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第四の記録
幕間01
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「何だか、音声だと妙に生々しくて更に気味が悪いな」
「ですね。でも、これもまた、情報が多いですね」
大久保が片頬に笑みを覗かせた。大久保の顔はまさに、探偵の其れであった。
「矢張り、この強烈な関西弁はヒントになりそうだよな」
此処はあくまでも、標準語の圏内に存在する交番だ。当然関西出身の警察官など星の数ほどいるが、一つの交番に限れば、かなり絞れるのではないだろうか。尤も、勤務者のリストが見つかればの話だが。
「ですよね。後藤さんは、このような強烈な関西弁を扱う警察官を見た事がありますか?」
大久保が問うが、関西弁の巡査はおろか、前に勤務していた人物さえもよく知らない。警察学校から上がって、一端の警察署で下っ端として地道に名を残し、交番の巡査を任されたが最後、永遠に脱出できない牢獄に来てしまったのだ。もうかれこれ20年は経つかもしれない。そんな後藤にとっては、ここに勤務していた者に挨拶くらいはしたかもしれないが、遠い記憶でしかないのだ。
その旨を伝えると、
「なら、僕は厳しいですね…僕が来たのは、後藤さんの更に後ですからね…」
大久保は前述したように、かつては熱意に満ち溢れた模範的な警察官であったのだが、この事件の起こらない交番が相手では、どうにもならない。ある意味、二人がこうして盛り上がっているのは、ここに勤務して、初めて遭遇した事件擬きであるからなのかもしれない。
「後藤さんは、このテープ、どこまで理解できましたか?」
「まあ、内容から察せるのは、何かのヒントになればいいなと思って始めた録音に、思わぬモノが入り込んでしまった、っていう筋書きだな」
「彼の説明からすると、怪異を録音したのは偶発的な流れでしたもんね」
「このテープは、お前のさっき述べてたような怪異の強さでは、どこに入るんだ?」
「難しい質問ですね。勿論、これをそのまま受け止めるのなら、原稿用紙と、少女のノートの間くらいに相当するのは、後藤さんも感じた筈です」
大久保が言う様に、勿論このテープも、音やら電話やら電気やら、想像するだけでも背筋が固まりそうなものばかりだった。然し、少女のノートの恐ろしさは、彼女は交番と無縁であるのに、行き成り閉じ込められて、怪異に遭ってしまったという前提だ。
「少女のノートは、完全に異界に誘い込まれてしまった、という解釈は我々も一致しました。何時でも外は逢魔が時の様相を呈し、交番に入った経緯どころか、自分の名前まで記憶を失い、交番には誰も帰ってくる気配は無し。まさに現実では有り得ない、異界そのものですよね。でも、このテープの中で、ノートの様な異界が形成されているという感覚が薄いのは、最初に、真っ当な人間が訪ねてくるシーンがあるからじゃないですか?」
「言われてみれば、そうだな。畏怖すべき点は多かったが、最初の場面が普通だったから、現実と異界の狭間で起こっているんだな、という感覚は、何となくあったな」
「その最初のシーンなんですけど、この訪問者に、どうにも引っ掛かりを覚えなかったですか?」
騒々しい子供達が朝早くから前を通り、おちおち眠る事さえ儘ならない。録音者である男が指摘していたが、少しくらい我慢できないものかと共感した以外は、特に感想は無かった。
「よく考えてください。この録音は、夜に行われていると言及されています。それも真夜中であると。時間帯について触れられたのは、外に怪しい人物を発見してからですが、当然、女性が訪れて来たのも、真夜中という事になります。これ、何だか気持ち悪くないですか?この訪問者は、ただでさえ眠れないという話をしているのに、態々、真夜中に来るというのは、自分自身の睡眠時間を削っている事になりますよね」
大久保の指摘はもっともだった。
「仕事帰りであったとしても、余りに時間が遅すぎるよな」
「はい。従って、この時点でもう普通では無い事が起きていますよね。それに極め付きは冒頭部分ですよ。本人が、テープで録音を行う経緯について述べている部分がありますよね。あれも妙だと思いませんでしたか?」
「確かに、よく考えれば交番での会話で証拠が得られるってのは、可成り珍しいケースではあるな」
「そうです。本人は笑って茶化していますが、録音する理由がどう考えても変ですよね。仮にも警察官であるのなら、交番でその様な事例は滅多に無い事くらい、考えれば分かる筈ですよね」
「まるで、取って付けたような理由ってことか…」
「その通りです。恰も、録音する本当の目的はあるのに、それを隠す為に無理に理由付けしたかのような、ね。少女のノートでもそうでしたが、彼らは何故か”記録”に拘っているんですよ。ノートを読んだ際に、もう助からないんだから、せめて記録でも、という執念だと解釈していましたが、窮地に立たされた状況で、記録をしようというのは、最早余裕がありますよね。つまり、無理にでも記録しようという考えが、抑、妙なんですよ。僕はこう考えました。彼らは”記録させられている”んじゃないか、ってね」
