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172 案件No.009_Treasure Hunt Tour(その10)
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旅行二日目。朝食を済ませて早々に旅館を後にした睦月達は、本州の最西端へと急いだ。そして早めの昼食に姫香が(一日目で)予約した、ふぐの老舗料亭にて舌鼓を打っていた時のことである。
「……え? 九州との連絡船って、車載せられないのか?」
「はい。姉から聞いたんですけど……主要都市の港か、四国周りじゃないと駄目みたいです」
「本気か~……」
ふぐ刺しを口に含み、飲み込んだ朔夜はどこか悩まし気に眉を顰めていた。
「どうかしたのか? どうせ船に乗らないから、関係ないだろ」
本州から九州に渡る手段はいくつかあるが、車も含めて向かう方法は主に三つ。
本州、九州間に跨って設置された橋を渡るか、海底に掘られたトンネルの中を通る。そして、フェリーに乗るかの三つだが……最後の手段は必ずしも、車も一緒に運べるとは限らない。
車の積載可能な大型船の場合、小回りが利かないことが多いので、本州沿いに大回りするしかないからだ。だから本州、九州間で最短の船旅は、小型の連絡船に限られてしまう。
「最初から、トンネルか橋を通るって決めてたよな。何かあったのか?」
「そっちはいいんだよ。こっちが移動する分にはな。問題なのは……尾行してきた連中に、船便を使われた場合だ」
予定に入っていない旅程まで確認しだした朔夜に、睦月はふぐちり鍋をつつきながら首を傾げた。
「車のナンバーでも覚えてたのか?」
「……観光客に紛れられたら厄介だな、って思っただけだよ」
そう朔夜が呟くのも、無理はない。
日本人は黄色人種が多く、逆に外国人のような別の肌色や顔付き、体格ではかえって目立つことになる。その外国籍の人間が、国内で運転している時点で気付かない者等、視界に入らない限りまず居ないだろう。
しかし、そんな外国人達が日本国内で目立たないように活動できる簡単な方法が、一つだけある。
…………観光客を装うことだ。
「最悪、自動取締装置のカメラで目星を付けようかと思ってたんだけどな……公共交通機関使ってる外国人観光客なんて、この時期に一体何人居るんだよ?」
同じ日本人ではお手上げだっただろうが、アメリカの組織であれば日本語が堪能な中国系の人員を起用しない限り、公的機関の助力を得るか、観光という名目で周囲に溶け込むしかないはずだ。わざと目立って相手側を煽る手もなくはないが、余計な連中まで寄ってきてしまうことになる。
つまり、尾行者が次に取る手は二つに一つ。睦月達に合わせてレンタカー等の車で橋の上かトンネルの中を通るか……観光客に紛れて連絡船に乗り、海を渡って移動手段を別途調達するかだ。
「どうせ反銃社会じゃ持ち込めても、精々拳銃位だしな。隠せる分車に拘らなければ、移動手段なんて選び放題だろう」
「そのせいで困ってんだろうが。まさしく海底撈針だな」
「海底撈針……って、何ですか?」
追加で注文したふぐの唐揚げを頬張っていた由希奈が口を離し、こちらに視線を向けて問い掛けてくる。それに対し、朔夜は簡潔に返していた。
「海底から針を探すなんてほぼ不可能……つまり、外国人観光客の中から手掛かりなしでお目当ての尾行者を見つけるのは難しい、って話だよ」
「……ああ! そういうことですか」
納得した由希奈をそのままにし、睦月は朔夜と今後の行動指針についての話に戻った。
「で……橋とトンネル、どっち使うよ?」
「お前『運び屋』だろ? 一番確実かつ安全な道を選べ」
呆れた口調で話す朔夜に、睦月は憮然とした表情で告げる。
「……じゃあ、橋で行くぞ」
