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174 案件No.009_Treasure Hunt Tour(その12)
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「……せめて、ダーツかビリヤードにしてくれ」
アメリカでの卓球普及率は、そこまで高い方ではない。その為か、複合レジャー施設に連れてきたのまでは良かったが、睦月の提案は却下されしまった。
「空いてて人の目に付かなそうなのは……ダーツだな」
「それにしよう」
そう答えた火器取締局の職員ことジョン・チャップマンは、睦月と共に大人しくダーツのスペースへと入った。施設内の監視カメラは朔夜が掌握済み、背後には姫香が控えている。
睦月とチャップマンの銃器は全て姫香に預けたので、互いに丸腰の状態だ。質や量に過不足なく、対等な状態でなければ交渉は成り立たない。圧倒的な火力差による威嚇や、同調圧力による集団心理で行えるのは話し合いではなく、一方的な意見の押し付けである。争いを避ける為には、もっとも注意しなければならなかった。
無論、有事の際は姫香が銃を抜くことにはなるが……それは相手も同じだ。
「そちらの相棒も来たみたいだな……結構美人じゃないか」
「手を出すなよ。俺の婚約者だ」
「……人質が嫌なら、別の奴にしとけよ。現場慣れしてないのか?」
そう軽口を叩く睦月だが、内心ではむしろ、警戒心の方が高まっていた。姫香の目には、隣に立った婚約者の方がチャップマンよりも有能だと見えているらしい。
少なくとも……彼女が近付いてきた途端に、取り出したスマホを仕舞う位には。
「ダーツはやり慣れてないから、複雑なルールは苦手なんだ。単純な『COUNT-UP』で良いか?」
「『CRICKET』の方が好きなんだが……仕方ないな」
獲得した得点の差で勝敗を決める『COUNT-UP』に決めた二人は、それぞれダーツを手に取る。
「じゃあ……始めるか」
チャップマンの宣誓と共に、投げられたダーツが真っ直ぐに的へと向かっていく。得られたのは8点だが、その先端が命中したのは中心の外側のすぐ傍だった。
「良い腕してるな……」
「アメリカじゃ、普段からやってるからな」
今行っている『COUNT-UP』はダーツを三本投げて交代し、それを8回繰り返すルールのゲームだ。勝敗は全ての巡回が終わった後の合計で決まるが、チャップマンの方はそこそこ幸先が良く、的の中心近くで手堅く点数を稼いでいる。
「そう言うお前はどうなんだ?」
「どちらかと言えば、昔馴染みの方が得意な奴は多いんだけどな……」
別格であるガキ大将を除けば、一番は『傭兵』で、二番が『医者』といった具合だろうか。他にも得意そうな者は居たが……全員が手の内を晒しているわけではない。中には地元を出るまでの間、手を抜いて誤魔化している者が居ても不思議ではなかった。
――タンッ!
「……まあ、投げるのも別に、苦手じゃない」
それに、その後の人生の中で成長し、腕を磨いた場合もある。今の睦月が、まさにその手合いだった。
(まさか……『走り屋』時代の気晴らしが、こんなところで役に立つとはな)
根城にしていたビルの一室には、ダーツの台も設置されていた。仲間内でよく賭けをして巻き上げられていたこともあり、一人女々しく練習していた過去がある。普段から慣れ親しんでいる相手程ではないが……
「20点の3倍……いきなり抜かれたか」
……腕はまだ、落ちていなかった。
不安定だが一発の得点が大きい睦月に、低くても中心を狙って堅実に稼いでいるチャップマン。そこそこ良い勝負になりながら3巡目に入ったところで、相手の方からようやく口を開いてきた。
「そう言えば聞いてなかったな。お前……葉月朔夜とはどういう関係だ?」
「朔夜の弟分だよ。まあ、あんた等には……荻野秀吉の息子、って言った方が早いか?」
「……ああ、早いな」
チャップマンの声が少し低くなるものの、ダーツの狙いは未だに逸れることはない。その程度で揺れるような相手ではないと理解しつつも、睦月は気にすることなく、冷静に投擲した。
「ということは……例のお宝が何かは知っているんだな?」
「いや全然」
