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第六章 災害
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翌朝日の出よりだいぶ前に目を覚ました清一郎は、野営地を抜け出して家族のもとへ来ていた。
大人に近づいていた弟妹も、小さくなった両親も、今日日が沈む前には別れなくてはいけない。
その前に話しておきたいことがたくさんあるような気がしていた。
凍えそうな寒さの中、海からはいつものように朝がやってくる。海と空の間が段々と白くなってきた。
ここから何度もこの光景を見てきたが、今日の清一郎には少し残酷だった。
「いないから心配したぞ。」
掠れた声が聞こえて振り返ると、そこには眠そうにあくびをする勝が立っていた。
そのまま清一郎の隣に腰を下ろすと、勝は何も言わずに清一郎の家族と夜明けを迎えてくれた。
「お前はこういう景色を見て育ったのだな。」
「ああ。このあたりに海鳴き様の社があって、そこから町もよく見えたんじゃ。」
あの頃の自分はここから見下ろす世界には決して行けないのだと信じていた。
だが今はもうあちらが清一郎の生きる世界になってしまっている。
それは少し寂しいことのように思って、隣で白んだ空を眺める勝に視線を遣った。
「灯台も、棚田も、お前は知らなかったな。」
「勝が全部教えてくれたのう。」
夏の暑い日に、郷と沖の世界の境目で語り合った日々が遠い昔のことに思えた。
だが、今日までの日々も、勝への思いもあの日からずっとつながっていて、大きく変わったはずなのに実感はあまりない。
清一郎がそうやって沖と少しずつ混じって生きたように、郷の住人も境を飛び越えてくれるだろうか。
勝のように郷の住人を導いてくれる人がいるだろうか。
自分はその狭間で生きると決めていたが、それだけでは心許ないように感じて不安が拭えない。
ぼんやりと考え込む清一郎に勝は強気に微笑んで見せる。
「大丈夫だ、清一郎。お前にはたくさん味方がいる。私も、私の家族も、弥七や和夫、トミばあさんも、皆お前の力になってくれる。そうだろう?」
「そうじゃなあ。……また一つ勝に教わってしまったのう。」
二人して笑い合うと、ゆっくり立ち上がり名残惜しいが今日の仕事を始めようかと和夫を迎えに行く。
野営地の片付けをしていると、幾人かの足音が聞こえてきた。
三人が振り返ると、そこには清二郎とフミ、それから正吉が立っていた。
神妙な面持ちの正吉の顔を見て、清一郎の心が嫌な予感でざわつく。もしかしたら、嬉しくない覚悟を決めたのではないかと。
「貴方たちの答えを聞かせてくれるのか。」
「ああ。昨夜、皆で話し合った。」
勝の問いかけに正吉が頷いた。
正吉は働き盛りの男たちの中で年上ということもあり、必要に迫られて皆の先頭に立っている。
作業でも郷の住人に号令をかけるのはいつも正吉だった。
その正吉が来たと言うことは、おそらく郷の住人皆の意思を持ってきたということだろう。
「知らなかったとはいえ、俺たちは沖の者には申し訳ないことをしたらしい。だが、生きるには縋る他ない。すまんが、冬の間だけで良い。郷の者全員を助けてほしい。」
そう言って正吉も清二郎もフミも頭を下げてきた。
言われた言葉を反芻しながら、その度に清一郎は少しずつ肩から力が抜けていくのを感じた。
「頭を上げてくれ。徴兵のことも、調査の件も今いる郷の住人のせいではない。互いに苦しい生活となろうが、助け合っていけたらと思う。こちらこそ、よろしくお願いする。」
勝がそう言い正吉と硬く握手を交わすと、清一郎の弟妹が駆け寄ってきた。
フミは清一郎の手をしっかりと両手で握り笑顔を見せる。はしゃいでいるのか、握った手を揺らしながら明るい声で清一郎に喜びを伝える。
「あにぃ。またあにぃと生活できるんじゃな。」
「ああ。皆で住む大きな家を建てんといかんな。俺の家は流されてしまった。」
家族と共に生活できるという実感がまだ湧かず、清一郎は戸惑いながらそう答えた。
弟も清一郎をずっと突っぱねていただけに素直な言葉を口にするのは難しいらしく、そっとフミとは逆の手をとるだけだった。
そんな光景に案の定和夫は涙を流して拍手をしている。実に情に篤く涙もろい男だ。
「いやあ、めでてぇ。清一郎さん、俺の下宿先は残ってますから、家ができるまで二人で来てくだせえ。」
「……お前は嫌じゃ。」
「何だと?!かわいくねえ野郎だな。」
和夫なりの気遣いに弟は唇を尖らせてそう言った。
一昨日頭突きを食らったのを根に持っているのだろうか、と清一郎は首を傾げるが、どうやら二人ともじゃれ合っているようにも見えたので止めたりもせず見守った。
フミは二人を見ながらころころと笑い声をあげて清一郎の耳に顔を寄せた。
「にぃにぃは嫉妬してるんじゃ。和夫さんがあにぃの弟みたいにしとるから。」
なるほど、やはりまだまだ甘えたがりなのだなと、昔と変わらない様子に微笑ましい気持ちになっていると、正吉と簡単な打ち合わせを終えた勝が咳払いをして二人を止めに入る。
「早速仲がいいのは大いに結構。だが、仕度をせねばならない。和夫、お前は今日は食糧と燃料を掘り起こしてくれ。清一郎はきょうだいと一緒に見つかった者の葬送の準備だ。」
的確に指示を出していく勝に二人で一つ頷くと、清一郎は弟妹を連れたまま皆を海に還す準備へと向かっていく。
