49 / 199
049 案件No.004_荷物の一時預かり及びその配送(その1)
しおりを挟む
早朝の整備工場内にて。
「……準備はいいか?」
仕事用のスポーツカーのボンネットを閉じた睦月は、事務室から出て来た姫香にそう問い掛ける。彼女は首肯し、肩掛けにしていた手提げ鞄を降ろして手に持ち替えた。
今日は動き回る可能性も高いので、いつものVネックワンピースではなく、通学用のデニム姿で済ませている。無論、服の中までそうとは限らないが。
「良し、じゃあ駅まで送るから……電車で首都まで行ってくれ」
悪いな、と漏らす睦月に、姫香は軽く肩を竦めるだけで答えた。
(やっぱり、適当な奴を雇えるようにしないとな……)
個人経営の限界、というよりも大きな弱点の一つは、人数の少なさだ。
規模に応じて仕事を選べば、普段の経営にはさほど問題はない。しかし、突発的な仕事を行う上では、人数の少なさは対応できる範囲の限界を意味する。この世から、残業がなくならない理由の大半がそれだ。休みたくとも、仕事量が多くて休めないのだ。
ただ、それ以前に……睦月はあまり、姫香を戦闘するような状況に巻き込みたくないと思っている。
たしかに強いし、時折近接戦闘の稽古(ベッドでのご褒美付き)もつけて貰っているものの……それでも姫香は、睦月の女だ。たとえ合理的であろうとも、心情的には、いつも反対している。
だから睦月は、常に姫香と仕事をしているわけではない。今回のように人手が足りない時は助けて貰うが、後方に下げておくのが基本的なスタンスだった。
……『非常時の予備戦力』という理由もあるが、それで姫香に負担を掛け続けるのは良くないだろう。今回の仕事が片付いた後に、予備人員の確保を検討してもいいかもしれない。
そんなことを考えながらも、睦月は姫香に向けて、車の方を指差した。
「早く乗れ。そろそろ行くぞ」
運転席に睦月、助手席に姫香が乗り込んだ後に、国産スポーツカーはエンジン音と共に、前進を開始した。
――ピンポ~ン……
『……はい』
「あ、すみません。馬込ですけど……」
『由希奈ちゃん!? ごめん、ちょっと待っててね!』
わりと駅に近いマンションに、彩未は部屋を借りていた。
事前に聞いた住所に辿り着いた由希奈はエレベーターで最上階にまで登り、インターホンで中にいる彩未を呼び出す。
――トッ、トトッ……ガチャッ
「ごめんね来て貰って、上がって上がって~」
「お、お邪魔します……」
高校の制服を着た彩未が玄関を開けて、由希奈を迎え入れてくれる。
本来は女子大生ではあるものの、彩未の制服姿を見たからか……今年に、いや通信制高校に通い出してから、誰かの家に訪問する機会が多くなっていることを思い、ふと由希奈はある空想を描いた。
(いつか、睦月さんの家にも……いや、私の家に誘うのも、)
「……由希奈ちゃん?」
「ぁぅっ!?」
妄想に耽溺し過ぎた為か、奥に通された後も意識を引っ張られていた由希奈は、彩未からの呼び掛けについ驚いてしまう。
「ぇ、ぁ、あ、すみません……考えごと、してました」
どうにか取り繕う由希奈に、彩未は特にツッコむことなく座席を勧めた。
「仕事のない時なら遊びに来てもいいけど……あんまりお勧めしないからね? 何だかんだ危ないし」
「あ、あはは……」
今でも付き合いのある友人がいないとでも調べたのか、それとも自身の性格上分かりやすいのか……由希奈の考えは彩未に、簡単に読まれてしまっていたらしい。
「私も由希奈ちゃんとどこかに遊びに行きたいけど、今日は仕事だからね~」
