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173 案件No.009_Treasure Hunt Tour(その11)
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睦月と別れた朔夜は姫香と由希奈を連れ、九州北部の中央から公共交通機関で、東回りに情報収集していた。目的地の西側とは正反対になるものの、これで多少は目晦ましになるかという打算もある。
何より……朔夜には一度、訪れてみたい場所もあった。
「平和記念館……ですか?」
「九州の北側とはいえ、戦線近くだったからな。それに……この手の記念資料館は数こそ少ないが、全国に結構有るんだよ」
まだ学生である以上、末席を汚す身分とはいえ、朔夜もまた『考古学者』の端くれだ。だから時間ができれば自分の足で、時には睦月やその父親である秀吉に頼み、遠方にある資料館の展示を見に行くことが多かった。
旅行代わりになる上に趣味の延長みたいな部分もあるが……努力しなければ結局、才能の持ち腐れである。朔夜の場合はまさに、『蔵書数の少ない図書館を所有している』状態なのだ。どんな形であれ知識を吸収しなければ、書斎を空にした状態で放置しているに等しい。
「他の観光客に紛れて見学するか。念の為、外国籍の人間には気を付けてくれ」
「分かりました」
最寄り駅のロッカーに余分な荷物を預けると、最初に到着した平和記念館の中へと入っていく。由希奈は朔夜のお供みたいな形で傍に居るが、姫香だけは数歩距離を開けて、軽くだが周囲を警戒している。この場に睦月も居れば興味のない振り(?)をしてスマホも弄り出していたかもしれないが、さすがに今は我慢して、他の観光客に紛れていた。
「へぇ……」
展示内容は戦争という悲惨なものとはいえ、未知の物事にどこか感嘆した声を漏らす由希奈を尻目に、朔夜は展示物を一瞥しながら次々と、自らの『超記憶力』へと登録していく。
(今のところ、目新しい情報や目的のお宝に関連した物はない……か)
資料を介するのと実物を直視するのとでは感じ方は異なるものの、展示物は朔夜の持つ知識からは大きく乖離していない。その為か、あまり目新しさを感じないまま、平和記念館を一周してしまっていた。
「……あの、すみません朔夜さん」
「ん?」
売店で買い物をしてから平和記念館を出た朔夜達は、少し歩いた先のコンビニ前にある喫煙スペースへと移動していた。そこで煙草を咥えた途端、向かいに立った由希奈に話し掛けられた。
「ずっと気になってたんですけど……どんな手掛かりを探しているんですか?」
「ああ……そういえば、まだ話してなかったな」
そう言うと、朔夜は手に持っていた袋から、平和記念館内の売店で購入した物を取り出す。
「資料、集……?」
「そう。展示内容に関する資料だよ」
立ち読みできる場所ではなかった、ということもあるが、『超記憶力』による書店での万引きに近い行為を、朔夜は意図的に避けていた。犯罪に対する忌避からではなく、執筆から出版に至るまでの全ての人々に敬意を払った結果、読みたい書籍があれば買うか借りるように心掛けている。
もっとも、今回は別の意図もあって購入したのだが。
「正直言って、残されてた地図自体はそこまで難しい暗号の類じゃない。『考古学者』じゃなくても、歴史好きならちょっと頑張れば簡単に解ける。問題は……時間の流れの方だ」
軽くページを捲ると、朔夜は当時と(発行された時点で)一番新しい地図の比較が見開きになっている箇所を、由希奈に示しながら説明する。
「宝の在処を遺した時代と現代じゃ、地名がいくつも変わっている。局所的には噴火とかで、地形すら原形を留めていない程だ」
そう話してから、朔夜は由希奈の前から資料集を降ろした。
「だから、当時と現在の地図を比較した上で、場所を割り出さないとならないんだよ」
パラパラとページを捲り、全ての内容を記憶した朔夜は手に持っていた資料集を袋に戻すと、そのまま由希奈の前に突き出した。
「読みたきゃ、読んでていいぞ。どうせ地図代わりに、睦月にも見せる予定だし」
「あ、はい……ああ。そういうことですか!」
