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リナ、王子の強さにびびる

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 竜騎士の魔法は世界樹の力そのものだ。
 始まりと終わり、永遠と刹那、その間を貫く世界樹。
 オーランド王子は両刃の剣を額の前に垂直に構えた。

「凍てついた荒野と慈しみ深き空を繋ぐもの
 枝の中の枝、根の中の根、金色(こんじき)にて天地を貫くもの
 雷よ!」

 オーランド王子の身体が青い光に包まれる。リナはへたり込んで、彼の金色の髪が青銀に光り輝くさまを見上げた。

(なに、あれ……! すごい!)

 森に満ちる闇を割く、青い光の剣。
 オーランド王子は、自分の足下に剣を下ろすと、剣先で円を描いた。

 きゅぃん――!

 リナは耳を押さえた。酷い耳鳴り、いや違う。
 オーランド王子の剣が描いた円を中心として、魔方陣が浮かび上がる。
 魔方陣はオーランド王子の前に空間に青白く刻まれる。王子が魔方陣の中心に剣を突き入れる。まるで実体があるのか、オーランド王子は剣で引っかけた魔方陣を、彼の頭上に移動させた。

「冷厳苛烈なる雷よ、吾が敵を鏖殺(おうさつ)せん」

 魔方陣がオーランド王子をスキャンするように、彼の頭上から足下まで下りる。陣の中心にはリナとオーランド王子。
「……忠実なる雷、しかしながら今は、その力を花びらを落とす程度にとどめるがいい。行け!」

 オーランド王子を中心とした魔方陣は、まさに雷が地に落ちる速度そのまま、暗い森の地面を瞬時に広がる。
 リナの服や髪が、膨らみ、また、彼女の肌に張り付く。

(静電気……!?)

 魔方陣は大地を走り抜けると消える。
 オーランド王子の身体を包む青い光も消え、森の闇からばたばたと何かが――おそらく人が倒れる音が続いた。

「い、今ので、みんなやっつけて……殺しちゃったの……!?」
「きゅー!」

 リナの耳はすっかり寝て、ぷるぷると震えている。
 竜の幼生はご機嫌で、口をぱかぱか開け閉めして、雷の残りを吸い込もうとでもしているようだ。
 オーランド王子は怯えた様子のリナを気遣わしげにしたが、剣を納めはしなかった。

「……いや、痺れさせただけだ。それにまだ、残っている」

 正眼に剣を構え直す。

「リナ、ここを動くな!」

 リナが返事をする間も無かった。
 オーランド王子の身体が沈んだ、と思った次の瞬間には彼は大きく闇に向かって跳躍していた。

「オーリさま!」

 オーランドの剣が振り上げられる。彼の姿が闇に沈む。

 ぎぃんっ!!

 剣と剣がぶつかる音がしたが、それは大きく一度上がっただけで、しんと静寂が訪れる。

「オーリさま……!」

 リナからは闇しか見えない。

「……くっ……俺です! オーランド王子!」

(あの声……!?)

 リナは闇のうちに目をこらす。

「……お前は」

 オーランド王子はなおも剣を押し切ろうと込めていた肩の力を緩めた。自分の剣を受け止めた大剣の持ち主を認めて。
 オーランド王子の剣を大剣で受け止めたのは、騎士団長ドラコス。

「……こんな役目は二度としたくないですよ。貴方の剣をまともに受けては命がいくらあっても足りません」
「すまない」

 オーランド王子は苦笑して剣を収める。それを確認して、ドラコスは唇を尖らせて、刃こぼれがないか確かめたあと、大剣を背中に背負った。「お嬢ちゃん……フロリナは? 無事ですか」

「ああ、もちろんだ。サクヤたちは?」
「森を抜けた街の宿屋にいます。これがまた、面白いことになりました」
「面白いこと?」
「聖女さまは、お嬢ちゃんはオーランド王子に任せて、先に火の勇者を探しに行くと言ってですね」

 オーランド王子はドラコスと話しながらリナの元へ戻ってくる。
 オーランド王子に手を差し伸べられたが、リナは思わずびくりと肩を揺らして、顔を逸らしてしまった。
 オーランド王子が眉を顰める。「リナ、どこか怪我でも……」
 ドラコスがリナとオーランド王子の間に入って、リナを庇う。

「ちょっと、王子、王子。お嬢ちゃんは竜騎士の力の凄さにびっくりしてるだけですって!」

 な、とドラコスがリナを振り返る。リナはかろうじて頷いた。

(びっくりした……。優しいオーリさまがまるで別人みたいで……)

 鬼神の如き、という言い回しがぴったりくるかもしれない。
 ドラコスの大きな身体を盾にして、リナはおずおずとオーランド王子の顔を見上げる。
 彼はリナの強ばった笑みに、あからさまにほっと息を吐いた。

「……無事ならいい」
「それにしても、これほどの力の解放と制御。そいや、あの、濡れた服はどうしたんです?」
「服に染みた水を、動かした」
「砂の中から砂金を拾うようなもんじゃないですか! そんな難しい……ひょっとして、フロリナの」

