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「最終話 東京終末戦 ~幻影の聖少女~」
9章
しおりを挟む「こうしちゃ、いられないわ」
遠ざかるガオウの背から視線を引き剥がし、シヴァは黄色の守護天使に向き直った。
凶獣ギャンジョーが、この北の丸公園に出現したのは想定外であったが・・・激闘を経たことで、ガオウが理性をわずかながら戻したのも、また皮肉であった。
結果的に赤銅の闘鬼は、本来の役割を思い出した。
それどころか、最凶の一角ギャンジョーを大地に沈めていた。
シヴァにとって、これほど好都合な結末はない。あとはユリアを復活させることができれば・・・作戦の第一段階は、恐ろしいまでの大成功だ。
「メフェレスとゲドゥー、このふたりが仲間割れしたのも追い風ね。あとはファントムガールをひとりでも、ふたりでも蘇らせれば・・・」
勝てる。
魔人の野望を阻止できる。凶魔の脅威を拭い去れる。
圧倒的苦境から、一気に視界が開けてきたのを、シヴァは自覚した。だが、まだだ。まずはユリア、武道天使を私の手で復活させなければ・・・
ギャンジョーを倒した喜びに浸る間もなく、シヴァは身体中からエナジーを掻き集めるのに集中する。
出せるだけのエネルギーは、すでにユリアに与えたつもりだった。
しかし、それでも光の女神に変化がないというならば、命を削る覚悟でチャージを続けるしかない。
搾りカスのようなエネルギーを、6本の手に凝縮させていく。まだ意外に残ってるものだ、とも、たったこれだけ、とも思える量だった。
「ナメるなよ・・・シヴァアアアッッ・・・ッ!!!」
ドボオオオオオオッッッ!!!
悲劇は、一瞬で訪れた。
怨嗟の声が耳元で囁いた瞬間、シヴァの中央を白い槍腕が貫いた。
ゴブウッッ!! 粘ついた吐血が、口を割って噴き出す。
背中から胸のど真ん中へとかけて、象牙のごとき杭が突き抜けていた。ブシュブシュと鮮血が、滝のように弧を描いて落ちていく。
「ゲブッッ・・・オオ゛オ゛ッ・・・ゴボオオッ・・・!!」
「まずはてめえでいいッ・・・鬼殺しの前にッ・・・誰でもいいッ、肉も内臓も細切れにバラすッッ・・・!!」
屈辱にまみれた凶獣は、憎悪発散のために殺人を欲していた。
完全に失神した状態から、この短期間で覚醒するなんて。シヴァは己のミスを悟った。ギャンジョーの言葉通り、凶獣のタフネスを侮ったのかもしれない。
背後の疵面獣に攻撃を仕掛けるべく、6本の腕が緩慢に動く。指先から斬糸が、煌きを放つ。
ギュイイイイ―――ッッンンン!!!
「ウギャアアアアアアッッ―――ッッ!!! ひぎゅイイッッ、ハギャアアッッ~~~ッッ!!!」
妖糸がギャンジョーに届くより先に、腕の杭が回転し、内臓を削った。
細かい血の霧雨が、武道館周辺に降り注ぐ。
「このまま、内臓を削って徐々に穴を広げるか。裏切り者の処刑は、残酷に限るぜェェッ・・・!!」
槍腕の回転が止まる。殺しの時間を長引かせ、シヴァの苦悶を楽しもうとするのは明らかだった。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ!! ギギッ・・・うぎいいッ~~ッ!!!」
「いい悲鳴だああアッッ~~ッ、シヴァアアッ・・・てめえのような高慢なオンナをバラすのは・・・いつでも気持ちいいぜえェェッ・・・!!」
ドシュウウウッッ!!!
