海鳴き様と暮らした郷

松山あき

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第六章 災害

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 勝の中にいた海鳴き様が消えた。
 それは五年前両親と共に還っていった愛のもとへ旅立ったのか、それとも消えてなくなったのか。
 説明を求めるように戸惑う視線だけを送る清一郎だが、勝も上手く言葉に出来ずそれ以上の言葉を紡げずにいた。

 沈黙が続くほどに郷の人間に動揺が広がっていく。すぐ近くにいる男が顔を青くさせて指先や膝を震わせだす。

「や、やっぱり……。俺たちが郷を出るから怒ってるんか?」

「もしかして、お見捨てになったんじゃ……。」

 嫌な憶測ばかりが皆を渦巻き、悲鳴のような声まで混じりだす。
 皆の動揺を鎮めたいが清一郎にも何が起きているか分からない以上どうしたら良いかわからず、広がる混乱に視線を右往左往させることしかできない。

「違う!」

 清一郎の腕の中で勝が叫んだ。ゆっくり立ち上がると、郷の住人と向き合いもう一度強い声で海鳴き様の心を代弁しようとする。

「違う。お前たちを見捨てたわけでも、お怒りになっているわけでもない。」

「な、なんでわかるんじゃ。」

「五年も隣にいたのだ。共に理不尽に怒り、飢えと病気で何人もの人間がこの世を去る姿も一緒に見てきた。……最後の心が温かなものであったことくらい、わかる。」

 心を共にし、同じものを見てきた海鳴き様を友のように語る様は妙に説得力がある。
 先程まで戸惑って迷子のように震えていた勝はもうおらず、大地を二本の足で踏みしめる勝の姿に抗おうとする人は誰もいなかった。

「愛しい子ども達の旅立ちに、海鳴き様は本当に神になられたのだろう。お前たちを見守るために私の身体から出て行かれたのだと思う。」

 ほうっと誰からともなく安心から息が漏れていく。
 今まで郷への恨みつらみで生きながらえてきた少年は、郷の破壊を見て新たな愛を得て神になった。

 清一郎もそれが本当のことのように思えて、皆と一緒に心を落ち着かせていく。

「勝、身体はもうええんか?担いでやろうか?」

「問題ない。お前も心配性が過ぎるな。」
 
 自然と隊列を戻していく住民たちを見て清一郎が声をかけると、勝はそう言って苦笑いした。
 その眼尻に涙が残っているように思えたが、周りには勝を心配してくれた者もいる。それに早く出発せねば日暮れに間に合わないと、渋々最後尾へと戻っていった。

 清一郎の心配とは裏腹に勝の先導はしっかりしたもので、夕日がさす頃には避難所でもある小学校が見えてくる。
 途中転んで擦り傷を作ってしまった者以外は誰も怪我することもなく無事の到着であった。
 
 和夫が先行していたこともあり、勝の父も町長もそこで待っていてくれた。
 電気も当然復旧しておらず、校庭では食事の炊き出しも始まっている。

「父様、無事に山合地区の住人を連れて参りました。」

「よくやった。……町長、避難民をよろしくお願いします。勝も清一郎くんも、家の離れに部屋を用意した。今日はひとまず休みなさい。」

 実家がある勝はともかく、清一郎は自分は家が流された他の皆と同じように小学校で休むとばかり思っていたので、その待遇に驚く。

 兄が別の場所に行くとわかると、弟と妹が清一郎に寄ってきた。

「あにぃ、どっか行ってしまうんか?」

「俺たちはどうしたらええんじゃ?」

 不安そうにこちらを見上げられれば、離れていた時間のせいもあって兄心が擽られてしまう。
 勝のことも当然心配ではあるので、清一郎もどちらの世話を焼くか心の天秤が激しく揺れ動く。

 その光景を見て、勝は一つため息をついてから清一郎の肩を叩いてきた。

「今日は弟妹といてやれ。」

「しかしお前さんも……。」

「今日だけだ。この子たちにも町に馴染むための時間が必要だ。」

 勝の言葉に二人は安心した様子を見せて清一郎の手を引こうとする。
「すまん。」と言い残して一度小学校に腰を落ち着けようとすると、勝が引き留められるように肩を強く引いてきて、独占欲をまとわせた夏の日差しのような瞳で清一郎を刺す。

