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5 過去の恋と友情1
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お気に入りのチョコレートとハーブティー。金曜日の夜のお決まりのアイテムを一人用の小さな座卓に並べて、由希子はベッドに持たれながらぼんやりしていた。
今日、エレベーターで感じた壱岐の体温、鼓動、吐息。その全てに胸が高鳴って、今思い出しても頬が熱くなる。
誰かを好きになるなんて、恋する気持ちなんて、全部三年前に置いてきた。それでも、いつの間にか随分年下の壱岐に惹かれている自分がいた。
だが、由希子は人を好きになることが怖くなっていた。また裏切られるのではないか?
壱岐を好きだと思う気持ちを認めようとすると、次の瞬間には裏切られた三年前の記憶が蘇る。
――こんな事なら、あの時良哉に対して何か言えばよかった。無理やり納得せず、ちゃんと向き合えばよかった。いや、本当は納得なんてしてなかった。なんでよりによってあの子と?あの子もあの子だ。高校時代から、彼と私をずっと一番傍で見ていたはずなのに、あの時だって、他の友人との連絡が減っても唯一連絡を取り合っていたのに。なぜなの?
どんな言葉も後悔も全て今更だ。二人はあの時何も言わずに去っていった自分の事など忘れて、幸せに暮らしているに違いない。もう地元の友人とは誰とも連絡を取っていないので、全くの想像だが――
「なんで今頃こんなこと思い出すんだろう」
あの時、きちんと終わらせられなかった。恋人と親友から自分が切り捨てられたと認めるなんて、一人上京して毎日必死で過ごしていたその頃の由希子にそれは惨めで、孤独すぎて、とても出来なかった。悲しさや虚しさ、怒り、その全てを受け入れていたら、恐らく心が壊れてしまうほどだった。
(あんな思いするくらいなら、もう恋なんてしなくていい。ずっと一人で生きていった方がマシだわ)
壱岐のくれたチョコレートを一粒口にする。
「…美味しい」
由希子は冷えた心が少し温まっていくのを感じた。
ハーブティーを口に含むと、気持ちが安らぐ薫りが鼻腔いっぱいに広がる。
「さ、今日はもう寝よう。明日は洗濯をやっつけて久しぶりに買い物に行こう」
気を取り直した由希子は洗面所に向かった。
◆
あの日の一件以来、壱岐は由希子とエレベーターで会うと手を繋ぐようになった。
由希子は最初こそ恥ずかしがり、その都度やめるように言っていたが、あまりに自然に毎回繋いでくる為、最近では諦めて受け入れることにした。
「前にも言ったけど、由希子さんの手って小さくて本当に可愛いよね。柔らかいし、ちょっとひんやりしてて温めてあげたくなる」
にぎにぎと人の手を握りながら、恥ずかしげもなくそんな事を言ってくる年下の男に、由希子は戸惑いを隠せない。
壱岐に対して、好感を持っていることは認めるが、自分はもう恋愛などしないと先日心に決めたばかりなのだ。
恋人と親友を一度に無くすような、三年前のあんな思いはもう二度としたくない。一人で面白みはないが、平和な人生を歩む、そう誓ったのだ。
「あのね壱岐くん、年上の女を揶揄うのはやめようね?」
「揶揄ってなんかないよ。本当にそう思ってるよ」
壱岐はふんわりと優しい眼差しで由希子を見つめる。
目が合うと由希子は力いっぱい渋面する。
「うわ!ひどい顔!」
「もう!それが揶揄ってるって言ってるの!」
由希子はパッと手を離すとエレベーターからするりと降りた。
壱岐もその後を追いかける。いつの日からか、駅までの道を共にすることが多くなった。
「あ、由希子さん、今日仕事って何時頃終わる?たまには外で一緒にご飯とかどうですか?何気に一緒に食べに行ったこととかないなーって思って」
由希子はスケジュール帳代わりに使っているスマートフォンのカレンダーを確認する。今日は打ち合わせも外出もないので七時には上がれそうだった。
「何もなければ七時には上がれると思う。じゃあ、何か食べに行こうか。七時半に駅でどう?」
「やった!じゃあ、こないだのチョコのお礼ってことで、ご馳走様です!」
「え?待って!チョコのお礼に夕飯って!高くない?詐欺なの?」
壱岐が声を上げて笑う。満面の笑みだ。
「冗談だよ!嬉しいな。由希子さんとご飯!」
嬉しそうに笑う背の高い年下の男を見て、由希子は何だかキュンっと胸が締め付けられたが、気付かないふりをした。
今日、エレベーターで感じた壱岐の体温、鼓動、吐息。その全てに胸が高鳴って、今思い出しても頬が熱くなる。
誰かを好きになるなんて、恋する気持ちなんて、全部三年前に置いてきた。それでも、いつの間にか随分年下の壱岐に惹かれている自分がいた。
だが、由希子は人を好きになることが怖くなっていた。また裏切られるのではないか?
