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149 案件No.008_商品輸送及び購入代行(個人取引含む)(その4)
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「良かったのか?」
「……何がだよ?」
無事、注文品の納入が全て終わった頃、高速艇に乗った英治達が帰ってきた。
そこで『武器商人』達と別れ、元の係船所へと戻ろうとする航行中、船尾で同じく去っていく二艘の船を眺めているカリーナが聞き耳を立てていないのを確認した後、睦月は英治に問い掛けた。
「親父さんが居たんだろ? ついてかなくて良かったのか、って聞いたんだよ」
「今さら過ぎて無理だわ。それに……殺せない『傭兵』が乗ったところで、ただの無駄飯喰らいにしかならないだろ」
舵とテレグラフハンドルを操作しつつも、睦月の意識は操縦席の横で黄昏れている英治に向けられていた。本当は別に、聞きたいことがあったのだが……今は、考えを整理しているのだろうと思い、口を噤む。
やがて、係船所が夜闇でも視認できる程に近付いてきた頃合いでようやく、英治は口を開いた。
「どっちにしろ……まだ、田舎町に帰れないからな」
英治は元々、ドイツで気ままに暮らしていた。もしかしたら、住んでいた田舎町が意外と気に入り、そこで生涯を終えても良かったと思っていたのかもしれない。
けれども……それを台無しにした者達が居た。その為に今、『傭兵』は『運び屋』と同じ人生を歩いている。それがまた離れる理由があるとすれば二つ。
カリーナと共に、ドイツに帰る時か……どちらかが死ぬ時だ。
「縁を切る、切らない以前に……帰れないんじゃ、意味がないんだよ。だから親父には、『全部片付けてから、『運び屋』と別れてドイツに帰るつもりだ』って答えた」
「全部、ね……」
もう係船所がすぐ傍まで迫っていた為、テレグラフハンドルでエンジンの回転数を落としていた睦月は、思わずそうぼやく。
「それ、俺を利用してか? それとも……俺を殺してか?」
「今のところは、前者で十分だろ? 実際……俺なら、いつでも殺せるしな」
その見立てに、間違いはない。強いて挙げれば、一点だけ。
「……お前が土壇場で迷わなきゃ、な」
睦月の両手は今、舵とテレグラフハンドルに添えられている。手ぶらな分、すぐに回転式拳銃を抜ける英治の方が有利過ぎた。それでも、懐の自動拳銃に手を伸ばさない理由は二つ。
係留の為に一階へと降りてきた姫香の手に、未だに狙撃銃が握られたままであることと……睦月を殺しても、元凶である『犯罪組織』との敵対関係が、解消されるわけではないからだ。
「まあ、何にせよ……親父達より、『運び屋』を信じることにしたんだ。頼んだぞ」
「勝手に頼むな『傭兵』だろ一介の『運び屋』に縋ってんじゃねえよ馬鹿野郎」
睦月の口から途切れなく出てくる罵声にも取り合わず、英治は愛銃の回転式弾倉から.38口径の低威力の銃弾を抜きながら、ジト目で返してきた。
「……親子揃って、誰彼構わず喧嘩売ってる奴にだけは言われたくないわ」
「一緒にするな! 親父は知らんが、俺は売られた喧嘩を買ってるだけだ!」
「だから、普通は全部買わねぇんだよ。特に、国を相手取るような馬鹿な喧嘩は」
もはや、呆れてものも言えなくなったのか、英治は銃弾を抜いた回転式拳銃をレッグホルスターへと戻した後は、腕を組んで黙り込んでしまった。
「…………素人童貞」
……睦月に喧嘩を売られるまでは。
「早速前言撤回しやがって……痛ぇ」
「そりゃ、こっちの台詞だっての。ったく、これから荷物届けなきゃならないってのに……」
今度は船上でどつき合った後、ようやく係船所へと戻した船を係留させた睦月達は地上へと降り立ち、(男二人だけ痛めた身体を引き摺りながら、)積み荷を降ろし始めた。
「大型の工具類は荷役台に載せて、そのまま積み込むしかないな……ちょっと待っててくれ。リフト取ってくる」
「積載重量は大丈夫か?」
「漁船に積み込める量の時点で、その辺は平気だっての。そもそも持ち帰ったのだって、検閲に引っ掛かる部品類だけだしな」
そして検閲を通る部品(主に駆動部関連)は後日、空輸されることになっている。無論、費用は全部英治持ちで。