「ですね。でも、これもまた、情報が多いですね」
大久保が片頬に笑みを覗かせた。大久保の顔はまさに、探偵の其れであった。
「矢張り、この強烈な関西弁はヒントになりそうだよな」
此処はあくまでも、標準語の圏内に存在する交番だ。当然関西出身の警察官など星の数ほどいるが、一つの交番に限れば、かなり絞れるのではないだろうか。尤も、勤務者のリストが見つかればの話だが。
「ですよね。後藤さんは、このような強烈な関西弁を扱う警察官を見た事がありますか?」
大久保が問うが、関西弁の巡査はおろか、前に勤務していた人物さえもよく知らない。警察学校から上がって、一端の警察署で下っ端として地道に名を残し、交番の巡査を任されたが最後、永遠に脱出できない牢獄に来てしまったのだ。もうかれこれ20年は経つかもしれない。そんな後藤にとっては、ここに勤務していた者に挨拶くらいはしたかもしれないが、遠い記憶でしかないのだ。
その旨を伝えると、
「なら、僕は厳しいですね…僕が来たのは、後藤さんの更に後ですからね…」
大久保は前述したように、かつては熱意に満ち溢れた模範的な警察官であったのだが、この事件の起こらない交番が相手では、どうにもならない。ある意味、二人がこうして盛り上がっているのは、ここに勤務して、初めて遭遇した事件擬きであるからなのかもしれない。
「後藤さんは、このテープ、どこまで理解できましたか?」
「まあ、内容から察せるのは、何かのヒントになればいいなと思って始めた録音に、思わぬモノが入り込んでしまった、っていう筋書きだな」
「彼の説明からすると、怪異を録音したのは偶発的な流れでしたもんね」
「このテープは、お前のさっき述べてたような怪異の強さでは、どこに入るんだ?」
「難しい質問ですね。勿論、これをそのまま受け止めるのなら、原稿用紙と、少女のノートの間くらいに相当するのは、後藤さんも感じた筈です」
大久保が言う様に、勿論このテープも、音やら電話やら電気やら、想像するだけでも背筋が固まりそうなものばかりだった。然し、少女のノートの恐ろしさは、彼女は交番と無縁であるのに、行き成り閉じ込められて、怪異に遭ってしまったという前提だ。
「少女のノートは、完全に異界に誘い込まれてしまった、という解釈は我々も一致しました。何時でも外は逢魔が時の様相を呈し、交番に入った経緯どころか、自分の名前まで記憶を失い、交番には誰も帰ってくる気配は無し。まさに現実では有り得ない、異界そのものですよね。でも、このテープの中で、ノートの様な異界が形成されているという感覚が薄いのは、最初に、真っ当な人間が訪ねてくるシーンがあるからじゃないですか?」
「言われてみれば、そうだな。畏怖すべき点は多かったが、最初の場面が普通だったから、現実と異界の狭間で起こっているんだな、という感覚は、何となくあったな」
「その最初のシーンなんですけど、この訪問者に、どうにも引っ掛かりを覚えなかったですか?」
騒々しい子供達が朝早くから前を通り、おちおち眠る事さえ儘ならない。録音者である男が指摘していたが、少しくらい我慢できないものかと共感した以外は、特に感想は無かった。
「よく考えてください。この録音は、夜に行われていると言及されています。それも真夜中であると。時間帯について触れられたのは、外に怪しい人物を発見してからですが、当然、女性が訪れて来たのも、真夜中という事になります。これ、何だか気持ち悪くないですか?この訪問者は、ただでさえ眠れないという話をしているのに、態々、真夜中に来るというのは、自分自身の睡眠時間を削っている事になりますよね」
大久保の指摘はもっともだった。
「仕事帰りであったとしても、余りに時間が遅すぎるよな」
「はい。従って、この時点でもう普通では無い事が起きていますよね。それに極め付きは冒頭部分ですよ。本人が、テープで録音を行う経緯について述べている部分がありますよね。あれも妙だと思いませんでしたか?」
「確かに、よく考えれば交番での会話で証拠が得られるってのは、可成り珍しいケースではあるな」
「そうです。本人は笑って茶化していますが、録音する理由がどう考えても変ですよね。仮にも警察官であるのなら、交番でその様な事例は滅多に無い事くらい、考えれば分かる筈ですよね」
「まるで、取って付けたような理由ってことか…」
「その通りです。恰も、録音する本当の目的はあるのに、それを隠す為に無理に理由付けしたかのような、ね。少女のノートでもそうでしたが、彼らは何故か”記録”に拘っているんですよ。ノートを読んだ際に、もう助からないんだから、せめて記録でも、という執念だと解釈していましたが、窮地に立たされた状況で、記録をしようというのは、最早余裕がありますよね。つまり、無理にでも記録しようという考えが、抑、妙なんですよ。僕はこう考えました。彼らは”記録させられている”んじゃないか、ってね」
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