袋を受け取った後、思わずパン、と手を叩き出す由希奈に、朔夜は胡乱気な眼差しを向けて問い掛けた。
「……何がだ?」
「資料集を買った理由です。地図帳の代わりだったんですね」
カーナビやスマホの地図アプリ全盛の中、わざわざ紙の資料を購入するメリットは少ない。近年では学習や観光等、用途に応じて追加情報を記載しなければ、書店にすら並ばなくなってきている。
ましてや、由希奈には自分が『超記憶力』を持っていることは、まだ告げていない。睦月達が話している可能性もあるが、言葉通りに受け取っておけばいいかと、朔夜は一先ず肯定することにした。
「まあ……それも、あるな」
資料集を購入したのもその一環だと思う由希奈に、朔夜はページを捲る音から背を向けて、短くなった煙草を新しく咥えた物の先端に当てて火を移した。
(…………本当は、ただの趣味だって黙っておこう)
わざわざ記憶できるのに、物を手元に置いておく意味はない。ゆえに、『考古学者』としての関連資料を残しておくのは完全な趣味である。実際、購入した資料集もまた、行き着く果ては室内装飾だろう。
(まあ……付き合いが長くなるなら、その内話す機会はあるか)
こればかりは睦月次第なので、朔夜は由希奈への訂正を後回しにしようと、問題を脳の端へと追いやってしまう。
一方、睦月の方はあまり芳しい状況ではなかった。
(買えることは買えたが……どうしたものやら)
通話はすぐに終わった。というよりも、商品として用意できるかを確認する為、一旦切られてしまった。時間は掛かったものの、折り返された電話で情報が陳列棚に並んでいることを聞かされた睦月は言われるがまま、ネット振り込みで料金を支払った。
女性陣と合流するにはまだ時間があったので、先に送られてきた情報の中身を確認したのだが……どう取り繕おうとも、状況は予想以上に混濁していた。
(やっぱり、入国してる上に銃まで持ってたか……唯一の救いは、こっちを探っている組織が現状一つだけってところか?)
現在、公安警察が追っている指名手配犯はどうやら、国際手配される程の大物だったらしい。その為、残りの組織の目は完全にそちらへと向いてしまっている。つまり、組織間の連携はない上に、日本の為に活動範囲が制限されている状態だそうだ。
だが、逆を言えば……組織の人間の考え方ひとつで、無茶な行動をされかねないとも読める。
(好き勝手に行動される前に、こっちから手を打った方がいいかもな。本当、どうしたものやら……)
――コンコン
(……ん?)
車に戻り、運転席の背もたれを倒した状態で天井部分を眺めていると、小気味良いノックの音が聞こえてきた。何事かと顔を上げてみれば、窓の外側には制服姿の警察官が立っていた。出会った頃の京子と似た格好をしているので、おそらくは交通機動隊の人間だと睦月は察し、身体を起こして応対する。
「はい?」
窓を開けてから返事をする睦月に、その警察官は警察手帳片手に話し掛けてきた。
「すみません。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「大丈夫ですけど……何かありましたか?」
「いえ……近くで『不審者が出た』と通報がありましたので、念の為皆さんに聞いて回ってるんです。いくつか確認させていただければ大丈夫ですので、気を楽にして下さい」
(近くで、皆さんに。ねぇ……)
少しだけ目を細めて視線を巡らせた後、睦月はドアを開けて車から降りた。
「では、免許証の提示をお願いします」
「ちょっと待ってて下さい……どうぞ」
「お借りします」
手帳を仕舞った手で、睦月から免許証を受け取った警察官は記載内容を一瞥し、小さく喉を鳴らしてきた。
「すごい項目数ですね……ご職業は?」
「個人経営の運送業です。免許は仕事の都合で取りました」
返された免許を受け取る睦月に、警察官は別の質問をぶつけてくる。
「お住まいからは離れてるようですが……仕事でこちらまで、来られたのですか?」
「半分は、そんなところです。今は休憩も兼ねて別行動していますけど、身内に近い間柄の知人に、旅行中の運転手を任されまして……」
「なるほど、そうですか……ご協力感謝します。それでは、お気をつけて」
それだけ聞くと、警察官は睦月に敬礼をした後、背を向けて自らの白バイの方へと歩いて行った。
