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151 案件No.008_商品輸送及び購入代行(個人取引含む)(その6)
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組織の中でも、その男はあまりにも用心深く、いかに実現困難な事柄だろうと、可能性があれば必ず潰していく。まるで、塵一つ残さず掃除するかのように。
仕事に対する、その異常なまでの潔癖症から、男は周囲に『清掃員』と呼ばれていた。管理職の彼には、管理人の意味もある『JANITOR』の異名がズバリ、当て嵌まっているからだろう。
「高速道路に移ったか……今のところ、尾行に気付いた様子はないな」
「尾行されていると思ってるなら、監視カメラだらけの高速道路に入らないだろ。普通」
暗視双眼鏡を持つ助手席の相棒に、運転手は速度を上げた大小二台の車を追い駆けていく。
「それにしても……あの『清掃員』にまで、疑いの目を向ける必要はあるのか?」
「俺もそう思うよ。国一つをどうこうする位なら、さっさと転職しそうな人だしな」
来日した理由は『他国の大統領の護衛』だと把握している上に、実際に行動に移しているのは確認済みだ。物資の調達こそ日本の人脈を使っているが、それ以外に特筆すべき点はない。
何しろ……本来であれば日本側だけで、全てを片付けられる算段なのだ。場合によっては手を出す必要がないからこそ、直属の部下のみを引き連れて訪日した、という調べもついている。
「現地の工作員や協力者を除けば、怪しいのはあの車の連中だけだ。何せ、唯一の部外者だしな」
「それも、外れっぽいけどな……」
下手に監視カメラで見られないよう、暗視双眼鏡を片付けた相棒は、頭の後ろで腕を組み、そのまま背もたれに体重を預けだした。同じく様子を窺うものの……離れた場所にあった別の係船所で男一人、女二人と合流した後、すぐに4Tトラックと分乗して走り出し、そのまま高速道路に乗り上げたのが現状だ。
運転を交代したこと以外は特に変わった様子はなく、尾行に気付いているのかどうかすら分からない。
「そういえば、ナンバーの照合はどうなってる?」
「必要か? 一応、報告は入れているが……どう考えても潔白だろ?」
「かも、な。はあ……さっさと帰って寝たい」
カン、と金属音がしたものの、走行に問題はない。大方、誰かが窓から投げ捨てた空き缶でも弾いたのだろう。追い駆けている監視対象といい、とことん退屈な仕事だと思っていた時だった。
――ブォン、ブォボボ……!
無駄に喧しいスポーツカーが、後方から法定速度を超えて近付いてきていた。しかも……威圧的な運転で、周囲を押し退けながら、だ。
「何だありゃ? 日本であんな運転するとか、馬鹿じゃないか?」
「ただの暴走車だろ。ほっとけよ、面倒だし……」
そう相棒が言うものだから、運転手も気にせず、若干左寄りに道を開けた。
日本では右側が追い越し車線だと聞いていた為、余計な問題はこれで避けられる。そう思っていたのだが……その迷惑車はよりにもよって、こちらに向けて煽り運転をし始めたのだ。
「……俺の運転、そんなに目立ったか?」
「いや……俺から見ても、日本の道路交通法をしっかり守ってたぞ。一般家庭向きの車を選んだせいで、『弱そうな奴だ』と逆に目を付けられたか?」
若干不思議そうにするものの、どうせ尾行している相手はただの運び手だと結論付けた二人は手際良く、路肩に寄りつつ警察に通報しようと動き出した。
「煽り運転に巻き込まれた。尾行を中断して、一度離れる。状況が終了次第連絡を入れるから、緊急以外は掛けてくるなよ」
『了解……ご愁傷様』
「皮肉かよ……」
通報前に本部へ連絡を入れた後、警察にどう対応するかを、二人は減速する車の中で話し合った。
「……情報提供サンキュ。しっかり潰しといたぞ。じゃ、またな」
目論み通り、尾行車と暴走車を衝突させることに成功した睦月は、電話の相手に礼を告げてから、通話を切った。それを見て、英治は思わずというように呟いてくる。
「相変わらずえげつないな、お前……」
ハンドルから手を放さないまま肩を竦める睦月に、英治は呆れたように息を吐くと、そのまま窓際に頬杖を突き出した。
