動機なんて、いつの時代も不純なものさ。

れい

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動機なんて、いつの時代も不純なものさ。

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恋とはなんぞや。
誰かが言った。恋は下に心があるのだと。

愛とはなんぞや。
誰かが言った。愛は真ん中に心があるのだと。

では恋愛とはなんぞや。
私の問いに、まだ応える人はいない。



課長代理として新しく転職してきたこの会社ではや二年、私はそれなりに良い人間関係を作っていると思う。
部下も後輩も慕ってくれている。愚痴を言える同僚もいる。問題点は部長に目の敵にされていることだ。
部長は厄介な男だった。今時珍しい古風な人間で、女は子どもを産んで家を守るものだ。外に出て働くものではないと。
政治家がテレビで言ったら総叩きにあって、辞職に追い込まれるだろう。そんなことを平気で公言する人間だった。
38歳になって、突然他所から課長代理として入ってきた独身の私は、彼からしたら格好の良い的だった。仕事をしていて、周りから評価されていても、何故か彼の評価の査定はいつも下から二番目だ。理不尽極まりない。社長も専務も言いなりだったが、給料は前より良かったから居座っていた。味方は多かったから、ストレスも発散出来ていた。だけどあの部長だけは、気に食わない。

「なんでアイツが結婚できたのか、意味が分からない」

ゴン、と木のテーブルにビールジョッキを乱暴に置いた私に、同僚もうんうんと力強く頷いていた。
隠れ家風なこのイタリアンは、愚痴を吐くには丁度良い場所だ。店内は20席もないくらいの狭さなので、知り合いが来れば即座に分かる。
狭い割には活気があるので、愚痴も遠慮なく大声で吐ける。たぶん周りもそんな人たちばっかりだ。笑い声に混じって、うんざりした叫びが時折聞こえた。

「私だっていい男がいたら結婚してやるわよ」

「私はなんでアンタが結婚出来ないのか分かんないわー」

目の前の彼女は、タメ口だが、31歳で、私と同じ部署の係長だ。部下に当たるが入社は先輩の彼女は、二人きりの時だけタメ口になる、気の知れた仲だった。
彼女は私に、美人だし、仕事出来るし、頭いいし、料理出来るし、家事もこなすし、子ども好きだしと言って、私の良いところを指折り列挙していく。
そうだそうだ。何で私だけが結婚出来ない。田舎育ちが悪いとでも言うのか。仕方ないではないか。生まれは人は選べない。

「もう40よ40……お見合いしたって年齢でアウトよね……」

はぁ、と私は大きなため息を吐いた。だがすぐに、空になったビールジョッキを掲げて、おかわり!と叫ぶ。飲まないとやってられない、そんな私に、無精髭のマスターはあいよ、と元気な声を返した。

「もう恋愛のやり方なんて忘れたわよ、恋とか愛とかなんだってのよ!」

「そもそもアンタ、最後に彼氏いたのいつよ?」

私は運ばれてきた冷たいビールを受け取って、目線を斜め上に泳がせた。
あれはそう、私より三つほど歳下の男と付き合った時が最後のはずだ。まだ転職する前で、確か……。

「32……?」

「えっ、6年?」

私は彼女を半眼で睨んだ。失態を誤魔化すように、彼女は冷めたピザを一切れ、口に突っ込んで、まだ半分あるカクテルを他所に、ドリンクメニューを見ていた。
どうせ歳下の女に盗られたわよ、と私が口を尖らせると、彼女はまぁまぁ飲みなさいとビールを促した。

「恋愛する気はあるのよね?」

「恋愛のやり方なんて忘れたわよ。でも結婚したい。子ども欲しい」

旦那なんてどうせ浮気するんだから、そう言うと彼女はうーん、と困った顔で笑った。
昨今の離婚率を知らないとでも言うのか、三人に一人だぞ、三人に一人。ここにもう一人いれば誰かは離婚してるかもしれないんだぞ。

「恋とか愛とか、そんなもの20代に置いてきたわ」

「30代どこ行った」

彼女の言葉に私はふん、と鼻を鳴らした。
少女マンガのようなトキメキを最後に感じたのは新卒で会社に入った時以来だ。8個上の男の先輩がカッコよくて、褒められたくてやたらがんばった記憶がある。
その人ももう結婚して、子どもが二人いて、後頭部が薄くなってきているので、もう興味はとんと失せたが。
誰でもいいからもらってくれないかなー。
そう言って肘をつく私に、彼女はまた苦笑した。

「恋って下に心があるっていうじゃん」

「下心ってことよね、上手いこと言うわ」

彼女の裏返したスマホが僅かに震えた。
私も彼女もそれを見て、私はうん、と答える。
彼女はスマホを左手で取って、それを眺めながら続けた。

「愛って真ん中に心があるっていうじゃん」

「言うけど、あれ意味わかんないよね」

「真心がある、ってことだよ」

彼女はスマホを見たまま、そう言った。
なるほど、と私は彼女の横に視線をずらす。
マスターが彼女の後ろの席に、ウニのパスタを運んでいたところだった。おいしそう。

「じゃあさ、二つが合わさった恋愛って何だと思う?」

私はえ、と眉を寄せた。下心と真心が合わさった状態が、何か分からなかった。

「いい男にもらわれる前に、恋愛が何だか思い出さなきゃね」

そう言って彼女は、開いていたLINEのやり取りを私の目の前に突き出した。
そこには迎えに行く、ありがとう、もう出る、というやり取りが書いてあった。

「は?え、聞いてない」

「だって付き合い出したの先週だし」

彼女はテーブルの端に一万円札を置いて、んじゃ、と氷の溶け切ったカクテルをぐいっと飲み干し、立ち上がった。

「んじゃ、お先に。思い出せたら連絡ちょうだいね」

そう言って彼女は、颯爽と去っていく。
私が裏切り者!と叫んだ声にひらひらと手を振る彼女は、余裕綽々の足取りで店のガラス戸を押した。
お会計が8500円で、1500円分情けをかけられたような思いになり、私は一人ウニのパスタを追加注文した。

歳下にここまでされて、黙っていられる性格ではなかった。
恋愛のやり方、思い出してやろうじゃないの。

私は一人、マスターに再びビールジョッキを掲げた。
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