どうやら、少し離れた所に自身の白バイを停めていたらしい。その上、まばらだが下山してきた登山客が車に乗り出していたのでエンジン音が混ざり、近付いて来たことに気付かなかったようだ。
(ここも、そろそろまずいか……)
もう休憩は済んだので、先程の警察官が走り去ったのを確認してから、睦月も車に乗り込んでエンジンを掛けた。
(……向こうもやっぱり、『情報屋』を使ってきたか)
とにかくまずは場所を移そうと、睦月は適当に車を駆った。
警察に通報したのはおそらく尾行者で、不審者の風貌もこちらに寄せて説明していたに違いない。だから他の登山客達は物珍しげに、睦月だけが職務質問を受けている様子を遠目に見物していたのだろう。自分達も受けていたのならば足を止めず、面倒事を避ける為にさっさと引き上げていたはずだ。
少なくとも、睦月はそう考えていた。
「悪い。俺は尾行者の相手をしなきゃいけないから、朔達は先に旅館行っててくれないか? 事情はメール(ボックス)に残しておいたから、後で確認してくれ」
『了解。どうする気だ?』
「そこなんだよなぁ……」
もう拓けた場所に居る理由もないので、都市部の人口密集地にあるコンビニの駐車場に車を停めた睦月は、購入した缶コーヒー片手にその近くでしゃがみ込んでいた。
「ただ、ちょっと思い付いた手もあるんだが……結構賭けだぞ? 乗るか?」
『いまさらだろ。それもメールに書いたのか?』
「一応な。まあ、嫌なら別にいい。適当に煙にでも巻くさ」
そう返したものの、朔夜の性格を知っている睦月にはもう答えが分かっているので、そのまま静かに、缶コーヒーを飲み干しながら待った。
『…………乗った。面倒事はさっさと片付けるぞ』
分かり切っていた答えを聞いただけなのに、睦月にはむしろ頼もしさが募り、思わず口元を歪めてしまう。
「了解、姉貴」
それだけ言い残すと、睦月はスマホの通話を切った。
日も暮れた旅館の駐車場に、一人の男が現れた。
(たしか……あった。これか?)
警察官の大半が国際的な大物犯罪者を追っている為に、職務質問程度の牽制しかできなかったが……男にとっては十分過ぎた。
(大半が引っ込んでるか出払ってて、実力不足な『情報屋』しか雇えなかったが……車のナンバーを照会できた点だけは良かったな)
遠目に盗み見た免許証は正真正銘の本物か、個人を特定されない為に番号だけ誤魔化した偽造だろうが……それよりも手っ取り早く確認できる手段を放置しておく程、自分は無能ではないつもりだった。
(登録情報なしのナンバープレート……乗り換えた車を調べて追い駆けてきたが、やっぱり当たりだったな)
近年では駐車した車のナンバープレートを読み取り、自動で入出庫を確認するシステムが導入されるようになってきた。そのおかげで駐車券による管理も不要となるばかりか、不正利用の防止や防犯対策にも繋がっている。
けれども、それは逆に言えば……システムの入出庫記録さえ覗ければ、どこに居ても目的の車を探せるということだ。
(偽造の上手さが仇となったな。まあ、下手だと不正利用に引っ掛かるから、かえって避けられてたか)
とはいえ、カメラの配置も万全ではない。向こうも有事の際に動けるよう警戒してか、あえて監視の目を掻い潜れる位置に停めてある。後はその隙をついて物色、最悪発信機や盗聴器を仕掛けて消えればいいだけだ。
場合によっては車上荒らしに見せかける必要があるので、掛けられる時間は少ない。けれども、少しでも結果を残せれば十分だ。
(そもそも、本当なら調べる必要すらない面倒事だしな……さっさと片付けて帰るか)
むしろ車上荒らし後の、監視カメラの映像を改竄する手間の方が面倒だと、男は考えていた。
「……はい、お疲れさん」
そう英語で話し掛けられ……後頭部に銃口を突き付けられるまでは。
(思ったより、早く来てくれて助かったよ。気配消して隠れるのも、結構疲れるんだよな……)
日本ではまだ、ナンバー読み取り式の駐車場は少ない。今日泊まる予定の旅館も、偶々四人部屋のキャンセルが出たからそこにしただけで、最悪適当なコインパーキングを囮に使おうかとも考えていた。
だが、せっかくチケットレスの駐車場がある旅館に宿泊できるのだ。ナンバープレートの餌をぶら下げて罠が張れるのであれば、尾行者相手に利用しない手はない。
