文系男子と理系女子の恋愛事情

桐生彩音

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第二巻

014 理系女子の初観劇(その5)

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「なんだ……?」
 ノワール公国まで歩いている道すがら、この近隣では見かけない者達を見かけたヤンジは、魔弾銃を抜いてから、近くの木の陰から様子を伺っていた。
 数は五人、装備一式が同型であるところを見ると、どこかの軍属だと分かる。しかし、全身白装束の部隊をようする国の心当たりは、ヤンジにはなかった。
「どこの国の連中だ……?」
 特に隠す様子はなく、彼らの会話がこちらにも聞こえてくる。それに耳を傾けながらも、銃身の引き金から指が離れることはない。
「どうやらあの国に向かっているようです」
「あの国……町の間違いじゃないのか?」
 国の規模で町と勘違いされる。それだけでヤンジは、散々通い慣れたノワール公国だとすぐに分かった。
「まあいい、とにかく急ぐぞ。あれを早く取り返さないと……」
 息を潜めていたこともあり、相手はヤンジに気づくことなく立ち去って行った。
「一体何なんだ……?」
 木の陰から出たヤンジは、魔弾銃を手放すことなく、先程の者達がいた地点へと移動した。そこに転がる魔獣の死骸を見つめてから、ノワール公国のある方に視線を向ける。
「何もなければいいが……」
 魔弾銃を仕舞うことなく、ヤンジは彼等とは別の、普段は避けている、本来ならば危険なルートを駆けて行った。



 魔獣達の死骸が転がる森の中を、ただ真っすぐに。



 ****************************************



「まさか、昔に使われた着ぐるみが、あんなところで役に立つとはな……」
「あれ、演劇部の肥やしになってましたよね。ああいう使い方もできるとは思いませんでした」
「俺も最初は思わなかった。先入観があるとそういう発想って、なかなか浮かばないよな」
 誰だかは覚えていないが、何代か前の小道具として使われていた着ぐるみをそのまま舞台の上に並べて、魔獣達の死骸を表現しようという話が出てきた。変なセットを追加するよりも手早く、かつ先輩方の遺産を修繕する理由ができたので反対はなかった。
 しかし、さすがに魔改造するするのも忍びないからと、使わない衣装を無理矢理着せて異形の獣らしくしているが。
「……とは言っても、一から作った方がリアルだって意見もあるんだろうけどな」
「それでも時間は有限ですからね」
「青春は短くはかないな……なあ」
「はい?」
 再び舞台上の配置転換で暗転する中、蒼葉はふと、升水に聞いてみたいことができていた。
「経験する中で子供ができたら、って考えたことないか?」
「さあ? 少なくとも私は避妊してますし……万が一できても、その時ばかりは太客パパから中絶費用貰いますから」
「そうだよな……普通は中絶するよな」
 それが正しいのかは、蒼葉にも分からない。
 ただ、育てられない生命いのちを事前に絶つのは、よくある話だ。
 昔は奇形児を殺すことも普通にあった。口減らしの一種で、出産前に流産させる例も歴史上存在する。道徳的に肯定することも否定することも難しいが、それでも手段はある。
 今時の医療技術ならば、中絶費用なんて十万円もあれば事足りる。昔の相場は分からないが、それでも古着売買ブルセラ援助交際えんこうなどで十分稼げたはずだ。古い手や一時の苦痛を伴う手段もいとわなければ、強引に堕胎する方法なんていくらでもある。
 たとえかけがえのないものだとしても、数字の上で見る命の価値は、百万円にも満たない。
「じゃあ、なんで……」
 何故紗季は稲穂を産み、そして捨てたのか。
 そして何故……今の今まで、行方を追っていたのか。
 疑問が尽きないまま、蒼葉は次の場面のために、音響機器の操作に意識を切り替えた。