「……今夜だけだ。明日には割り当てられた部屋に戻るんだぞ。」

 言外に勝の下に帰って来いと言われているように思えて、清一郎の耳が赤く染まる。
 言葉もなく頷けば、清一郎は弟妹に急かされるまま避難所へと向かっていった。

 郷の住民たちには体育館が与えられ、町の人間もちらほらいる一角を借りることになる。

 腹ごしらえを終えると、町の人間の中に弥七を見つけて清一郎は声をかける。

「弥七さん。」

「おお清一郎!戻ってきてたんか?」

 こんな状況でも弥七の声は体育館全体に響き渡るほど大きい。
 その声量に郷の皆も圧倒されていたが、弥七が正直過ぎる男だと理解できたのか、警戒の度合いは低いように思えた。

「はい。先ほど。弥七さんもここにおったんですね。」

「ああ。津波は何とかなったが、家が傾いちまって危ないからのう。」

 弥七は家族皆でこちらに身を寄せているようだった。
 海から少し離れた弥七の家は古い借家だったこともあってか揺れに弱かったらしい。
 聞くと柱が折れそうな箇所もあり、しばらくはこちらにいるのだという。

「そっちがおめえの家族か。」

「はい。清二郎、フミ、こっちに来て挨拶してくれんか。俺と仕事しとる弥七さんじゃ。」

 二人とも弥七の声にたじたじになりながらも、兄の前に出てそれぞれ会釈をして挨拶をする。

「フミです。」

「清二郎です。あにぃが世話になってます。」

「清一郎に似てきちんと挨拶ができる子たちじゃ。俺ァ、弥七。二人は家の子と歳も近そうじゃ。あとで連れてこよう。」

 そう言って弥七は嵐のように去っていった。
 家が大変なことになっている弥七には申し訳ないが、弥七のような知り合いが一緒に避難しているのは清一郎にとっては安心材料でもあった。

 夜になると進駐軍が持ってきてくれたという毛布に皆で包まって横になる。昨日まで炭をおこしたりして何とか夜の寒さを凌いでいた郷の人間にとっても安心出来ることだったようで、あちらこちらから寝息が聞こえてきた。

「あにぃ。」

「なんじゃ、清二郎。」

 皆に配慮してか、小さな声で弟が話しかけてきた。清一郎も疲れてはいたが目が冴えてしまっていて、寝返りを打って声が聞こえる方へと顔を向ける。

「沖の人間も、郷の者と変わらんな。」

「当然じゃ。皆血が通った普通の人間じゃ。」

 郷では悪いことをした子どもに「沖に連れ去られる」と言って叱る。清一郎もそのように育てられて、幼い頃は沖とはよく分からないが怖いところだと思い込んで生きてきた。

 昔は郷に悪さをした者もいたようだが、郷の人間の心に善悪があるのと同じで、沖の人間の心にもそういうものがあった。それだけの話なのだ。

「ええ人も多い。明日も皆を紹介するからのう。」

「あにぃ。……誤解して、悪かった。」

「ええ。あにぃがいきなりいなくなったのが悪い。お前はあの家の兄として、立派にやってたんじゃな。えらいぞ。」

 そう言って清一郎が頭を撫でてやると、照れやら気恥ずかしさもあってかそっぽを向くように背中を向けてしまう。
 もう十九の立派な男だ。仕方がないのかもしれないと寂しさを覚える清一郎だったが、どこから聞いていたのか、フミがくすくす笑う。

「にぃにぃは、あにぃがいなくなった頃、口ではあにぃのこと嫌いって言いながらいっつも家の裏で泣いとった。」

「フミ、いらんことは言わんでええ。」

「俺の言いつけを守ってたんじゃな。すまんかった。お前に苦労をかけて。」

 清一郎が別れ際に伝えたことを、律儀にも清二郎は守っていたらしい。
 そうと分かって負担をかけたのは申し訳ないと思いながら、やはり何度同じ状況になっても清一郎は同じ決断をするように感じた。

「ええ。家族も……勝、兄さんも守るにはあれしかなかったんじゃろう?」

 それだけ言って清二郎はもう何も言わなくなった。
 清一郎に起きた出来事を知ってもなお、辛かった日々は消えるわけではない。
 その重みが沈黙に宿っているような気がした。

 そうしてきょうだいとの夜は更けていった。明日からは町の復興もしなくてはいけない。
 そう思い目を瞑るとすぐに睡魔が襲ってきて、清一郎は五年ぶりに家族と川の字で眠った。
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