もう一本の槍腕が、背後からシヴァの両乳房を左から右に串刺した。
「はぎゅふハアアッッ!!? ギイィヤアアアアッッ~~~ッッ!!!」
「貫き甲斐のある肉だッ・・・安心しろや、赤鬼もすぐ地獄に送ってやらあッッ・・・」
叫ぶシヴァに構わず、乳房から引き抜いた兇器の槍を、今度は脇腹に貫き通す。
ブジュッ!! と内部で何かが潰れ、蜘蛛妖女の下半身は鮮血の網で包まれた。
ビクビクと痙攣する、見事なプロポーション。芳醇薫る妖艶なボディが、殺人鬼の手により破壊されていく。
右側についた3本の腕。一番上の、指が5本揃った「本物の」腕に、凶獣の牙が噛み付く。
ブチブチッ・・・メチィッ!! メリメリッ・・・ブチイイイッッ!!!
元々折れていたシヴァの右腕を、ギャンジョーの牙は、二の腕から食い千切った。
「ぎゃふッッ!! ギュアアアア・ア・アッ・・・ガアアアッッ――ッッ!!!」
胸中央を貫かれたままの処刑劇に、女教師の変身態は、無惨に叫び続けた。
「まだ生きてるなァ!? 簡単にくたばんじゃねえぞォッ、オレ様の怒りを冷ますには、まだ叫び足らねえッ!!」
「グブッ!! ・・・ゴフッッ・・・ふッ・・・ふ、フフフ・・・」
喘ぐシヴァの声が、奇妙に歪み始めたのは、その時だった。
「う、ふふふ・・・や、やっぱ・・・り・・・わ、私ィ・・・は・・・天才・・・ね・・・」
「ァア? メッタ刺しにされた苦痛で、気が触れたかッ、オイ!?」
胸中央を貫く槍腕を、凶獣はさらに深く押し込んだ。
ドブッ、と血の塊がこぼれでる。背後から串刺しにされた蜘蛛妖女は、全身を朱に濡らしたまま、それでも笑い続けた。
「・・・・・・あと・・・は・・・頼むわ、よ・・・・・・ファントム・・・ガール・・・ユリアッ!!」
パシッ!!
乾いた音色と同時に、シヴァを貫く槍の腕を、何者かが握り掴む。
「・・・あなたが・・・私を?」
―――少女の声は、つい今しがたまで、死に包まれていたとは思えぬ涼やかさであった。
スレンダーな銀色の肢体に、鮮やかな黄色の模様。緑色の髪は、襟足でふたつに縛ったおさげ髪。
蘇っていた。希望が。
地球上から消え失せたはずの守護天使が、ファントムガールが、今確かに息を吹き返して立っていた。
胸のクリスタルに光を灯し、立ち上がったユリアの問い掛けに、シヴァは妖艶な笑みを見せた。
「・・・構わない、わ・・・このまま・・・投げて!」
「ッッ!! てめえッ・・・生き返ったのかッッ!!」
笑うシヴァと、驚愕のギャンジョー。
対照的なふたつの顔は、同時に宙を舞い、ぐるりと回転した。
「ファントムガール・ユリア・・・参りますッ!!」
想気流柔術奥義・青嵐。
復活したスレンダーな武道天使は、シヴァの身体もろとも、ギャンジョーの巨体を投げ捨てた。
脳天から墜落する地響きが、かつてユリアが処刑された公園に轟いた―――。
「しっかりッ・・・してくださいッ! 大丈夫ですかッ!?」
疵面の巨獣が落下する衝撃に、日本武道館の屋根がビリビリと震えている。
大地をバウンドするギャンジョー。その槍腕からズボリと抜け出た蜘蛛の妖女に、思わずユリアは駆け寄っていた。
身体が、重い。このけだるさと、圧し掛かってくるような“重さ”の正体を、ユリアは察していた。武道天使にとって、エナジー・チャージによる蘇生は二度目なのだ。己の命がまたも救われたことに、感謝と自責の念が反射的に湧き上がってくる。
「ふ、フフ・・・私の考え、は・・・常に・・・正しいのよ・・・」
鮮血にまみれたシヴァは、凄惨な姿に不釣合いな微笑を浮かべていた。
