17 / 28
17] 決断
しおりを挟む人間に戻って1週間が過ぎました。
今夜は久しぶりに殿下に晩餐に誘われました。
最近、殿下は普段の公務に加え、私の事でとても忙しそうだったので久しぶりにゆっくりと会えるのはとても嬉しいです。
人間に戻ってからは、魔獣だった頃のようにずっと殿下のそばについている事は出来なかったから…
こうしてドレスを着て、着飾って正式な晩餐をするのも久しぶりで、その上、ずっと殿下に見つめられて、食事をするのはとても緊張しました。
マナーは大丈夫かしら?
食べ物の匂いを嗅いじゃうとか、魔獣だった頃の変なクセは出てないかしら?
殿下の前で失敗しないよう、ドキドキしながら食事を終えました。
それから殿下に誘われて、温室庭園に向かいました。
殿下にエスコートされて、温室庭園に作られた、テーブルセットのベンチに、2人並んで座ります。
ミリーがお茶の用意を終えると、静かにテーブルから離れ、少し離れた所に、護衛のフレッド様と共に控えました。
「リディア公女」
緊張した声で殿下が話しかけて来ました。
「はい、殿下。」
「今一度君に確認したい。君はこれからどうしたい?」
「これからですか?」
「国に帰りたいか?」
「帰りたくないと言えば嘘になります。でも、今更私が帰っても良いことは1つもありません。私は出来るのなら、ただのシルフィとして、この国でひっそりと生きていきたいです。」
「アラン王子の事はいいのか?」
「アラン様にはもう既に新しい婚約者が立っています。今更私が生きていると知られれば、国は大混乱するでしょう。私はこのまま死んだ事になる方が良いと思っています。」
「王太子を愛しているのでは?」
「確かに、小さな頃から婚約者として一緒に過ごして来ました。アラン様は優しくて、王太子としての責任感もしっかりしていて、彼の隣で彼を支えていく事がずっと私に課せられた義務でした。愛していたか?と言われれば愛していたと答えます。10歳の時に婚約を結んでから、私にはそれ以外の選択肢はありませんでしたから。マルコシアス帝国とイースデール公国を強く結ぶための婚約でもありましたから。家族になる者として、愛していました。でも…私…魔獣に変えられてから今迄、ナディアのやった事に対する怒りや心配、これから先への不安を考える事はありましたが、アラン様に対する恋情というものが湧くことはありませんでした。アラン様に新しい婚約者が出来たと聞いた時も、悲しいよりも、アラン様も一歩を踏み出せたようで良かったと安心しましたから…」
(ある意味、私がアラン様を愛していないっていうナディアの言葉は正しかったのかもしれないわね…)
「そうか…」
殿下は私の隣で、手を組んで、何かを思案するようにずっと下を見つめています。
私は隣で、そっと殿下の横顔を伺います。
薄情な女だと思われたかしら?
殿下のお話は私の事ですよね。余程言いにくい事なのでしょうか?
何を言われても、私の覚悟はもう決まっています。この国から出ていけと言われても従うつもりです。
「リディア公女、いや、今迄のようにシルフィと呼ばせてほしい、構わないか?」
「ええ、構いませんわ。」
「では、シルフィ、私の妃になってほしい。あなたを愛しているんだ。あなたが魔獣だった時、私は何度もあなたが人間だったら良かったのにと言っていたのを覚えているだろう?私はあなたと離れたくない。これから先もずっと一生あなたと共にありたい。」
殿下は、私にしっかりと向き合ってそう言ってくれました。
殿下が私を?