即決した睦月は、食後のお茶を飲み干した。
「理由は?」
「万が一事故が起きた場合、最悪の事態で完全に詰むのがトンネルだからだ」
いくら別件で公安警察が捜査しようとも、軍隊クラス以上が動き出せば必ず目立つ。しかし(姫香が)ネットニュースを調べた限り、日本は(表面上は)まだ平和だった。それに、現状尾行される理由はあっても、襲撃されるいわれはない。
「襲撃まではされないだろうが……何かが起きれば、どちらも通れなくなるのは一緒とはいえ、トンネルだと閉鎖空間にもなる。他の車で詰まりでもしたら、全員溺死が目に見えてるよ。だったら、橋の方がまだましだ」
「随分、消極的な決め方だな……まあ、いいけど」
けれども、最悪の可能性を考慮すれば、まだ助かる可能性の高い道を選ぶのは決して間違いではない。
「……じゃ、決まりだな」
食事を終えた面々は立ち上がり、清算を済ませてから店を出てすぐに車へと向かっていく。
「ところで……由希奈は泳げるんだよな?」
「あ、はい。リハビリでよく泳いでいたので……」
車に乗り込む前、車体下部を一回りしつつ確認しながら、睦月は由希奈にそう聞くと、ようやく運転席に座り込んだ。
「ないとは思うが……俺が襲撃するならまず間違いなく橋を落とすから、海に落とされるのを覚悟しとけ」
かなり物騒な想定だが、すでに『そんなものか』とでも受け入れているのか、由希奈は迷わず了承してくる。
「分かりました。ところで……」
姫香と二人して朔夜に後部座席へと押し込まれた後、由希奈はシートベルトを締めながらふと、単なる思い付きのような疑問をぶつけてきた。
「この車って……水陸両用だったりしますか?」
本来であれば一笑に付すような着眼点だが、車内で口を歪める者は誰一人としていない。
水陸両用車は現実に存在する上、市場に流通する一般車両を改造して機能の拡張を行うこと自体は可能だ。それ以前に、規制や環境要因等で需要が少ない為にあまり取り扱われていないだけで、スポーツカータイプは普通に販売されている。
現に由希奈の疑問も、睦月が乗車前に車の、しかも車体の下部を確認して回っていたからこそ生まれたものだろう。
けれども、睦月は由希奈の方を振り返らないまま、微妙な顔を浮かべるだけだった。
「一応、ボートとしても使えるん、だけど、な……」
簡易的だが、車体下部に収納した板を展開することで浮力を持たせ、ボートにする装備はたしかに取り付けてある。錆びやすくはなるが、タイヤのホイールにも仕込んだ水掻きがあるので、船より速度は出なくとも航行は可能だ。
だが、睦月はその機能に対して、あまり乗り気ではなかった。
「一度使ったら最後……元に戻せないんだよ」
それが、睦月が微妙な顔を浮かべている理由だった。
「元々緊急用な上に、普段の運転の邪魔にならないことを想定したら、設計上そうせざるを得なかったんだよ。おまけに予算も足りなくて、本格的な装備に切り替えるどころか改修すら不可能。事前にボートを用意した方が、本気で手っ取り早い」
さらに言えば、普段は一応整備や点検もしているものの……製造した張本人が弥生なので、あまり信用できなかった。しかも、万が一(の修理費もしくは買い替え費用)が怖いので、これまで一度も試したことがない。
「だから最悪、橋から落ちたら……着衣水泳覚悟しとけ。本気で死ぬからな」
「そもそも……橋が崩れて海に落ちる時点で、普通助からないだろ」
頬杖を突きながら、そう口を挟んでくる朔夜の言う通りだった。
もし橋が崩れて落下することになった際、咄嗟にボート用の装備を展開できる保証はない上に、フロートがないので沈んでしまえばそれまでだ。最悪の場合、エアバッグを取り外して車内から脱出し、浮き輪代わりにして浮上するしかないが……その前に他の車や、瓦礫とかにぶつかる可能性の方が高かった。
