文系男子と理系女子の恋愛事情

桐生彩音

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第二巻

025 理系女子の好物

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『…………You can't完全に buy時間 a secondの無駄 with moneyったわ.』



 紗季から稲穂の出生を聞き、その上で考えた結論は、よりにもよってそれだった。
 たしかに今まで生きてきた中で、普通の生活に憧れていた時期もある。片親でないのがうらやましく、血が繋がっていないのがねたましく、最後には『家族』という存在そのものがうとましく思えてきた。
 だから家を出た。関わりを最小限にし、社会に馴染まず、一人で生きていけるように。
 投資ファンドを立ち上げることだって、結局は逃げでしかない。
 実績を積めば、人は勝手に資金を出してくれる。利益を出してその分を返せば、誰にも文句を言わせない。余計な繋がりもなく、ただ金を受け取って返すだけ。はっきり言って、金融業と大差がない。
 人間なんてそんなものだ。余程の繋がりかお人好しでもない限り、損得勘定だけで動ける者などいるわけがない。
 自分を捨てた社会に背を向け、一人の力だけで生きていく。こちらから手を差し伸べることなどない。
 少なくとも、稲穂はそう思っていた。



 ……蒼葉に出会うまでは。



「どうあがいても、過去は変えられない。安い言葉だけど、それが真実よ。だから恨もうか恨まなかろうが、その過去を背負って生きていくしかない。そう考えたら……これ以上は『You can't buy a second with money.』だって思えちゃったのよ」
 別に紗季を許すわけではない。単にわずらわしいだけだ。
 誰だって変えられない過去の一つや二つは持っている。その結果として、今を生きているにぎない。
 だからはっきりと言えた。たとえ現状維持でしかなかろうと、これが稲穂自身の答えだと、堂々と宣言できる。
「あんたがどこでどうしようと知ったこっちゃないわ。私がしたくなったら復讐するかもしれないし、金をたかりたくなったら適当に訴えて慰謝料を請求する」
 そう、今までと変わらない。
 過去の精神的外傷トラウマで身体が言うことを聞かなくなっていたが、それも今では問題ない。その気になれば容赦なく拳を振るえる。
「……私はあんたを母親とは思わない。ただ私を産み捨てた赤の他人よ。だから……あんたが何を考えていようとどうでもいい・・・・・・
「…………」
 紗季を恨むか許すかは、今の稲穂にはどうでもよかった。
 ただ、蒼葉のように、生まれだけで縛られたくなかった。
 過去や生まれなんて気にせず、自分が後悔したくないという理由だけで行動できる。堂々と前を向いて歩いている蒼葉みたいに生きてみたい。今の稲穂は、そのことを考えるだけで精一杯だった。
「何が正しいのかなんて分からないまま立ち止まりたくない。……ただ、それだけよ」
「……………………そう」
 それ以上は、紗季には何も言えなかった。
 加害者がいくら償おうとも、それはただの自己満足でしかない。結局は被害者がどう受け取るか、たったそれだけなのだ。
 だから加害者紗季は、被害者稲穂の考えを受け入れるしかなかった。
 自分は母親だと思われていない。当然のことだ。いざとなれば金銭も命も差し出そう、受け持っている患者さえどうにかなるなら、今までの人生だってどぶに捨ててもいい。
 でも、稲穂はこうも言ってくれた。
『あんたが何を考えていようとどうでもいい』
 本人にその意思はなくとも、紗季はこう考えてしまった。
 ……『稲穂が自分の娘』だと、思ってもいいんだと。
 本人に言えば怒りそうだから言わないが、それでも稲穂は、紗季がそう思うこと自体を否定はしてこなかった。
 それが諦観ていかんか拒絶の意思がないからかは分からないが、それだけで、今の紗季には十分すぎた。
「私が言うのも都合が良すぎるけど……『患者を含め、他の人間は巻き込まない』。それだけは、お願いしてもいい?」
「別に」
 どちらともとれそうだが、紗季は肯定として受け取った。それにもし否定だとしても、稲穂の不始末を背負うのは紗季の仕事だ。どちらに転んでも、自分のすることに変わりはなかった。
「じゃあ、今日はどうする? ちょっと遅くなったけど……よければ一緒に、ご飯食べに行く? それとも金子さんに迎えに来てもらう?」
 ようやく再会できた娘と一緒にいたい。そう考えての発言だが、拒絶されても仕方がない。
 それでも、という気持ちでの質問だが、意外にも稲穂は、紗季の提案を受け入れていた。
「……回らない寿司」
 ぶっきらぼうだが、それが答えだと理解した紗季は、内心嬉しく思いながらこう返した。
「私の通いつけでいい?」