「普通……尾行車と迷惑運転してる奴をぶつけるか?」
「社会の掃除もできて、一石二鳥だろ?」
「『毒を以て毒を制す』とか、展開考える方が面倒臭いと思うけどな……」
手品の種としては、大したものではない。
以前、『技術屋』に尾行車対策の装備を依頼したことがあった。その際に、簡易的な遠隔操縦装置を開発して貰ったのだが……精々が、『相手の車の照明を操作できる』程度の代物だった。しかも、一回限りの使い捨てである。
一応は仕事用のスポーツカーに装備し、後方の尾行車に向けて射出できるようにしてあったのだが……これまで使う機会がなく、今回ようやく、日の目を見ることとなった。
「と、言っても……相手に気付かれないよう、勝手にハザードランプ焚いて挑発行為してるように錯覚させてるだけだけどな」
その簡易遠隔装置も、すでに内臓のバッテリーが切れ、電磁石の機能を失ってしまっている。今頃は『不幸なスマホ的な何か』として、どこぞの車のタイヤに踏まれて、バラバラになっていることだろう。
「上手いこと一人目で、かつ都合良く暴走車がいてくれて助かった……て、どうした?」
「いや……」
高速道路からしか見れない夜景を横目に、英治はどこか、不安げな口調で言葉を発してきた。
「お前って……昔から運が良い時に限って、後で碌な目に遭ってなかったよな?」
「……言うな。今でも何となく、嫌な予感がしてるんだよ。主に装置の開発者方面で」
無事に仕事が終わるようにと、誰にともなく祈りながら……睦月は運転に再び集中した。
「……了解。現時点で手を引く」
民族性特有の体格の良さと、島国という閉鎖的な環境のせいで聞き慣れない、早口の英語で捲し立てているのが、威嚇として効力を発揮しているらしい。暴走車を運転していた小者は自身の愛車の車体に縋りつつ、半泣きの状態でこちらを見てくる。もっとも、警察が来るまでは助手席に座っていた相棒に任せようと、運転していた男は本部との電話を優先させていたが。
「まさか……車が故障して、ハザードランプが誤作動していたとは」
偶然にせよ、本当は敵対者で何かしらの細工をされたにせよ……これ以上の尾行は意味を成さない。適当に、警察の相手をしてから撤収しようと考えていた時、相棒の罵詈雑言が急に止まってしまった。
「……どうした?」
「電話だ……悪い、代わりに出てくれ」
体格的には大差ないが、厳つさで言えば相棒の方が強い。適材適所だと割り切り、投げ渡されたスマホを持ち直すと手早くスライド操作し、通話状態に切り替えた。
「Hello?」
『どうやら、上手く撒かれちゃったみたいだね』
よりにもよって、疑惑の目を向けていた当人から電話を掛けてきたことに、男は思わず目を覆ってしまう。
英語とはいえ、なるべく聞かれないように距離を置いてから、改めて応対した。
「……いつから、気付いてたんですか?」
『遠くから監視してたのは正解。ただ、尾行に出るタイミングが早過ぎたね。衛星もあるんだし、せっかくなら使えば良かったのに』
「使用記録が残るんで、あまり使わないようにしていたんですよ。そもそも……こちらは別に、本気で疑ってたわけじゃないですからね」
部署が違うとはいえ、特段仲が悪いわけではない。わざわざ敵対するメリットもないが、味方をして勝手に疑惑を無くす理由もなかった。だからこその尾行だったのだが……どうやら完全に、向こうの掌の上だったらしい。
「もしかして……わざとあの運転手を尾行させましたか?」
『あえて見逃した、って意味なら……そうだね』
「人が悪過ぎですよ。本当に……」
しかしそうなると、電話の男とあの運転手の関係が、ますます分からなくなる。いくら自分に疑惑の目を向けさせたくないとはいえ、あっさり相手に押し付けて平気な顔ができるなんて……余計に説明が欲しくなってしまう。
「一体何者なんですか? あの運転手は」
『電話で話すのもどうかと思うし……後で、君の上司に資料を送っておくよ。どうせナンバーも照会してるんでしょう? 多分無駄だから、今からでも止めといた方がいいよ』
「……分かりました」
後に、男は知ることになる。
自分達が尾行していた相手が、かつて……『組織の汚点』とも呼べる程の失態をたった数人、いや一人で覆した『運び屋』だということを。