「やっぱり、空想は虚構なんですね……」
「まだ、実現可能な範囲だとは思うけどな……この車の場合は、単に予算がないだけで」
技術的ではなく、予算的な問題で断念せざるを得ない事柄に、睦月は溜息を吐きながらエンジンを点火した。
海上の、橋の上は比較的スムーズに車が流れていた。特に渋滞に巻き込まれることなく九州入りした睦月達は、すぐに情報収集へと向かう手筈を立てていく。
「とりあえず、私は予定通りに図書館とかを梯子していくけど……お前等はどうする?」
「いや、女三人で行ってくれ。俺は尾行者対策のついでに、『情報屋』の当てを探してみる」
人数に偏りがあるかもしれないが、単独の方が尾行を撒きやすい。それに、せっかく探した『情報屋』が敵に回る可能性もあるのが社会の裏側だ。技能も経験もない由希奈を連れていくことはできないし、万一に備えて姫香を朔夜の護衛に付ける必要もある。
ゆえに、睦月一人で行動する方が効率的だった。
「と、言っても……これまで運転してきた中で、尾行してきた奴なんていたか?」
「それなんだよな~……」
九州へ向かう道すがら、睦月達、特に朔夜を尾行する者の動きは一切見られなかった。時系列的にはまだ二日前だが、それでも車上荒らし以降、何も起きていないというのはあまりに不自然過ぎる。
「『情報屋』に限らず、アメリカの公的機関を探れそうな知り合いでもいれば良かったんだけどな。基本的にアメリカの人間関係は星来さん絡みだから、私は当てにならないし……睦月はどうだ?」
「俺もあるにはあるが、一度きりの切り札みたいな……いや、待てよ」
ふと、睦月の脳裏に、ある人物の顔が浮かんだ。
和音を介さないよう留意しなければならないのであれば、『最後の世代』とその周辺に声は掛けられない。しかも現地での情報収集は難しいから、アメリカ側へアプローチできてかつ、公安警察が活動していると思しき関東と九州を拠点としていない人物。
「もしかしたら、だが…………一人、居るかもしれない」
その心当たりが浮かんだ睦月は、車の運転席から降りると、停車した駐車場の周辺を一瞥してから姫香達を全員降ろしていく。一緒に荷物やいくつかの武器類も地面の上に置きつつ、簡単に行動予定を伝えた。
「朔達は宿の手配と表(社会)側の情報収集、俺は尾行者対策と……可能なら、さっき思い付いた伝手を当たってみる」
「信用できるのか?」
「あ~……」
隠し持って運べる範囲の武器類を点検している姫香や、折り畳み式のキャリーカートを立てて荷物を載せている由希奈をよそに朔夜が問い掛けてくるが、睦月の答えは曖昧にしかならなかった。
「手持ちの予算と……品揃え次第、だな」
運転席の下部に隠していた衛星携帯電話を朔夜に見せてから、睦月は再び車に乗り込んでエンジンを掛けた。
衛星携帯電話はその名の通り、スマホのように地上にある基地局を経由するのではなく、宇宙に打ち上げられた衛星を経由して電話やデータ通信を行う物だ。その為、理論上は地球のどこからでも使える。
けれども、地上を経由せずに宇宙にある人工衛星へと直接電波を送る為、屋内や人口密集地等、周囲が障害物に囲まれてしまえば使えなくなってしまう。
だから睦月は、電波の届きやすい拓けた場所をカーナビやスマホの地図アプリを併用して見繕うと、観光地を巡る態で回り始めた。
(ついでに尾行者がいれば、すぐに見つけられて一石二鳥。なんだけどなあ……)
姫香達の方から連絡は来ていないので、向こうには異常がないと信じるしかない。三人一斉に行動不能にさせられている可能性もゼロではないが、こればかりは任せるしかないと睦月は意識的に楽観視して、思考の端へと追いやった。
(さすがに、尾行されてないな……今のうちか)
