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悠太編
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お通しのポテトサラダを見た瞬間、男の目が輝いたのを見て、悠太は「かわいいところあるじゃん」とうなずいた。
このポテトサラダは悠太のこだわりが詰まったものだ。
味付けのマヨネーズは控えめに。チーズと少量のお酢を入れてシンプルにさっぱり仕上げている。その分アレンジもききやすく、赤ワインを頼まれれば仕上げにゴルゴンゾーラを削って風味をつけたり、あえてマヨネーズを足すこともあれば、魚が好きな常連にサバ缶を少し添えてクラッカーと一緒に出すこともある。
自慢の一品を楽しみにされるのは料理人としても鼻が高い。
だが、男が子どもかと思うほど幼い顔で料理を頬張り、自分が勧めたワインをおいしいと褒める様子を見ていると、悠太の悪癖がついつい顔を出してしまう。
すなわち、世話焼き心がくすぐられてしまったのだ。
気づいたときにはお腹いっぱい食わせたい衝動で「シャルキュトリー好き?」と聞いていた。
生ハムやらサラミを切るのには裁断機が必要なので、後片付けを考えて今日は封印しておくつもりだったのにも拘わらず。
しかし悠太が出すもの一つひとつを「おいしい」と言って食べ、作法も何も関係なくワインを飲んでいく姿に充実感を感じてしまう。
自分のこういうところがダメ男製造機であり、そしてこのどこか放っておけない雰囲気の男がダメ男であることは短いやりとりで悠太も分かっていた。返事がどこか曖昧で、優柔不断そうな雰囲気が漂っている。
「おいしい。俺、もうキラキラした料理食べたくないって思ってたから、こういうのがいい」
「キラキラってなにそれ」
二杯目のワインを飲み干して男は満足げに言った。名前は航平というらしい。
ワインは飲まないというわりに酒は強いのか、ややペースは早めだ。
「こう、パンケーキとか、アサイーとか、韓国料理とか。女の子がめっちゃ写真撮る感じの」
「ああ、インスタとかに上がってるのか」
「そうそう。できれば鮭の皮で酒飲んでたいくらい」
自分と同じくらいの歳の航平が意外と渋い趣味をしていることに思わず吹き出してしまった。
そんな好みは五十のおっさんでも持っている方が少ない。酒飲み特有の舌だ。
「航平っておもしろいね。そっち行って一緒に飲んでいい?」
「いいよ。マスターも好きなの飲んで。俺出すから」
お言葉に甘えて、航平が一番最初に頼んだソアーヴェを二人で飲みはじめる。
お正月で真っ暗な街の片隅、先ほどまで寂しさや虚しさを感じていたのが嘘のようにここだけが明るいように悠太には思えた。惰性ではあったが店を開けて良かったと、キラキラ輝くグラスの中を飲み干した。
話題は徐々と移り変わり、航平が今日一緒に初詣に行ったちさという女の話になる。
「ちさちゃんも、笑うと可愛いし、会うといっつも嬉しそうな顔してくれるし、ネガティブな返信もないしいい子なんだよ」
「でも、一緒にいると疲れるんだろ?」
「そう。そうなの」
合コンで知り合ったという彼女はどこに行っても写真を撮りたがるが、そういうところが航平を疲れさせているらしい。
悠太もその話には共感できたが、ただ一点どうしても気になってしまうことがあった。
「でも、誘われれば行ってるんだろ? 何回も」
「…………はい」
それがいけないことくらい航平も分かっているらしい。妙な間が悠太の目をじとっとしたものにする。
「なにそれ。航平が思わせぶりなんじゃん?」
航平は頭を抱えて「そんなつもりじゃないんだって」と言い始める。
聞くと、ちさの親友を航平の友達が狙っているので、その友達のためにもちさをぞんざいに扱えないと言うのだから航平も人が好すぎる、と悠太はため息をついた。
ただの、しかも特別親しいわけではない友達のために自分を犠牲にできる航平が少しかわいそうになってくる。
きっとどこにいてもいい人なのだろうと思うと、悠太にはかつて恋人に尽くしてきた自分がそこにいるような気持ちになる。
「航平はさ、航平の気持ちだけ大事にすりゃあいいの」
叱責しつつも、かつての自分に言い聞かせるように言っていた。
ダメな男たちに悩むたび悠太が友達に言われたことでもある。あの頃は自分の気持ちが消えてもなお男たちの側にいたかったが、端から見ているとこうも痛々しいものかと、航平に対して同情が湧き上がる。
すると拗ねたように口を尖らせた航平が何の脈絡もなく口を開いた。
「北京ダック、食べたかった」
「はあ?」
「中華街行ったとき、食べ歩き用の北京ダックあってさ。俺、食べたいって言ったら、ちさちゃん『野菜入ってるから嫌』って先に行きだしちゃって……」
店の明るいライトに照らされた横顔が、伏せた瞳が、妙に頼りないように悠太の目に映った。
自分が間違っていると分かっていて、どこに行ったら良いのかわからないと言いたげな航平をどうにかしてやりたかった。
