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「第十二話 東京黙示録 ~疵面の凶獣~」
7章
しおりを挟む「あまりにも、見え透いているわ。わかりやすすぎる、と言ってもいい」
「とはいえ、効果は絶大でしょ? このままだとあのコ・・・死ぬわよ」
敵か味方か断定しかねる女の声は、まるで敢えて苦しめているかのように聞こえた。
「『エデン』を飼っていようと基本は人間。死んだら終わり、よ。エナジー・チャージのような奇跡は望めるわけもない」
「わかっているわ」
「大切なお仲間が殺されるのを見過ごすなんて、五十嵐里美にできるのかしらねえ?」
「ナナちゃんを守るためならば、私の命なんていらないわ。桃子も、夕子も、ユリも・・・みんな私より大切よ。この闘いに彼女たちを巻き込んだ私は、誰よりも先に死ななくてはならない」
感情を抑えたその声が、美少女の言葉に嘘も誇張もないことを教えていた。
傍らで耳を傾けていた老執事の眼が思わず見開く。
己の生命を軽んじるかにも聞こえる台詞。リーダーとして先頭に立つべき者が口にするには、決して妥当とは言えまい。
たしなめの忠言が飛んで来るより先に、麗しき令嬢は言葉を継いでいた。
「私にとっては、ナナちゃんの命は私の命より重いのよ」
「じゃあ・・・」
「けれども、この世界に住む人々の命は、ナナちゃんひとりの命より、重いの」
凛と光る切れ長の瞳は、真っ直ぐに妖艶な美貌を見詰めた。
「私と引き換えにナナちゃんが助かるというのなら迷いはないわ。でも、今ヤツらを止められるのは私しかいない。今度はあなたが質問に答える番よ、片倉響子。罠の待ち受けるフジテレビ、ファントムガール・サトミがあの悪魔たちに勝利する確率は何パーセントあるというの?」
「・・・勝算はゼロ、ね」
「今の私は勝ち目のない闘いには臨めない。私が負ければ、全ては終わるのだから・・・確率が1%でも高まる方法を選ぶ。それが私のすべきことよ」
見捨てるつもりか。ファントムガール・ナナを。
躊躇いのない里美の言葉は、感情に委ねた判断を愚かと断ずる女教師にしても意外であった。確かに美麗少女の考えは正しい。藤木七菜江を救出するためテレビ局に乗り込むのは、無駄死にするようなものだ。だができるのか? 理性ではわかっていても、冷徹を貫いて仲間を見捨てることができるのか?
「悪くない判断ね。あのコが死んで、あなたが後悔しなけりゃいいけど」
響子の口調は、意地悪く試すかのようなものだった。
「そんな都合のいいことは考えていないわ。一生後悔するでしょう。自分が憎くて耐えられないほど。ナナちゃんを見捨てた私自身を、恨み続けることでしょうね。それで構わない。私には、自分が後悔しないために死ぬような甘えは許されない。私の感情などはどうでもいいの、どんなに嫌な自分になってもこの世界の人々を守らなければならない。それが五十嵐家に生まれた者の宿命よ」
澱みない澄んだ声音が、令嬢戦士の覚悟を伝えた。
本気を受け取った赤スーツの美女が、満足そうにかすかに口元を綻ばす。
「あなたがどうしてもあのコを助けに行く、というならここで手を切るつもりだったんだけどね」
「打算的なあなたが勝ち目のない闘いに臨むわけがない。その点も織り込み済みよ」
「フフ・・・では勝ち目のある策というものがあるのかしら?」
「現時点でいくつか判明していることがあるわ。ひとつは久慈とゲドゥ・・・海堂一美がフジテレビにいるということ。そしてもうひとつ、渋谷には109の映像を撮影していた“誰か”がいたということ」
真紅のルージュがにんまりと吊り上がる。
天才生物学者は己の構想と近い戦略に、里美が辿り着いたことを感じ取っていた。
「片倉響子、あなたは109の映像が“敢えて”流された理由をどう捉えている?」