九州には大小様々な山が多く、同時に、登山者用の駐車場もそれなりの数が用意されている。そのいくつかを回りながら尾行者の確認をしつつ、すでに正午を超えた為に閑散とした場所を選ぶと、その端に停めてすぐに降車した。
(後は……)
駐車場からそこまで離れていない距離にある展望台へと歩いた睦月は、周囲に人気がないことを再度確認してから、スマホに登録された番号の一つを衛星携帯電話に打ち込んでいく。
(後は……うまく繋がってくれるか、だな)
スマホとは異なる発信音が数回鳴った後、要望の相手は電話に出てくれた。
『も、もしもし……』
「……良かった。繋がった」
元々世界中を巡り、多国籍に対して取引をしている為、語学堪能ではあるのだが……その分相手の『何時』の時間に当たるのかが分からない為、普段の連絡はメールで済ませていた。
今回も最初、メールの返信待ちにしようかとも睦月は考えていたのだが……尾行者を探す為にわざと人気のない場所を巡っていたことや、連絡が返ってくるのが当分先になる可能性も考慮した結果、直接電話して聞いた方が早いと判断した。
「急ぎの案件です。時間がなければ、電話を切ってください。他を当たります」
そして幸か不幸か、相手はロシア語圏にいたらしく、睦月が扱える言語で対応してきた。
正確な場所は不明なので時差は分からないが、おそらくは寝ていたのだろう。同じくロシア語で返してから少しした後、電話越しの相手は眠気からようやく解放された頭脳を回転させ……
『ああ…………随分、急な連絡だね。『運び屋』』
睦月の母国語である日本語に、『武器商人』はわざわざ切り替えて応対してきた。
『電話応対位ならいいよ。要件次第ではすぐ切るから、手短にね。君だって、衛星携帯電話の使用料が気になるんじゃないかな?』
「お気遣いいただき、ありがとうございます。ミス・レジ」
その返事を聞くや、睦月は衛星携帯電話とは別の手に握っていたスマホを操作し、一通のメールをレジへと送信した。
「今、仕事用のアドレスからメールを送りましたので、確認をお願いします。そちらの陳列棚に、その内容に関する情報は並んでいませんか?」
『ふむ、どれどれ……』
周囲を一瞥し、見慣れない人物が近付いてこないことを確認しながら、睦月はレジの返事を待った。
「……え? 九州との連絡船って、車載せられないのか?」
「はい。姉から聞いたんですけど……主要都市の港か、四国周りじゃないと駄目みたいです」
「本気か~……」
ふぐ刺しを口に含み、飲み込んだ朔夜はどこか悩まし気に眉を顰めていた。
「どうかしたのか? どうせ船に乗らないから、関係ないだろ」
本州から九州に渡る手段はいくつかあるが、車も含めて向かう方法は主に三つ。
本州、九州間に跨って設置された橋を渡るか、海底に掘られたトンネルの中を通る。そして、フェリーに乗るかの三つだが……最後の手段は必ずしも、車も一緒に運べるとは限らない。
車の積載可能な大型船の場合、小回りが利かないことが多いので、本州沿いに大回りするしかないからだ。だから本州、九州間で最短の船旅は、小型の連絡船に限られてしまう。
「最初から、トンネルか橋を通るって決めてたよな。何かあったのか?」
「そっちはいいんだよ。こっちが移動する分にはな。問題なのは……尾行してきた連中に、船便を使われた場合だ」
予定に入っていない旅程まで確認しだした朔夜に、睦月はふぐちり鍋をつつきながら首を傾げた。
「車のナンバーでも覚えてたのか?」
「……観光客に紛れられたら厄介だな、って思っただけだよ」
そう朔夜が呟くのも、無理はない。
日本人は黄色人種が多く、逆に外国人のような別の肌色や顔付き、体格ではかえって目立つことになる。その外国籍の人間が、国内で運転している時点で気付かない者等、視界に入らない限りまず居ないだろう。
しかし、そんな外国人達が日本国内で目立たないように活動できる簡単な方法が、一つだけある。
