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第一章 海鳴き様の呪い
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隣の部屋から床をするような音が聞こえて、勝が目を覚ましたのだと二人は悟る。
その部屋で音を立てる――生きているものは勝しかいないからだ。
すぐさま振り返り、四つん這いで移動した清一郎は、その目に“勝”が映った途端に長い息をついた。
「良かった……勝じゃ。スマンかった。今腕の外しちゃる。」
「触るな、清一郎!」
つんざくような勝の声に清一郎の動きが止まる。
きちんと清一郎の動きが止まったのを見て、勝は息をついて視線を外した。それから何かを伝えようと口を開いたままわずかに固まって、唇をぐっと引き結んでから静かな声で告げる。
「……お前は触れてはいけない。危険だ。」
「なんでじゃ……。」
「わかっているのだろう。おそらく、海鳴き様の依代になったのは私だ。」
そんなはずはないと言い切れないのは、先ほどウミノに勝の無茶を聞いたせいだ。
閉口する清一郎を尻目に勝はゴソゴソと手を動かしたかと思うと、いとも簡単に拘束を解いてしまった。
「全く。お前は甘いな。私が危険だと分かっていてこんな緩い縛り方をして。刃物を振り回したらどうするつもりだったんだ。」
ブツブツ文句を言いながら身体を起こした勝は、少し痺れているのか、手首をぶらぶらと動かしてから神妙な顔をしている清一郎を睨みつけた。
「……坊主、おめえ何ともないのか?」
「何ともないわけではありません。……不思議ですけど、私の中に心が二つあるような、そんな心地です。」
やはりトキ子と勝は何かが違う。
それは勝が薄くしか郷の血を引いていないせいなのか、ウミノが投げたというもののせいなのか、あるいは痣を清一郎が引き受けたせいなのか……。
混乱する二人の前に正座をした勝は静かに、だが真っすぐ見据えてくるので、清一郎も思わず姿勢を正してしまう。
「目を覚まして、動き出す前に少し考えていた。あの時、私に何が起きていたのか。私はどうやら郷の人間……特に清一郎、お前に触れられると殺意が湧いてくるらしい。」
清一郎もウミノもどちらも郷の血を濃く引く人間だ。だが、勝が憎しみを強く抱くのは清一郎のみ。
二人の間にある明確な違いがあるとすれば、二つしかないと清一郎は腹の辺りの服を握りしめた。
「俺が……依代の印を持ったせいか。」
「わからない。海野さんが郷を離れて長いというのもあるかもしれない。私の中で確かなのは、お前に触れられていると思ったあの時、自分の感情とは別の心が身体を支配したことだけだ。……そして、その心を作った記憶は、私の中にある。」
本当に海鳴き様が勝に宿ったと言うのだろうか。
確かに勝の言うように、あのときは勝でない何かが殺意を向けていた。それは清一郎にもわかっている。
清一郎はただ郷の愚かな考えに勝を巻き込みたくなかった。勝には無事に家に帰り、センソウが終わったらキッサテンとカゲキダンに行って、好いたおなごと素晴らしいコイをして、ずっと笑顔でいてほしい、そんな些細なことを願って清一郎は郷を離れた。
だが結局のところは、そんな当たり前さえ勝に与えてやれなかったではないかと、膝の上に置いた手を強く握りしめる。
「なんでじゃ……どうして、無茶をしたんじゃ。」
「お前を失うわけに行かないと思ったからだ。」
鋭く眩しい光を失わないまま勝が迷いなく言い放ったことが苦しくて、爪が食い込んでしまった手のひらから血が滲み出す。
「だからって……勝を巻き込むくらいなら、俺ァいっそ死んじまいてえくらいじゃ!いるんじゃろ?!海鳴き様ッ、お願いだ。俺の全部をやるから……百年でも二百年でもやるから……頼む、今すぐ勝を離してやってくれ!!」
勝に掴みかかろうとする清一郎を、ウミノが必死になって止めている。
きょうだいにだってこんなに怒ったことはないほど大きな声で清一郎は叫んだ。
勝を今までの生活に返してやりたい。胸を突き破る思いそのままに、何度も何度も勝の中にいる海鳴き様にすがりつく清一郎を止めたのは、他の誰でもない勝だった。
膝立ちになりウミノを振り払おうとする清一郎に一歩近づいたかと思うと、その頬を一発殴りつけてきた。
「落ち着け、馬鹿者。」
身体はよろけたがかろうじて倒れることなくその拳を受け止めた清一郎は、未だ冷めない興奮で肩を揺らしながら勝を見つめた。
「私がお前といたいと願って下した決断だ。後悔はしていない。」
こちらに深い後悔を残しておきながら何という言い草だと、言ってやりたい気持ちはあった。
だが清々しいほど迷いのない瞳が、清一郎に言葉を失わせる。
強く決めてしまったことは覆せない。自分と、多くのきょうだいを見てきた清一郎はそれを直感的に理解しており、もう項垂れることしかできなくなった。
その空気を変えるように、ウミノが勝に視線を向ける。
「……お前さん、海鳴き様の記憶があるんか?」
「はい。おそらく海野さんには話したほうがいいと、そう思っています。」
ウミノは長い歳月を海鳴き様の調査で費やしてきた人間だ。勝がそう考えるのも道理のように清一郎も感じた。
同時に海鳴き様は郷の起源に関わる人物でもある。
胸のうちに悔しい気持ちは渦巻いているものの、清一郎も聞かねばならないだろうと居住いを正した。