即答する睦月が最後のダーツを投げる中、チャップマンはガクンと肩を落としていた。
「俺が知っているのは宝の地図の存在と、それを親父達が調べようとする前に問題が起きて、話が流れたことだけだ。ただ……」
姫香達が見守る中、立ち位置を変える際に睦月は、チャップマンに告げる。
「その宝の正体が……俺の予想と外れていることを、願ってはいるけどな」
そこでようやく、睦月達の方から接触してきた理由を察したのだろう。
「火器取締局が調べ出したのも、それが理由なんだろ?」
チャップマンは投擲位置に立ったまま、ダーツを持っても構えようとはしなかった。
「…………もう、」
特に制限時間は設けていないので、的であるダーツマシンは何も反応しない。意図的な遅延行為だが、睦月の方は特に咎めることなく、チャップマンからの言葉を待った。
「もう半世紀、いやそれ以上に長い時が流れている。いまさらだと、俺も婚約者も思ってはいるんだ。だから、ここに来たのは上からの命令と、経費を使った旅行みたいなもんだと割り切っている……つもりだったんだけどな」
もし銃を取り上げていなければ、迷わず構えていただろう。今でこそ、ダーツの矛先が的から自分に向けられやしないかと、睦月は内心警戒している。
けれども……それは杞憂だった。
「お前、もしかして……」
むしろチャップマンは、別の可能性があるのではと睦月に対し、懐疑的な眼差しを向けてきた。
「自分の予想が外れていると、思える何かがあるのか?」
「……大した話じゃない。ほとんどが憶測以下の、希望的観測だ」
終戦間際、九州北西部、兵器の類で、さらに鹵獲した可能性も考えれば……宝の正体で思い付くのは一つしかない。だが睦月は、馬鹿馬鹿しいとばかりに肩を竦めてみせた。
「一応、従いはするかもしれないな。だけど……『運び屋』の先祖が大日本帝国に、まともな忠誠心を抱いていたとはどうしても思えないんだよ。おまけに、もし予想通りだとしても……そもそもの話、あんなものを一体誰が買うんだ?」
「……戦争を始めたがる馬鹿か屑だな」
「『運び屋』の先祖ならむしろ、そういう連中から金を持ち逃げするよ。多分、俺だって同じことをする。まともに相手してやる方が一番の馬鹿だ」
チャップマンの意見に肯定するものの、そんな連中と同類ではないと、睦月は馬鹿馬鹿し気に否定した。
国益や領土、民や文明の尊厳を守る手段の一つとして決断した結果ならまだしも……私欲を満たす為に戦争を始めようと考える者は、正真正銘の馬鹿か屑だと相場が決まっている。
目先の利益しか見えていない馬鹿はもちろんのこと、自分だけが得をすれば良く、未来の可能性すら絞り出して私腹を肥やそうとする屑等に、一体誰が従うのか。
精々、周囲が流されてしまうようなご立派なお題目を掲げているか……眼が眩む程の大金を積み上げるかしなければ、ついて行こうと考える人間等皆無に等しい。
憤怒や傲慢の下に闘争心を持つのが人間であるならば、ただ周りに流されて楽に、怠惰に生きたいと思うこともまた人間なのだ。わざわざ自分から、周囲を巻き込んで戦争しようなんて面倒な考えを持つこと自体、珍しさを通り越した愚行に過ぎない。
人類がそこまで愚かなのであれば、それ以前に社会そのものが成立していないはずだ。『平和』という言葉どころか概念そのものが、生まれなかったことだろう。
「だから、それにかこつけた別のお宝じゃないかと俺達は睨んでる。もしくは、何らかの偶然で本当に手に入れていたかもしれないが……とっくに先祖が売り払ったか、『邪魔だから』って捨てちまってたとしても、まったく不思議じゃない」
「……すでに空っぽの可能性もあると言いたいのか?」
「親父達ならむしろ、旅行感覚で探そうとしていてもおかしくないしな。見つけるのはそれこそ、二の次で」
そもそも、宝の存在自体が眉唾ものなのだ。祖父や曾祖父、もしくは他の親戚がすでに持ち去っている可能性もある以上、『あればラッキー』程度にしか考えていなかっただろう。
現に、睦月も朔夜から話を持ち込まれるまでは、その存在すら知らなかった程だ。
「じゃあ……お前たちは何故、九州へ来た?」
至極真っ当な疑問が、放たれたダーツと共に投げられてきた。
ダーツの先端は的の中心からギリギリ逸れているものの、チャップマンの言葉の芯は睦月へと、正確に突き刺さっている。