「問題は、配送ルートだけだな。これから受け取る相手に連絡を入れて、確認していかないと……」
配達する日付が決まっていようとも、積み荷が武器類なので下手に置き配はできず、相手が不在もしくは取り込み中の時は面倒事になりかねない。だから事前に連絡を入れ、搬入に問題ないかを確認しなければならなかった。
「武器屋はいつでもいいのか。弥生の方は……あの馬鹿。未読スルーとか、完全に寝てやがるな。もうあいつは最後に回して……ん?」
「どうかしたのか?」
睦月が使用している、スマホのメッセージアプリは複数ある。特に仕事用は私事とは違い、相手に合わせて変える必要がある為、いくつも使えるようにしなければならなかった。
中には……普段はネット回線に接続されていない、管理サーバごと相手が用意したアプリも含まれている。
「依頼人の中に、事情が変わったところがある。ちょっと俺だけで行ってくるから、姫香と残りの荷物を見張っててくれ」
「残りの荷物を見張れ、って……それ、本気で言ってるのか?」
「その辺は大丈夫だよ」
英治の疑問も、もっともである。裏切り云々は言い出したらきりがないので除外するにしても、無造作に置いておくには危険な代物ばかりなのだ。その中で肝心の『運び屋』がこの場を離れることに、不安を覚えるのも致し方ない。
だから睦月は、仕方がないとばかりに積荷を物色しながら、英治に説明した。
「トラックの荷台自体、全体を最大規格の装甲板で囲んである。錠前もアナログとデジタルの二重仕様。何より……」
積み終えた荷物の中から、これから届ける分だけを持ち出した睦月は荷台を閉め、自動で施錠されたことを確認する為に数度、持ち手を引いた。
「電子錠のナンバーと、トラックの遮断装置の場所は俺しか知らないんだ。爆撃されるか、朔レベルの『鍵師』でも来なけりゃ、少し離れるくらいは問題ない」
「なら、いいけど……どれくらい掛かる?」
「一時間もしない内に戻ってくる。心配するな……姫香、車の鍵をくれ」
荷物を載せ終えた仕事用の国産スポーツカーの鍵を受け取った睦月は、英治達の視線を受けながら運転席に乗り込み、エンジンを叩き起こした。
「じゃあ、手早く済ませてくるから……一応、警戒だけ頼むわ」
――ブォン!
そして、睦月一人だけが係船所から離れていった。
しかし……英治の不安、というより不満は、無造作に放置された積荷とは別にあった。
「さて、と……」
振り返り、係船所内に残された女性陣に目を向けると……英治の予想した通りの状況になっていた。
「作ったばかりなのに、随分使い込んでるわね……」
「…………」
手持ちの道具で自動拳銃を分解整備し始めたカリーナに、その隣で狙撃銃の銃身を抱えたまま、スマホを弄り出す姫香。警戒心はもちろんあるだろうが……この中で一人、英治だけが手持ち無沙汰になっていた。
(俺も何か、持ってくれば良かったな……)
警護や狙撃の為に待機することはあっても、意識を途切れさせない為に、別の何かで時間を潰すのはよくある話だ。何より今は、普段ならすでに、就寝している時間帯である。
「♪~……」
「…………」
生粋の職人と緘黙症かつスマホ中毒の二人に挟まれ、雑談すら許されない英治は仕方なく一人、トラックの後ろに腰を降ろしてもたれかかった。
(早く戻ってきてくれよ、睦月……)
暇潰しの道具もないまま、英治はただ一人、人気のない夜闇を警戒するしかなかった。
(眠りそ…………)
……退屈からくる、眠気と戦いながら。
(しかし、随分珍しいな……)
到着したのは、睦月が保有する物件からそう離れていない、別の係船所だった。
陸路側の駐車場に停めた睦月は、車から降りて中の荷物を持つと、指示された通りに係船所の中へと入っていく。
そして……すぐに屈強な男達に囲まれ、されるがままに身体検査を受けた。
「……こちらへ」
若干音調や抑揚が異なるものの、日本語での指示に促されるまま、睦月は荷物片手に奥へと進む。そして、係船所内の一室に居た先客を見て、思わず声を漏らしてしまった。
「……日本に来てたんですね」
「丁度用事があってね。せっかくだから、挨拶しとこうかと思って……そっちは都合、大丈夫?」
「長居はできませんけどね。取引だけ、先に進めてもいいですか?」
「もちろん。何事も仕事を終わらせてからだ」