睦月は自動拳銃の銃口を相手の後頭部に当てたまま、英語で話し掛けながら気を逸らしつつ、身体を物色して回った。
「本当は念の為、ここの旅館も囮にしようかとも思ったんだけどな……また部屋が取れなかったんだよ。おたくら、裏で手を回してないよな?」
下手に動けば撃たれると判断してか、男は手すら宙に浮かせたまま、睦月のされるがままになっていた。後頭部の銃口だけでなく、視界の端に映っているだろうL・A・M(に見せかけた、朔夜のレーザーポインター)の発光源を確認した上で大人しくしててくれるならば、ありがたいことこの上ない。
「ええと、軍放出品の自動拳銃に……よし、身分証。やっぱり火器取締局の人間か」
他に動いているだろう、連邦捜査局と米国国家安全保障局は目下、国際手配犯と追い駆けっこしているはずだ。ただでさえ来日できる人数が限られている上に、偶々『運び屋』が動いただけで調査せざるを得なくなっただけの宝の地図。どちらを優先するか等、自明の理だ。
だとすれば、火器を中心に取り扱う火器取締局が尾行者の正体だろうことは、容易に想像できた。
「……質問してもいいか?」
「スマホや無線、盗聴器の類は全部妨害してある。それでも良ければ」
事前に姫香達を旅館に向かわせ、自分はナンバープレートを換えないまま遠回りして来たのはこの為だ。
先に朔夜に駐車場のシステムを掌握させ、監視カメラそのものを無効化した上で車の近くに隠れていた睦月や、先に手頃な狙撃地点を探し当てていた姫香が待ち伏せし、尾行者を捕まえる。依頼人の護衛が由希奈だけになるのは難点だが、勝ちの目が高い賭けだと踏んだからこそ、全員が乗ったのだ。
「俺をどうする気だ?」
「そうだな。待ってる間に色々と考えたんだが……」
身分証だけ返すと、睦月は払い下げの自動拳銃を自身のホルスターに仕舞い、本来納められていたはずの自動拳銃を弄びながら提案した。
「卓球でもどうだ?」
「…………は?」
唐突な提案に惚けてしまったのか、身分証には『John・Chapman』と記載されていた男は思わず振り返ってきた。しかし、夜目の利く姫香が引き金を引く様子は一切ない。だから睦月は気にせず銃口を外すと、旅館近くに見つけた複合レジャー施設の方を指差した。
何より……朔夜には一度、訪れてみたい場所もあった。
「平和記念館……ですか?」
「九州の北側とはいえ、戦線近くだったからな。それに……この手の記念資料館は数こそ少ないが、全国に結構有るんだよ」
まだ学生である以上、末席を汚す身分とはいえ、朔夜もまた『考古学者』の端くれだ。だから時間ができれば自分の足で、時には睦月やその父親である秀吉に頼み、遠方にある資料館の展示を見に行くことが多かった。
旅行代わりになる上に趣味の延長みたいな部分もあるが……努力しなければ結局、才能の持ち腐れである。朔夜の場合はまさに、『蔵書数の少ない図書館を所有している』状態なのだ。どんな形であれ知識を吸収しなければ、書斎を空にした状態で放置しているに等しい。
「他の観光客に紛れて見学するか。念の為、外国籍の人間には気を付けてくれ」
「分かりました」
最寄り駅のロッカーに余分な荷物を預けると、最初に到着した平和記念館の中へと入っていく。由希奈は朔夜のお供みたいな形で傍に居るが、姫香だけは数歩距離を開けて、軽くだが周囲を警戒している。この場に睦月も居れば興味のない振り(?)をしてスマホも弄り出していたかもしれないが、さすがに今は我慢して、他の観光客に紛れていた。
「へぇ……」
展示内容は戦争という悲惨なものとはいえ、未知の物事にどこか感嘆した声を漏らす由希奈を尻目に、朔夜は展示物を一瞥しながら次々と、自らの『超記憶力』へと登録していく。
(今のところ、目新しい情報や目的のお宝に関連した物はない……か)
資料を介するのと実物を直視するのとでは感じ方は異なるものの、展示物は朔夜の持つ知識からは大きく乖離していない。その為か、あまり目新しさを感じないまま、平和記念館を一周してしまっていた。
「……あの、すみません朔夜さん」
「ん?」