「仕事の依頼、って言えば早いんだろうけど……請けた理由は他にもある」
再び交代し、ダーツを構えた睦月は的を見据えたまま、若干の気紛れも込めてか、正直に吐露した。
「親父が今やろうとしていること……そのきっかけの手掛かりが、その宝の地図の場所にあるかもしれない。だから乗ったんだよ」
一本目は少し力が入り過ぎた為か、真下の3点枠内にギリギリ突き刺さる。
狙いが完全に逸れた、というよりは単に加減が半端だったらしく、2倍の枠より上に的中していた。
「……どういう意味だ?」
「どこから話せばいいのか……」
二本目のダーツは睦月の気持ちに、というよりも説明の仕方に悩んだ為か、狙いが横に逸れてしまっている。2点の枠で、的の中心と3倍の丁度中間に的中していた。
今のところ、外れてはいないものの……このままでは、チャップマンとの差は広がるだけだった。
「ある女について調べている。俺の母親かもしれない人間で、名前はおそらく『スミレ』。そして……ある国の拉致行為に巻き込まれて、死んだらしい」
「……暁連邦共和国か」
「そう。今、日本に来ている国際手配犯……『犯罪組織』の連中とも関係のある、な」
元々、暁連邦共和国と『犯罪組織』との繋がりについて疑ってはいた。それも今回、『武器商人』から購入した情報で、すでに確定している。
『商談に来た幹部と部下全員を皆殺しにして、死体を纏めて領空内にバラ撒いてやった』
その時は気付かなかったが、よくよく考えてみれば……『武器商人』との取引の際に矢面に立つとすれば、日本でいうところの防衛装備庁のような、専門部署の人間のはずだ。少なくとも、国の中枢とも呼べる幹部級が軽々しく、前へ出てくるような話ではない。取引相手が表社会でも名が通っているのであればまだ分かるが、本来出張るとすればそれこそ、将来の幹部候補が精々だろう。
ということは、その幹部は人手不足で仕方なく駆り出されたか……国家とは別組織の人間だと考えるのが自然である。そして今回、レジから購入した情報の中にも『犯罪組織=暁連邦共和国の非公開機関』だと明記されていた。現に奴等は、韓国と暁連邦共和国でしか使用されていない韓国語を、主に用いている。
そもそもの話、どの国が組織の背後にいるかは考えるまでもなかったのだ。これまで睦月が断定しなかったのも、単に証拠がなかったからに過ぎない。
「一部の諜報機関じゃ、公然の秘密らしいな。主要言語以外に表沙汰にできる確証がないだけで、本当は掴んでたんだろ?」
「……少なくとも、火器取締局が知ったのは『犯罪組織』に変わった頃だ」
睦月が得た情報に、チャップマンは静かに首肯した。
「アメリカにも拉致被害者は居る。だから火器取締局以外の組織が未だに調べているし……今回の国際手配犯の来日に対しても過敏になっている。結果、幸か不幸か、この件は俺達が専任となって受け持つことになっちまった」
「それも政治、ってやつか……おたく等も大変だな」
三投目は未だ投げられず、睦月の手元で燻っている。代わりに、ようやく本題を口にした。
「俺も葉月朔夜も、宝自体に興味はない。欲しいのは情報だけだ。もし兵器が残っているのなら、あんた等に全部任せても良い」
「……見返りは?」
美味い話には大抵、裏がある。そう簡単に信じて貰えないとは思っていたものの、睦月達としてはむしろ、保険的な意味で押し付けたいと考えていた。
「もし、想像通りの宝が残っていたなら……確実に処分してくれ。少なくとも、暁連邦共和国や『犯罪組織』の手に渡るのだけは、絶対に阻止して欲しい」
そこでチャップマンは、睦月達の要求について理解した。
「つまり……いざという時は『廃棄物処理を押し付けたい』って言いたいのか?」
「公的機関なんてものは、個人じゃどうにもならない問題を解決する為に存在してるんだろ? そういうのは専門家に任せる……さっ!」
変則的かつ不意を突くような速さで、三本目のダーツが放たれる。睦月が投げたそれは、的のど真ん中へと音を立てて突き刺さった。
「お前……最初から手を抜いてたのか?」
「まさか」
こっそりと過集中状態に入ったことをおくびにも出さず、睦月は顔を背けてすっとぼけた。