照明のない部屋の中、奥の座席に腰掛けていた男は部下に命じ、現金の入ったアタッシュケースを睦月の傍へと運ばせる。そして蓋を開き、中身を確認させてきた。
「……大丈夫そうですね。じゃあ、鍵を掛けて下さい」
閉じられ、施錠されたアタッシュケースが、睦月の足元に置かれる。そして代わりに、『武器商人』から購入してきた荷物を手渡した。
「いつも、こうしているのかい?」
「ええ、そうです」
中身は入っているが、鍵の掛かったアタッシュケースを持ち出しても、すぐに開けられるわけではない。逃げ出せばやましいことがあるのではと制圧されるが、代金を支払われないまま荷物を持ち逃げされても困る。
だから現金があることを事前に確認してから預け、荷物に不備がなければ、改めて開錠して貰うのが、睦月とこの組織との取引のやり方だった。
「待ってる間は、あいつが話し相手になってくれてるんですよ……今日は代わりに、お相手してくれますか?」
「もちろん。その為に今日、来たようなものだしね」
男の向かいには、折り畳み式のテーブルと睦月が腰掛ける為の椅子、そして机上に広げられた、チェスの駒とボード一式が並べられていた。しかも、駒はすでに並べられており、いつでも始められる状態になっている。
「話しながらどうだい? 一局」
「……あまり詳しくないですよ。チェスは」
促されるままに腰掛けた睦月は、差し出された白駒を取り、ポーンを動かした。
「ある国の大統領が訪日する話は、君も知ってるよね?」
「……ニュースで流れているのを、耳にした程度には」
「十分だよ。それで……君の見立ては?」
一瞬、正直に話すべきなのか迷う睦月だったが、盤面と同様に考えるまでもなく、自軍のナイトで相手のルークを牽制してから、正直に答えた。
「『自爆テロが起きてもおかしくない』……そう、思いました」
「やっぱり、一般人から見てもそう思うか……」
「考え過ぎな一般人、だけだと思いますよ。普通なら『考え過ぎ』だって、一笑に付すような内容ですし」
だが……前例がある以上、可能性は決してゼロにならない。それだけは、睦月も理解していた。
「実際、自爆テロは『起きない』、もしくは『未然に防がれた』で済めば、いいんですけどね……」
「……それは、心配しなくていいと思うよ」
相手のビショップがクイーンを狙ってきたが、自軍のナイトを間に差し込み、どうにか防ごうとする。
けれども、今度は別のビショップが攻め込んできてしまい、防戦を強いられてしまう。
「楽観論は国防に不利益しか齎さないのは、世界の共通認識だよ。現に日本でも、事前に爆発物の類に対して、警戒を高めているらしいし」
「その隙に狙撃や襲撃、なんてことにならなければいいんですけれど……」
「……それを防ぐ為に、私が指揮官として、日本に来たんだよ」
相手のキングが、一歩前進してきた。それだけで、睦月は敵陣に攻め込ませようとしていたビショップから、手を放さざるを得なかった。
「今回購入した銃器類で、必要になれば狙撃する。不要であれば、そのまま撤収してもいい。戦争の切っ掛けさえ起きなければ、こちらはどちらでもいいわけだしね」
「なら、いいんですけど……」
代わりに、と動かしたポーンが拙かった。
「……随分、歯切れが悪いね」
クイーンを取られてしまい、残る自軍だけでどう戦況を立て直すかを考えつつ……睦月はポロリと、心中を吐露する。
「素人考えですけど……個人的な贅沢を、ちょっと思い付きまして」
「ほう……ちょっと気になるね。せっかくだし、聞かせてくれないかな?」
ポーンによる牽制、と見せかけた囮も躱されてしまった睦月は、方針を変えずに新しい戦略を組み立てつつ、『個人的な贅沢』について話し始めた。
「『実際に自爆テロが起きそうになるものの、未然に防ぐことに成功する』。そして『黒幕である、とある国家が主導した証拠と実行犯の身柄』。その二つが揃えば……案外簡単に、世界平和に一歩近付けるんじゃないか、って思っただけですよ」
「ふむ……具体的には?」
「支援しておきながら足を引っ張った体たらくに、同盟国の少ない状況。残された外交のカードは……『拉致被害者全員の身柄』だけ」
温存していたルークを前進させた睦月は、机越しの対戦相手である男に、自らの考えを話した。
「『拉致被害者全員の身柄を解放する』こと。それを条件に、加勢しておきながら盛大に足を引っ張った某国の報復から、自国民を守る為に大国の助力を得る。そんな絵空事が……もしかしたら、現実味を帯びてきたんじゃないかって思ったんです」