売店で買い物をしてから平和記念館を出た朔夜達は、少し歩いた先のコンビニ前にある喫煙スペースへと移動していた。そこで煙草を咥えた途端、向かいに立った由希奈に話し掛けられた。
「ずっと気になってたんですけど……どんな手掛かりを探しているんですか?」
「ああ……そういえば、まだ話してなかったな」
そう言うと、朔夜は手に持っていた袋から、平和記念館内の売店で購入した物を取り出す。
「資料、集……?」
「そう。展示内容に関する資料だよ」
立ち読みできる場所ではなかった、ということもあるが、『超記憶力』による書店での万引きに近い行為を、朔夜は意図的に避けていた。犯罪に対する忌避からではなく、執筆から出版に至るまでの全ての人々に敬意を払った結果、読みたい書籍があれば買うか借りるように心掛けている。
もっとも、今回は別の意図もあって購入したのだが。
「正直言って、残されてた地図自体はそこまで難しい暗号の類じゃない。『考古学者』じゃなくても、歴史好きならちょっと頑張れば簡単に解ける。問題は……時間の流れの方だ」
軽くページを捲ると、朔夜は当時と(発行された時点で)一番新しい地図の比較が見開きになっている箇所を、由希奈に示しながら説明する。
「宝の在処を遺した時代と現代じゃ、地名がいくつも変わっている。局所的には噴火とかで、地形すら原形を留めていない程だ」
そう話してから、朔夜は由希奈の前から資料集を降ろした。
「だから、当時と現在の地図を比較した上で、場所を割り出さないとならないんだよ」
パラパラとページを捲り、全ての内容を記憶した朔夜は手に持っていた資料集を袋に戻すと、そのまま由希奈の前に突き出した。
「読みたきゃ、読んでていいぞ。どうせ地図代わりに、睦月にも見せる予定だし」
「あ、はい……ああ。そういうことですか!」
袋を受け取った後、思わずパン、と手を叩き出す由希奈に、朔夜は胡乱気な眼差しを向けて問い掛けた。
「……何がだ?」
「資料集を買った理由です。地図帳の代わりだったんですね」
カーナビやスマホの地図アプリ全盛の中、わざわざ紙の資料を購入するメリットは少ない。近年では学習や観光等、用途に応じて追加情報を記載しなければ、書店にすら並ばなくなってきている。
ましてや、由希奈には自分が『超記憶力』を持っていることは、まだ告げていない。睦月達が話している可能性もあるが、言葉通りに受け取っておけばいいかと、朔夜は一先ず肯定することにした。
「まあ……それも、あるな」
資料集を購入したのもその一環だと思う由希奈に、朔夜はページを捲る音から背を向けて、短くなった煙草を新しく咥えた物の先端に当てて火を移した。
(…………本当は、ただの趣味だって黙っておこう)
わざわざ記憶できるのに、物を手元に置いておく意味はない。ゆえに、『考古学者』としての関連資料を残しておくのは完全な趣味である。実際、購入した資料集もまた、行き着く果ては室内装飾だろう。
(まあ……付き合いが長くなるなら、その内話す機会はあるか)
こればかりは睦月次第なので、朔夜は由希奈への訂正を後回しにしようと、問題を脳の端へと追いやってしまう。
一方、睦月の方はあまり芳しい状況ではなかった。
(買えることは買えたが……どうしたものやら)
通話はすぐに終わった。というよりも、商品として用意できるかを確認する為、一旦切られてしまった。時間は掛かったものの、折り返された電話で情報が陳列棚に並んでいることを聞かされた睦月は言われるがまま、ネット振り込みで料金を支払った。
女性陣と合流するにはまだ時間があったので、先に送られてきた情報の中身を確認したのだが……どう取り繕おうとも、状況は予想以上に混濁していた。
(やっぱり、入国してる上に銃まで持ってたか……唯一の救いは、こっちを探っている組織が現状一つだけってところか?)
現在、公安警察が追っている指名手配犯はどうやら、国際手配される程の大物だったらしい。その為、残りの組織の目は完全にそちらへと向いてしまっている。つまり、組織間の連携はない上に、日本の為に活動範囲が制限されている状態だそうだ。
だが、逆を言えば……組織の人間の考え方ひとつで、無茶な行動をされかねないとも読める。
(好き勝手に行動される前に、こっちから手を打った方がいいかもな。本当、どうしたものやら……)
――コンコン
(……ん?)