…………観光客を装うことだ。
「最悪、自動取締装置のカメラで目星を付けようかと思ってたんだけどな……公共交通機関使ってる外国人観光客なんて、この時期に一体何人居るんだよ?」
同じ日本人ではお手上げだっただろうが、アメリカの組織であれば日本語が堪能な中国系の人員を起用しない限り、公的機関の助力を得るか、観光という名目で周囲に溶け込むしかないはずだ。わざと目立って相手側を煽る手もなくはないが、余計な連中まで寄ってきてしまうことになる。
つまり、尾行者が次に取る手は二つに一つ。睦月達に合わせてレンタカー等の車で橋の上かトンネルの中を通るか……観光客に紛れて連絡船に乗り、海を渡って移動手段を別途調達するかだ。
「どうせ反銃社会じゃ持ち込めても、精々拳銃位だしな。隠せる分車に拘らなければ、移動手段なんて選び放題だろう」
「そのせいで困ってんだろうが。まさしく海底撈針だな」
「海底撈針……って、何ですか?」
追加で注文したふぐの唐揚げを頬張っていた由希奈が口を離し、こちらに視線を向けて問い掛けてくる。それに対し、朔夜は簡潔に返していた。
「海底から針を探すなんてほぼ不可能……つまり、外国人観光客の中から手掛かりなしでお目当ての尾行者を見つけるのは難しい、って話だよ」
「……ああ! そういうことですか」
納得した由希奈をそのままにし、睦月は朔夜と今後の行動指針についての話に戻った。
「で……橋とトンネル、どっち使うよ?」
「お前『運び屋』だろ? 一番確実かつ安全な道を選べ」
呆れた口調で話す朔夜に、睦月は憮然とした表情で告げる。
「……じゃあ、橋で行くぞ」
即決した睦月は、食後のお茶を飲み干した。
「理由は?」
「万が一事故が起きた場合、最悪の事態で完全に詰むのがトンネルだからだ」
いくら別件で公安警察が捜査しようとも、軍隊クラス以上が動き出せば必ず目立つ。しかし(姫香が)ネットニュースを調べた限り、日本は(表面上は)まだ平和だった。それに、現状尾行される理由はあっても、襲撃されるいわれはない。
「襲撃まではされないだろうが……何かが起きれば、どちらも通れなくなるのは一緒とはいえ、トンネルだと閉鎖空間にもなる。他の車で詰まりでもしたら、全員溺死が目に見えてるよ。だったら、橋の方がまだましだ」
「随分、消極的な決め方だな……まあ、いいけど」
けれども、最悪の可能性を考慮すれば、まだ助かる可能性の高い道を選ぶのは決して間違いではない。
「……じゃ、決まりだな」
食事を終えた面々は立ち上がり、清算を済ませてから店を出てすぐに車へと向かっていく。
「ところで……由希奈は泳げるんだよな?」
「あ、はい。リハビリでよく泳いでいたので……」
車に乗り込む前、車体下部を一回りしつつ確認しながら、睦月は由希奈にそう聞くと、ようやく運転席に座り込んだ。
「ないとは思うが……俺が襲撃するならまず間違いなく橋を落とすから、海に落とされるのを覚悟しとけ」
かなり物騒な想定だが、すでに『そんなものか』とでも受け入れているのか、由希奈は迷わず了承してくる。
「分かりました。ところで……」
姫香と二人して朔夜に後部座席へと押し込まれた後、由希奈はシートベルトを締めながらふと、単なる思い付きのような疑問をぶつけてきた。
「この車って……水陸両用だったりしますか?」
本来であれば一笑に付すような着眼点だが、車内で口を歪める者は誰一人としていない。
水陸両用車は現実に存在する上、市場に流通する一般車両を改造して機能の拡張を行うこと自体は可能だ。それ以前に、規制や環境要因等で需要が少ない為にあまり取り扱われていないだけで、スポーツカータイプは普通に販売されている。
現に由希奈の疑問も、睦月が乗車前に車の、しかも車体の下部を確認して回っていたからこそ生まれたものだろう。