「……何がだよ?」
無事、注文品の納入が全て終わった頃、高速艇に乗った英治達が帰ってきた。
そこで『武器商人』達と別れ、元の係船所へと戻ろうとする航行中、船尾で同じく去っていく二艘の船を眺めているカリーナが聞き耳を立てていないのを確認した後、睦月は英治に問い掛けた。
「親父さんが居たんだろ? ついてかなくて良かったのか、って聞いたんだよ」
「今さら過ぎて無理だわ。それに……殺せない『傭兵』が乗ったところで、ただの無駄飯喰らいにしかならないだろ」
舵とテレグラフハンドルを操作しつつも、睦月の意識は操縦席の横で黄昏れている英治に向けられていた。本当は別に、聞きたいことがあったのだが……今は、考えを整理しているのだろうと思い、口を噤む。
やがて、係船所が夜闇でも視認できる程に近付いてきた頃合いでようやく、英治は口を開いた。
「どっちにしろ……まだ、田舎町に帰れないからな」
英治は元々、ドイツで気ままに暮らしていた。もしかしたら、住んでいた田舎町が意外と気に入り、そこで生涯を終えても良かったと思っていたのかもしれない。
けれども……それを台無しにした者達が居た。その為に今、『傭兵』は『運び屋』と同じ人生を歩いている。それがまた離れる理由があるとすれば二つ。
カリーナと共に、ドイツに帰る時か……どちらかが死ぬ時だ。
「縁を切る、切らない以前に……帰れないんじゃ、意味がないんだよ。だから親父には、『全部片付けてから、『運び屋』と別れてドイツに帰るつもりだ』って答えた」
「全部、ね……」
もう係船所がすぐ傍まで迫っていた為、テレグラフハンドルでエンジンの回転数を落としていた睦月は、思わずそうぼやく。
「それ、俺を利用してか? それとも……俺を殺してか?」
「今のところは、前者で十分だろ? 実際……俺なら、いつでも殺せるしな」
その見立てに、間違いはない。強いて挙げれば、一点だけ。
「……お前が土壇場で迷わなきゃ、な」
睦月の両手は今、舵とテレグラフハンドルに添えられている。手ぶらな分、すぐに回転式拳銃を抜ける英治の方が有利過ぎた。それでも、懐の自動拳銃に手を伸ばさない理由は二つ。
係留の為に一階へと降りてきた姫香の手に、未だに狙撃銃が握られたままであることと……睦月を殺しても、元凶である『犯罪組織』との敵対関係が、解消されるわけではないからだ。
「まあ、何にせよ……親父達より、『運び屋』を信じることにしたんだ。頼んだぞ」
「勝手に頼むな『傭兵』だろ一介の『運び屋』に縋ってんじゃねえよ馬鹿野郎」
睦月の口から途切れなく出てくる罵声にも取り合わず、英治は愛銃の回転式弾倉から.38口径の低威力の銃弾を抜きながら、ジト目で返してきた。
「……親子揃って、誰彼構わず喧嘩売ってる奴にだけは言われたくないわ」
「一緒にするな! 親父は知らんが、俺は売られた喧嘩を買ってるだけだ!」
「だから、普通は全部買わねぇんだよ。特に、国を相手取るような馬鹿な喧嘩は」
もはや、呆れてものも言えなくなったのか、英治は銃弾を抜いた回転式拳銃をレッグホルスターへと戻した後は、腕を組んで黙り込んでしまった。
「…………素人童貞」
……睦月に喧嘩を売られるまでは。
「早速前言撤回しやがって……痛ぇ」
「そりゃ、こっちの台詞だっての。ったく、これから荷物届けなきゃならないってのに……」
今度は船上でどつき合った後、ようやく係船所へと戻した船を係留させた睦月達は地上へと降り立ち、(男二人だけ痛めた身体を引き摺りながら、)積み荷を降ろし始めた。
「大型の工具類は荷役台に載せて、そのまま積み込むしかないな……ちょっと待っててくれ。リフト取ってくる」
「積載重量は大丈夫か?」
「漁船に積み込める量の時点で、その辺は平気だっての。そもそも持ち帰ったのだって、検閲に引っ掛かる部品類だけだしな」
そして検閲を通る部品(主に駆動部関連)は後日、空輸されることになっている。無論、費用は全部英治持ちで。
「問題は、配送ルートだけだな。これから受け取る相手に連絡を入れて、確認していかないと……」
配達する日付が決まっていようとも、積み荷が武器類なので下手に置き配はできず、相手が不在もしくは取り込み中の時は面倒事になりかねない。だから事前に連絡を入れ、搬入に問題ないかを確認しなければならなかった。