そう言うと、彩未は八帖の部屋の一角を指差した。そこにはL字型机に長机を繋げて延長させ、その上から壁一面にかけて大小様々なPCモニターが設置してある。今は画面が暗く、由希奈の目には何も映っていないが。
机の前にあるゲーミングチェアに腰掛けた彩未は、タブレットPCを取り出してから由希奈に向けて手を伸ばす。
「じゃあ……睦月君が頼んでいたもの、頂戴」
「あ、はい……」
由希奈は鞄の中を漁り、中からフラッシュメモリを取り出して、彩未に差し出した。
「……どうぞ」
「ありがとう。いやあ、由希奈ちゃんがスライド作れて助かっちゃった♪」
「それなら、良かった……です」
ただ……それを自分で作ったとは、由希奈には言い辛かった。
元々、仕事で作り方を覚えていた菜水に、指導を受けながら作成した結果が、今彩未に手渡したプレゼン資料のファイルなのだ。果たしてそれでいいのか、と内容を確認していく彩未の様子を立ったまま、静かに見つめて……
「……あ~、ごめんごめん! 適当な椅子に腰掛けてくれればいいから」
由希奈から渡されたプレゼン資料のファイルを確認している途中で、ふと立ち尽くしたままだということに気付いた彩未は、近くにある椅子をいくつも勧める。それこそ安物のビジネスチェアから、アウトドア用品であるはずのキャンプ椅子に至るまで様々だ。
「たくさん、ありますね……」
「この部屋は複数での仕事用だからね。偶に人集めて打ち合わせする時もあるから……」
彩未の言葉に、由希奈は手近なビジネスチェアに腰掛けながら、周囲を見渡していく。部屋に入ってから少し、違和感があった理由が何となく分かってきた。
……この部屋には、寝床がないのだ。
「ということは……個人用の部屋は別に?」
「そ、保険としてね。何かあったらこの部屋も捨てるから、由希奈ちゃんも変な人に捕まったりしたら、すぐばらしていいからね~」
「…………」
その言葉に、由希奈は黙り込んでしまう。
思い出してしまったからだ。
『問題が起きた際は、すぐに身を引くか……最後まで傍にいるかを』
そう、姫香に釘を刺された日のことを。
「彩未さんは、続けられるんですか? 裏社会の住人を、まだ……」
「すぐ辞める気はない、ってだけ。まあ……簡単に抜けられるとは思わないけどね」
顔を上げ、苦笑いを由希奈に向けた彩未は、データを抜き終えたフラッシュメモリを取り出し、そのまま返してきた。
「その時は由希奈ちゃんみたいに、睦月君達に助けて貰うつもり……このスライド、菜水さんに手伝って貰ったでしょう?」
「ぁ、えっと……」
的確に図星を突かれ、少し喘いでしまう由希奈に対して、彩未は慌てて手を振った。
「ああ、違う違う! 手伝って貰ったことを責めてるわけじゃないから。ちゃんと仕事してくれたことを嬉しく思ってるだけだから!」
「ちゃんと……なんでしょうか?」
それがずっと……由希奈の心の中で、しこりとして残っている。
これは由希奈に頼まれた仕事であり、本来であれば、菜水が手伝う義理も義務もない。姉妹として、家族として助けて貰っただけで……彼女に報酬が入るわけではないのだ。
「最初から、人に頼ってばかりで……甘えているんじゃないか、って思ってしまって……」
「ああ、大丈夫大丈夫。むしろ……結果を出していない方が怒るからね」
それが由希奈の為になると思ったのか、彩未はあえて、強い口調で否定してきた。
「由希奈ちゃんが睦月君に頼まれたのは、『観光計画を用意する』ことでしょう? たしかに報酬は一人分だけど……『他の人に頼っちゃいけない』とは、誰も言ってないからね。特に今回の仕事は、守秘義務なんてないんだし」
「そう、いうものですか……」
言葉の裏は、読み取り辛い。
