海鳴き様と暮らした郷

松山あき

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第六章 災害

61 ※津波描写有り※

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 黒い壁が向かってくるような、超弩級戦艦が何十隻も迫ってくるような圧力を感じた。
 それが柔らかく町を覆ったかと思うと、そのまま家を、建物を、押し流しながらまっすぐに進んでいく。

 清一郎は言葉を失い、町の人間は自分の家の周りが押し流されるのを見ては悲鳴を上げていた。
 
 自然の無慈悲さを目の当たりにして震えながらも、清一郎は上手く立たない腰を叱咤して周囲を見渡す。
 海鳴き様の恨みの記憶は大地震と津波から始まっている。勝や勝の中にいる海鳴き様がこれを見て冷静でいられるはずがない。

「まさ、る。どこじゃ……どこにおるんじゃ……。」

 小学校の方に行ったか、あるいは上の方にいるのか……。それともまさか……。
 清一郎はもう一度町を静かに飲み込む黒い水を見つめた。あの中にいるのか……と嫌な予測が清一郎の頬を伝った時だった。

「……せい、いちろう。清一郎ッ。」

 ふらふらと青い顔をした勝がか細い声で清一郎の名を呼んだ。
 決して大きいものではなかったが、周りの阿鼻叫喚の中でも勝の声だけはよく聞こえた。

 清一郎はその身体を抱きしめたい衝動を唇を噛んで耐えながら近づくと、勝は倒れ込むように清一郎の服を掴んできた。
 勝の姿に力を取り戻した清一郎とは反対に、すっかり腰が抜けてしまった勝を町が見えづらい母屋の方まで連れ出すと、二人してその場に座り込んでしまう。

「……清一郎、海鳴き様が……悲しんで、胸が痛いのだ。」

「大丈夫じゃ。勝も、海鳴き様も、俺が必ず守る。」

 海鳴き様の心は勝にも強く影響を与えているのだろう。可愛そうなほど震える細い手で必死に清一郎を掴んでは、ぽろぽろと地面に涙を滴らせていった。
 
 源吉が残した清一郎たちの家もきっと流された。港もどの程度無事かわからない。
 何もかも失ったのは理解するよりも早く感じたが、それでもこの優しい人の目に悲惨な光景を映すまいとそっと寄り添い続ける。

 町の中を縦横無尽に食い荒らして行く波の勢いに人々が声を上げ続ける中、ここだけ音が消えたように感じるのは清一郎だけではないらしい。
 清一郎のものより幾分小さな手も肩も少しずつ落ち着きを取り戻してきたように見える。
 ほっと息を漏らした時だった。

 ズズッと先ほどの大揺れとは違う性質の衝撃を脚に尻に感じ、パキパキと微かな音が清一郎の耳に入ってきた。

 この周辺から聞こえてくるものだとまずいと、清一郎は辺りを見回す。
 暗くて辺りが見えづらい。とにかく目を凝らしてみようとぐっと細めてみた。

「あ、ぁあッ……!!」

 急に勝が絶望を含んだ叫びを上げる。
 どうしたのかとその顔を覗き込もうとしたとき、勝は耐えられないとばかりに清一郎の胸に飛び込んできた。

 おそらく気が動転しているのは勝自身ではなく、その中にいる海鳴き様だ。
 そうでなければ、こんなにも郷の子に近づくことを許すはずがない。

 子どものように泣き喚く勝を見ているだけなどできるはずもなく、清一郎はその身体を力強く抱きしめた。
 これで怒りを買うならそれでも良かった。
 今この場で祟り殺されるなら本望とさえ思った。
 だが混乱をしている海鳴き様は、郷の子への恨みなど忘れたようにただ勝の身体を使って涙を流すだけだった。

 しばらくそうしていると、先ほどまでしゃくり上げるようにして泣いていた勝の呼吸が落ち着きを見せてくる。
 そしてその隙間から、小さな声で清一郎に語りかけてきた。

「社が、なくなった。」

 今度は清一郎の顔が青ざめる番だった。
 この場で勝が……海鳴き様の心が語る社など一つしかない。
 それはおそらく郷の崖の手前に建てられた海鳴き様の社だ。

 郷にある海鳴き様の社がなくなった。
 それは清一郎の生まれ育った郷に異変が起きたということで、必死に郷のある方角を見るが夜明け前は暗すぎて何も見えない。

「……すまん、行ってくる。」

「どこへ、行くのだ……。」

 勝もおそらく清一郎の言っている意味に気づいている。
 だから清一郎を引き止めるように服を引くのだろう。

「郷に、今すぐ行かなくてはならん……。」

 あそこには清一郎の家族が、生まれてからずっと時間を共にしてきた友も仲間もいる。
 今すぐ行って助けてやらねばならない。取り憑かれたようにそれしか考えられなくなる清一郎を、今度は勝が強く抱きしめた。

「ダメだ。……頼む、夜明けを待ってくれ。それまで私も海鳴き様を抑えておく。だからお前も待て。」

 清一郎と同じように海鳴き様もすぐに帰らねばと思っているようだ。
 不思議な存在だと清一郎は思った。
 郷の人間が依代に触れることを嫌うほど強い恨みを見せたかと思えば、数百年過ごした郷を清一郎と同じように心配している。

 今清一郎が縋り付いて寄り添っているのが、勝なのか海鳴き様なのか分からなくなるほど、海鳴き様は人だった。
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