壱岐を好きだと思う気持ちを認めようとすると、次の瞬間には裏切られた三年前の記憶が蘇る。
――こんな事なら、あの時良哉に対して何か言えばよかった。無理やり納得せず、ちゃんと向き合えばよかった。いや、本当は納得なんてしてなかった。なんでよりによってあの子と?あの子もあの子だ。高校時代から、彼と私をずっと一番傍で見ていたはずなのに、あの時だって、他の友人との連絡が減っても唯一連絡を取り合っていたのに。なぜなの?
どんな言葉も後悔も全て今更だ。二人はあの時何も言わずに去っていった自分の事など忘れて、幸せに暮らしているに違いない。もう地元の友人とは誰とも連絡を取っていないので、全くの想像だが――
「なんで今頃こんなこと思い出すんだろう」
あの時、きちんと終わらせられなかった。恋人と親友から自分が切り捨てられたと認めるなんて、一人上京して毎日必死で過ごしていたその頃の由希子にそれは惨めで、孤独すぎて、とても出来なかった。悲しさや虚しさ、怒り、その全てを受け入れていたら、恐らく心が壊れてしまうほどだった。
(あんな思いするくらいなら、もう恋なんてしなくていい。ずっと一人で生きていった方がマシだわ)
壱岐のくれたチョコレートを一粒口にする。
「…美味しい」
由希子は冷えた心が少し温まっていくのを感じた。
ハーブティーを口に含むと、気持ちが安らぐ薫りが鼻腔いっぱいに広がる。
「さ、今日はもう寝よう。明日は洗濯をやっつけて久しぶりに買い物に行こう」
気を取り直した由希子は洗面所に向かった。
◆
あの日の一件以来、壱岐は由希子とエレベーターで会うと手を繋ぐようになった。
由希子は最初こそ恥ずかしがり、その都度やめるように言っていたが、あまりに自然に毎回繋いでくる為、最近では諦めて受け入れることにした。
「前にも言ったけど、由希子さんの手って小さくて本当に可愛いよね。柔らかいし、ちょっとひんやりしてて温めてあげたくなる」
にぎにぎと人の手を握りながら、恥ずかしげもなくそんな事を言ってくる年下の男に、由希子は戸惑いを隠せない。
壱岐に対して、好感を持っていることは認めるが、自分はもう恋愛などしないと先日心に決めたばかりなのだ。
恋人と親友を一度に無くすような、三年前のあんな思いはもう二度としたくない。一人で面白みはないが、平和な人生を歩む、そう誓ったのだ。
「あのね壱岐くん、年上の女を揶揄うのはやめようね?」
「揶揄ってなんかないよ。本当にそう思ってるよ」
壱岐はふんわりと優しい眼差しで由希子を見つめる。
目が合うと由希子は力いっぱい渋面する。
「うわ!ひどい顔!」
「もう!それが揶揄ってるって言ってるの!」
由希子はパッと手を離すとエレベーターからするりと降りた。
壱岐もその後を追いかける。いつの日からか、駅までの道を共にすることが多くなった。
「あ、由希子さん、今日仕事って何時頃終わる?たまには外で一緒にご飯とかどうですか?何気に一緒に食べに行ったこととかないなーって思って」
由希子はスケジュール帳代わりに使っているスマートフォンのカレンダーを確認する。今日は打ち合わせも外出もないので七時には上がれそうだった。
「何もなければ七時には上がれると思う。じゃあ、何か食べに行こうか。七時半に駅でどう?」
「やった!じゃあ、こないだのチョコのお礼ってことで、ご馳走様です!」
「え?待って!チョコのお礼に夕飯って!高くない?詐欺なの?」
壱岐が声を上げて笑う。満面の笑みだ。
「冗談だよ!嬉しいな。由希子さんとご飯!」
嬉しそうに笑う背の高い年下の男を見て、由希子は何だかキュンっと胸が締め付けられたが、気付かないふりをした。
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