由希奈は改めて、自分の障害特性を厄介なものだと思ってしまう。けれども、彩未の言い分にそれは関係ない。
「細かいこと言うときりないけどさ……大事なのは『自分の力』で『結果を出す』こと。宿題だって教えて貰おうとせずに人の写してばっかりだと、試験でいい点取れないでしょう? それと一緒」
「あ……」
そういわれた由希奈は、睦月との会話で出てきた彼の父、秀吉の言葉を思い出した。
『お前にできると思ったからこそ、依頼が来たんだろう? だったらその前提条件と優先順位――依頼を達成する為の絶対条件を忘れるな。間違えるな。……依頼人の望んだ結果を自分勝手に踏み躙るな』
「……前にも、そんな話を聞いたことがあります」
「つまりそういうこと」
彩未はタブレットPCを畳んで机の上に置いてから、足を組んで由希奈の方を見つめてくる。
「全部菜水さんに作って貰って、報酬を全部自分のものにするとかなら、罪悪感抱えた方がいい話だけど……成果物のPPTを作る為に、他の人から助言を聞いた上で、自分で行動したんでしょう? それならちゃんと、由希奈ちゃんの成果だよ」
だからこれ、と彩未はタブレットPCの横に置いておいた、報酬入りの封筒を手に取り、由希奈の前に差し出してきた。
「気になるなら、その報酬使って、お姉さんにお礼したら? 実際の仕事だって、他に一部を請け負って貰ったらちゃんと料金払うでしょう。それと似たようなものだって」
「…………はい」
それが相場通りなのか、友人価格で多めに色を付けて貰えたのか、それとも素人仕事で安く見積もられているのか。働き慣れていない由希奈には、それが正当な金額なのかは分からない。
「ありがとう……ございます」
「こっちこそ、ありがとうね~」
それでも……初めての報酬は、由希奈自身の成長を図る上では、とても大きな存在だと思い知らされてしまう。
「じゃ、私はまだ仕事があるから……由希奈ちゃんはゆっくり、その報酬の使い道でも考えてね」
「あ、はい! ありがとうございました……っ!」
親しき中にも礼儀あり、とまではいかないだろうが……由希奈は自然と、彩未に向けて頭を下げてしまった。
……自分の力でお金を稼いだことが、『喜び』となって心の中を埋め尽くしてしまい、思わずに。
「さて、と……」
彩未が今居る部屋の家賃よりも安いが、成人しているとはいえ高校生のお小遣いとしては多い。そして……裏社会の仕事では一番簡単な上に、相場よりも安い。
それでも、そのお金を持って嬉しそうにしている由希奈を見送った後……彩未は、全てのPCモニターを点灯させ、首都近郊のあらゆる監視カメラの映像を投影し始めた。
「……お仕事と行きますか」
先程由希奈に『仕事がある』と話したことは、嘘ではない。
そもそも、今回の仕事も……睦月に護衛を頼まれた姫香が、必要だからと彩未に依頼してきたのが切っ掛けだ。
観光情報を彩未の方で統率しつつ……周囲の監視カメラを用いて、不審人物を探し当てる。それが今回の、『ブギーマン』の仕事だった。
――ブーッ、ブーッ……
「おっとっと……はい、もしもし?」
『……準備はできた?』
「今丁度できたとこ……タイミングいいね、姫香ちゃん」
電話の相手は、今は駅に居る姫香だった。
これから首都へ向かい、ある人物の護衛と通訳、そして観光案内をしなければならない。姫香は実力者ではあるものの、所詮は一人の人間だ。単純に手が足りていない。
だから姫香は、彩未に依頼してきたのだ。
自分が護衛対象の傍に居て警戒する間……観光情報と周辺の監視を、『ブギーマン』に外部依頼する為に。
(その辺りは……経験の差かな?)
