は非常に高い――
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