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第六十五章 捨てられた世界

往かないでください!

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「貴女の姿を、この場所で見れて私たちは満足です」
「もう私たちの役目は終わりました」
「美子さん、後は貴女の思い通りにしなさい」

 神産巣日神がそうおっしゃると、高御産巣日神も
「そうだな、私たちの役目は終わった、お前は私たちの娘、よくがんばってくれた」
 と、言葉を続けられました。

「お父様、お母様、今しばらくお待ちください」
 ヴィーナスさん、意を決したように、言葉を発しました。

「お二方のお役目であられると拝察する、大国主様はご覧のとおり、私に戻りました」
「たしかにその意味では、お役目は終わったのでしょう」

「しかし私の中にある陽は、いまだ動いております、何かの出来事で現れるかもしれません、私はいまだ才が足りません」
「ご存知のように私は変態なのです、そんな私を監視しなくては、ならないのでは?」

「お役目は、私が『ある限り』続くはずです」
「私はお二方の不肖の娘、どうか今までどおり御指導を願えませんか?」
「どうか、私に親のありがたみを知らしめてくださいませんか?伏してお願いいたします」

「それは……」
「私たちでは決めきれないこと、しかし嬉しい言葉……娘を持つというのは、こんな感情が味わえるのか……」

「お父様、では天之御中主(あめのみなかぬし)に嘆願すればいいのですか?」

「そうなるが……私たちのことで、創造主にお会いにいくなど……」

「私は嘆願してみます、お二方には、お役目の始末は、いま少し、お待ちくださいませんか」

「……」

 いまや幽冥主宰大神 (かくりごとしろしめすおおかみ)でもあるヴィーナスさん、天之御中主(あめのみなかぬし)がどこに居られるか知っているのです。

 ……今こそ分かるわ、お父様もお母様も幽子定数群体、そう、私同様に造られた存在、全ては時の始めのかなたに存在していた方が作った、そして全てはその方の思惑……

 ……三千世界はブレーンワールドと認識していたけど、世界はそれだけではないのよ。
 確かにブレーンワールドは存在するけど、幽子を知覚し、それのみで構成される世界が存在する。

 幽子とは『意識』ともいえる、時の生まれる前の世界はその幽子のさらに彼方にある。
 無色界を突き抜けたところにある、私はその突き抜けた世界にはたどり着けない……

 しかし第三天、無所有処(むしょうしょ)なら、今の私にはたどり着ける。
 自らを『意識』だけにすれば、そこにたどり着ける。

 いま目の前に居られるお父様とお母様は、自らのお体の一部、お役目を達成するために、ここに下りて来られているだけ……

 そして神のお役目は終わった……お二方は無色界の第二天、識無辺処(しきむへんしょ)に居られるはず……

 そして天之御中主様はその上、第三天、無所有処(むしょうしょ)に在られるはず。
 そしてなんとしてもお会いして、お父様とお母様の最後の一握りはこの世界、いや、私のために残してほしい……

 ……そう、もうお二方はあらかた消えられている。
 『神(かみ)さり』なのだ……
 でも、最後に私に言葉をかけてくれるために、一部が残っていてくださった、幽子定数群体として……

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