初めて仕事を頼まれた由希奈と違い、熟達している姫香は迷わず、彩未に依頼してきた。自分のできることとできないこと、やるべきことと押し付けるべきことをきちんと踏まえた上で。
(だから睦月君や姫香ちゃんと仕事するのは好きなんだよね~……ちゃんとやってくれるから)
『人』という漢字が、人と人が支え合ってできていると、昔のドラマか何かで言っていたことを、ふと彩未は思い出した。しかし支え合うということは、同時に『バランスを取る』為にそれぞれが、力の配分を調整しなければならない。でなければ、双方共倒れになってしまう。
そう考えると、彼等との仕事は彩未にとって、とてもやりやすかった。
『これから電車で向かうから、あんたは首都周辺をよろしく。空港の方は?』
「今のところは何も……って言いたいけれど、『手配犯が税関で引っ掛かった』とか、そういう目立った話がないだけ、だけどね」
『…………っ』
「だから『使えない』って思わないでくれるお願いだから舌打ち止めて」
呼吸抜きで捲し立てるものの、姫香は彩未の言葉に取り合ってくれなかった。
『いいからさっさと仕事。そろそろ電車の時間だから、着いたらすぐ電話するわ』
「はいはい、分かりました姫香様」
『よろしい』
その言葉を最後に、姫香はさっさと電話を切ってしまった。
一応、観光案内の情報を精査するのは彩未の仕事だったので、由希奈の『仕事の出来栄え』を詳しく聞いてくるかとも思っていたのだが、そんなことはまったくなかった。
「私を信頼してくれているのか、それとも意外と由希奈ちゃんを信用しているのか……最悪その場その場で検索させればいいとか考えているわけじゃないよね、姫香ちゃん」
むしろ自分が姫香を信用していないのではないか、とも一瞬考えてしまったが……逆に信頼していることへの表れだと思うことにして、彩未は一先ず流すことにした。
「……ま、せっかく依頼してくれたんだしね。頑張りますか」
仕事をこなすのは義務だが、一層精力的に取り組みたくなるのは友達の権利だと、彩未は軽く身体を慣らしていく。
より的確に、仕事をこなせるように……
「……準備はいいか?」
仕事用のスポーツカーのボンネットを閉じた睦月は、事務室から出て来た姫香にそう問い掛ける。彼女は首肯し、肩掛けにしていた手提げ鞄を降ろして手に持ち替えた。
今日は動き回る可能性も高いので、いつものVネックワンピースではなく、通学用のデニム姿で済ませている。無論、服の中までそうとは限らないが。
「良し、じゃあ駅まで送るから……電車で首都まで行ってくれ」
悪いな、と漏らす睦月に、姫香は軽く肩を竦めるだけで答えた。
(やっぱり、適当な奴を雇えるようにしないとな……)
個人経営の限界、というよりも大きな弱点の一つは、人数の少なさだ。
規模に応じて仕事を選べば、普段の経営にはさほど問題はない。しかし、突発的な仕事を行う上では、人数の少なさは対応できる範囲の限界を意味する。この世から、残業がなくならない理由の大半がそれだ。休みたくとも、仕事量が多くて休めないのだ。
ただ、それ以前に……睦月はあまり、姫香を戦闘するような状況に巻き込みたくないと思っている。
たしかに強いし、時折近接戦闘の稽古(ベッドでのご褒美付き)もつけて貰っているものの……それでも姫香は、睦月の女だ。たとえ合理的であろうとも、心情的には、いつも反対している。
だから睦月は、常に姫香と仕事をしているわけではない。今回のように人手が足りない時は助けて貰うが、後方に下げておくのが基本的なスタンスだった。
……『非常時の予備戦力』という理由もあるが、それで姫香に負担を掛け続けるのは良くないだろう。今回の仕事が片付いた後に、予備人員の確保を検討してもいいかもしれない。
そんなことを考えながらも、睦月は姫香に向けて、車の方を指差した。
「早く乗れ。そろそろ行くぞ」
運転席に睦月、助手席に姫香が乗り込んだ後に、国産スポーツカーはエンジン音と共に、前進を開始した。
――ピンポ~ン……
『……はい』
「あ、すみません。馬込ですけど……」
『由希奈ちゃん!? ごめん、ちょっと待っててね!』
わりと駅に近いマンションに、彩未は部屋を借りていた。
事前に聞いた住所に辿り着いた由希奈はエレベーターで最上階にまで登り、インターホンで中にいる彩未を呼び出す。
