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第六十四章 神(かみ)さり

英断の乙女

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「私は大自在天女、貴方は大自在天、二つは一つ……神意とは融合なのか……」
 少し考えたのがあだになったのか、幽冥主宰大神がヴィーナスさんの全身にまき付きました。

 巨大な蛇が小柄なヴィーナスさんにまきつくという、物質世界ではありえないことが、この結界では起こったのです。

 ヴィーナスさんからみれば、蛇は腕ほどの太さ。
 締め上げる力は破壊的、そして鎌首を持ち上げ、飲み込もうとしているのです。

「私が融合を望んで、飲み込まれると思いますか?」
 ヴィーナスさん、突然全身が強烈に光輝くと、巨大な蛇がのたうってます。

「蛇は基本的に夜行性、強烈な光には、目が耐えられないはず」
「冥界の神よ、私を騙すには、いささかあせったようね」

「かなり巧妙に策を弄したようですが、神にはすがすがしい神気があり、私は幾度もその神気を、見せていただいている」

「幽子といえど、宇摩志阿斯訶備比古遅(うましあしかびひこぢ)様と天之常立(あめのとこたち)様には、それを感じた」

「貴方様からは、そのようなものは感じない」
「私の身の一部、私の一つの存在なのは確かと思います」
「大神様の、この神饌における御神意とは禊払い」

「わが身をもって、わが身の悪しきものを払う、そしてこれが本当の大神様が望まれた行為、悪しきはわが身に収め昇華せよ」

 ヴィーナスさん、巨大な蛇を幽子に分解しました。
 そして作り変えたのです。

「世界は単性生殖に向かっています、大物主様では問題があるのです」
「私は何から造られたのか、ヴィーナスはウーラノスの陽物から生まれたと神話にあるのですから、私は貴方から生まれたのでしょう」
「だから滅するわけにはいきません」

「しかし陰陽の時代は去り、世界は変わるのですから、そのまま受け入れるわけにはいきません」
「ホトーー女性の陰部の事ーーを好んだ大物主様は、来る世界では受け入れられない」

「悪しきものとは生殖方法、だから私は造られたときから、中性だったのかもしれません」
「本来は貴方が正しい姿、しかし今、消滅と誕生の輪廻ではないのです」
「生きとし生けるものは変化していく、変化の輪廻が正しいのです」
「私はこの神饌で、貴方を御贄(みにえ)とし、貴方を作り変えた」
「そして私は、私の中の私に、貴方を迎え入れる」
「今の貴方は私と瓜二つ、私はその姿の貴方の名前を知っている」

「『英断の乙女』、黒の巫女のいまひとつの姿、そして最後の洋人の幽子」
「永きとき、ご苦労様でした、貴方と私、手を取り合って、世界を守りましょう」

 ヴィーナスさん、英断の乙女と呼んだ、幽子の塊を抱きしめました。
 すると幽子の塊は分裂し、ヴィーナスさんに溶けいったのです。

 再び仄暗い本殿内は結界……
 
 どこへいくのか、いまや冥界の支配者にもなったヴィーナスさん、なにをすればよいのか、分かっているようです。

 さっと手を振りますと、見る見る仄暗い空間に光がさしてきます。
 結界内に光が満ち満ちて、清らかな神気が漂っています。

「やっとお会いできました、お父様、お母様」
 ヴィーナスさんの周りに、微風(そよかぜ)が取り巻きます、綺麗な黒髪がふわっとなびきました。

「ここまでご苦労でしたね、神産巣日です」
「良く来てくれた、私が高御産巣日である」

 ヴィーナスさん、言葉がありません、ただ涙が一滴流れました。

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