あの『武器商人』のレジに雇われている春巻が勤める、ミリタリーショップに扮した武器屋の裏手に4Tトラックを停車させた睦月は、二重仕様の錠前を解除していた。その間に姫香が、向こうが所有するフォークリフトを借りに、離れていた時のことである。
英治達が春巻と話し込んでいるのを見た後、中身の確認も含めて、睦月は荷台の中へと入り込む。そして、その少し前から掛かってきていたスマホの通話を繋げた。
「はい」
『やあ、さっきはごめんね。他の部署が目を付けちゃったみたいで』
「……分かってたなら、すぐに止めさせておいて下さいよ」
用箋挟片手に降ろす荷物を確認しながら、睦月はスマホ越しに文句を言うものの、完全に暖簾に腕押しだった。あっさりとした謝罪を受け入れるしかなく、早々に観念してしまう。
「……で、理由は『貸してる分をどうにかチャラにできないかと思って、あえて止めなかった』ってところですか?」
『その通り。まあ、あっさり躱されちゃったけどね』
「むしろ、そっちの方が面倒なことになってましたって。もっと良い手を考えて下さいよ」
やれやれ、とばかりに荷降ろし分を見繕い終えた睦月は、用箋挟を腰に当てると、最大規格の装甲板にもたれかかりながら、電話を続けた。
『だって君……年単位で持ち越してるじゃん。下手に利子付けられたら、逆に払えなくなるんだけど?』
「大丈夫ですよ。わざわざ国相手に、使うつもりはさすがにないですから」
『……よし、言質取った。絶対だからねっ!』
元々、そのつもりがなかったとはいえ……さすがに言質云々言われるとは思ってなかった睦月は、腰を降ろしつつ盛大に、溜息を吐いた。
「……最初から、それが目的でしたか」
『だって、お偉いさんが鉱物資源目当てに、戦争終結に動くかの決定を交渉の材料にしようとしてるんだよ? そんなのどう考えても、ほぼ確実に揉めるに決まってるじゃん。これ以上、仕事増やされても困るし』
「ラジオのニュースで聞いた時から、何か企んでるんじゃないかとは思ってましたけど……そういう理由でしたか」
要するに……面倒事が重なるのを避けようと、睦月に釘を刺そうとしていたのだ。
電話で十分なのに、わざわざ姿を晒してまで挨拶してきた理由があまりにも酷く、思わず額に用箋挟を翳してしまう。
「それより……その話、一般人が聞いても大丈夫なんですか?」
『どうせ一週間もしない内に、ニュースに流れるような話だしね。まあ、こっちも日本に向かう直前に知ったから、部署全体に行き渡ってなかったんだけどさ』
その為に、電話越しの男は疑惑の目を向けられ、睦月は余計な遠回りをさせられてしまったのだろう。
だが……それを聞いた睦月は、思わず妙な勘繰りをしてしまった。
「まさかとは思いますけど……わざと情報を止めてた、なんてことはないですよね?」
『……想像に任せるよ』
確実に確信犯だと、睦月は悟った。その証拠とばかりに、相手はあっさりと電話を切ってしまったのだから。
「結局は、国益か……」
大なり小なり、人間が自分達の利益を求めるのは自然なことだ。そんな常識にいちいちツッコミを入れても仕方がないと、トラックから降りた睦月は、フォークリフトを借りてきた姫香の下へと向かって歩き出した。
「とりあえず……最悪は回避できた、かな?」
通話を切ったスマホを弄びながらそう呟く男に、その部下は不思議そうに問い掛けた。
「そんなに厄介な相手なんですか? あの『運び屋』は」
「……まあ、個人で片付ける分には、いくらかやりようはあるよ」
ただ……と男は、溜息交じりに答えてきた。
「国が相手をするとなると……よくて国民の数割、下手したら返り討ちに遭うからね。できるだけ、敵対しない方が無難なんだよ」
「そうは言いますけど……結局は、たった一人の人間ですよね?」
そこがずっと、部下の脳裏に引っ掛かっていた。眼前の男は、『個人ではどうにかなる』と言いつつも、『国が相手をすると甚大な被害を齎す』と評価している。普通は逆、もしくはどちらも有りか無しだと評すると思うのだが……何故あの『運び屋』は、そのような評価を受けているのか。
そして、疑問が顔に浮かんでしまっていたのだろう。男は部下に、その答えをあっさりと告げてきた。
「まあ、早い話が…………『傲慢であればある程、絶対に勝てなくなってしまう』のが、あの『運び屋』なんだよ」