――トッ、トトッ……ガチャッ
「ごめんね来て貰って、上がって上がって~」
「お、お邪魔します……」
高校の制服を着た彩未が玄関を開けて、由希奈を迎え入れてくれる。
本来は女子大生ではあるものの、彩未の制服姿を見たからか……今年に、いや通信制高校に通い出してから、誰かの家に訪問する機会が多くなっていることを思い、ふと由希奈はある空想を描いた。
(いつか、睦月さんの家にも……いや、私の家に誘うのも、)
「……由希奈ちゃん?」
「ぁぅっ!?」
妄想に耽溺し過ぎた為か、奥に通された後も意識を引っ張られていた由希奈は、彩未からの呼び掛けについ驚いてしまう。
「ぇ、ぁ、あ、すみません……考えごと、してました」
どうにか取り繕う由希奈に、彩未は特にツッコむことなく座席を勧めた。
「仕事のない時なら遊びに来てもいいけど……あんまりお勧めしないからね? 何だかんだ危ないし」
「あ、あはは……」
今でも付き合いのある友人がいないとでも調べたのか、それとも自身の性格上分かりやすいのか……由希奈の考えは彩未に、簡単に読まれてしまっていたらしい。
「私も由希奈ちゃんとどこかに遊びに行きたいけど、今日は仕事だからね~」
そう言うと、彩未は八帖の部屋の一角を指差した。そこにはL字型机に長机を繋げて延長させ、その上から壁一面にかけて大小様々なPCモニターが設置してある。今は画面が暗く、由希奈の目には何も映っていないが。
机の前にあるゲーミングチェアに腰掛けた彩未は、タブレットPCを取り出してから由希奈に向けて手を伸ばす。
「じゃあ……睦月君が頼んでいたもの、頂戴」
「あ、はい……」
由希奈は鞄の中を漁り、中からフラッシュメモリを取り出して、彩未に差し出した。
「……どうぞ」
「ありがとう。いやあ、由希奈ちゃんがスライド作れて助かっちゃった♪」
「それなら、良かった……です」
ただ……それを自分で作ったとは、由希奈には言い辛かった。
元々、仕事で作り方を覚えていた菜水に、指導を受けながら作成した結果が、今彩未に手渡したプレゼン資料のファイルなのだ。果たしてそれでいいのか、と内容を確認していく彩未の様子を立ったまま、静かに見つめて……
「……あ~、ごめんごめん! 適当な椅子に腰掛けてくれればいいから」
由希奈から渡されたプレゼン資料のファイルを確認している途中で、ふと立ち尽くしたままだということに気付いた彩未は、近くにある椅子をいくつも勧める。それこそ安物のビジネスチェアから、アウトドア用品であるはずのキャンプ椅子に至るまで様々だ。
「たくさん、ありますね……」
「この部屋は複数での仕事用だからね。偶に人集めて打ち合わせする時もあるから……」
彩未の言葉に、由希奈は手近なビジネスチェアに腰掛けながら、周囲を見渡していく。部屋に入ってから少し、違和感があった理由が何となく分かってきた。
……この部屋には、寝床がないのだ。
「ということは……個人用の部屋は別に?」
「そ、保険としてね。何かあったらこの部屋も捨てるから、由希奈ちゃんも変な人に捕まったりしたら、すぐばらしていいからね~」
「…………」
その言葉に、由希奈は黙り込んでしまう。
思い出してしまったからだ。
『問題が起きた際は、すぐに身を引くか……最後まで傍にいるかを』
そう、姫香に釘を刺された日のことを。
「彩未さんは、続けられるんですか? 裏社会の住人を、まだ……」
「すぐ辞める気はない、ってだけ。まあ……簡単に抜けられるとは思わないけどね」
顔を上げ、苦笑いを由希奈に向けた彩未は、データを抜き終えたフラッシュメモリを取り出し、そのまま返してきた。
「その時は由希奈ちゃんみたいに、睦月君達に助けて貰うつもり……このスライド、菜水さんに手伝って貰ったでしょう?」
「ぁ、えっと……」
的確に図星を突かれ、少し喘いでしまう由希奈に対して、彩未は慌てて手を振った。
「ああ、違う違う! 手伝って貰ったことを責めてるわけじゃないから。ちゃんと仕事してくれたことを嬉しく思ってるだけだから!」
「ちゃんと……なんでしょうか?」
それがずっと……由希奈の心の中で、しこりとして残っている。
これは由希奈に頼まれた仕事であり、本来であれば、菜水が手伝う義理も義務もない。姉妹として、家族として助けて貰っただけで……彼女に報酬が入るわけではないのだ。
