海鳴き様と暮らした郷

松山あき

文字の大きさ
73 / 81
第六章 災害

73

しおりを挟む
 翌朝日の出よりだいぶ前に目を覚ました清一郎は、野営地を抜け出して家族のもとへ来ていた。

 大人に近づいていた弟妹も、小さくなった両親も、今日日が沈む前には別れなくてはいけない。
 その前に話しておきたいことがたくさんあるような気がしていた。
 
 凍えそうな寒さの中、海からはいつものように朝がやってくる。海と空の間が段々と白くなってきた。
 ここから何度もこの光景を見てきたが、今日の清一郎には少し残酷だった。

「いないから心配したぞ。」

 掠れた声が聞こえて振り返ると、そこには眠そうにあくびをする勝が立っていた。
 そのまま清一郎の隣に腰を下ろすと、勝は何も言わずに清一郎の家族と夜明けを迎えてくれた。

「お前はこういう景色を見て育ったのだな。」

「ああ。このあたりに海鳴き様の社があって、そこから町もよく見えたんじゃ。」

 あの頃の自分はここから見下ろす世界には決して行けないのだと信じていた。
 だが今はもうあちらが清一郎の生きる世界になってしまっている。
 それは少し寂しいことのように思って、隣で白んだ空を眺める勝に視線を遣った。

「灯台も、棚田も、お前は知らなかったな。」

「勝が全部教えてくれたのう。」

 夏の暑い日に、郷と沖の世界の境目で語り合った日々が遠い昔のことに思えた。
 だが、今日までの日々も、勝への思いもあの日からずっとつながっていて、大きく変わったはずなのに実感はあまりない。
 
 清一郎がそうやって沖と少しずつ混じって生きたように、郷の住人も境を飛び越えてくれるだろうか。
 勝のように郷の住人を導いてくれる人がいるだろうか。
 自分はその狭間で生きると決めていたが、それだけでは心許ないように感じて不安が拭えない。

 ぼんやりと考え込む清一郎に勝は強気に微笑んで見せる。

「大丈夫だ、清一郎。お前にはたくさん味方がいる。私も、私の家族も、弥七や和夫、トミばあさんも、皆お前の力になってくれる。そうだろう?」

「そうじゃなあ。……また一つ勝に教わってしまったのう。」

 二人して笑い合うと、ゆっくり立ち上がり名残惜しいが今日の仕事を始めようかと和夫を迎えに行く。

 野営地の片付けをしていると、幾人かの足音が聞こえてきた。
 三人が振り返ると、そこには清二郎とフミ、それから正吉が立っていた。

 神妙な面持ちの正吉の顔を見て、清一郎の心が嫌な予感でざわつく。もしかしたら、嬉しくない覚悟を決めたのではないかと。

「貴方たちの答えを聞かせてくれるのか。」

「ああ。昨夜、皆で話し合った。」

 勝の問いかけに正吉が頷いた。
 正吉は働き盛りの男たちの中で年上ということもあり、必要に迫られて皆の先頭に立っている。

 作業でも郷の住人に号令をかけるのはいつも正吉だった。
 その正吉が来たと言うことは、おそらく郷の住人皆の意思を持ってきたということだろう。

「知らなかったとはいえ、俺たちは沖の者には申し訳ないことをしたらしい。だが、生きるには縋る他ない。すまんが、冬の間だけで良い。郷の者全員を助けてほしい。」

 そう言って正吉も清二郎もフミも頭を下げてきた。
 言われた言葉を反芻しながら、その度に清一郎は少しずつ肩から力が抜けていくのを感じた。

「頭を上げてくれ。徴兵のことも、調査の件も今いる郷の住人のせいではない。互いに苦しい生活となろうが、助け合っていけたらと思う。こちらこそ、よろしくお願いする。」

 勝がそう言い正吉と硬く握手を交わすと、清一郎の弟妹が駆け寄ってきた。
 フミは清一郎の手をしっかりと両手で握り笑顔を見せる。はしゃいでいるのか、握った手を揺らしながら明るい声で清一郎に喜びを伝える。

「あにぃ。またあにぃと生活できるんじゃな。」

「ああ。皆で住む大きな家を建てんといかんな。俺の家は流されてしまった。」

 家族と共に生活できるという実感がまだ湧かず、清一郎は戸惑いながらそう答えた。
 弟も清一郎をずっと突っぱねていただけに素直な言葉を口にするのは難しいらしく、そっとフミとは逆の手をとるだけだった。

 そんな光景に案の定和夫は涙を流して拍手をしている。実に情に篤く涙もろい男だ。

「いやあ、めでてぇ。清一郎さん、俺の下宿先は残ってますから、家ができるまで二人で来てくだせえ。」

「……お前は嫌じゃ。」

「何だと?!かわいくねえ野郎だな。」

 和夫なりの気遣いに弟は唇を尖らせてそう言った。
 一昨日頭突きを食らったのを根に持っているのだろうか、と清一郎は首を傾げるが、どうやら二人ともじゃれ合っているようにも見えたので止めたりもせず見守った。

 フミは二人を見ながらころころと笑い声をあげて清一郎の耳に顔を寄せた。

「にぃにぃは嫉妬してるんじゃ。和夫さんがあにぃの弟みたいにしとるから。」

 なるほど、やはりまだまだ甘えたがりなのだなと、昔と変わらない様子に微笑ましい気持ちになっていると、正吉と簡単な打ち合わせを終えた勝が咳払いをして二人を止めに入る。

「早速仲がいいのは大いに結構。だが、仕度をせねばならない。和夫、お前は今日は食糧と燃料を掘り起こしてくれ。清一郎はきょうだいと一緒に見つかった者の葬送の準備だ。」

 的確に指示を出していく勝に二人で一つ頷くと、清一郎は弟妹を連れたまま皆を海に還す準備へと向かっていく。
 まだ半数ほど見つかっていない住人がいる。ギリギリまで捜索してから送ってやろうと、清一郎も心に決めて家族が眠る場所を見つめた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。 想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。 悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。 ※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。 二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。

Endless Summer Night ~終わらない夏~

樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった” 長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、 ひと夏の契約でリゾートにやってきた。 最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、 気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。 そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。 ***前作品とは完全に切り離したお話ですが、 世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

悋気応変!

七賀ごふん
BL
激務のイベント会社に勤める弦美(つるみ)は、他人の“焼きもち”を感じ取ると反射的に号泣してしまう。 厄介な体質に苦しんできたものの、感情を表に出さないクールな幼なじみ、友悠(ともひさ)の存在にいつも救われていたが…。 ────────── クール&独占欲強め×前向き&不幸体質。 ◇BLove様 主催コンテスト 猫野まりこ先生賞受賞作。 ◇プロローグ漫画も公開中です。 表紙:七賀ごふん

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...