右腕のひとつが、肩口から食い千切られてなくなっている。見事なスタイルを誇る肢体には、いくつも穴が開き、『エデン』の戦士といえど瀕死の状態にあるのは間違いなかった。
それでもシヴァの表情は、ユリアには、明らかに満足そうに見える。
「ユリア・・・よく、戻ってきたわ・・・これで私の、正しさが・・・証明された・・・」
「シヴァ・・・さんッ!? な、なぜ・・・私なんかの、ために・・・」
品川水族館で遭遇して以来、片倉響子がすでに敵ではないことは、ユリアにもわかっている。
だが、西条ユリが思う響子像は、他人のために我が身の血、一滴たりとも流さぬ女であった。いくらギャンジョーが共通の敵だといっても、こんな姿は「らしくない」。
「ふふ・・・妙な勘違いは・・・やめることね・・・・・・簡単な、話よ」
濃密な殺意が膨れ上がるのを感じ、ユリアが前方に顔を向ける。
茶褐色の疵面獣が、立ち上がっていた。先程の投げ程度で倒せぬのはわかっていたが、やはりこの怪物のタフネスは桁が外れている――。
「あなたに・・・こいつらを倒してもらう、ためよ・・・私の代わりにね」
ドッ!!!
漆黒の弩流が、一直線に守護天使と蜘蛛妖女とを襲った。
後方に大きく跳躍するユリアの足元で、大地が爆発する。闇のエナジーが、暴風と化して銀と黄色の肢体を叩いた。
ギャンジョーの放った“弩轟”によって、北の丸公園の一角は土ごと抉れて焦土となった。
地鳴りが、哀しみに暮れるガイアの慟哭にも似て聞こえた。直撃は避けたのに、ジリジリと銀色の肌が煙をあげている。距離を置いて構えるユリアは、戦慄の想いとともに焼けつく表皮を見詰めた。
舞い上がった砂塵と衝撃の余波が収まるころ、戦場にはユリアと疵面獣以外は、消え失せていた。
「ファントムッ、ガールゥゥッ・・・ユリアァァァッ~~ッ!!!」
怒りや憎しみすら、ギャンジョーの唸りは超越していた。
猛獣の咆哮。獲物を仕留めることに、限りなく純度100%執着した声を、凶獣はあげる。
「・・・シヴァさん」
消えた蜘蛛妖女の無事を祈りながら、武道天使は構えを直した。
死の淵から蘇った直後というのに、すでにユリアの意識は対ギャンジョーとの闘いに向いている。いや、そうしなければいられぬほどに、凶獣の殺意は激烈すぎた。状況の整理も、複雑な感傷も、今は一旦、放置しておくしかない。
確かなことは、殺されたユリアは再び命を救われたこと。そして。
その命を、人類の脅威である悪魔退治に、使わねばならぬことだ。
“シヴァさんは・・・私を再び生き返らせた。でも・・・きっと、それは・・・私を助けるためじゃない・・・”
「ユリアァァッ~~ッ・・・まさかてめえが、再びオレ様の前に現れるとは・・・思わなかったぜェェッ・・・!!」
暗黒の瘴気を立ち昇らせた凶獣が、一歩づつ武道天使に迫ってくる。
眼に、理性の兆しはなかった。
蘇生するまでの間に、どんな闘いがこの北の丸公園で繰り広げられたか、ユリアが知る由もないが、殺人狂が暴走状態に入ったのは手に取るようにわかる。今のギャンジョーは、快楽殺人者の本能に従った殺戮マシンだ。
殺すか。犯すか。嬲るか。
もはや凶獣は、視界に入るすべての者を、この3種にしか分類しないだろう。
かつて、この3種類すべてで堪能したユリアは、ギャンジョーにとって格好の遊び相手だった。
「たまらねえェッ!! たまらねェなァッ、オイッ!! もう一度てめェを殺せるとは、最高に愉快だぜェェッ!! ギャハハハアアァッ~~ッ!! 喰ってやらァッッ、ユリアァァッ~~ッ!! オマンコも心臓も抉り抜いて、貪り尽くしてやらァァッッ、小娘ェェッ――ッ!!!」