「最初から、人に頼ってばかりで……甘えているんじゃないか、って思ってしまって……」
「ああ、大丈夫大丈夫。むしろ……結果を出していない方が怒るからね」
それが由希奈の為になると思ったのか、彩未はあえて、強い口調で否定してきた。
「由希奈ちゃんが睦月君に頼まれたのは、『観光計画を用意する』ことでしょう? たしかに報酬は一人分だけど……『他の人に頼っちゃいけない』とは、誰も言ってないからね。特に今回の仕事は、守秘義務なんてないんだし」
「そう、いうものですか……」
言葉の裏は、読み取り辛い。
由希奈は改めて、自分の障害特性を厄介なものだと思ってしまう。けれども、彩未の言い分にそれは関係ない。
「細かいこと言うときりないけどさ……大事なのは『自分の力』で『結果を出す』こと。宿題だって教えて貰おうとせずに人の写してばっかりだと、試験でいい点取れないでしょう? それと一緒」
「あ……」
そういわれた由希奈は、睦月との会話で出てきた彼の父、秀吉の言葉を思い出した。
『お前にできると思ったからこそ、依頼が来たんだろう? だったらその前提条件と優先順位――依頼を達成する為の絶対条件を忘れるな。間違えるな。……依頼人の望んだ結果を自分勝手に踏み躙るな』
「……前にも、そんな話を聞いたことがあります」
「つまりそういうこと」
彩未はタブレットPCを畳んで机の上に置いてから、足を組んで由希奈の方を見つめてくる。
「全部菜水さんに作って貰って、報酬を全部自分のものにするとかなら、罪悪感抱えた方がいい話だけど……成果物のPPTを作る為に、他の人から助言を聞いた上で、自分で行動したんでしょう? それならちゃんと、由希奈ちゃんの成果だよ」
だからこれ、と彩未はタブレットPCの横に置いておいた、報酬入りの封筒を手に取り、由希奈の前に差し出してきた。
「気になるなら、その報酬使って、お姉さんにお礼したら? 実際の仕事だって、他に一部を請け負って貰ったらちゃんと料金払うでしょう。それと似たようなものだって」
「…………はい」
それが相場通りなのか、友人価格で多めに色を付けて貰えたのか、それとも素人仕事で安く見積もられているのか。働き慣れていない由希奈には、それが正当な金額なのかは分からない。
「ありがとう……ございます」
「こっちこそ、ありがとうね~」
それでも……初めての報酬は、由希奈自身の成長を図る上では、とても大きな存在だと思い知らされてしまう。
「じゃ、私はまだ仕事があるから……由希奈ちゃんはゆっくり、その報酬の使い道でも考えてね」
「あ、はい! ありがとうございました……っ!」
親しき中にも礼儀あり、とまではいかないだろうが……由希奈は自然と、彩未に向けて頭を下げてしまった。
……自分の力でお金を稼いだことが、『喜び』となって心の中を埋め尽くしてしまい、思わずに。
「さて、と……」
彩未が今居る部屋の家賃よりも安いが、成人しているとはいえ高校生のお小遣いとしては多い。そして……裏社会の仕事では一番簡単な上に、相場よりも安い。
それでも、そのお金を持って嬉しそうにしている由希奈を見送った後……彩未は、全てのPCモニターを点灯させ、首都近郊のあらゆる監視カメラの映像を投影し始めた。
「……お仕事と行きますか」
先程由希奈に『仕事がある』と話したことは、嘘ではない。
そもそも、今回の仕事も……睦月に護衛を頼まれた姫香が、必要だからと彩未に依頼してきたのが切っ掛けだ。
観光情報を彩未の方で統率しつつ……周囲の監視カメラを用いて、不審人物を探し当てる。それが今回の、『ブギーマン』の仕事だった。
――ブーッ、ブーッ……
「おっとっと……はい、もしもし?」
『……準備はできた?』
「今丁度できたとこ……タイミングいいね、姫香ちゃん」
電話の相手は、今は駅に居る姫香だった。
これから首都へ向かい、ある人物の護衛と通訳、そして観光案内をしなければならない。姫香は実力者ではあるものの、所詮は一人の人間だ。単純に手が足りていない。
だから姫香は、彩未に依頼してきたのだ。
自分が護衛対象の傍に居て警戒する間……観光情報と周辺の監視を、『ブギーマン』に外部依頼する為に。
(その辺りは……経験の差かな?)