まだ半数ほど見つかっていない住人がいる。ギリギリまで捜索してから送ってやろうと、清一郎も心に決めて家族が眠る場所を見つめた。
大人に近づいていた弟妹も、小さくなった両親も、今日日が沈む前には別れなくてはいけない。
その前に話しておきたいことがたくさんあるような気がしていた。
凍えそうな寒さの中、海からはいつものように朝がやってくる。海と空の間が段々と白くなってきた。
ここから何度もこの光景を見てきたが、今日の清一郎には少し残酷だった。
「いないから心配したぞ。」
掠れた声が聞こえて振り返ると、そこには眠そうにあくびをする勝が立っていた。
そのまま清一郎の隣に腰を下ろすと、勝は何も言わずに清一郎の家族と夜明けを迎えてくれた。
「お前はこういう景色を見て育ったのだな。」
「ああ。このあたりに海鳴き様の社があって、そこから町もよく見えたんじゃ。」
あの頃の自分はここから見下ろす世界には決して行けないのだと信じていた。
だが今はもうあちらが清一郎の生きる世界になってしまっている。
それは少し寂しいことのように思って、隣で白んだ空を眺める勝に視線を遣った。
「灯台も、棚田も、お前は知らなかったな。」
「勝が全部教えてくれたのう。」
夏の暑い日に、郷と沖の世界の境目で語り合った日々が遠い昔のことに思えた。
だが、今日までの日々も、勝への思いもあの日からずっとつながっていて、大きく変わったはずなのに実感はあまりない。
清一郎がそうやって沖と少しずつ混じって生きたように、郷の住人も境を飛び越えてくれるだろうか。
勝のように郷の住人を導いてくれる人がいるだろうか。
自分はその狭間で生きると決めていたが、それだけでは心許ないように感じて不安が拭えない。
ぼんやりと考え込む清一郎に勝は強気に微笑んで見せる。
「大丈夫だ、清一郎。お前にはたくさん味方がいる。私も、私の家族も、弥七や和夫、トミばあさんも、皆お前の力になってくれる。そうだろう?」
「そうじゃなあ。……また一つ勝に教わってしまったのう。」
二人して笑い合うと、ゆっくり立ち上がり名残惜しいが今日の仕事を始めようかと和夫を迎えに行く。
野営地の片付けをしていると、幾人かの足音が聞こえてきた。
三人が振り返ると、そこには清二郎とフミ、それから正吉が立っていた。
神妙な面持ちの正吉の顔を見て、清一郎の心が嫌な予感でざわつく。もしかしたら、嬉しくない覚悟を決めたのではないかと。
「貴方たちの答えを聞かせてくれるのか。」
「ああ。昨夜、皆で話し合った。」
勝の問いかけに正吉が頷いた。
正吉は働き盛りの男たちの中で年上ということもあり、必要に迫られて皆の先頭に立っている。
作業でも郷の住人に号令をかけるのはいつも正吉だった。
その正吉が来たと言うことは、おそらく郷の住人皆の意思を持ってきたということだろう。
「知らなかったとはいえ、俺たちは沖の者には申し訳ないことをしたらしい。だが、生きるには縋る他ない。すまんが、冬の間だけで良い。郷の者全員を助けてほしい。」
そう言って正吉も清二郎もフミも頭を下げてきた。
言われた言葉を反芻しながら、その度に清一郎は少しずつ肩から力が抜けていくのを感じた。
「頭を上げてくれ。徴兵のことも、調査の件も今いる郷の住人のせいではない。互いに苦しい生活となろうが、助け合っていけたらと思う。こちらこそ、よろしくお願いする。」
勝がそう言い正吉と硬く握手を交わすと、清一郎の弟妹が駆け寄ってきた。
フミは清一郎の手をしっかりと両手で握り笑顔を見せる。はしゃいでいるのか、握った手を揺らしながら明るい声で清一郎に喜びを伝える。
「あにぃ。またあにぃと生活できるんじゃな。」
「ああ。皆で住む大きな家を建てんといかんな。俺の家は流されてしまった。」
家族と共に生活できるという実感がまだ湧かず、清一郎は戸惑いながらそう答えた。
弟も清一郎をずっと突っぱねていただけに素直な言葉を口にするのは難しいらしく、そっとフミとは逆の手をとるだけだった。
そんな光景に案の定和夫は涙を流して拍手をしている。実に情に篤く涙もろい男だ。
「いやあ、めでてぇ。清一郎さん、俺の下宿先は残ってますから、家ができるまで二人で来てくだせえ。」
「……お前は嫌じゃ。」
「何だと?!かわいくねえ野郎だな。」
和夫なりの気遣いに弟は唇を尖らせてそう言った。
一昨日頭突きを食らったのを根に持っているのだろうか、と清一郎は首を傾げるが、どうやら二人ともじゃれ合っているようにも見えたので止めたりもせず見守った。
フミは二人を見ながらころころと笑い声をあげて清一郎の耳に顔を寄せた。
「にぃにぃは嫉妬してるんじゃ。和夫さんがあにぃの弟みたいにしとるから。」
なるほど、やはりまだまだ甘えたがりなのだなと、昔と変わらない様子に微笑ましい気持ちになっていると、正吉と簡単な打ち合わせを終えた勝が咳払いをして二人を止めに入る。
「早速仲がいいのは大いに結構。だが、仕度をせねばならない。和夫、お前は今日は食糧と燃料を掘り起こしてくれ。清一郎はきょうだいと一緒に見つかった者の葬送の準備だ。」
的確に指示を出していく勝に二人で一つ頷くと、清一郎は弟妹を連れたまま皆を海に還す準備へと向かっていく。
まだ半数ほど見つかっていない住人がいる。ギリギリまで捜索してから送ってやろうと、清一郎も心に決めて家族が眠る場所を見つめた。
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