「武器屋はいつでもいいのか。弥生の方は……あの馬鹿。未読スルーとか、完全に寝てやがるな。もうあいつは最後に回して……ん?」
「どうかしたのか?」
睦月が使用している、スマホのメッセージアプリは複数ある。特に仕事用は私事とは違い、相手に合わせて変える必要がある為、いくつも使えるようにしなければならなかった。
中には……普段はネット回線に接続されていない、管理サーバごと相手が用意したアプリも含まれている。
「依頼人の中に、事情が変わったところがある。ちょっと俺だけで行ってくるから、姫香と残りの荷物を見張っててくれ」
「残りの荷物を見張れ、って……それ、本気で言ってるのか?」
「その辺は大丈夫だよ」
英治の疑問も、もっともである。裏切り云々は言い出したらきりがないので除外するにしても、無造作に置いておくには危険な代物ばかりなのだ。その中で肝心の『運び屋』がこの場を離れることに、不安を覚えるのも致し方ない。
だから睦月は、仕方がないとばかりに積荷を物色しながら、英治に説明した。
「トラックの荷台自体、全体を最大規格の装甲板で囲んである。錠前もアナログとデジタルの二重仕様。何より……」
積み終えた荷物の中から、これから届ける分だけを持ち出した睦月は荷台を閉め、自動で施錠されたことを確認する為に数度、持ち手を引いた。
「電子錠のナンバーと、トラックの遮断装置の場所は俺しか知らないんだ。爆撃されるか、朔レベルの『鍵師』でも来なけりゃ、少し離れるくらいは問題ない」
「なら、いいけど……どれくらい掛かる?」
「一時間もしない内に戻ってくる。心配するな……姫香、車の鍵をくれ」
荷物を載せ終えた仕事用の国産スポーツカーの鍵を受け取った睦月は、英治達の視線を受けながら運転席に乗り込み、エンジンを叩き起こした。
「じゃあ、手早く済ませてくるから……一応、警戒だけ頼むわ」
――ブォン!
そして、睦月一人だけが係船所から離れていった。
しかし……英治の不安、というより不満は、無造作に放置された積荷とは別にあった。
「さて、と……」
振り返り、係船所内に残された女性陣に目を向けると……英治の予想した通りの状況になっていた。
「作ったばかりなのに、随分使い込んでるわね……」
「…………」
手持ちの道具で自動拳銃を分解整備し始めたカリーナに、その隣で狙撃銃の銃身を抱えたまま、スマホを弄り出す姫香。警戒心はもちろんあるだろうが……この中で一人、英治だけが手持ち無沙汰になっていた。
(俺も何か、持ってくれば良かったな……)
警護や狙撃の為に待機することはあっても、意識を途切れさせない為に、別の何かで時間を潰すのはよくある話だ。何より今は、普段ならすでに、就寝している時間帯である。
「♪~……」
「…………」
生粋の職人と緘黙症かつスマホ中毒の二人に挟まれ、雑談すら許されない英治は仕方なく一人、トラックの後ろに腰を降ろしてもたれかかった。
(早く戻ってきてくれよ、睦月……)
暇潰しの道具もないまま、英治はただ一人、人気のない夜闇を警戒するしかなかった。
(眠りそ…………)
……退屈からくる、眠気と戦いながら。
(しかし、随分珍しいな……)
到着したのは、睦月が保有する物件からそう離れていない、別の係船所だった。
陸路側の駐車場に停めた睦月は、車から降りて中の荷物を持つと、指示された通りに係船所の中へと入っていく。
そして……すぐに屈強な男達に囲まれ、されるがままに身体検査を受けた。
「……こちらへ」
若干音調や抑揚が異なるものの、日本語での指示に促されるまま、睦月は荷物片手に奥へと進む。そして、係船所内の一室に居た先客を見て、思わず声を漏らしてしまった。
「……日本に来てたんですね」
「丁度用事があってね。せっかくだから、挨拶しとこうかと思って……そっちは都合、大丈夫?」
「長居はできませんけどね。取引だけ、先に進めてもいいですか?」
「もちろん。何事も仕事を終わらせてからだ」
照明のない部屋の中、奥の座席に腰掛けていた男は部下に命じ、現金の入ったアタッシュケースを睦月の傍へと運ばせる。そして蓋を開き、中身を確認させてきた。
「……大丈夫そうですね。じゃあ、鍵を掛けて下さい」
閉じられ、施錠されたアタッシュケースが、睦月の足元に置かれる。そして代わりに、『武器商人』から購入してきた荷物を手渡した。