今でこそ『清掃員』と呼ばれる程に評価されていても、あの『運び屋』にだけは絶対に、頭を上げられないと、暗に告げられていたのだが……その意味を理解するまで、かなりの時を要してしまった。
仕事に対する、その異常なまでの潔癖症から、男は周囲に『清掃員』と呼ばれていた。管理職の彼には、管理人の意味もある『JANITOR』の異名がズバリ、当て嵌まっているからだろう。
「高速道路に移ったか……今のところ、尾行に気付いた様子はないな」
「尾行されていると思ってるなら、監視カメラだらけの高速道路に入らないだろ。普通」
暗視双眼鏡を持つ助手席の相棒に、運転手は速度を上げた大小二台の車を追い駆けていく。
「それにしても……あの『清掃員』にまで、疑いの目を向ける必要はあるのか?」
「俺もそう思うよ。国一つをどうこうする位なら、さっさと転職しそうな人だしな」
来日した理由は『他国の大統領の護衛』だと把握している上に、実際に行動に移しているのは確認済みだ。物資の調達こそ日本の人脈を使っているが、それ以外に特筆すべき点はない。
何しろ……本来であれば日本側だけで、全てを片付けられる算段なのだ。場合によっては手を出す必要がないからこそ、直属の部下のみを引き連れて訪日した、という調べもついている。
「現地の工作員や協力者を除けば、怪しいのはあの車の連中だけだ。何せ、唯一の部外者だしな」
「それも、外れっぽいけどな……」
下手に監視カメラで見られないよう、暗視双眼鏡を片付けた相棒は、頭の後ろで腕を組み、そのまま背もたれに体重を預けだした。同じく様子を窺うものの……離れた場所にあった別の係船所で男一人、女二人と合流した後、すぐに4Tトラックと分乗して走り出し、そのまま高速道路に乗り上げたのが現状だ。
運転を交代したこと以外は特に変わった様子はなく、尾行に気付いているのかどうかすら分からない。
「そういえば、ナンバーの照合はどうなってる?」
「必要か? 一応、報告は入れているが……どう考えても潔白だろ?」
「かも、な。はあ……さっさと帰って寝たい」
カン、と金属音がしたものの、走行に問題はない。大方、誰かが窓から投げ捨てた空き缶でも弾いたのだろう。追い駆けている監視対象といい、とことん退屈な仕事だと思っていた時だった。
――ブォン、ブォボボ……!
無駄に喧しいスポーツカーが、後方から法定速度を超えて近付いてきていた。しかも……威圧的な運転で、周囲を押し退けながら、だ。
「何だありゃ? 日本であんな運転するとか、馬鹿じゃないか?」
「ただの暴走車だろ。ほっとけよ、面倒だし……」
そう相棒が言うものだから、運転手も気にせず、若干左寄りに道を開けた。
日本では右側が追い越し車線だと聞いていた為、余計な問題はこれで避けられる。そう思っていたのだが……その迷惑車はよりにもよって、こちらに向けて煽り運転をし始めたのだ。
「……俺の運転、そんなに目立ったか?」
「いや……俺から見ても、日本の道路交通法をしっかり守ってたぞ。一般家庭向きの車を選んだせいで、『弱そうな奴だ』と逆に目を付けられたか?」
若干不思議そうにするものの、どうせ尾行している相手はただの運び手だと結論付けた二人は手際良く、路肩に寄りつつ警察に通報しようと動き出した。
「煽り運転に巻き込まれた。尾行を中断して、一度離れる。状況が終了次第連絡を入れるから、緊急以外は掛けてくるなよ」
『了解……ご愁傷様』
「皮肉かよ……」
通報前に本部へ連絡を入れた後、警察にどう対応するかを、二人は減速する車の中で話し合った。
「……情報提供サンキュ。しっかり潰しといたぞ。じゃ、またな」
目論み通り、尾行車と暴走車を衝突させることに成功した睦月は、電話の相手に礼を告げてから、通話を切った。それを見て、英治は思わずというように呟いてくる。
「相変わらずえげつないな、お前……」
ハンドルから手を放さないまま肩を竦める睦月に、英治は呆れたように息を吐くと、そのまま窓際に頬杖を突き出した。
「普通……尾行車と迷惑運転してる奴をぶつけるか?」
「社会の掃除もできて、一石二鳥だろ?」
「『毒を以て毒を制す』とか、展開考える方が面倒臭いと思うけどな……」
手品の種としては、大したものではない。
