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第七十一章 幻のカタカムナ

憤怒の果て

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 神殿内部は、この世界の憤怒の波動が、凝縮したような空気が満ちています。

 ……こうまで濃厚な波動になると、一個の肉体として存在しそうね、瘴気といえばいいのかしら……

 そんなことを考えていると突然、背中から襲われた美子さん。
「ライラさんね、待っていたけど、何も仕掛けてこなかったわね」
「ティアマト様……私は……」

「さて、憑依といえばいいのかしら、ダイティヤ一族のコータヴィーよ」
「話すことの出来るよりしろはここにいる、貴女がライラさんに取り付いて、私を値踏みしていたのは分かっていた」
「お互いヴァルナの娘同士、まずは話をして見ませんか」

 何も言いませんね。

 その代わりに、神殿内部の空間が捩れていきます。
 そして仄暗い空間が、美子さんの周りを取り囲んだのです。

「天之御中主(あめのみなかぬし)の犬め」
 空間全体から、響くような声がしました。

「コータヴィーか、憎しみは拭い去れないようだな」
 
「汝は幽冥主宰大神 (かくりごとしろしめすおおかみ)でもあるのか、そうか……軍事称号ルシファー所持者か……我らの模造品の分際のくせに、許さんぞ、犬よ」

 空間が凝縮をはじめ、みるみる美子さんを締め上げようとします。

 これは……幽子結合体?違う、幽子定数群体……では母群体はどこに……
 
 母群体などない!個々の自我が一つの集団としての個性を作り上げている……

 コータヴィーとは、細胞性粘菌のように意識をもつ幽子の集合意識、ダイティヤ一族の意識なのか……

 美子さん、とにかく行動を起こします。
 
 自らの体を幽子に分解、仮想制御戦闘能力を使い、襲い掛かる膨大なダイティヤ一族の、個々の幽子に相対したのです。
 
 膨大な憎悪ですが……
 ……どうしたことなの、この憎悪の元は『使いの人々』じゃないの、アスラ族は、ダイティヤ一族はどこにいるの!……

 美子さん、相対している幽子の個性に命じました。
「我に従え!汝らはアスラの友であり、アスラに従うべき『使いの人々』、我はアスラのヴァルナ評議会議長、ヴァルナの娘、我に従え!」

「お前はヴァルナの娘ではない、少なくとも我らのヴァルナの娘ではない、我らのアスラ族ではない、憤怒のないアスラなど、我らの主ではない」

「そうか、古きアスラは憤怒をエネルギーとしたのだろうが、新しきアスラは歓喜をエネルギーとしている、汝らも新しきアスラに従え!」

 美子さん、ここで『使いの人々』の幽子、魂を抱いたのです。
 そして官能を魂に埋め込むという、とんでもない行為に及びます。

 徐々に空間は鮮やかになり始め、そして……衝撃波が襲ってきました。
 その衝撃は神殿、そしてカタカムナ世界も吹き飛ばしてしまいました。

 ……やはりこのカタカムナ世界、幻だったのね……幽子の結合で構成されていたのね、だからありえない夜がやってくる。

 擬似的な物理法則も垣間見えたけど、全ては私の思いで具現化していたように見えただけ……
 擬似科学ということね……私が望めば世界は変貌する……ありえない物理法則を支配できる……

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