「最後にちょっと、本気を出しただけだよ。いざとなれば……炭鉱のカナリア程度には役に立つ、って証明する為にな」
まだ巡回は残っているはずだが、姫香の横に居るチャップマンの婚約者はもう、諦めたように肩を竦めてきた。
アメリカでの卓球普及率は、そこまで高い方ではない。その為か、複合レジャー施設に連れてきたのまでは良かったが、睦月の提案は却下されしまった。
「空いてて人の目に付かなそうなのは……ダーツだな」
「それにしよう」
そう答えた火器取締局の職員ことジョン・チャップマンは、睦月と共に大人しくダーツのスペースへと入った。施設内の監視カメラは朔夜が掌握済み、背後には姫香が控えている。
睦月とチャップマンの銃器は全て姫香に預けたので、互いに丸腰の状態だ。質や量に過不足なく、対等な状態でなければ交渉は成り立たない。圧倒的な火力差による威嚇や、同調圧力による集団心理で行えるのは話し合いではなく、一方的な意見の押し付けである。争いを避ける為には、もっとも注意しなければならなかった。
無論、有事の際は姫香が銃を抜くことにはなるが……それは相手も同じだ。
「そちらの相棒も来たみたいだな……結構美人じゃないか」
「手を出すなよ。俺の婚約者だ」
「……人質が嫌なら、別の奴にしとけよ。現場慣れしてないのか?」
そう軽口を叩く睦月だが、内心ではむしろ、警戒心の方が高まっていた。姫香の目には、隣に立った婚約者の方がチャップマンよりも有能だと見えているらしい。
少なくとも……彼女が近付いてきた途端に、取り出したスマホを仕舞う位には。
「ダーツはやり慣れてないから、複雑なルールは苦手なんだ。単純な『COUNT-UP』で良いか?」
「『CRICKET』の方が好きなんだが……仕方ないな」
獲得した得点の差で勝敗を決める『COUNT-UP』に決めた二人は、それぞれダーツを手に取る。
「じゃあ……始めるか」
チャップマンの宣誓と共に、投げられたダーツが真っ直ぐに的へと向かっていく。得られたのは8点だが、その先端が命中したのは中心の外側のすぐ傍だった。
「良い腕してるな……」
「アメリカじゃ、普段からやってるからな」
今行っている『COUNT-UP』はダーツを三本投げて交代し、それを8回繰り返すルールのゲームだ。勝敗は全ての巡回が終わった後の合計で決まるが、チャップマンの方はそこそこ幸先が良く、的の中心近くで手堅く点数を稼いでいる。
「そう言うお前はどうなんだ?」
「どちらかと言えば、昔馴染みの方が得意な奴は多いんだけどな……」
別格であるガキ大将を除けば、一番は『傭兵』で、二番が『医者』といった具合だろうか。他にも得意そうな者は居たが……全員が手の内を晒しているわけではない。中には地元を出るまでの間、手を抜いて誤魔化している者が居ても不思議ではなかった。
――タンッ!
「……まあ、投げるのも別に、苦手じゃない」
それに、その後の人生の中で成長し、腕を磨いた場合もある。今の睦月が、まさにその手合いだった。
(まさか……『走り屋』時代の気晴らしが、こんなところで役に立つとはな)
根城にしていたビルの一室には、ダーツの台も設置されていた。仲間内でよく賭けをして巻き上げられていたこともあり、一人女々しく練習していた過去がある。普段から慣れ親しんでいる相手程ではないが……
「20点の3倍……いきなり抜かれたか」
……腕はまだ、落ちていなかった。
不安定だが一発の得点が大きい睦月に、低くても中心を狙って堅実に稼いでいるチャップマン。そこそこ良い勝負になりながら3巡目に入ったところで、相手の方からようやく口を開いてきた。
「そう言えば聞いてなかったな。お前……葉月朔夜とはどういう関係だ?」
「朔夜の弟分だよ。まあ、あんた等には……荻野秀吉の息子、って言った方が早いか?」
「……ああ、早いな」
チャップマンの声が少し低くなるものの、ダーツの狙いは未だに逸れることはない。その程度で揺れるような相手ではないと理解しつつも、睦月は気にすることなく、冷静に投擲した。
「ということは……例のお宝が何かは知っているんだな?」
「いや全然」
即答する睦月が最後のダーツを投げる中、チャップマンはガクンと肩を落としていた。
「俺が知っているのは宝の地図の存在と、それを親父達が調べようとする前に問題が起きて、話が流れたことだけだ。ただ……」
