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根元の間にて、リナ

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 神殿に入り、リナ達は真っ直ぐに地下を目指した。
 神殿の最深部。
 一際、重厚な作りの意思の扉は、自動ドアみたいに開いた。

「おっ! フロリナか! お久しブリーフじゃぞ!」

 白髪頭のショタ老師に、試験管とフラスコを持った眼鏡魔道士がリナに手を振る。
 リナも二人に大きく手を振って、彼らに駆け寄った。

「ルドルフ! パーシモン! どう!? どう進んでる!?」

 神殿の床は、白い石で出来ている。
 この白い石は、向こうが透けて見える。石の向こうには、青白い水脈が、葉の葉脈のように走っている。
 この一筋一筋が、竜の山から恵みをもたらすのである。

「せっかちじゃのー、フロリナは。……まあ、仕方ないかの。のう、変態魔道士」
「不必要な枕詞はつけなくてもいいですから」

 パーシモンは手元に持っていた実験道具を、傍らの作業台の上に置いて眼鏡のブリッジを押し上げた。
 神殿の最深部の一室は、「根源の間」と呼ばれている。
 世界樹の幹が存在し、青々と茂る守りの垂れた中の国とは違って、朝の国は世界樹から遠い。
 世界樹の根は、あまねく大地に張り巡らされていて、それだけは、朝の国も変わらなかった。
 大地の深く、世界樹の根の近く、朝の国では世界樹の力を求めて、この「根源の間」を国事に用いてきた。

 本来ならば、聖別されて、清められて、封印されるべき間である。

 フロリナは竜の幼生を肩車して、足下に飛び散った書類を拾った。
 今や、根源の間は、完全なパーシモンの作業場ワークスペースと貸している。
 夜空に散らばる書物みたいに、青白く水脈の浮いた白い床に、転々と書物やら何やらが落ちている。

「ぐちゃぐちゃ! 片付けなよ。どこに何やったかわかんなくなるよ」
「大丈夫です。僕は、天っ才っですから、どこに何を置いたかパーフェクトに覚えています。むしろ動かさないで下さい」
「片付けられない人って、大体そういうこと言うよね……」

 リナはパーシモンの言葉を聞き流して、作業台に設えてあるベンチに腰掛けた。
 ハノンとグリフォンがリナの足下に伏せる。

「おおっ、フロリナ! かっこいいな! 竜と幻獣を従わせた女王のようじゃぞ。儂は道化師と決め込もうかの」

 ルドルフが手を叩いてとんぼを切るバク宙をする
 パーシモンも一緒になって、リナに向かってぱちぱちと拍手をした。

 文句を言おうとして、リナはそれをぐっと飲み込んだ。
 彼らには、もっと言いたいことがある。

「――それで、どうなの……? 聖女を……サクヤを再召喚する方法は見つかったの……?」

 きゅ、と竜の幼生が小さく鳴いた。

 サクヤが消えたあの時、サクヤは自分と一緒に、仲間達の記憶も連れ去ってしまった。
 誰も、サクヤを覚えていない。リナ以外は。
 そう思って、深く悲しんだリナであったが、実際は、あと二人、サクヤのことを覚えたままのメンバーがいた。
 それが、パーシモンとルドルフである。
 パーシモンはその強大な魔力ゆえ、ルドルフは半ば仙人じみたショタゆえ、忘却の魔力が及ばなかったのだ。

(竜は、情け深い生き物だから……)

 サクヤはあの時、ハノンの力を借りたのだ。

「僕なりに研究をしてわかったことですが、やはり、サクヤの存在は相当不安定だったみたいですね。
 世界樹の力と、フロリナの存在、それからアリステアの闇の力、それらをつぎはぎパッチワークして、やっと成り立っていたと考える方が妥当です」

 パーシモンはしかつめらしく言った。

「宝玉を使ったことも、彼の存在を不安定にしたようですね。サクヤは池に映った影のような状態で、僕達の中に馴染むために、宝玉を使って仲間同士の絆疑似ネットワークを形成した。そのおかげで、大魔道士たる僕は、逆にサクヤの思考の表層に感応できたのですけれども」

「大魔道士ちゅうても、表層じゃあんまり役にたたんの」

 ルドルフが入れる茶々を、その度にパーシモンが言い返すもので、話しはなかなか進まない。
 それに、リナからそれば、その辺の事情は重要なことではなかった。

 リナがパーシモンを筆頭とする仲間に託した願いは、叶えられるのか。
「フロリナ!」

 根源の間にまた新たな人物が入ってくる。灰色の髪を長く垂らした神官リーナスである。
 彼は、息を弾ませて、竜達を従えたフロリナの元までやってくると、にっこりと花のように笑った。
 女性的なリーナスの美貌にある瞳が、感激に潤んでいる。

「フロリナ、会いたかったですよ。……身体の具合はどうですか?」

 リーナスとフロリナは、姉妹のようにお互いを抱きしめた。親愛を示す緩やかな抱擁である。

「ありがとう。もうすっかり大丈夫。リーナスは心配性だね」
「そう思うなら、もう無茶はしないで下さい」
「えへへ」

 それであの、とリーナスは少々気まずげに目を伏せた。

「フロリナは、まだ『聖女』のことを信じているのですね」
「……リーナスは、やっぱり思い出さない」
「……すみません。けれど、パーシモン達の手伝いに手を抜いたということはありません」

 リナは、しょんぼりと肩を落とした。
 オーランド王子もドラコスも、ゾーイも、リーナスも、やはりサクヤのことは忘れたままなのだ。
 そうなると、パーシモンとルドルフが、サクヤのことを覚えていて、かつ、召喚を手伝ってくれることが、不自然なことに思えてくる。
 パーシモンは自称だけでなく大魔道士なのだ。彼は自ら、再召喚の溜めに尽力してくれている。
 リナの静養する木こり小屋へは、定期的に城から便りがあった。それからは、パーシモンが真摯に研究に取り組んでいることが読み取れた。
 サクヤの召喚は、リナの願いだけでなく、パーシモンの意志でもあると、リナは感じていた。

 ちらりとリナが、自分の方をみた意味を、パーシモンは正確に理解した。

「フロリナにとって、サクヤが特別な存在であるように……まあ、それがどんな特別なのかは知りませんけどね。
 僕にとっても、サクヤは特別な存在なんです。僕は大魔道士ですから、いろんな国に軍師として招かれました。僕は期待されました。有能な戦争屋として。そんな役割に飽き飽きしていたんです。
 俗世と遠ざかって、魔道の研究をしたり……ルドルフに嫌がらせされたり……。
 そういう毎日を過ごしてる僕に、サクヤが宝玉を使って話しかけてきたんです。
 サクヤは僕に『守れ』と命じたんです。フロリナ、あなたを守れとね。
 ……正直、泣きたくなるほど、それが嬉しかったんですよ」


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