「今日は平和だな……」
「まあ、週末なんてそんなもんだよ。金があるならわざわざカツアゲして回らずに、そのまま遊んでるって」
 その日、船本は増尾と共に学校周辺の見回りをしていた。特に問題が見つからなかったので商店街近辺まで足を伸ばしたのだが、カツアゲどころか自校の生徒すら見かけなくなってきた。一人顔見知りを見かけたが、本人かどうかも判断がつかない内に姿を消したので、挨拶すらしていない。
「とりあえず、今日は解散でいいだろう。これ以上は俺達も補導されかねないし」
「おう、またな……そういえば圷嬢は?」
 ここ最近日課となっている見回りには、いつももう一人がついてきていた。
 しかし今日に限ってその姿はなく、増尾は船本と二人で見回りをしていたのだ。
「ああ、今日は用事があるんだと。そっちはこれから迎えに行くから、気にしなくていい」
 それを聞いて、そのまま家路に着く増尾の背中をながめながら、船本は盛大に溜息を吐いた。
(……指原に何を言われるやら)
 これから圷を迎えに行くことになったのだが、どちらかと言うと指原からの説教がメインになっている。
 いままでどういう話をしてきたのかは知らないが、二人が時折会談しているのは知っていた。クラの父親、立華たちばなゆかりの一件が落ち着いてからとなったので大分時間は開いたが、変に気を遣ったことに対して何を言われるかと思うと、途端に憂鬱になってくる。
「このまま帰ろうかな……」
 それはできないと理解しているので、船本は指原豆腐店に足を向けた。
「……ん?」
 しかし少し歩くと、前方から見慣れた顔が近づいてくるのが見えてきた。
 船本はとりあえず、手を上げて声を掛けた。
「よう黒桐、どうしたっ!?」
 蒼葉は船本の前に立ち止まると、勢いよくその肩を掴んできた。
「金子見なかったかっ!?」
「金子……?」
 何があったのかは分からないが、どうも探しているらしい。
 船本は心当たり・・・・があったので、そのまま蒼葉に伝えた。
「さっき、紗季先生がいつも通っている寿司屋に、一緒に入っていくのを見かけたが……」
「助かったっ!」
 そして手短に礼を言うと、蒼葉は船本を置いて走り出していった。
「何だったんだ……?」
 後で電話してみよう、と船本は今の出来事を一旦保留にして、圷達の元へと急いだ。



 稲穂との連絡が取れず、もしかしたら紗季の元へと向かっているかもしれないと、穂積は紗季のいる診療所へと向かっている。その間に周辺を探し回っていた蒼葉は、先程船本から聞いたことをすぐに伝えるために懐に手を伸ばした
『見つかったのかっ!?』
「紗季先生と一緒に寿司屋に入っていくのを見かけた、と聞きました!」
『入れ違いになったか。しかも寿司か、最悪だな……』
 走りながらアップルフォンを操作して穂積に連絡を入れる蒼葉。
 しかし最悪の意味が分からず、蒼葉は一度立ち止まって穂積の言葉を待った。
「金子さん、最悪って一体……」
『……無尽蔵なんだ』
「え?」
 一瞬、意味が分からずに問い返してしまう。
『あいつ……昔から何故か寿司だけは別腹、としか言えないレベルで食いまくるんだよ』
「あの……別に好物とかだからよく食べる、って話ですよね」
 しかし、穂積の解答は違った。
 そして穂積の話を聞き、蒼葉の脳裏に戦慄せんりつが走る。
『……十人前完食は当たり前、その上でまだお代わりとか要求してくるんだよ。別の物なら普段、その十分の一も食わないくせに』
「……嘘ですよね?」
『嘘じゃないから普段、あまり食べさせないようにしていたんだよ。回転寿司も、スーパーのパック寿司も嫌がるから』
 最早別次元の話だった。
 たしかに『好物なら何杯でもいける』なんてのはよくある話だが、それが現実にあるとは、蒼葉には思いもよらなかった。
『とにかく、どこの寿司屋か教えてくれないか? すぐ向かうから』
「あ、分かりました……」
 寿司屋の場所を手早く教えた後、蒼葉もアップルフォンを仕舞ってすぐに向かった。
 そして寿司屋の前で丁度鉢合わせた穂積との会話もそこそこに、暖簾のれんをくぐった二人が見たのは……



「あれ、親父? 黒桐もどうしたの?」
「あ、どうも金子さん。蒼葉君もよかったら食べる?」



 カウンターに並んで腰かけている稲穂と紗季が、寿司を食べている光景だった。……互いの反対側に同じ量・・・の寿司下駄げたを重ねた状態で。
「……宮永さん、いつもこれだけの食事量なのですか?」
「いえ、お寿司だけなんです。お恥ずかしい」
 口元を手で隠しながら、紗季は恥ずかしそうに否定した。
「先祖からというか、うちの家系、寿司に対してだけ、なぜか大食漢でして……それこそお金が許す限り食べ尽くしてしまうから、地元だともう、出禁になることもあって……」
「あ、はぁ……」
 穂積が紗季と話している間、蒼葉は稲穂の隣に移動し、小声で話しかけた。
「……で、決着ケリはついたのか?」
「今考えても『You can't buy a second with money.』だから保留。あんたも食べなさいよ。どうせこいつの金だし」
 本人がそれでいいならいいのか、と事情が呑み込めないまでも、納得することにした蒼葉だった。
 その目の前で、稲穂はさらに追加を板前に求めた。
「赤身の盛り合わせ、適当に。とりあえず五枚で」
「あ、私も同じのをお願いします。後ガリ追加で」
「こっちもガリ多めで」
 本人たちがどういう結論に至ったのかは聞いてみないと分からないが、それでも、これだけははっきりと言えた。
『…………やっぱり母娘おやこだ』
 意外と似た者同士だと思いながら、今は放っておこうと穂積は蒼葉の手を引き、近くのテーブル席に腰掛けた。
 適当に盛り合わせ(一人分)をつまみながら、蒼葉は二人をながめる。
(……ま、平和でなによりか)



 そして支払いは結局、金額がとんでもないことになったので、穂積と紗季の折半になりましたとさ。



 第二巻、完
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