“私の命を、差し出してでも・・・このひとたちは、止める。・・・命を捨てるために・・・私は蘇らされたんですね・・・”
「・・・私も、感謝しています。あなたと、再び・・・闘える、ことに」
シヴァの真意を理解して、なおユリアの台詞は心底からのものだった。
ユリアへの憐れみも、ひととしての情けも、シヴァにはない。ただ、少女戦士を蘇らせたのは、勝利のためにもっとも現実的な策をとっただけのこと。冷酷すぎる選択に、徹しただけのこと。
それでいてユリアは、死の安らぎから地獄の戦場に戻されたことを、感謝していた。
「ありがとう、ございます・・・シヴァさん。この命を、もう一度・・・皆さんのために、役立てることができます・・・」
武道家の娘として生まれた少女は、身につけた技を役立てることこそが、ファントムガールになったすべてだった。
平和な世に、武はいらない。
しかし、平和をもたらすために武が使われたなら、ユリアは己の生まれた意味をグッと握り締められる。
「あァッ? 感謝、だァッ!? ブチ殺されたてめェがかッ!! ズタズタに刻まれ、犯られまくったてめェがかァッ!! オレらに泣き叫んで屈服したのを、忘れたんじゃねえだろうなァァッ~~ッ、ユリアァァッ――ッ!!」
「・・・ちゃんと・・・覚えて・・・ます・・・」
構えを崩さぬ少女戦士が、眉根を寄らせて唇を噛む。
日本武道館前の惨劇を、正体は女子高生の女神が、忘れられるはずもない。ファントムガール・ユリアは、ギャンジョーとゲドゥーの手にかかり、悪夢のような陵辱を浴びながら許しを乞い願ったのだ。
「赤鬼にもってかれたオイシイとこを、今度こそオレさまが味わってやらァァッ~~ッ!!! 殺すッ!! ユリアァァッ、てめェは殺すッ!! 生きて帰れると、思ってねえだろうなァッ、小娘ェェッ!?」
「思って・・・・・・いません」
ダッシュした凶獣の巨体が、ユリアの眼前に出現していた。
左右の槍腕が唸る。ガオウの鮮血を、いまだこびりつかせた兇器が、猛然と襲い掛かる。
一撃必殺の刺突を、流れるような動きで柔術の天才少女は、次々と捌いた。
「命は・・・ずっと前に・・・捨てています」
エナジー・チャージで蘇生したばかりのユリアは、決して万全の状態ではなかった。
エネルギーも少なければ、肉体のダメージも深いままだ。
そしてなにより、姉である西条エリの“許可”を受けねば、武道天使は本気で闘うことができないのだ。
どれだけ柔術の奥義を極めようと、手加減した技では仕留められない。ましてや、規定外の頑強さを誇るギャンジョーを、倒せるわけがなかった。
半ば失神したまま闘うような奇跡は、二度と起こることはないだろう。つまり、ファントムガール・ユリアが凶獣ギャンジョーに勝利する可能性は・・・
ゼロにも等しい。
“私は・・・きっと、死ぬでしょう・・・それでも”
「構いません・・・ッ!! また、無惨に殺されようとも・・・私の武道は、ムダにはならないッ!!」
覚悟。
いや、己の誇りを込めた叫びが、人形のような美少女から迸った。
輝く黄色の光がユリアの両手に溢れ、ひとつの形を造っていく。
薙刀“鬼喰”――。本気になれないユリアが、唯一敵を抹殺できる武具を、流星のごとく旋回させる。
「ケッ!! んなオモチャ・・・このオレさまには、もう通じねェのがわかってねェようだなッ・・・!!」
暗殺ヤクザのドスと、武道家の薙刀とが、火花を散らして交錯した。
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