それが、今朝から続く干渉によるものか、あるいは航平自身への愛おしさによるものか区別がつかないまま、悠太はその優しいだけの唇にキスをした。
このポテトサラダは悠太のこだわりが詰まったものだ。
味付けのマヨネーズは控えめに。チーズと少量のお酢を入れてシンプルにさっぱり仕上げている。その分アレンジもききやすく、赤ワインを頼まれれば仕上げにゴルゴンゾーラを削って風味をつけたり、あえてマヨネーズを足すこともあれば、魚が好きな常連にサバ缶を少し添えてクラッカーと一緒に出すこともある。
自慢の一品を楽しみにされるのは料理人としても鼻が高い。
だが、男が子どもかと思うほど幼い顔で料理を頬張り、自分が勧めたワインをおいしいと褒める様子を見ていると、悠太の悪癖がついつい顔を出してしまう。
すなわち、世話焼き心がくすぐられてしまったのだ。
気づいたときにはお腹いっぱい食わせたい衝動で「シャルキュトリー好き?」と聞いていた。
生ハムやらサラミを切るのには裁断機が必要なので、後片付けを考えて今日は封印しておくつもりだったのにも拘わらず。
しかし悠太が出すもの一つひとつを「おいしい」と言って食べ、作法も何も関係なくワインを飲んでいく姿に充実感を感じてしまう。
自分のこういうところがダメ男製造機であり、そしてこのどこか放っておけない雰囲気の男がダメ男であることは短いやりとりで悠太も分かっていた。返事がどこか曖昧で、優柔不断そうな雰囲気が漂っている。
「おいしい。俺、もうキラキラした料理食べたくないって思ってたから、こういうのがいい」
「キラキラってなにそれ」
二杯目のワインを飲み干して男は満足げに言った。名前は航平というらしい。
ワインは飲まないというわりに酒は強いのか、ややペースは早めだ。
「こう、パンケーキとか、アサイーとか、韓国料理とか。女の子がめっちゃ写真撮る感じの」
「ああ、インスタとかに上がってるのか」
「そうそう。できれば鮭の皮で酒飲んでたいくらい」
自分と同じくらいの歳の航平が意外と渋い趣味をしていることに思わず吹き出してしまった。
そんな好みは五十のおっさんでも持っている方が少ない。酒飲み特有の舌だ。
「航平っておもしろいね。そっち行って一緒に飲んでいい?」
「いいよ。マスターも好きなの飲んで。俺出すから」
お言葉に甘えて、航平が一番最初に頼んだソアーヴェを二人で飲みはじめる。
お正月で真っ暗な街の片隅、先ほどまで寂しさや虚しさを感じていたのが嘘のようにここだけが明るいように悠太には思えた。惰性ではあったが店を開けて良かったと、キラキラ輝くグラスの中を飲み干した。
話題は徐々と移り変わり、航平が今日一緒に初詣に行ったちさという女の話になる。
「ちさちゃんも、笑うと可愛いし、会うといっつも嬉しそうな顔してくれるし、ネガティブな返信もないしいい子なんだよ」
「でも、一緒にいると疲れるんだろ?」
「そう。そうなの」
合コンで知り合ったという彼女はどこに行っても写真を撮りたがるが、そういうところが航平を疲れさせているらしい。
悠太もその話には共感できたが、ただ一点どうしても気になってしまうことがあった。
「でも、誘われれば行ってるんだろ? 何回も」
「…………はい」
それがいけないことくらい航平も分かっているらしい。妙な間が悠太の目をじとっとしたものにする。
「なにそれ。航平が思わせぶりなんじゃん?」
航平は頭を抱えて「そんなつもりじゃないんだって」と言い始める。
聞くと、ちさの親友を航平の友達が狙っているので、その友達のためにもちさをぞんざいに扱えないと言うのだから航平も人が好すぎる、と悠太はため息をついた。
ただの、しかも特別親しいわけではない友達のために自分を犠牲にできる航平が少しかわいそうになってくる。
きっとどこにいてもいい人なのだろうと思うと、悠太にはかつて恋人に尽くしてきた自分がそこにいるような気持ちになる。
「航平はさ、航平の気持ちだけ大事にすりゃあいいの」
叱責しつつも、かつての自分に言い聞かせるように言っていた。
ダメな男たちに悩むたび悠太が友達に言われたことでもある。あの頃は自分の気持ちが消えてもなお男たちの側にいたかったが、端から見ているとこうも痛々しいものかと、航平に対して同情が湧き上がる。
すると拗ねたように口を尖らせた航平が何の脈絡もなく口を開いた。
「北京ダック、食べたかった」
「はあ?」
「中華街行ったとき、食べ歩き用の北京ダックあってさ。俺、食べたいって言ったら、ちさちゃん『野菜入ってるから嫌』って先に行きだしちゃって……」
店の明るいライトに照らされた横顔が、伏せた瞳が、妙に頼りないように悠太の目に映った。
自分が間違っていると分かっていて、どこに行ったら良いのかわからないと言いたげな航平をどうにかしてやりたかった。
それが、今朝から続く干渉によるものか、あるいは航平自身への愛おしさによるものか区別がつかないまま、悠太はその優しいだけの唇にキスをした。
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