以前、『技術屋』に尾行車対策の装備を依頼したことがあった。その際に、簡易的な遠隔操縦装置を開発して貰ったのだが……精々が、『相手の車の照明を操作できる』程度の代物だった。しかも、一回限りの使い捨てである。
一応は仕事用のスポーツカーに装備し、後方の尾行車に向けて射出できるようにしてあったのだが……これまで使う機会がなく、今回ようやく、日の目を見ることとなった。
「と、言っても……相手に気付かれないよう、勝手にハザードランプ焚いて挑発行為してるように錯覚させてるだけだけどな」
その簡易遠隔装置も、すでに内臓のバッテリーが切れ、電磁石の機能を失ってしまっている。今頃は『不幸なスマホ的な何か』として、どこぞの車のタイヤに踏まれて、バラバラになっていることだろう。
「上手いこと一人目で、かつ都合良く暴走車がいてくれて助かった……て、どうした?」
「いや……」
高速道路からしか見れない夜景を横目に、英治はどこか、不安げな口調で言葉を発してきた。
「お前って……昔から運が良い時に限って、後で碌な目に遭ってなかったよな?」
「……言うな。今でも何となく、嫌な予感がしてるんだよ。主に装置の開発者方面で」
無事に仕事が終わるようにと、誰にともなく祈りながら……睦月は運転に再び集中した。
「……了解。現時点で手を引く」
民族性特有の体格の良さと、島国という閉鎖的な環境のせいで聞き慣れない、早口の英語で捲し立てているのが、威嚇として効力を発揮しているらしい。暴走車を運転していた小者は自身の愛車の車体に縋りつつ、半泣きの状態でこちらを見てくる。もっとも、警察が来るまでは助手席に座っていた相棒に任せようと、運転していた男は本部との電話を優先させていたが。
「まさか……車が故障して、ハザードランプが誤作動していたとは」
偶然にせよ、本当は敵対者で何かしらの細工をされたにせよ……これ以上の尾行は意味を成さない。適当に、警察の相手をしてから撤収しようと考えていた時、相棒の罵詈雑言が急に止まってしまった。
「……どうした?」
「電話だ……悪い、代わりに出てくれ」
体格的には大差ないが、厳つさで言えば相棒の方が強い。適材適所だと割り切り、投げ渡されたスマホを持ち直すと手早くスライド操作し、通話状態に切り替えた。
「Hello?」
『どうやら、上手く撒かれちゃったみたいだね』
よりにもよって、疑惑の目を向けていた当人から電話を掛けてきたことに、男は思わず目を覆ってしまう。
英語とはいえ、なるべく聞かれないように距離を置いてから、改めて応対した。
「……いつから、気付いてたんですか?」
『遠くから監視してたのは正解。ただ、尾行に出るタイミングが早過ぎたね。衛星もあるんだし、せっかくなら使えば良かったのに』
「使用記録が残るんで、あまり使わないようにしていたんですよ。そもそも……こちらは別に、本気で疑ってたわけじゃないですからね」
部署が違うとはいえ、特段仲が悪いわけではない。わざわざ敵対するメリットもないが、味方をして勝手に疑惑を無くす理由もなかった。だからこその尾行だったのだが……どうやら完全に、向こうの掌の上だったらしい。
「もしかして……わざとあの運転手を尾行させましたか?」
『あえて見逃した、って意味なら……そうだね』
「人が悪過ぎですよ。本当に……」
しかしそうなると、電話の男とあの運転手の関係が、ますます分からなくなる。いくら自分に疑惑の目を向けさせたくないとはいえ、あっさり相手に押し付けて平気な顔ができるなんて……余計に説明が欲しくなってしまう。
「一体何者なんですか? あの運転手は」
『電話で話すのもどうかと思うし……後で、君の上司に資料を送っておくよ。どうせナンバーも照会してるんでしょう? 多分無駄だから、今からでも止めといた方がいいよ』
「……分かりました」
後に、男は知ることになる。
自分達が尾行していた相手が、かつて……『組織の汚点』とも呼べる程の失態をたった数人、いや一人で覆した『運び屋』だということを。
あの『武器商人』のレジに雇われている春巻が勤める、ミリタリーショップに扮した武器屋の裏手に4Tトラックを停車させた睦月は、二重仕様の錠前を解除していた。その間に姫香が、向こうが所有するフォークリフトを借りに、離れていた時のことである。
英治達が春巻と話し込んでいるのを見た後、中身の確認も含めて、睦月は荷台の中へと入り込む。そして、その少し前から掛かってきていたスマホの通話を繋げた。