 オーランド王子は地面からマントを拾い上げると、自分の肩に羽織った。ついでに手を伸ばして、リナのマントのフードを彼女の頭に被せる。

「きゅっ」

 竜の幼生がオーランド王子の腕をよじ登り、彼の肩の上に陣取った。「……えーと、あのですね。何となく、はい」
 ドラコスは巨躯の割に可愛らしい仕草で、頭を搔いた。

「一個小隊くらいの人数は借りてきたんですけどね。この森は広いから……王子が一発でなぎ払っちゃいましたけど」
「何者だ?」
「彼らは盗賊団のものです。その……火の勇者は、盗賊団の団長なんですよ」

 これには、リナもオーランド王子も驚くしかなかった。



 船に残されたサクヤ達は、川を渡った後、近くの街へと向かった。
 船屋で船を借りる旅人が訪れる『此岸の街』である。
 明けの川を渡るには、時を選ばなければならない。時に明けの川は、渡ることが難しいほど荒れ狂う。
 此岸の街は、旅人達の宿場町として大いに栄えていた。
 立ち並ぶ宿屋のうち、特に門構えが立派な宿屋に、サクヤ達一行は入った。

「その宿屋が、盗賊達のアジトだったんです。盗賊達は、聖女さまに従うことを拒んだんですが、宝玉の力で」
「力尽くで従えたか。……サクヤめ」

 オーランド王子によって倒されたのは、なるほど盗賊の一味だ。
 彼らはそれぞれ市井の人々と何ら変わらぬ身なりであった。
 オーランド王子の雷陣によって気絶させられた彼らも、夜が明ける頃には意識を取り戻すだろうと、ドラコスは置いていくつもりらしい。

「森を抜けたところに馬を止めてあります。それで街へ」

 ドラコスとオーランドが段取りを話し合う。リナは二人の会話の合間を縫って、ドラコスの袖を引いた。

「ねえ、宝玉の力って?」

(そんな設定してない……サクヤはほんとに聖女っぽいちゅーか…男のくせに)

 リナは四大聖霊という黒歴史に燦然と輝くありがちワードを使いたかっただけである。勇者を見つけることや、彼ら力の詳細などは蘇った記憶も及ばない。

 若葉色の目を照らすのは星明かり。リナの銀の髪は月よりも白く闇に浮かぶ。

「……う、あ、それはだな」

 ごほん、とドラコスが咳払いをする。
 彼は自分の鎧をずらして、胸元を寛げる。

「あっ!? これが宝玉!」
「これがある限り、俺達、精霊の加護を受けた者は、聖女さまには逆らえないんだ」

 召喚されたサクヤは、神殿の宝物から四つの宝玉を選び出した。
 トパーズ、ルビー、サファイヤ、エメラルド。
 精霊は宝石を氷のように口に溶かして食べると言う。

「宝玉は聖女の手からそれぞれの勇者のもとに飛んだ。地の宝玉が、俺の胸にあるこれがそうだ。
 俺は、聖女に逆らおうとは思わんが……聖女が王国に刃向かいでもしない限りな。まあ、盗賊の首領は、ひどいもんだったよ」

 ドラコスの胸のトパーズは砂糖を溶かした紅茶の色だ。
 まじまじと見入るリナから胸元を隠して、ドラコスはぶるりと頬を震わせた。

「最後は這いつくばって、たすけてくれ~って泣き叫んでたな……」
「サクヤ……」

 リナはポニーテールのサクヤが、制服の足で盗賊の背を踏みつけるところを想像した。

(似合いすぎる……)

 まるで西遊記の三蔵法師が孫悟空を弟子にするくだりみたいだ。



 森を出た三人は馬を狩って、此岸の街へと向かった。
 深夜だが繁華街の賑やかさである。酔客や着飾った女たち、客引きの呼び声がひっきりなしに通りを行き交う。
 宿屋はすぐに見つかった。
 先にドラコスがドアをくぐり、オーランド王子が続く。リナは最後に宿屋に入った。

「サクヤ!」
「遅かったわね、リナ。オーランド王子も」

 サクヤは女王然として、豪奢なソファにふんぞり返っていた。リーナスがリナを見て憂い顔を明るくする。

(あれ、誰!?)

 赤い髪の青年がサクヤの足下に跪いている。
 彼はいかにも女性にもてそうな甘いマスクに媚びを塗りたくって、サクヤに飲み物と菓子の載った盆を差し出していた。

(人間テーブル……)

 遠い目をしたリナに、テーブルが声を張り上げる。

「新規のお客さま入りまーす! ナンバーワンのスペシャルサービス、ニューボトルとフルーツ盛り合わせおねしゃす!」

(ん? なんかこれはホストクラブ的な…?)

「フロリナねーさん、お疲れ様っす! 自分、火の勇者のゾーイっす! よろしくちーす!」

 リナだけでなく、オーランド王子も遠い目をして、自称火の勇者の挨拶を受けた。
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