「ファントムガールのひとりが殺された事実を広めるため、というのは当然ね。それとあの現場に“奴ら”がいる、というアピールでもある」
「そう。あの映像はただ力を誇示するためのものではないわ。光を失ったサクラの周辺に、待ち伏せが配置されることは当然誰もが予想する。そこにダメを押すような、潜伏者の存在を仄めかすあの映像。渋谷には奴らの手が回っているという・・・私たちへの牽制も込められていると考えられるでしょう。けれども、それこそが逆に」
「不安バレバレ、てわけね」
茶色の少し入った長い髪を揺らして、美少女はコクリと肯いた。
「戦闘力と頭のキレ、両面で注意すべきは久慈と海堂、このふたりに限定されるわ。他の誰が渋谷に陣取っていようと・・・隙はある。一見サクラの周りに迎撃態勢は万全であると見せ掛けるようでいて、実は」
「そこにこそ奴らの懸念がはっきりと見える、わね」
凛と佇む美麗少女と、不敵な笑みを浮かべる妖艶美女。
全ての言葉は交わさずとも、ふたりの意見が一致を迎えたのはお互いが悟っていた。
「サクラを蘇らせる絶好のチャンスは・・・今よ」
宙吊り虜囚から漏れる呻き声が、途絶え途絶えに薄暗いスタジオの地を這い流れる。
爪先をピンと伸ばし、枷に拘束された両手の指を苦しげに折れ曲がらせた全裸の少女。
衰弱し切った肉体を発汗で濡れ光らせた藤木七菜江は、一秒ごとに迫る死を実感しながら、窒息の苦しみに悶えていた。
「ピクピクと筋肉が引き攣ってきたね~~・・・ガンジョーな子猫ちゃんも、あとどれくらい生きてられるかなァ~~??」
「闇豹」のからかいも、体力の底をついたアスリート少女には届いていなかった。
敗北と拷問と陵辱。精神も肉体もすり減らされた七菜江に残された命は、貯蔵庫の壁にへばりついた残りカスくらいなものであった。もはやほとんどの感覚は失われている。細首にかかる圧迫と酸欠の苦痛。そして絶望。完全なる敗北を喫した事実のみを噛み締めながら、ひまわりのような少女は踏み潰された花を散らそうとしていた。
音声のみをOFFにしたまま、青いファントムガールの正体とされる少女の絞首刑は、フジテレビの生中継を通じて放映され続けていた。
そこにテロリストが居座っているとわかっても、警察も自衛隊もなんらの策も打てはしない。巨大生物が出現した途端、彼らの武力はまるで無意味と化し、いたずらに被害を増やすだけなのだから。
ファントムガールという希望が存在する限り、彼女らに全てを託すのが最善の選択であるはずであった。
待機する。銀色の守護天使が、この危機を突破してくれることを信じて。巨大生物と対等に闘える存在は彼女たちしかいないのだから。
囚われの少女への酷い仕打ちをライブ映像で見せ付けられながらも、誰も何もできないまま、時間のみが刻まれていく。
「小僧よォ! てめェのやり方はヌルいんだよォッ! こんなんじゃいつまで経っても死なねえだろうがッ!」
黒ずくめの衣装で固めた痩身の高校生がスタジオに姿を現すや否や、三白眼の疵面ヤクザは腰かけていたパイプ椅子を全力で投げつけた。
唸る椅子が久慈の眼前、空中でピタリと止まる。
真っ二つに両断されたパイプ椅子は、甲高い音色をあげて尊大な悪鬼の足元に力なく落ちた。
「バカが。簡単に殺してしまったら罠の意味がない」
「その罠ってのがそもそもタリィんだよォッ!! こんな小娘どもになにビビッてやがんだァッ、あぁ?! 負けっぱなしのてめェじゃともかく、このオレと海堂さんにとっちゃ上玉のレイプ相手以外の何モンでもねえぜッ」
「みすみすアリスに逃げられたとは思えん台詞だな」
「ッッ・・・てめェッ・・・」
紫のスーツの内部で、恐竜にも似た分厚い肉体が膨らむ。
スカーフェイスのジョーが開放した全力の殺気に、5mは離れていた「闇豹」のルージュから思わず悲鳴が漏れかける。
「やめろ、ジョー。久慈、お前も刀の柄から手を離せ」