「はい」
『やあ、さっきはごめんね。他の部署が目を付けちゃったみたいで』
「……分かってたなら、すぐに止めさせておいて下さいよ」
用箋挟片手に降ろす荷物を確認しながら、睦月はスマホ越しに文句を言うものの、完全に暖簾に腕押しだった。あっさりとした謝罪を受け入れるしかなく、早々に観念してしまう。
「……で、理由は『貸してる分をどうにかチャラにできないかと思って、あえて止めなかった』ってところですか?」
『その通り。まあ、あっさり躱されちゃったけどね』
「むしろ、そっちの方が面倒なことになってましたって。もっと良い手を考えて下さいよ」
やれやれ、とばかりに荷降ろし分を見繕い終えた睦月は、用箋挟を腰に当てると、最大規格の装甲板にもたれかかりながら、電話を続けた。
『だって君……年単位で持ち越してるじゃん。下手に利子付けられたら、逆に払えなくなるんだけど?』
「大丈夫ですよ。わざわざ国相手に、使うつもりはさすがにないですから」
『……よし、言質取った。絶対だからねっ!』
元々、そのつもりがなかったとはいえ……さすがに言質云々言われるとは思ってなかった睦月は、腰を降ろしつつ盛大に、溜息を吐いた。
「……最初から、それが目的でしたか」
『だって、お偉いさんが鉱物資源目当てに、戦争終結に動くかの決定を交渉の材料にしようとしてるんだよ? そんなのどう考えても、ほぼ確実に揉めるに決まってるじゃん。これ以上、仕事増やされても困るし』
「ラジオのニュースで聞いた時から、何か企んでるんじゃないかとは思ってましたけど……そういう理由でしたか」
要するに……面倒事が重なるのを避けようと、睦月に釘を刺そうとしていたのだ。
電話で十分なのに、わざわざ姿を晒してまで挨拶してきた理由があまりにも酷く、思わず額に用箋挟を翳してしまう。
「それより……その話、一般人が聞いても大丈夫なんですか?」
『どうせ一週間もしない内に、ニュースに流れるような話だしね。まあ、こっちも日本に向かう直前に知ったから、部署全体に行き渡ってなかったんだけどさ』
その為に、電話越しの男は疑惑の目を向けられ、睦月は余計な遠回りをさせられてしまったのだろう。
だが……それを聞いた睦月は、思わず妙な勘繰りをしてしまった。
「まさかとは思いますけど……わざと情報を止めてた、なんてことはないですよね?」
『……想像に任せるよ』
確実に確信犯だと、睦月は悟った。その証拠とばかりに、相手はあっさりと電話を切ってしまったのだから。
「結局は、国益か……」
大なり小なり、人間が自分達の利益を求めるのは自然なことだ。そんな常識にいちいちツッコミを入れても仕方がないと、トラックから降りた睦月は、フォークリフトを借りてきた姫香の下へと向かって歩き出した。
「とりあえず……最悪は回避できた、かな?」
通話を切ったスマホを弄びながらそう呟く男に、その部下は不思議そうに問い掛けた。
「そんなに厄介な相手なんですか? あの『運び屋』は」
「……まあ、個人で片付ける分には、いくらかやりようはあるよ」
ただ……と男は、溜息交じりに答えてきた。
「国が相手をするとなると……よくて国民の数割、下手したら返り討ちに遭うからね。できるだけ、敵対しない方が無難なんだよ」
「そうは言いますけど……結局は、たった一人の人間ですよね?」
そこがずっと、部下の脳裏に引っ掛かっていた。眼前の男は、『個人ではどうにかなる』と言いつつも、『国が相手をすると甚大な被害を齎す』と評価している。普通は逆、もしくはどちらも有りか無しだと評すると思うのだが……何故あの『運び屋』は、そのような評価を受けているのか。
そして、疑問が顔に浮かんでしまっていたのだろう。男は部下に、その答えをあっさりと告げてきた。
「まあ、早い話が…………『傲慢であればある程、絶対に勝てなくなってしまう』のが、あの『運び屋』なんだよ」
今でこそ『清掃員』と呼ばれる程に評価されていても、あの『運び屋』にだけは絶対に、頭を上げられないと、暗に告げられていたのだが……その意味を理解するまで、かなりの時を要してしまった。
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