 ****************************************



「『役割動作ロールプレイング』?」
「はい、この国は……いえ、この世界は不完全なんです」
 タオと名乗る女性は、抱えている本のページを捲ると、その一節を読み上げた。
「『『勇者』が『魔王』を討つ』、その言葉に心当たりは?」
「……似たような言葉なら」
『『王』は『勇者』に、『魔王』を討てと命じる』、フェイはタオにそう伝えた。しかし彼女は、その言葉を聞くと首を振って否定した。
「『勇者』と『魔王』は、恐らく私達の国と同じ状況だと思います。そして多分、王は……関係ありません」
「え!? いや、だってお父様は……」
「……恐らく、罪の意識の分散です」
 軍属の人間が上官の命令に絶対服従するように言い含めるのは、部隊全員の意識を統率して、身勝手な行動を律する意味がある。しかし他にも、敵とはいえ、たとえ同じ人間を殺したとしても『軍の命令だから』という免罪符を、自らの心に残す役割も含まれている。そうすることで多少とはいえ、人殺しの、罪の意識を軽減させる狙いもあるからだ。
 タオが話していることは、恐らくそれと同じだろう。王族の教育の一環として、軍の規律とその目的について学んではいたが、改めて言われたことで、フェイはようやく気づいた。
 ……自分は部外者だということに。
「王が命令することで、『勇者』は従うしかないと錯覚して、使命感という名の脅迫概念を抱くことになる。そして『魔王』を討とうとして、最後は……」
「……じゃあ、どうすればいいのよ?」
 フェイは強く、拳を握りしめた。
 前々から、ビングとヤンジから、距離を置かれている感覚があった。
 命令を下す立場である自分とは違い、直接争うことになる二人だからこそ、分かり合いながらも、意識が向いてしまうのだと思っていた。自分に構う余裕がないのだと、思っていた。しかし実際は違った。恐らくはもう、役割に支配され始めている。
 昨夜、ビングの乾いた笑顔の意味を、フェイはようやく気づくことができた。
「造物主に逆らうという手はありますが、おすすめはしません。国を滅ぼすことになるかもしれないから……私のように」
 ……彼女もまた、何かの役割を与えられたのだろう。
 それに抗った結果、ここまで逃げてくることになったのかもしれない。しかしこれ以上は、詳しく聞いても仕方がないだろう。
「すみませんが、少し休ませてください。その後、私はこの国を去ります。後はご随意に」
「……何から逃げているの?」
「造物主の、尖兵から……」
 追手の存在を聞いたからだろう。扉が開いた途端、フェイが床に差した剣を抜き、上段に振り下ろしたのは。
「危なっ!?」
 それをヤンジは、魔弾銃の銃床を用いて防いだ。銃身を盾にして防げなくもないが、これから向かってくるだろう者達に備えるためにも、余計なダメージは与えないに越したことはないと判断して。
「一体何があったんだよ……その女は?」
 銃を降ろすたヤンジは、そこに見慣れない女がいることに気が付いた。
 フェイは防がれた剣を再び床に差してもたれかかると、軽く顎をしゃくってから答えた。
「タオ、って言うんだって。造物主から逃げているんだってさ」
「そうか……」
 降ろされた銃口は、再びタオの方を向いた。
 フェイが剣を再び振り被ろうとするが、ヤンジに手で制されてしまう。タオは特に気にすることなく、その銃口を見つめていた。
「その造物主云々は知らねえが……こいつを追っかけているかもしれない連中が、この国に向かっているのを見かけた。このまま置いとくわけにはいかねえぞ?」
「もう、迫っているのですね……」
 ここで殺すのが正しいのかは、ヤンジにも判断できない。
 しかし、殺すにしても追い出すにしても、早く対処しないとノワール公国も巻き込まれかねない。そしてその影響は、ヤンジの国であるダークにも及ぶ可能性がある。
「どうする、フェイ?」
「ちょっと待って、」
 造物主の話は、フェイ自身もいまだに半信半疑だ。
 変に逆らえば国が滅びるのは、タオも断言している。殺すか無関係だと証明した上で追い出す必要が出てきた。しかし……
「ちょっと、考える時間を頂戴……」
 ……その二つしか、選択肢はないのか?
 剣の柄から手を離したフェイは、椅子に腰掛けると、重ねた掌の指を唇に当て、思考にふけり始めた。
「ふぅ……」
 ヤンジは銃口を降ろすと、そのまま仮眠室の壁にもたれかかった。
「いいんですか? 構えていなくて」
「とりあえず休憩だ。あんたも今のうちに休んでろ」
 どう転がるかは分からないが、殺す以外の手段だった時は、体力がものを言うだろう。
 魔弾銃から手を離さないまま、ヤンジは煙草を咥えて火を点けた。



 ****************************************



「さっきの話ですけど、」
「ああ」
 BGMをフェードアウトさせながら消していると、升水の方から声を掛けられた。
「中絶は普通じゃないですよ? じゃなかったら捨て子なんてなくなりませんし」
「……どういうことだ?」
「女は見栄の塊、って知ってますか?」
 蒼葉は頷いた。
 その話は稲穂からも聞いたことがある。
『自分をよく見せる装飾品(男含む)アイテムを片っ端から集めては自慢するを繰り返している俗物』
 と聞かされてからまだ半年も経っていないので、蒼葉の記憶にも鮮明に残っていた。
「男でもそうですけれど、中には世間体を気にする人もいるんですよ。そういう人は口の堅い産婦人科に依頼しますけど、その手の医者は軒並み高くて手を出せないんです。おまけに数自体も少ないですから、お金以前につながりがなくてそのまま、ってケースもありますし」
「つまり?」
「昔は知りませんけれど……」
 升水は照明を操作しながら、言葉を続けた。
「……世間に隠れて出産して、そのまま遺棄する理由は現代社会でもないわけじゃないんです」
 それを聞いた蒼葉は、ふと升水に問いかける。
「升水……お前本当に俺の一個下?」
「経験値の差ですよ」
 升水は髪を掻き上げてから、そう答えた。
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