けれども、睦月は由希奈の方を振り返らないまま、微妙な顔を浮かべるだけだった。
「一応、ボートとしても使えるん、だけど、な……」
簡易的だが、車体下部に収納した板を展開することで浮力を持たせ、ボートにする装備はたしかに取り付けてある。錆びやすくはなるが、タイヤのホイールにも仕込んだ水掻きがあるので、船より速度は出なくとも航行は可能だ。
だが、睦月はその機能に対して、あまり乗り気ではなかった。
「一度使ったら最後……元に戻せないんだよ」
それが、睦月が微妙な顔を浮かべている理由だった。
「元々緊急用な上に、普段の運転の邪魔にならないことを想定したら、設計上そうせざるを得なかったんだよ。おまけに予算も足りなくて、本格的な装備に切り替えるどころか改修すら不可能。事前にボートを用意した方が、本気で手っ取り早い」
さらに言えば、普段は一応整備や点検もしているものの……製造した張本人が弥生なので、あまり信用できなかった。しかも、万が一(の修理費もしくは買い替え費用)が怖いので、これまで一度も試したことがない。
「だから最悪、橋から落ちたら……着衣水泳覚悟しとけ。本気で死ぬからな」
「そもそも……橋が崩れて海に落ちる時点で、普通助からないだろ」
頬杖を突きながら、そう口を挟んでくる朔夜の言う通りだった。
もし橋が崩れて落下することになった際、咄嗟にボート用の装備を展開できる保証はない上に、フロートがないので沈んでしまえばそれまでだ。最悪の場合、エアバッグを取り外して車内から脱出し、浮き輪代わりにして浮上するしかないが……その前に他の車や、瓦礫とかにぶつかる可能性の方が高かった。
「やっぱり、空想は虚構なんですね……」
「まだ、実現可能な範囲だとは思うけどな……この車の場合は、単に予算がないだけで」
技術的ではなく、予算的な問題で断念せざるを得ない事柄に、睦月は溜息を吐きながらエンジンを点火した。
海上の、橋の上は比較的スムーズに車が流れていた。特に渋滞に巻き込まれることなく九州入りした睦月達は、すぐに情報収集へと向かう手筈を立てていく。
「とりあえず、私は予定通りに図書館とかを梯子していくけど……お前等はどうする?」
「いや、女三人で行ってくれ。俺は尾行者対策のついでに、『情報屋』の当てを探してみる」
人数に偏りがあるかもしれないが、単独の方が尾行を撒きやすい。それに、せっかく探した『情報屋』が敵に回る可能性もあるのが社会の裏側だ。技能も経験もない由希奈を連れていくことはできないし、万一に備えて姫香を朔夜の護衛に付ける必要もある。
ゆえに、睦月一人で行動する方が効率的だった。
「と、言っても……これまで運転してきた中で、尾行してきた奴なんていたか?」
「それなんだよな~……」
九州へ向かう道すがら、睦月達、特に朔夜を尾行する者の動きは一切見られなかった。時系列的にはまだ二日前だが、それでも車上荒らし以降、何も起きていないというのはあまりに不自然過ぎる。
「『情報屋』に限らず、アメリカの公的機関を探れそうな知り合いでもいれば良かったんだけどな。基本的にアメリカの人間関係は星来さん絡みだから、私は当てにならないし……睦月はどうだ?」
「俺もあるにはあるが、一度きりの切り札みたいな……いや、待てよ」
ふと、睦月の脳裏に、ある人物の顔が浮かんだ。
和音を介さないよう留意しなければならないのであれば、『最後の世代』とその周辺に声は掛けられない。しかも現地での情報収集は難しいから、アメリカ側へアプローチできてかつ、公安警察が活動していると思しき関東と九州を拠点としていない人物。
「もしかしたら、だが…………一人、居るかもしれない」
その心当たりが浮かんだ睦月は、車の運転席から降りると、停車した駐車場の周辺を一瞥してから姫香達を全員降ろしていく。一緒に荷物やいくつかの武器類も地面の上に置きつつ、簡単に行動予定を伝えた。