マルボロの煙を揺らしていた海堂一美の口から、低く重い制止の声が緊迫の場に割り込んでくる。
三白眼から血の色が引いていくのと、黒シャツの長袖からカチャリと刀身が納まる音が響くのはほとんど同時であった。
「ファントムガールがオレたちに敵うわけはない。だが侮れない相手であるのも事実だ。お前ももう、わかってるだろう?」
紫煙を漂わせながら、心臓に確かに感じた超能力の一撃を海堂は思い返していた。
始末したとはいえ、天晴れな闘いぶり。
これまでに何人の命をこの手に掛けてきたかわからないが、抵抗と呼ぶには十分すぎる感覚を最凶の侠客は味わっていた。逃げもしない。怯えもしない。力の差を悟りつつも、真正面から向かってくる戦少女。その必死さは美しくすらあった。
この手のタイプが、もっとも厄介なのだ。
油断などもってのほか。全力で仕留めねばならない。実力差が天と地ほどあっても、気を抜いてはいけない。
そしてこの手の獲物ほど、始末した折の快感が飛び抜けて素晴らしいものはない。
「けどよォッ、海堂さん。このアマどもがしぶてェってんなら、ますますヌリィってもんだぜッ! 確かにこいつは死に掛けてるが、こんなのんびり殺してちゃア、残る連中焦りもしねえッ! とっととおびき寄せるために、もっとグチャグチャに責め抜けって言ってんだよッ、あァッ?!」
「焦らせる必要はない。冷静な判断をさせるため、わざわざ猶予ある処刑を選んだのだからな」
刃創で崩れた醜い顔が、不審を示してさらに歪む。
久慈が口にした台詞は、ジョーにはまるで罠に嵌るのを望まぬようにさえ聞こえた。
「てめえ、何言ってやがんだ?!」
「五十嵐里美が冷静に判断を下したならば、十中八九ここには来まい。無謀な勝負に挑むより、ヤツはこちらの裏を掻こうとするはずだ」
「何ぬかしてんのか、わかんねえってんだろがァッ!!」
「ここにオレたちが集合してる隙をつく、か。・・・ファントムガール・サクラの蘇生、だな」
煙草をくゆらすサングラスの男の声は、心なしか楽しげであった。
想定以上の速さで正解に辿り着いた海堂に一瞥をくれながら、久慈は薄い唇をゆるやかに吊り上げる。
「裏を掻いたつもりのヤツの裏を掻く。これほど愉快な趣向もあるまい」
「エナジー・チャージと言ったか? 生命力を分け、死者を蘇らせた直後を襲えば、勝負あったも同然だろうな。サクラを二度殺すというのも楽しそうじゃないか」
黒装束の御曹司と白スーツの極道者。
対照的な衣服と立場のふたりの悪魔が、肩を揺らして陰惨な妄夢に笑う。思い描くは鮮血にまみれた銀光の聖乙女たち。
「ちょい待てやァッ! ヤツらがここに来ねえだとッ?! てめえになんでそんなことがわかるッ?!」
「見え透いた罠に掛かるほど五十嵐里美は愚かではない。“特派員”からの109の映像を流したことで、我らの戦力が渋谷では手薄になっていることを確信していよう。このオレと、結果的に“最凶の右手”もフジテレビにいることがわかったのも、奴らをサクラの元へ急がせるだろうな」
「んなてめえの思い通りに都合よくいくかァッ?! この死に掛けを無視できんのかよ? こっちに来ねえとどうして言い切れんだッ、あァ?!」
「断言はできん。だからこそ、二手に分かれる」
いくら己に言い聞かせていても、五十嵐里美が藤木七菜江の救出を諦めることはないだろう。その命が続く限り。今はただ、感情を抑えつける理性が機能しているに過ぎない。
暴発したくノ一戦士が、死を恐れず謀略の地に飛び込んでくる可能性はないとは言えぬ。
久慈の策は万が一の事態をも、想定したものであった。
「スカーフェイス、『闇豹』。貴様らはここに残れ。こやつが死に絶えるまで見届けてやるがいい。オレと海堂とは渋谷に向かい、残るファントムガールどもを殲滅する」
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