車に戻り、運転席の背もたれを倒した状態で天井部分を眺めていると、小気味良いノックの音が聞こえてきた。何事かと顔を上げてみれば、窓の外側には制服姿の警察官が立っていた。出会った頃の京子と似た格好をしているので、おそらくは交通機動隊の人間だと睦月は察し、身体を起こして応対する。
「はい?」
窓を開けてから返事をする睦月に、その警察官は警察手帳片手に話し掛けてきた。
「すみません。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「大丈夫ですけど……何かありましたか?」
「いえ……近くで『不審者が出た』と通報がありましたので、念の為皆さんに聞いて回ってるんです。いくつか確認させていただければ大丈夫ですので、気を楽にして下さい」
(近くで、皆さんに。ねぇ……)
少しだけ目を細めて視線を巡らせた後、睦月はドアを開けて車から降りた。
「では、免許証の提示をお願いします」
「ちょっと待ってて下さい……どうぞ」
「お借りします」
手帳を仕舞った手で、睦月から免許証を受け取った警察官は記載内容を一瞥し、小さく喉を鳴らしてきた。
「すごい項目数ですね……ご職業は?」
「個人経営の運送業です。免許は仕事の都合で取りました」
返された免許を受け取る睦月に、警察官は別の質問をぶつけてくる。
「お住まいからは離れてるようですが……仕事でこちらまで、来られたのですか?」
「半分は、そんなところです。今は休憩も兼ねて別行動していますけど、身内に近い間柄の知人に、旅行中の運転手を任されまして……」
「なるほど、そうですか……ご協力感謝します。それでは、お気をつけて」
それだけ聞くと、警察官は睦月に敬礼をした後、背を向けて自らの白バイの方へと歩いて行った。
どうやら、少し離れた所に自身の白バイを停めていたらしい。その上、まばらだが下山してきた登山客が車に乗り出していたのでエンジン音が混ざり、近付いて来たことに気付かなかったようだ。
(ここも、そろそろまずいか……)
もう休憩は済んだので、先程の警察官が走り去ったのを確認してから、睦月も車に乗り込んでエンジンを掛けた。
(……向こうもやっぱり、『情報屋』を使ってきたか)
とにかくまずは場所を移そうと、睦月は適当に車を駆った。
警察に通報したのはおそらく尾行者で、不審者の風貌もこちらに寄せて説明していたに違いない。だから他の登山客達は物珍しげに、睦月だけが職務質問を受けている様子を遠目に見物していたのだろう。自分達も受けていたのならば足を止めず、面倒事を避ける為にさっさと引き上げていたはずだ。
少なくとも、睦月はそう考えていた。
「悪い。俺は尾行者の相手をしなきゃいけないから、朔達は先に旅館行っててくれないか? 事情はメール(ボックス)に残しておいたから、後で確認してくれ」
『了解。どうする気だ?』
「そこなんだよなぁ……」
もう拓けた場所に居る理由もないので、都市部の人口密集地にあるコンビニの駐車場に車を停めた睦月は、購入した缶コーヒー片手にその近くでしゃがみ込んでいた。
「ただ、ちょっと思い付いた手もあるんだが……結構賭けだぞ? 乗るか?」
『いまさらだろ。それもメールに書いたのか?』
「一応な。まあ、嫌なら別にいい。適当に煙にでも巻くさ」
そう返したものの、朔夜の性格を知っている睦月にはもう答えが分かっているので、そのまま静かに、缶コーヒーを飲み干しながら待った。
『…………乗った。面倒事はさっさと片付けるぞ』
分かり切っていた答えを聞いただけなのに、睦月にはむしろ頼もしさが募り、思わず口元を歪めてしまう。
「了解、姉貴」
それだけ言い残すと、睦月はスマホの通話を切った。
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(たしか……あった。これか?)