姫香達が見守る中、立ち位置を変える際に睦月は、チャップマンに告げる。
「その宝の正体が……俺の予想と外れていることを、願ってはいるけどな」
そこでようやく、睦月達の方から接触してきた理由を察したのだろう。
「火器取締局が調べ出したのも、それが理由なんだろ?」
チャップマンは投擲位置に立ったまま、ダーツを持っても構えようとはしなかった。
「…………もう、」
特に制限時間は設けていないので、的であるダーツマシンは何も反応しない。意図的な遅延行為だが、睦月の方は特に咎めることなく、チャップマンからの言葉を待った。
「もう半世紀、いやそれ以上に長い時が流れている。いまさらだと、俺も婚約者も思ってはいるんだ。だから、ここに来たのは上からの命令と、経費を使った旅行みたいなもんだと割り切っている……つもりだったんだけどな」
もし銃を取り上げていなければ、迷わず構えていただろう。今でこそ、ダーツの矛先が的から自分に向けられやしないかと、睦月は内心警戒している。
けれども……それは杞憂だった。
「お前、もしかして……」
むしろチャップマンは、別の可能性があるのではと睦月に対し、懐疑的な眼差しを向けてきた。
「自分の予想が外れていると、思える何かがあるのか?」
「……大した話じゃない。ほとんどが憶測以下の、希望的観測だ」
終戦間際、九州北西部、兵器の類で、さらに鹵獲した可能性も考えれば……宝の正体で思い付くのは一つしかない。だが睦月は、馬鹿馬鹿しいとばかりに肩を竦めてみせた。
「一応、従いはするかもしれないな。だけど……『運び屋』の先祖が大日本帝国に、まともな忠誠心を抱いていたとはどうしても思えないんだよ。おまけに、もし予想通りだとしても……そもそもの話、あんなものを一体誰が買うんだ?」
「……戦争を始めたがる馬鹿か屑だな」
「『運び屋』の先祖ならむしろ、そういう連中から金を持ち逃げするよ。多分、俺だって同じことをする。まともに相手してやる方が一番の馬鹿だ」
チャップマンの意見に肯定するものの、そんな連中と同類ではないと、睦月は馬鹿馬鹿し気に否定した。
国益や領土、民や文明の尊厳を守る手段の一つとして決断した結果ならまだしも……私欲を満たす為に戦争を始めようと考える者は、正真正銘の馬鹿か屑だと相場が決まっている。
目先の利益しか見えていない馬鹿はもちろんのこと、自分だけが得をすれば良く、未来の可能性すら絞り出して私腹を肥やそうとする屑等に、一体誰が従うのか。
精々、周囲が流されてしまうようなご立派なお題目を掲げているか……眼が眩む程の大金を積み上げるかしなければ、ついて行こうと考える人間等皆無に等しい。
憤怒や傲慢の下に闘争心を持つのが人間であるならば、ただ周りに流されて楽に、怠惰に生きたいと思うこともまた人間なのだ。わざわざ自分から、周囲を巻き込んで戦争しようなんて面倒な考えを持つこと自体、珍しさを通り越した愚行に過ぎない。
人類がそこまで愚かなのであれば、それ以前に社会そのものが成立していないはずだ。『平和』という言葉どころか概念そのものが、生まれなかったことだろう。
「だから、それにかこつけた別のお宝じゃないかと俺達は睨んでる。もしくは、何らかの偶然で本当に手に入れていたかもしれないが……とっくに先祖が売り払ったか、『邪魔だから』って捨てちまってたとしても、まったく不思議じゃない」
「……すでに空っぽの可能性もあると言いたいのか?」
「親父達ならむしろ、旅行感覚で探そうとしていてもおかしくないしな。見つけるのはそれこそ、二の次で」
そもそも、宝の存在自体が眉唾ものなのだ。祖父や曾祖父、もしくは他の親戚がすでに持ち去っている可能性もある以上、『あればラッキー』程度にしか考えていなかっただろう。
現に、睦月も朔夜から話を持ち込まれるまでは、その存在すら知らなかった程だ。
「じゃあ……お前たちは何故、九州へ来た?」
至極真っ当な疑問が、放たれたダーツと共に投げられてきた。
ダーツの先端は的の中心からギリギリ逸れているものの、チャップマンの言葉の芯は睦月へと、正確に突き刺さっている。
「仕事の依頼、って言えば早いんだろうけど……請けた理由は他にもある」
再び交代し、ダーツを構えた睦月は的を見据えたまま、若干の気紛れも込めてか、正直に吐露した。