「まず海鳴き様は一つではありますが、一人ではありません。」
その部屋で音を立てる――生きているものは勝しかいないからだ。
すぐさま振り返り、四つん這いで移動した清一郎は、その目に“勝”が映った途端に長い息をついた。
「良かった……勝じゃ。スマンかった。今腕の外しちゃる。」
「触るな、清一郎!」
つんざくような勝の声に清一郎の動きが止まる。
きちんと清一郎の動きが止まったのを見て、勝は息をついて視線を外した。それから何かを伝えようと口を開いたままわずかに固まって、唇をぐっと引き結んでから静かな声で告げる。
「……お前は触れてはいけない。危険だ。」
「なんでじゃ……。」
「わかっているのだろう。おそらく、海鳴き様の依代になったのは私だ。」
そんなはずはないと言い切れないのは、先ほどウミノに勝の無茶を聞いたせいだ。
閉口する清一郎を尻目に勝はゴソゴソと手を動かしたかと思うと、いとも簡単に拘束を解いてしまった。
「全く。お前は甘いな。私が危険だと分かっていてこんな緩い縛り方をして。刃物を振り回したらどうするつもりだったんだ。」
ブツブツ文句を言いながら身体を起こした勝は、少し痺れているのか、手首をぶらぶらと動かしてから神妙な顔をしている清一郎を睨みつけた。
「……坊主、おめえ何ともないのか?」
「何ともないわけではありません。……不思議ですけど、私の中に心が二つあるような、そんな心地です。」
やはりトキ子と勝は何かが違う。
それは勝が薄くしか郷の血を引いていないせいなのか、ウミノが投げたというもののせいなのか、あるいは痣を清一郎が引き受けたせいなのか……。
混乱する二人の前に正座をした勝は静かに、だが真っすぐ見据えてくるので、清一郎も思わず姿勢を正してしまう。
「目を覚まして、動き出す前に少し考えていた。あの時、私に何が起きていたのか。私はどうやら郷の人間……特に清一郎、お前に触れられると殺意が湧いてくるらしい。」
清一郎もウミノもどちらも郷の血を濃く引く人間だ。だが、勝が憎しみを強く抱くのは清一郎のみ。
二人の間にある明確な違いがあるとすれば、二つしかないと清一郎は腹の辺りの服を握りしめた。
「俺が……依代の印を持ったせいか。」
「わからない。海野さんが郷を離れて長いというのもあるかもしれない。私の中で確かなのは、お前に触れられていると思ったあの時、自分の感情とは別の心が身体を支配したことだけだ。……そして、その心を作った記憶は、私の中にある。」
本当に海鳴き様が勝に宿ったと言うのだろうか。
確かに勝の言うように、あのときは勝でない何かが殺意を向けていた。それは清一郎にもわかっている。
清一郎はただ郷の愚かな考えに勝を巻き込みたくなかった。勝には無事に家に帰り、センソウが終わったらキッサテンとカゲキダンに行って、好いたおなごと素晴らしいコイをして、ずっと笑顔でいてほしい、そんな些細なことを願って清一郎は郷を離れた。
だが結局のところは、そんな当たり前さえ勝に与えてやれなかったではないかと、膝の上に置いた手を強く握りしめる。
「なんでじゃ……どうして、無茶をしたんじゃ。」
「お前を失うわけに行かないと思ったからだ。」
鋭く眩しい光を失わないまま勝が迷いなく言い放ったことが苦しくて、爪が食い込んでしまった手のひらから血が滲み出す。
「だからって……勝を巻き込むくらいなら、俺ァいっそ死んじまいてえくらいじゃ!いるんじゃろ?!海鳴き様ッ、お願いだ。俺の全部をやるから……百年でも二百年でもやるから……頼む、今すぐ勝を離してやってくれ!!」
勝に掴みかかろうとする清一郎を、ウミノが必死になって止めている。
きょうだいにだってこんなに怒ったことはないほど大きな声で清一郎は叫んだ。
勝を今までの生活に返してやりたい。胸を突き破る思いそのままに、何度も何度も勝の中にいる海鳴き様にすがりつく清一郎を止めたのは、他の誰でもない勝だった。
膝立ちになりウミノを振り払おうとする清一郎に一歩近づいたかと思うと、その頬を一発殴りつけてきた。
「落ち着け、馬鹿者。」
身体はよろけたがかろうじて倒れることなくその拳を受け止めた清一郎は、未だ冷めない興奮で肩を揺らしながら勝を見つめた。
「私がお前といたいと願って下した決断だ。後悔はしていない。」
こちらに深い後悔を残しておきながら何という言い草だと、言ってやりたい気持ちはあった。
だが清々しいほど迷いのない瞳が、清一郎に言葉を失わせる。
強く決めてしまったことは覆せない。自分と、多くのきょうだいを見てきた清一郎はそれを直感的に理解しており、もう項垂れることしかできなくなった。
その空気を変えるように、ウミノが勝に視線を向ける。
「……お前さん、海鳴き様の記憶があるんか?」
「はい。おそらく海野さんには話したほうがいいと、そう思っています。」
ウミノは長い歳月を海鳴き様の調査で費やしてきた人間だ。勝がそう考えるのも道理のように清一郎も感じた。
同時に海鳴き様は郷の起源に関わる人物でもある。
胸のうちに悔しい気持ちは渦巻いているものの、清一郎も聞かねばならないだろうと居住いを正した。
「まず海鳴き様は一つではありますが、一人ではありません。」
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