胸がギュッと掴まれたように苦しくなりました。
私も殿下が好きです、そう言えたらどんなに良いでしょう…
でも…今の私は殿下に相応しいとは言えません。
まして、妃だなんてとんでもない事です。
「殿下…お気持ちは嬉しいのですが、私はもう死んだ人間です。殿下の妃には相応しくありません。これからは、平民のシルフィとして、市政の片隅でひっそりと生きて行くつもりです。」
「身分の事を言っているのなら心配はいらない。あなたの身分はもう既に決定している。先日、ギュンタークにあなたを養女として迎えたいと打診された。私も父も了承している。手続きが整い次第、あなたはシルフィ=ギュンターク侯爵令嬢となる。後はあなたの気持ち次第だ。」
「ギュンターク団長が私を?ありがたいお話ですが、本当に良いのでしょうか?私の事情はとても複雑です。どの様なご迷惑をかけるか分かりません。」
ギュンターク団長のお気持ちはとても嬉しいのですか、素直に頷く事は出来ません。
でも、殿下は何でも無い事のように話を続けます。
「あぁ、それも全て分かった上での申込みだ。ギュンタークは君を養女に迎え、魔導士団で一緒に仕事をするつもりだそうだ。その間に君に色々な事を教えたいそうだ。君は1年前、記憶を無くしてギュンタークに拾われた。ギュンタークの保護を受けて、この1年を過ごしていた事にするつもりだ。森で保護した君の豊富な魔力量に目をつけたギュンタークが、あなたを養女に迎え、魔導士団に入団させる。実績を積み上げ、私の婚約者とし、その後私の妃とする予定だ。あなたが私を受入れてくれた瞬間からこの計画は実行される。シルフィ、どうか私の手を取ってほしい。君が好きなんだ。どんな事をしても君を手離したく無い。ずっと私と共に生きてほしい。」
そう言って殿下は私の前に膝まづき、私の方へ手を差し出しました。
養女?妃?殿下が私を愛してる?
何もかもが突然の事で、何も考えられません。
私はどうしたい?
私の気持ちは?
私も殿下を愛しているわ。
殿下を命懸けで守りたいと思う程…
この手を取れば、私はこれからもずっと殿下と一緒にいられるの?
本当に私がこの手を取っても良いの?
きっと殿下に迷惑をかけるわ。
それでも殿下は私を求めてくれるのかしら?
面倒な女だと殿下に嫌われたく無い…
いろんな想いが頭の中でグルグル渦巻いて、私は殿下が差し出した手を見つめたまま固まってしまいました。
「シルフィ、困らせてすまない。だが、私はもうあなたを手離してやれないんだ。」
殿下の手がそっと私の頬に触れて、親指で私の頬に流れる雫を拭ってくれます。
気付かないうちに、涙を流していたようです。
「殿下…」
やっと、喉の奥から絞り出すように声が出ました。
「殿下…わたし…あなたに迷惑をかける未来しか見えません…」
「あなたにかけられる迷惑なら喜んで受けよう。」
「面倒な女だと思われたくありません。」
「愛しいと思う事はあっても、面倒だと思うなんてあり得ない。」
「あなたに嫌われたくありません。」
「私もあなたに嫌われたく無いな。」
「私が殿下を嫌うなんてあり得ません!」
「それは、シルフィも私を愛しているという事かい?だったら嬉しいな。」
私の涙を拭っていた殿下の手が、私の頬を包みます。
いつの間にか殿下のお顔が私の目の前に迫ります。
殿下の唇が私の唇にそっと触れました。
魔獣だった頃のような触れるだけの軽いキス…
「想えば、私はあなたが魔獣だった頃からずっとあなたにこうして触れて、抱き締めて、愛しいと思っていた。初めて会った時からあなたは私の特別だった。お願いだシルフィ。どうか私を拒絶しないで…」
「殿下…ずるいです…そんな風に言われたら私…」
「嫌なら魔法で吹き飛ばしてくれて構わない。」
そう言って、殿下はもう一度私にキスをしました。
いつの間にか隣に座って私をギュッと抱きしめている殿下は、何度も、何度も啄むように私の唇に触れ、そしていつの間にか、深い深い口付けを交わしていたのです。
2
あなたにおすすめの小説
女嫌いな騎士が一目惚れしたのは、給金を貰いすぎだと値下げ交渉に全力な訳ありな使用人のようです
珠宮さくら
恋愛
家族に虐げられ結婚式直前に婚約者を妹に奪われて勘当までされ、目障りだから国からも出て行くように言われたマリーヌ。
その通りにしただけにすぎなかったが、虐げられながらも逞しく生きてきたことが随所に見え隠れしながら、給金をやたらと値下げしようと交渉する謎の頑張りと常識があるようでないズレっぷりを披露しつつ、初対面から気が合う男性の女嫌いなイケメン騎士と婚約して、自分を見つめ直して幸せになっていく。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さくら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中
かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。
本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。
そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく――
身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。
癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる