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14、襲撃者

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 キッチンに、炎乃華の姿は見当たらなかった。
 テーブルの上に白い箱が置いてあるばかりだ。炎乃華が作ったというケーキが、なかには入っているのだろう。甘い香りがほんのりとキッチン中に漂っている。
 普段ならばヨダレを垂らしてケーキに飛びついたかもしれないが……それどころじゃなかった。家中探しても、炎乃華の姿が見つからないのだ。
 なにか食材を買い足すため、出掛けたのか? ならば携帯に連絡してみるか……確認しようと思ってスマホを取り出すと、ビッシリと着信履歴が埋まっている。ビデオ鑑賞に集中したくてバイブ機能さえオフにしていたから、気付かなかったのだ。
 だが、電話をしてきた相手は、炎乃華ではなかった。全ての着信が、同一人物。
 内閣総理大臣・清木政治きよきまさはるにオレは返信の電話をかけた。
『アッくん! 一体どういうことなの!?』
 いつもは飄々とした口調のマーくんが、一瞬で電話にでて、オレを責めるように言ってきた。
「ごめんごめん。だって、オレに電話かかってくることなんて、まずないからさ……」
『そんなこと、訊いているんじゃないよ! アレだよ、アレ!』
「アレ?」
 ただならぬ切羽詰まったマーくんの様子に、オレの胸の奥がザワめく。
 ……もしかして、炎乃華がいなくなっていることと、関係があるのか?
 頭がすーっと冷たくなっていく。ドクドクと脈打つ心臓の音が、急に聞こえ始めた。
 詳しく聞き出そうとしたオレの耳に、甲高い悲鳴のような叫びが届く。
 絶叫というのに近いその声は、電話の向こうから聞こえたのではなかった。この家の、リビング。オレと一緒に炎乃華を探していた、父親が発したものだった。
「あああああッ~~ッ! 炎乃華ッ! 炎乃華ぁッ~~ッ!」
 左胸にある心臓が、締め付けられたようにギリギリと痛む。
 オレは走っていた。リビングルームに飛び込み、そして……ハイビジョンで映し出された、テレビの大画面を見た。
 マイティ・フレアが、闘っていた。
 大きく吹っ飛び、背中から赤い屋根の巨大な建築物に倒れ込んでいく……って、この体育館、オレたちが通う高校のヤツじゃねーか! 炎乃華は、校庭で闘ってんのか!?
 いや、ちょっと待て! そんなことより……誰と闘っているんだッ!?
 オレが、ここにいるんだぞ? マイティ・フレアの敵である、ゼルネラ星人のオレが。
 配下の巨獣たちはどいつも凶暴だけど、オレの命令には絶対服従だから、勝手に暴れ出すなんてことはない。ていうか、ちゃんと亜空間に管理しているから、そもそもこの世界に自力じゃ出てこられない。
『はあっ……はあっ……はあっ……!』
 テレビのなかで、ツーサイドアップの巨大ヒロインは、瓦礫と化した体育館から、素早く起き上がっていた。
 白銀のスーツに包まれた両肩を、激しく上下させている。土埃で汚れたせいか、炎乃華の可憐さ溢れるマスクは、すでに憔悴しているように見えた。
 前回のゼネット戦で、マイティ・フレアは敗北寸前まで追い込まれている。だが、今の緊迫感に満ちた表情は、オレとゼネットに挟まれた時でさえ見せなかったものだ。
『……弱い』
 炎乃華……マイティ・フレアではない、別の声がボソリと呟く。
 その、聞き覚えのある声と、アップで映された対戦者の姿に、オレは危うく叫びかけた。
『ねえねえ、聞こえてる!? あの宇宙人、ゼルネラ星人だよねッ? アッくんと同じ……仲間かなにかなの!? 市街地で闘うなんて、約束違反じゃないッ!』
 オレを咎めるマーくんの台詞が、頭のなかを何にもぶつからず通り過ぎていく。
 オレたちゼルネラ星人の外見を、マーくんはよく龍みたいだ、と評していた。昔話とかRPGなんかに登場する、伝説上の生物。大体のフォルムは地球人と似てるんだけど、鱗で覆われているところや、頭部に角のようなふたつの瘤があるので、イメージが被るらしい。
 マイティ・フレアと対峙している巨大な宇宙人は、まさしくゼルネラ星人だった。
 全身を覆う鱗は、オレとは違って漆黒ではなく青。筋骨隆々でムダな肉がない身体もゼルネラ星人の特徴だが、胸が丸く大きく、膨らんでいる。さながら風船をふたつ、入れているかのようだ。
 女性の、ゼルネラ星人であった。
 鼻が高く、瞳もまた青い。洋画で見たハリウッド女優のような、醒めるような端正な美貌は、炎乃華の美少女ぶりと比べてもまるで遜色ない。
「……シアン……」
 かつてゼルネラ星で、長く共に過ごした幼馴染の名が、オレの口から漏れ出ていた。
 あいつ、なんでこんなところにいるんだ?
 ていうか、なんでマイティ・フレアと闘ってんのッ!
『お前が、この星を守っているという、マイティ・フレアで間違いないんだね? ノワルが闘っている相手だという……』
『……そうよ! 私がマイティ・フレア! 地球は私が守るんだからっ!』
 いつもと同じような調子で、深紅と白銀のヒロインは見得を切っている。人差し指をビュッと突き出して、シアンに差し向けている。
 だが、ヤバイ。そいつは……シアンは、オレとは違う。
 容赦など一切しないし、嬉々として星々を征服するタイプだ。弱い異星人相手に勝つのはゼルネラ星人にとっては恥だ、とオレは言ってきたけど、シアンは敵の強弱など関係ないと常々主張している。弱者であっても踏み潰すべき、と。
 むしろ力の劣る者を嬲り尽くすことに、快感を覚えているようですらあった。
 むろん、マイティ・フレアの「ヒロインごっこ」に付き合うはずもない。
『そう。ならば……死んでもらうよ。今、この場でね』
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