「親父が今やろうとしていること……そのきっかけの手掛かりが、その宝の地図の場所にあるかもしれない。だから乗ったんだよ」
一本目は少し力が入り過ぎた為か、真下の3点枠内にギリギリ突き刺さる。
狙いが完全に逸れた、というよりは単に加減が半端だったらしく、2倍の枠より上に的中していた。
「……どういう意味だ?」
「どこから話せばいいのか……」
二本目のダーツは睦月の気持ちに、というよりも説明の仕方に悩んだ為か、狙いが横に逸れてしまっている。2点の枠で、的の中心と3倍の丁度中間に的中していた。
今のところ、外れてはいないものの……このままでは、チャップマンとの差は広がるだけだった。
「ある女について調べている。俺の母親かもしれない人間で、名前はおそらく『スミレ』。そして……ある国の拉致行為に巻き込まれて、死んだらしい」
「……暁連邦共和国か」
「そう。今、日本に来ている国際手配犯……『犯罪組織』の連中とも関係のある、な」
元々、暁連邦共和国と『犯罪組織』との繋がりについて疑ってはいた。それも今回、『武器商人』から購入した情報で、すでに確定している。
『商談に来た幹部と部下全員を皆殺しにして、死体を纏めて領空内にバラ撒いてやった』
その時は気付かなかったが、よくよく考えてみれば……『武器商人』との取引の際に矢面に立つとすれば、日本でいうところの防衛装備庁のような、専門部署の人間のはずだ。少なくとも、国の中枢とも呼べる幹部級が軽々しく、前へ出てくるような話ではない。取引相手が表社会でも名が通っているのであればまだ分かるが、本来出張るとすればそれこそ、将来の幹部候補が精々だろう。
ということは、その幹部は人手不足で仕方なく駆り出されたか……国家とは別組織の人間だと考えるのが自然である。そして今回、レジから購入した情報の中にも『犯罪組織=暁連邦共和国の非公開機関』だと明記されていた。現に奴等は、韓国と暁連邦共和国でしか使用されていない韓国語を、主に用いている。
そもそもの話、どの国が組織の背後にいるかは考えるまでもなかったのだ。これまで睦月が断定しなかったのも、単に証拠がなかったからに過ぎない。
「一部の諜報機関じゃ、公然の秘密らしいな。主要言語以外に表沙汰にできる確証がないだけで、本当は掴んでたんだろ?」
「……少なくとも、火器取締局が知ったのは『犯罪組織』に変わった頃だ」
睦月が得た情報に、チャップマンは静かに首肯した。
「アメリカにも拉致被害者は居る。だから火器取締局以外の組織が未だに調べているし……今回の国際手配犯の来日に対しても過敏になっている。結果、幸か不幸か、この件は俺達が専任となって受け持つことになっちまった」
「それも政治、ってやつか……おたく等も大変だな」
三投目は未だ投げられず、睦月の手元で燻っている。代わりに、ようやく本題を口にした。
「俺も葉月朔夜も、宝自体に興味はない。欲しいのは情報だけだ。もし兵器が残っているのなら、あんた等に全部任せても良い」
「……見返りは?」
美味い話には大抵、裏がある。そう簡単に信じて貰えないとは思っていたものの、睦月達としてはむしろ、保険的な意味で押し付けたいと考えていた。
「もし、想像通りの宝が残っていたなら……確実に処分してくれ。少なくとも、暁連邦共和国や『犯罪組織』の手に渡るのだけは、絶対に阻止して欲しい」
そこでチャップマンは、睦月達の要求について理解した。
「つまり……いざという時は『廃棄物処理を押し付けたい』って言いたいのか?」
「公的機関なんてものは、個人じゃどうにもならない問題を解決する為に存在してるんだろ? そういうのは専門家に任せる……さっ!」
変則的かつ不意を突くような速さで、三本目のダーツが放たれる。睦月が投げたそれは、的のど真ん中へと音を立てて突き刺さった。
「お前……最初から手を抜いてたのか?」
「まさか」
こっそりと過集中状態に入ったことをおくびにも出さず、睦月は顔を背けてすっとぼけた。
「最後にちょっと、本気を出しただけだよ。いざとなれば……炭鉱のカナリア程度には役に立つ、って証明する為にな」
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