「いつも、こうしているのかい?」
「ええ、そうです」
中身は入っているが、鍵の掛かったアタッシュケースを持ち出しても、すぐに開けられるわけではない。逃げ出せばやましいことがあるのではと制圧されるが、代金を支払われないまま荷物を持ち逃げされても困る。
だから現金があることを事前に確認してから預け、荷物に不備がなければ、改めて開錠して貰うのが、睦月とこの組織との取引のやり方だった。
「待ってる間は、あいつが話し相手になってくれてるんですよ……今日は代わりに、お相手してくれますか?」
「もちろん。その為に今日、来たようなものだしね」
男の向かいには、折り畳み式のテーブルと睦月が腰掛ける為の椅子、そして机上に広げられた、チェスの駒とボード一式が並べられていた。しかも、駒はすでに並べられており、いつでも始められる状態になっている。
「話しながらどうだい? 一局」
「……あまり詳しくないですよ。チェスは」
促されるままに腰掛けた睦月は、差し出された白駒を取り、ポーンを動かした。
「ある国の大統領が訪日する話は、君も知ってるよね?」
「……ニュースで流れているのを、耳にした程度には」
「十分だよ。それで……君の見立ては?」
一瞬、正直に話すべきなのか迷う睦月だったが、盤面と同様に考えるまでもなく、自軍のナイトで相手のルークを牽制してから、正直に答えた。
「『自爆テロが起きてもおかしくない』……そう、思いました」
「やっぱり、一般人から見てもそう思うか……」
「考え過ぎな一般人、だけだと思いますよ。普通なら『考え過ぎ』だって、一笑に付すような内容ですし」
だが……前例がある以上、可能性は決してゼロにならない。それだけは、睦月も理解していた。
「実際、自爆テロは『起きない』、もしくは『未然に防がれた』で済めば、いいんですけどね……」
「……それは、心配しなくていいと思うよ」
相手のビショップがクイーンを狙ってきたが、自軍のナイトを間に差し込み、どうにか防ごうとする。
けれども、今度は別のビショップが攻め込んできてしまい、防戦を強いられてしまう。
「楽観論は国防に不利益しか齎さないのは、世界の共通認識だよ。現に日本でも、事前に爆発物の類に対して、警戒を高めているらしいし」
「その隙に狙撃や襲撃、なんてことにならなければいいんですけれど……」
「……それを防ぐ為に、私が指揮官として、日本に来たんだよ」
相手のキングが、一歩前進してきた。それだけで、睦月は敵陣に攻め込ませようとしていたビショップから、手を放さざるを得なかった。
「今回購入した銃器類で、必要になれば狙撃する。不要であれば、そのまま撤収してもいい。戦争の切っ掛けさえ起きなければ、こちらはどちらでもいいわけだしね」
「なら、いいんですけど……」
代わりに、と動かしたポーンが拙かった。
「……随分、歯切れが悪いね」
クイーンを取られてしまい、残る自軍だけでどう戦況を立て直すかを考えつつ……睦月はポロリと、心中を吐露する。
「素人考えですけど……個人的な贅沢を、ちょっと思い付きまして」
「ほう……ちょっと気になるね。せっかくだし、聞かせてくれないかな?」
ポーンによる牽制、と見せかけた囮も躱されてしまった睦月は、方針を変えずに新しい戦略を組み立てつつ、『個人的な贅沢』について話し始めた。
「『実際に自爆テロが起きそうになるものの、未然に防ぐことに成功する』。そして『黒幕である、とある国家が主導した証拠と実行犯の身柄』。その二つが揃えば……案外簡単に、世界平和に一歩近付けるんじゃないか、って思っただけですよ」
「ふむ……具体的には?」
「支援しておきながら足を引っ張った体たらくに、同盟国の少ない状況。残された外交のカードは……『拉致被害者全員の身柄』だけ」
温存していたルークを前進させた睦月は、机越しの対戦相手である男に、自らの考えを話した。
「『拉致被害者全員の身柄を解放する』こと。それを条件に、加勢しておきながら盛大に足を引っ張った某国の報復から、自国民を守る為に大国の助力を得る。そんな絵空事が……もしかしたら、現実味を帯びてきたんじゃないかって思ったんです」
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