「朔達は宿の手配と表(社会)側の情報収集、俺は尾行者対策と……可能なら、さっき思い付いた伝手を当たってみる」
「信用できるのか?」
「あ~……」
隠し持って運べる範囲の武器類を点検している姫香や、折り畳み式のキャリーカートを立てて荷物を載せている由希奈をよそに朔夜が問い掛けてくるが、睦月の答えは曖昧にしかならなかった。
「手持ちの予算と……品揃え次第、だな」
運転席の下部に隠していた衛星携帯電話を朔夜に見せてから、睦月は再び車に乗り込んでエンジンを掛けた。
衛星携帯電話はその名の通り、スマホのように地上にある基地局を経由するのではなく、宇宙に打ち上げられた衛星を経由して電話やデータ通信を行う物だ。その為、理論上は地球のどこからでも使える。
けれども、地上を経由せずに宇宙にある人工衛星へと直接電波を送る為、屋内や人口密集地等、周囲が障害物に囲まれてしまえば使えなくなってしまう。
だから睦月は、電波の届きやすい拓けた場所をカーナビやスマホの地図アプリを併用して見繕うと、観光地を巡る態で回り始めた。
(ついでに尾行者がいれば、すぐに見つけられて一石二鳥。なんだけどなあ……)
姫香達の方から連絡は来ていないので、向こうには異常がないと信じるしかない。三人一斉に行動不能にさせられている可能性もゼロではないが、こればかりは任せるしかないと睦月は意識的に楽観視して、思考の端へと追いやった。
(さすがに、尾行されてないな……今のうちか)
九州には大小様々な山が多く、同時に、登山者用の駐車場もそれなりの数が用意されている。そのいくつかを回りながら尾行者の確認をしつつ、すでに正午を超えた為に閑散とした場所を選ぶと、その端に停めてすぐに降車した。
(後は……)
駐車場からそこまで離れていない距離にある展望台へと歩いた睦月は、周囲に人気がないことを再度確認してから、スマホに登録された番号の一つを衛星携帯電話に打ち込んでいく。
(後は……うまく繋がってくれるか、だな)
スマホとは異なる発信音が数回鳴った後、要望の相手は電話に出てくれた。
『も、もしもし……』
「……良かった。繋がった」
元々世界中を巡り、多国籍に対して取引をしている為、語学堪能ではあるのだが……その分相手の『何時』の時間に当たるのかが分からない為、普段の連絡はメールで済ませていた。
今回も最初、メールの返信待ちにしようかとも睦月は考えていたのだが……尾行者を探す為にわざと人気のない場所を巡っていたことや、連絡が返ってくるのが当分先になる可能性も考慮した結果、直接電話して聞いた方が早いと判断した。
「急ぎの案件です。時間がなければ、電話を切ってください。他を当たります」
そして幸か不幸か、相手はロシア語圏にいたらしく、睦月が扱える言語で対応してきた。
正確な場所は不明なので時差は分からないが、おそらくは寝ていたのだろう。同じくロシア語で返してから少しした後、電話越しの相手は眠気からようやく解放された頭脳を回転させ……
『ああ…………随分、急な連絡だね。『運び屋』』
睦月の母国語である日本語に、『武器商人』はわざわざ切り替えて応対してきた。
『電話応対位ならいいよ。要件次第ではすぐ切るから、手短にね。君だって、衛星携帯電話の使用料が気になるんじゃないかな?』
「お気遣いいただき、ありがとうございます。ミス・レジ」
その返事を聞くや、睦月は衛星携帯電話とは別の手に握っていたスマホを操作し、一通のメールをレジへと送信した。
「今、仕事用のアドレスからメールを送りましたので、確認をお願いします。そちらの陳列棚に、その内容に関する情報は並んでいませんか?」
『ふむ、どれどれ……』
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