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第六十一章 神々の霧の中に

03 男と女

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「ねえマレーネさん、男性体の指導者は、オーディンが最後だったのですか。」
「完全な男性体指導者としては最後です。」

 完全な?
「私のデーターベースの最後のほうですが、キュベレーと呼ばれていた指導者が記録されています。」

 キュベレー?

 イシスの次はキュベレーですか。
 遥かな古代、今のトルコがある、アナトリア半島のフリギアという町で崇拝され、古代ギリシア、古代ローマにも信仰が広がった女神ですね。

 新石器時代から、崇拝されていたといわれています。
 多分、その始まりは旧石器時代にも遡ると思われます。
 男性体の最後に、このキュベレーという名前が出てきたことは、驚きを隠せませんが、納得はできます。

 キュベレー神を崇拝するものは、自らを聖なる儀式で完全去勢した男、この儀式の後、彼らは女性の衣装をまとい、社会的に女性とみなされたといわれています。

 完全でない男性体の指導者キュベレー、みずから男性を捨てて女性になったキュベレー……

 キュベレーは穏健派だったのでしょう。
 単性生殖を可能にしたアスラ族女性体にとって、完全な男性体は邪魔者に過ぎず、対立と抗争の果て、オーディン率いる男性体は、粛清されたと推測できます。

 どのように粛清されたのかは知りません。
 単なる処刑だったのかどうなのかは、時の霧の中ですが、その後の完全でない男性体は、完全な女性体となったと考えるのが妥当でしょう。

 肉体を再構成できるほどのアスラ族です、このようなことは簡単なことでしょう。
 長い抗争の果てに、アスラ族は女性体だけの種族となったのです。

 私はさらに考えてみました。
 単性生殖が可能になり、男性体がいなくなった世界、しかも肉体を再構成できるということは、永遠を生き抜ける力も持っていました。
 私がそうであることが、そのことを証明しているでしょう。

 まず間違いなしに、生殖に対する興味が薄れるでしょう。
 多分ではありますが、真空エネルギーあたりを自在に扱い、物質を捨て去る所まで進化したのでしょう。
 イシスさんと対面すれば、嫌でもそう思います。

 精神だけで、永遠に存在できる所まで進化した時、私ならこう思うのではありませんか?
 『つまらない』と。

 男と女が、互いに刺激してこそ、生きている楽しみ、活力が出てくるのではないでしょうか。
 しかしこの時、精神だけの存在になったアスラ族に、男性的思考は存在しないはずです。

 互いに刺激し、高め合う存在である、もう一つの知性体がいないのです。
 刺激のない、ただ生きているだけの自分を知った時、この神の領域までに進化した種族は、どうするのでしょう。

 アスラ族女性体は気づいたのでしょうね、でももう遅い。
 片方が消えれば、片方も静かに消えていくはずです。

 永遠を生きるアスラ族は、種としての活力を亡くし、徐々に思考を停止して行ったと思います。
 そして三千世界を、解脱したのかもしれません。

 私には、理解が出来ないことではありますが、物質も精神も無になった時に、無という世界が開けるでしょう。
 その世界に溶け込めれば、何かが変わる、あるいは知覚するのかもしれません。
 創造神を乗り越えることになりますが……

 ではそうだったとしたら、なぜイシスさんだけが、思考を停止しなかったのか?
 なぜ種族と行動を共にしなかったのか。

 望めばなにかが望めるでしょう、死と再生を繰り返す中、そのループを超えた存在として。
 本当にこうだったのかは、私には分かりません、真相はイシスさんの胸の中。

 でも、そんなめんどくさいことを、私ならしませんね。
 問題は簡単に解決するではありませんか。
 男を作れば良いではありませんか?

 お・と・こ をつくる……
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