警察官の大半が国際的な大物犯罪者を追っている為に、職務質問程度の牽制しかできなかったが……男にとっては十分過ぎた。
(大半が引っ込んでるか出払ってて、実力不足な『情報屋』しか雇えなかったが……車のナンバーを照会できた点だけは良かったな)
遠目に盗み見た免許証は正真正銘の本物か、個人を特定されない為に番号だけ誤魔化した偽造だろうが……それよりも手っ取り早く確認できる手段を放置しておく程、自分は無能ではないつもりだった。
(登録情報なしのナンバープレート……乗り換えた車を調べて追い駆けてきたが、やっぱり当たりだったな)
近年では駐車した車のナンバープレートを読み取り、自動で入出庫を確認するシステムが導入されるようになってきた。そのおかげで駐車券による管理も不要となるばかりか、不正利用の防止や防犯対策にも繋がっている。
けれども、それは逆に言えば……システムの入出庫記録さえ覗ければ、どこに居ても目的の車を探せるということだ。
(偽造の上手さが仇となったな。まあ、下手だと不正利用に引っ掛かるから、かえって避けられてたか)
とはいえ、カメラの配置も万全ではない。向こうも有事の際に動けるよう警戒してか、あえて監視の目を掻い潜れる位置に停めてある。後はその隙をついて物色、最悪発信機や盗聴器を仕掛けて消えればいいだけだ。
場合によっては車上荒らしに見せかける必要があるので、掛けられる時間は少ない。けれども、少しでも結果を残せれば十分だ。
(そもそも、本当なら調べる必要すらない面倒事だしな……さっさと片付けて帰るか)
むしろ車上荒らし後の、監視カメラの映像を改竄する手間の方が面倒だと、男は考えていた。
「……はい、お疲れさん」
そう英語で話し掛けられ……後頭部に銃口を突き付けられるまでは。
(思ったより、早く来てくれて助かったよ。気配消して隠れるのも、結構疲れるんだよな……)
日本ではまだ、ナンバー読み取り式の駐車場は少ない。今日泊まる予定の旅館も、偶々四人部屋のキャンセルが出たからそこにしただけで、最悪適当なコインパーキングを囮に使おうかとも考えていた。
だが、せっかくチケットレスの駐車場がある旅館に宿泊できるのだ。ナンバープレートの餌をぶら下げて罠が張れるのであれば、尾行者相手に利用しない手はない。
睦月は自動拳銃の銃口を相手の後頭部に当てたまま、英語で話し掛けながら気を逸らしつつ、身体を物色して回った。
「本当は念の為、ここの旅館も囮にしようかとも思ったんだけどな……また部屋が取れなかったんだよ。おたくら、裏で手を回してないよな?」
下手に動けば撃たれると判断してか、男は手すら宙に浮かせたまま、睦月のされるがままになっていた。後頭部の銃口だけでなく、視界の端に映っているだろうL・A・M(に見せかけた、朔夜のレーザーポインター)の発光源を確認した上で大人しくしててくれるならば、ありがたいことこの上ない。
「ええと、軍放出品の自動拳銃に……よし、身分証。やっぱり火器取締局の人間か」
他に動いているだろう、連邦捜査局と米国国家安全保障局は目下、国際手配犯と追い駆けっこしているはずだ。ただでさえ来日できる人数が限られている上に、偶々『運び屋』が動いただけで調査せざるを得なくなっただけの宝の地図。どちらを優先するか等、自明の理だ。
だとすれば、火器を中心に取り扱う火器取締局が尾行者の正体だろうことは、容易に想像できた。
「……質問してもいいか?」
「スマホや無線、盗聴器の類は全部妨害してある。それでも良ければ」
事前に姫香達を旅館に向かわせ、自分はナンバープレートを換えないまま遠回りして来たのはこの為だ。
先に朔夜に駐車場のシステムを掌握させ、監視カメラそのものを無効化した上で車の近くに隠れていた睦月や、先に手頃な狙撃地点を探し当てていた姫香が待ち伏せし、尾行者を捕まえる。依頼人の護衛が由希奈だけになるのは難点だが、勝ちの目が高い賭けだと踏んだからこそ、全員が乗ったのだ。
「俺をどうする気だ?」
「そうだな。待ってる間に色々と考えたんだが……」
身分証だけ返すと、睦月は払い下げの自動拳銃を自身のホルスターに仕舞い、本来納められていたはずの自動拳銃を弄びながら提案した。
「卓球でもどうだ?」
「…………は?」
唐突な提案に惚けてしまったのか、身分証には『John・Chapman』と記載されていた男は思わず振り返ってきた。しかし、夜目の利く姫香が引き金を引く様子は一切ない。だから睦月は気にせず銃口を外すと、旅館近くに見つけた複合レジャー施設の方を指差した。
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★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
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のぞみ
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