初めて仕事を頼まれた由希奈と違い、熟達している姫香は迷わず、彩未に依頼してきた。自分のできることとできないこと、やるべきことと押し付けるべきことをきちんと踏まえた上で。
(だから睦月君や姫香ちゃんと仕事するのは好きなんだよね~……ちゃんとやってくれるから)
『人』という漢字が、人と人が支え合ってできていると、昔のドラマか何かで言っていたことを、ふと彩未は思い出した。しかし支え合うということは、同時に『バランスを取る』為にそれぞれが、力の配分を調整しなければならない。でなければ、双方共倒れになってしまう。
そう考えると、彼等との仕事は彩未にとって、とてもやりやすかった。
『これから電車で向かうから、あんたは首都周辺をよろしく。空港の方は?』
「今のところは何も……って言いたいけれど、『手配犯が税関で引っ掛かった』とか、そういう目立った話がないだけ、だけどね」
『…………っ』
「だから『使えない』って思わないでくれるお願いだから舌打ち止めて」
呼吸抜きで捲し立てるものの、姫香は彩未の言葉に取り合ってくれなかった。
『いいからさっさと仕事。そろそろ電車の時間だから、着いたらすぐ電話するわ』
「はいはい、分かりました姫香様」
『よろしい』
その言葉を最後に、姫香はさっさと電話を切ってしまった。
一応、観光案内の情報を精査するのは彩未の仕事だったので、由希奈の『仕事の出来栄え』を詳しく聞いてくるかとも思っていたのだが、そんなことはまったくなかった。
「私を信頼してくれているのか、それとも意外と由希奈ちゃんを信用しているのか……最悪その場その場で検索させればいいとか考えているわけじゃないよね、姫香ちゃん」
むしろ自分が姫香を信用していないのではないか、とも一瞬考えてしまったが……逆に信頼していることへの表れだと思うことにして、彩未は一先ず流すことにした。
「……ま、せっかく依頼してくれたんだしね。頑張りますか」
仕事をこなすのは義務だが、一層精力的に取り組みたくなるのは友達の権利だと、彩未は軽く身体を慣らしていく。
より的確に、仕事をこなせるように……
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件
沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」
高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。
そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。
見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。
意外な共通点から意気投合する二人。
だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは――
> 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」
一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。
……翌日、学校で再会するまでは。
実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!?
オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!
石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。
クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に!
だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。
だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。
※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編7が完結しました!(2026.1.29)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる