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赤
しおりを挟むこれは僕が受験を控えた高校3年生の頃のお話。真夏の夜に一人の少女と出会った話だ。
僕は映画や本が好きで、それを趣味としている。僕がアルバイトとして働いているこの店は、映画や本を売っている小さなお店だ。僕が小さい頃はよく通っていた。
駅から離れた所に位置していたので人通りが多いわけではなかったが、3ヶ月ほど前にうちの店の前にクレープ屋さんができた。その影響だろうか、うちの店にも来る人が増えた。
22時、僕はいつも通りクローズの締め作業を終えて、店に鍵をかけて帰ろうとしていた。すると、道の真ん中で泣き崩れている一人の少女を見つけた。
こんな遅い時間だ。僕よりも年下の女の子をほっておけるはずがなく僕は声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。大丈夫。だいじょ…うわああああああああああん。」
大号泣。僕は泣く少女をひょいと持ち上げ、クレープ屋さんのベンチに座らせた。
僕が何度話しかけても全く泣き止む気配のない少女に僕は少し疲れてきた。
少女のほっぺにピタッと冷たい感覚を走らせる。僕は近くの自販機で、お茶を2本買ってきた。ビックリした少女は泣き止み、僕の顔を見た。
「なにかあったの?」
少女は鼻水をすすりながら口をぱくぱくした。やっと話す気になったのかと思い、僕はティッシュを渡した。
「私に側にいてほしいって言ったのに…私のことが一番好きって言ってくれたのに。」
泣き止んだ少女の目からまた大粒の涙が溢れ出す。これは多分、振られたんだろうな。かわいそうに。
「僕は恋愛経験とかないからさ。あまりよくはわからないんだけど…うーんと…次また良い人に出会えるよ。」
恋愛経験0の僕には振られた少女を慰める言葉が全く思いつかなかった。こんなこと言うくらいなら、まだ何も言わないほうがましだったのかもしれない。
「私と付き合ってるのに、他に好きな子できたから別れてって言われたの!その子と一緒にいたいって、もうお前とは一緒にいたいって思わないって言われたの!」
近所迷惑で訴えられそうなレベルの声量で少女は怒鳴った。うん、まあ、その男最低だなとは思う。
「お茶でも飲んで落ち着いて。」
「オレンジジュースが飲みたい。」
「君よくそんなこと言えるね。しょうがないなあ、ちょっと待っててね。」
とりあえず少女が泣かないように、僕はオレンジジュースを買いに行った。
自販機には売っていなかったので、少し歩いた先にあるコンビニに買いに行った。戻ると少女は泣き疲れたのか寝ていた。揺さぶっても起きる気配がない。
どうしようどうしようと困った僕は、彼女を抱っこし交番に向かった。もう僕にはどうすることも出来ないから、後は大人達に任せることにした。
オレンジジュースをぎゅっと握る少女。真っ黒のサラサラした長髪からは女の子特有の良い香りがした。
目線を下にすると、つい見えてしまった少女の小さな谷間。この子制服のボタン第3まで開けてるのか…はしたない。その谷間に小さなホクロがあったのを今でも覚えている。
真夏の夜に謎の少女と出会った。不思議な出会いだ。いつかまた会うときが来るのかな。
その“また”はすぐに訪れた。
あれから1週間は経っただろうか。僕は気づいてしまった。あの少女が目の前のクレープ屋さんで働いていることに。
長かった黒髪はばっさりと肩上までになっている。夕方だからだろうか、少女の黒髪はきらきらと光を織り交ぜ、遠くから見ているだけでサラサラしたあの髪の感触を思い出す。
僕がクレープ屋さんに近づくと、それに気づいた少女が「こんにちは!」と大きな声で迎えた。
「えっと…あの…」
「はい、お待たせしました。オレンジジュースです!」
いや、まだ何も頼んでないし。てか、僕のこと覚えてるのか。
「ありがとうございます。いくらですか?」
「100万円です。」
「馬鹿高いな。どんなオレンジ使ってるんだよ。」
「あはは。うそうそ!お金はいりませんよ。この前のお礼です。」
あの大号泣少女とは思えないほどの、無邪気な笑顔を少女は見せた。
僕はオレンジジュースを受け取ると、クレープ屋さんのベンチに腰をかけた。すると、店から少女が出てきて僕の隣に座った。
「この前はありがとうございました。バイトから上がったときに、彼氏に通話で振られて、この道の真ん中で泣いてしまって…」
僕は、ああ~と納得した。
「もう平気なの?」
「はい、まあ…なんとか立ち直ることはできました。」
「そうなんだ。よかった。」
どんな出来事があったにせよ、所詮ただの他人なので会話は続かない。沈黙という名の気まずさを感じる。
「高校生なの?」
「そうです。1年生です。」
中学生かと思った。そして沈黙第2弾
「そこの本屋で働いているんですか?」
「ああ、そうだよ。本だけじゃなくて映画も売ってるから、見に来て…ね?」
この子そういうの興味なさそうだなと思いながらも、なんとなく誘ってみる。
「うーん、まあ気が向いたら?」
やっぱりね。
「お兄さんは本好きなんですか?」
「うん、好きだよ。よく読んでる。」
「月が綺麗ですね!」
少女の急な言葉に一瞬「え?」となった。まだ月出ていませんけど…あっ。
「夏目漱石?」
「たしかそうです!この前国語の授業で先生が話してました!さすが、やっぱりわかるんですね!本が好きだと!」
いや、有名な言葉だから本好きじゃなくても知ってる人は多いと思うぞ。なんなら、本好きは関係ないのでは。と、言いたいが、少女のえっへん!みたいな態度を見てるとなぜか言えない。
こんな明るい女の子捨てるなるんて、元カレ最低だな。
「そういえば、お兄さん私に大丈夫ですか?って聞いてましたけどー、ああいうときはその言葉NGです!」
と言いながら腕でバッテンの形を作り僕に向けた。いきなりなんだと僕は怪訝そうな表情をしてしまった。
「大丈夫ですか?って聞かれたら、大半の人は大丈夫ですって返しちゃいます。だから、ああいうときはどうしたんですか?とか何かできることはありますか?って聞くのが正解です!」
少女はドヤッとした顔で僕を見つめた。そして続けて話した。
「それに、女性を持ち上げるときは無言で持ち上げちゃダメです!知らない人なのに~。ちゃんと、ひとこと言ってからですよ!」
正直、少女が何を言ってるのかよくわからなかったが、その無邪気さに僕は惹かれ、気づいたら少女の頭を撫でていた。
少女の「え…」という言葉にハッと我に帰り、手をすぐ離した。さっきとは違う種類の気まずさが走った。
「ごごごめん。本当悪気はなくて…その、だから、通報はしないで…」
いくら同じ高校生だとしても、知らない男に頭撫でられるのは気持ち悪いよな。僕も最低だな。うわああ、どうしよう。
顔を真っ赤にした少女は何も言わず立ち上がって、店の中に入っていった。しばらくすると、違う人がクレープ生地を焼き始め、少女はこの日姿を見せなかった。
暑さのせいだけではない汗が出てきた。完全に終わったと僕は悟った。
本屋の窓から少女がクレープを作る姿が見える。少女は僕のことを見ていたりするのだろうか。
僕は受験で長い休みをいただいた。受験が終わり、店に戻ってきた頃には少女はもうクレープ屋さんにはいなかった。
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